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2日目 マルエル婆4 ~サルファ~

「覗きしといて直後にナンパ? 厚かましすぎないかな」

「えへへ☆ 面の皮の厚さにはちょっと自信があるんだ」

「それは持っちゃイケナイ類の自信だと思う」


 ナンパへとジョブチェンジを果たした覗き犯は、予想以上に図太く頑丈な心臓をお持ちの様で。

 めらりと燃えさかり、揺らめく殺気の渦がちょっと怖かった。

 発生源のまぁちゃん、勇者様の凄絶な笑顔込みで。

 …副団長さんだけはお腹を抱えて笑いを堪えてましたよ。


 そのとっても楽しそうな、物凄く珍しい笑顔が本気でイラッとしました。

 あんな愉快そうな顔、今まで1回も見たこと無いよ!

 犯罪者には厳しい癖に、副団長さん、面白いことが意外に好きだからなー…。

 副団長さんが状況を、事の成り行きを面白がっているのは明らかでした。


「それでどう? 俺とデートしない? 楽しませちゃう自信はあるよ」

「そこで頷いて貰える根拠を教えて。一つ一つ潰すから」

「えー? だって俺、カッコイイじゃん。お得な思いさせちゃうよ」

「うん、わかった。目が節穴なんだね。この2人の前で戯れ言が言えちゃうなんて」

 絶世の美貌を誇るまぁちゃんと勇者様が目に入らないんだろーか。

 この2人を前に、言い切れる根拠と自信の在処を教えて。


 まあ、その。確かに?

 湧き上がる嫌悪感を無視して、じっくり客観的に見れば…

 ………あー…うん。整ってると言えないこともないよ。

 あくまでも、感情に由来する感想を無視したらの話だけど。

 でも、とんでもない美形2人を前にしたら、簡単に霞んじゃうレベルだよ。

 こちとら記憶にない幼少期からまぁちゃんの顔を見慣れてるんだ。

 美醜の基準が、一般と大幅にずれてる自覚はあるよ。

 どのくらいずれてるのかは…正直、分かってないんだけど。


 どんな美形を前にも、感情は揺れないと豪語できる。

 そんな私を前に、しかもまぁちゃんに及ばないレベルで。

 それで顔で勝負とか、鼻で笑って良いですか。

 まあ、この男は私の事情なんて、知らないから言えるんだろーけど。

 それでもまぁちゃんや勇者様を前に顔を持ち出すとか、良い度胸だよね。


「うわっ 本当にすっごい美形がいる!?」

「って、目に入ってなかったのかよ!」

「いやぁ、俺さ? 男の顔って目に入んないタイプなんだよね」

「…マジで節穴だな」

「そんな状態で、社会を渡っていけるのか? この男」

「渡っていけないから性犯罪に走ったんじゃねーの?」

「おいおい! さっきから随分だけど、人のことナチュラルに犯罪者扱いしないでくんない?」

「「黙れ、覗き犯」」

 

 どうやら、覗き犯の目は本当に節穴だったようです。

 まぁちゃんやら勇者様やらのご尊顔が目に入らないとか、ソレはソレで凄いと思った。

 あの顔、ついつい目がいっちゃうから、無視すんのすっごく大変なのに…。


「ねーねー! それじゃ顔以外の良いとこ探しとくから、取り敢えずデートしよ」

「この期に及んで未だ言うか!」

「もう謝罪とか後にして、また吊さねーか?」

「えぇー? ヤダ」

「「お前に選択権はない!」」


 ………この覗き事件を経て、まぁちゃんと勇者様は随分と仲良くなったようです。

 勇者様は不本意かも知れないけどね。

 このままどんどん仲良くなってくれればいいな、と私は現実逃避気味に思いました。

 何はともあれ、ナンパと化した覗き魔のデートへのお誘いが鬱陶しすぎるよ。


 何がそんなに気に入った?

 そんなに気に入られる様な様子、なかった気がするのに…。

 覗き犯と被害者の関係で、しかも私は岩を投げつけた後です。

 私の方にはデートするほどの好感度なんてないんですけど。


 それでもこんなにしつこくされるとね?

 まあ、うんざり度も凄まじく高まりまして。

 その口を封じる為なら、その場しのぎに約束くらいいっかな?とか思いまして。

 実際には、そんな愚かなことをするつもりもないんだけどね?

 でも取り敢えず、覗き魔のしつこい誘いを黙らせる為。

 私は口を開きました。

「もう、分かったわよ。覗き犯の癖に厚かましすぎる、そのしつこさに根負けしちゃった」

「え! それじゃあ!」

 覗き魔の顔が、パアッと輝いた。

「待て! リアンカ、正気か!?」

「早まるんじゃない! 自暴自棄になるには早すぎるぞ!」

 やれやれと肩を竦め、妥協の姿勢を見せる私に、焦りも露わな男2人。

 血相変えて私を思い止まらせようと、仲の良いことに2人揃って身を乗り出してきます。

 待て、落ち着け。

 本気でデートするつもり、皆無ですから!

 でも私の意図の分からない二人は、本気で血相が変わっていました。

 ………ここまで心配されて、幸せだと思っとくべき、かな…?


 焦ってる2人を落ち着かせる為にも。

 ここはさっさと、2人を安心させた方が良いかも。


「そんなに言うんなら、そーだね? マリーアレンの花が咲いたら、良ーよ」

「やった! ホント!?」

「ええ。ホント、ホント」

「そんじゃ俺、その花の見頃がいつか調べとくから! 咲いたらデートしよーね☆」

「ええ。その時まで心変わりしなかったら喜んで?」

 待つつもりもないけど、覚えてはおいてやろーかな?

 いや、多分忘れるわ。きっと。

「俺、とびっきりのデートプラン、考えとくよ!」

「楽しみにしてるね?」

 私はにっこりと、笑ってやりました。

 ええ、それはそれはにっこりと。


「お、おい…!?」

「待て!」

 いよいよ慌てふためいて身を乗り出す勇者様。

 その肩を咄嗟に掴み、引き留めたのはまぁちゃんでした。

「ちょっとこっち来い」

「ま、まぁ殿…!?」

 そのままずるずると、勇者様を端っこの方に引き摺っていきますが…

 浮かれ騒ぐ覗き魔は、大喜びに忙しく、全然気付かない様でした。


「まぁ殿!? アレ、放ってていいんですか! 相手は覗き犯ですよ!?」

「あー…俺だって、リアンカがあの花持ち出さなかったら血相変えたさ」

 まぁちゃん、既に変わってたよ。血相。

「マリーアレン、だったか。その花が、何だっていうんだ…?」

「その花な? 魔王城近辺にしか咲かねーんだけど、75年に1回しか咲かないんだ」

「……」

 あ、勇者様が黙った。

「しかも先だって、2ヶ月前に咲いたばっか」

「………」

「ちなみにハテノ村じゃ、「一昨日来やがれ」って意味の慣用句と化してる」

「……………」 

 まぁちゃんの言葉に、勇者様は完全に押し黙り、静かになったみたいです。

 最早、何も言う必要はないでしょう。

 私もにっこり、今度は偽り無しの笑顔です。

 そんな私に、まぁちゃんがサムズアップで応えてくれました。

 あ。まぁちゃん達も、あの男のことウザイって思ってたんだ?


 ナンパが成功したと思いこみ、覗き犯一人が呑気に浮かれています。

 マリーアレンの花、この辺の人なら知ってるんだけど。

 やっぱりこの男は、完璧に余所者みたいですね。好都合だよ。

 

 すっかり傍観体制に入って事の成り行きをニヤニヤと見守る副団長さん、大喜び。

 事の展開がよっぽど滑稽に見えたんでしょうか?

 副団長さんは息も絶え絶えに、声を殺して笑い転げていました。

 ………ちょっと、イラッとした。





 さて、ようやっと覗き魔が大人しくなったわけですが。

 脳内でどんな妄想繰り広げてるのか、知りたくもありませんけどね?

 でも明らかに何か変な想像してるでしょ。

 ぽわんと桃色空気、とっても鬱陶しーんだけど。


 ああ。そう思ってたの私だけじゃないみたい。

 まぁちゃんと勇者様が、2人同時にスパーンと覗き魔の頭を叩いた。

 ………本当に、今日だけで随分と仲良くなったみたいだね、二人とも。

 こんなに気のあってる姿、初めて見たよ。

 勇者様、さっきまで余所余所しい態度で、さり気なくまぁちゃんから距離取ってたのに。

 共通の標的を得て、気があったんでしょーかね?

「俺、コイツの相手疲れた」

「まぁ殿、まだ謝罪も何もさせて無いじゃないか」

「もーこんな奴、放っとこーぜ。俺、疲れたし。首まで埋めて放置してこーぜ」

「随分と怒りも薄れたらしいな。時間を置いて頭が冷えたのか?」

「距離を置いて観察に入ってた副団長に言われたくねーぜ」

「まぁ殿は怒りが冷めても容赦ないな。生き埋めにするのは確定なのか」

「文句あるか?」

「いや、俺も賛成だが」

「そこで悪びれずに言うあたり、お前も大概だよ」

「でも私も同感だよー…私も疲れちゃった」

 私の怒りも、別に冷めてる訳じゃないんですよ?

 でも何でしょう。

 本当に、コイツの相手は疲れて疲れて…。

 裸見られたことは許せませんけど、そろそろ相手をするのも嫌になってきました。

「頭の平和な覗き魔は木にでも繋いで置いてきぼりにしちゃおーよ」

「リアンカちゃんも鬼だね!? 鎖で繋いだまま放置とか止めて! 俺死んじゃう(泣)」

「あ、話聞いてたんだ」

「まーね、一応ね! 俺のことだしね!」

 涙目の覗き魔。

 泣かしても、こんな気にならない相手も珍しい。


 私は此処でこの覗き魔と別れたら、一生顔を合わせることもないと思っていました。

 それはそれはもう、後腐れなく、絶対に遭遇することはないだろうと。

 思う様酷い目に遭わせた後だし、謝罪さえ貰えたら、絶対に忘れてしまおうって。

 だってのに。

 物凄く忌々しいんですけど。

 この男との縁が、此処で途切れそうにない事実が、この直後発覚しました。


「もう時間も一杯使っちゃったし、そろそろ出発しよ?」

「ん? あー…そっか、もう随分時間使っちまったな」

「言われてみれば…」

「ふむ。そろそろ行かなくては、今日中にマルエル婆の家にたどり着けそうにもないな」

 副団長さんが、そう言った時でした。

 それまで軽薄そのものだった覗き魔が、カッと目を見開いたのです。

 え。なにその驚いた顔。

 急に真顔になったので、こっちが吃驚してしまいました。

 そんな、真面目な顔もできるのか…と。

 整ってると自分で言うだけあって、真面目な顔になるとそこそこ顔が良いのが分かります。

「ま、マルエル()…?」

「ん? なんだ、その反応」

「あ…あんた等…あの(・・)ばあちゃんを、婆って呼んでんの!?」

「いや、ばあちゃんって呼び名も変わんねーだろ」

 まぁちゃん、問題点はそこじゃないよ。

 え、何なの、その「ばあちゃん」って呼称。

 なんというか………明らかに、その、身内っぽい、気安い呼び方は…?

「あ」

 ハッとした顔で、まぁちゃんが呟いた。

 その顔は、何事かを思い出したと告げている。

 何とも嫌そうに覗き魔の真面目な顔をまじまじ眺め…


「…どっかで見た顔だと思ったけど、コイツ、マルエル婆の孫じゃねーか」

 

 …それはそれは、心底うんざりした顔と口調で、言いました。



「な、なんで知って…!?」

 覗き魔が、素性を言い当てたまぁちゃんに対して、初めて取り乱した姿を見せます。

 うん。覗きがバレた時点で、その狼狽えた姿は見たかったかな。

「お前、前回の武闘大会に出てただろ。初戦敗退してたけどよ」

「そこまで知ってるって、アンタ一体…!?」

「マルエル婆の身内が出るってんで、皆で注目してたんだよ。肩すかし食らったけどな」

「まぁちゃん、この覗きのこと、知ってるの? マルエル婆の孫って…」

 マルエル婆の孫にしては、ちょっと若すぎないかな…?

 私の顔から疑問を読み取り、まぁちゃんが正しく言い直した情報を教えてくれます。

「正確には、曾孫だか玄孫だかになるんだろ。何にしたって若すぎっけどな」

「だよね? マルエル婆って、確か600歳オーバーって話しだし」

「ろっぴゃ…!!?」

 私達の会話に、勇者様が固まった。

 驚愕のまま、疑惑の視線を向けてくる。

 ああ、うん。

 言ってなかったっけ。


 魔境に名を轟かす、高名な占い師 (みたいなもの) マルエル婆。

 齢600を越える彼女は、色々とネタの多い方ではあります。

 その素性は勇士として名高い魔族の元四天王。

 色々と伝説のある、物凄い御仁です。

 今では武を極めんと修行する若人に、気まぐれにアドバイスをくれるご隠居さんですが…

 そんな彼女の曾孫だか、玄孫だかだという、目の前のこの覗き犯。

 どうにも面倒なことですが…

 コイツを此処に打ち捨てて行く訳には、どうやらいかないみたいです。

 …チッ ←舌打ち。



 


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