表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/65

2日目 マルエル婆2 ~ソーセージとトマトのオニオンスープ~

後半、副団長さん視点が入ります。

 まぁちゃんの手作りだというお弁当のクオリティに戦慄を憶えつつ。

 それでも美味しいのは確かなので、舌鼓を打ちつつ平らげます。

 勇者様のみ、終始変わらず微妙な顔つきでしたけど。

 でも、この時までは平穏なお昼の一時だったわけで。


 事件は、お弁当を片付けていた時。

 ほんの些細な切欠で始まりました。


「あ」

「「「………あ」」」


 すっぽーんと、すっぽ抜けました。

 何がって?

 …お弁当と一緒に持ってきていた、まぁちゃんの水筒の詮が、です。

 中に入っていたのは、飲み物ではなく温かなスープ。

 ソーセージとトマトたっぷりの、オニオンスープです。

 その犠牲となった、不幸な私。

 犯人は、勇者様でした。


 ええ、ええ。勇者様もわざとじゃないですよね。分かります。

 でも勇者様のせいじゃないなんて、私は言いませんよ?

 はっきり言いまして、確実に勇者様のせいです。

 いくら水筒の詮がきつかったからと言って、そんな全力で開ける必要、ありましたか?

 水筒の詮が吹っ飛ぶのと同時、飛び出した水筒の中身。

 真っ赤な真っ赤な、トマトのスープ。

 何の不幸か悪戯か、その中身を盛大に頭から被ってしまった私。

 ちょっと今日の私、不運すぎ…。

「り、リアンカ…? 大丈夫か?」

「見るからに大丈夫じゃねーだろう。何やってんだよ、勇者」

 おろおろと慌てる勇者様の首を、ガッチリとまぁちゃんの腕がホールドします。

 副団長さんは眉を顰め、私の頭にタオルを被せてくれるのですが…。

「ごめん副団長さん、ちょっとコレはタオルとかあっても追っつかないっていうか…」

 スープに溶け出した肉の脂と、良く色づいたトマトの赤。

 そしてソレに染まった私。

 ほんのりと立ち上る、香辛料の食欲をそそるニオイが悲しすぎる。

「この服の汚れ、落ちるかな…?」

 自分の身体は洗えばいーよ。

 ぎっとり油だって、石鹸使えば何とかなるよ。

 でも服の汚れは、深刻に落ちるかどうかが分からない。

 不安を煽る、朱色と肉の脂にぎっとりまみれた私の服。

 更に運の悪いことに、今日の私の服は薄いアイボリー。

 白いエプロンも、過去のその白さが物悲しい。

 露骨にべっとり、服はスープで斑に染まっていた。

 この服、気に入ってたのになぁ…。



「服は俺が何とかしてやる」

 不機嫌そうながらもまぁちゃんは、男らしく言い放ちました。

 どうにかするって、何する気?

 私の疑問には気付かぬまま、まぁちゃんが私にタオルと石鹸を放ってきます。

「だからお前は身体の汚れを落としてこい。確か近くに温泉あっただろ」

「あ、そう言えばあったね。乳白色の、秘湯っぽいやつ」

「予定がずれ込むのは気にすんな。女に不便感じさせて、平気な奴は此処にいねぇし」

「うわぁ。みんなの紳士っぷりに感激して涙が出そうだよ」

「それにどうせ、目的地は遠くないしな。お前が長風呂しても、今日中に辿り着くだろ」

「そんなに長風呂する気はないよ!」

 身体の汚れをどうにかしたいのは山々なので。

 私はまぁちゃんの勧めに従い、素直に温泉へと一人で向かいました。

 でもこの後に起こることを予想できてたら、温泉なんか行かなかったのに…。


 横着せずにマルエル婆の家まで行って、そこでお風呂を借りれば良かった。

 私はこの後、後悔しながらそう思ったのです。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 温泉へと向かうリアンカの足音が遠ざかり、姿も見えなくなった瞬間。

 それまでリアンカに柔和な顔を向けていたまぁ坊の顔が変貌した。

「…さて」

 眼光鋭く、此方を睨んでくる。

 なんだ? リアンカの目がないのを良いことに、吊し上げでもするのか?

 まぁ坊は此方を…自分と勇者殿の一挙手一投足を油断無く観察しながら、座れと指示してくる。

 ただならぬまぁ坊の雰囲気に、言われるがまま、自分と勇者殿は腰を下ろした訳だが…。

「リアンカは温泉へと向かったわけだが…その間、動けば死ぬと思え」

 まぁ坊は自分達を観察しやすい位置を取り、ギラギラ殺意に濡れた瞳で見下ろしてくる。

 そこには、いざとなれば本気で殺すという意思が宿っているようだ。

「分かっているな…? 不審な真似をすれば、即座にコロス」

 本当に、信用無いな…勇者殿。


 そこには、従妹が覗かれることを洒落にならないレベルで案じる魔王がいた。





 それから、どれだけの時間が過ぎただろうか。

 ただならぬ緊張感の中、魔王の眼力を前に、最早時間の感覚は狂っていた。

 だが冷静に考えてみれば、さほど時は経っていなかっただろう。

 太陽の位置から察するに、時間にして1時間もしない頃。

 悲鳴が聞こえた。


「「…!!」」

「!?」


 若い女の…リアンカの、悲鳴だった。

 三人ともが反応したところを見ると、聞き間違いではない。

 

 行動は、勇者殿が一番早かった。

 次に立ち上がり、走り始めたのは自分。

 まぁ坊は驚き、狼狽え、戸惑いが過ぎった顔を、一瞬だけ見せた。

 多分これは、二人の普段の行動の差による。


 勇者殿は民を救うべき責任のある『王族』であり、世界を救うべき『勇者』。

 その肩書き(なまえ)だけで、多くの民衆が彼に救いを求める。

 勇者殿は生まれ持った責務と、勇者に選ばれた立場から、それを拒まない。

 拒むと言うことは許されない。彼本人の資質としても、拒めるほど冷徹にはなれない。

 そんな勇者殿だからこそ、救いを求められる時…誰かの悲鳴を聞きつけた時、行動に出る。

 それが誰の物か、どんな状況なのか。

 それら全てを細かいこととして考えず、誰だろうと即座に救いに向かうのだろう。

 彼のそんな姿勢が、如実に表れた行動の速さ。

 勇者殿は悲鳴が聞こえたと思った瞬間、飛び出す様に駆けだしていた。


 自警団の副団長である、自分も似た様なモノだ。

 誰かの悲鳴を聞きつけたら、即座に救援に向かうべしと、己に叩き込んでいる。


 だが、『魔王』は…

 魔王は、そんな自分達とは違う。


 そもそも、彼の民は救いを求めるほど弱くはない。

 同じ『王族』でも、勇者殿とは全く違った存在。

 社会のあり方からして、魔族と人間は違うのだから。

 強い民しか持たない魔族の王は、無差別に誰かを救う必要に迫られない。

 彼は、生まれた時から自分で『救いたい相手』を選べる立場にある。

 民の方も、強者であろうとする余り、魔王に救いを求めないのだから。


 どんな悲鳴を聞きつけようと、嘆きに直面しようと。

 まぁ坊は興味ない対象であれば容易く無視する。

 無視…いや、気付きもせず、目にも入らない。

 魔王にとって嘆きに直面するのは茶飯事であり、悲鳴は上げさせる立場だ。

 眉一つ動かさず、踏みつけにする冷酷さを併せ持っている。

 …これでも。


 普段の気の良い様子の裏にそんな顔があることは、にわかには信じがたいのだが。

 それでも、魔王の名を継いだ者だけあって、他所の土地ではそれらしい振る舞いらしい。

 …と、話に聞いている。

 全て伝聞だが。

 そんな顔を本当に持っているとして。

 自分は一生見る機会はないだろう。

 少なくとも、リアンカや親戚のいるハテノ村で、そんな顔を見る機会は一生無いはずだ。


 だが、まあ。

 そんなまぁ坊だから。

 悲鳴が聞こえて、一瞬だけ硬直した。

 リアンカの悲鳴だと気付いた身体が、身体を動かす。

 それでも聞こえてきた悲鳴の情報を取捨選択し、リアンカの悲鳴と判断するのに一瞬。

 そのタイムラグが、行動に移る一瞬に差を付けた。

 脳内で情報を処理する、その高速。

 答えが出るまでの、僅かな差。

 リアンカの悲鳴だと判断してから飛び出すことと、聞こえた瞬間に飛び出すこと。

 それが自分達にまぁ坊が一歩遅れた原因。

 

 客観的な判断で、自分はそう答えを出したわけだが。

 自分が何故出遅れたのか、主観的に見る分には気付かないらしい。

 まぁ坊は酷く悔しそうな顔で、忌々しげな舌打ちを一つ。

 その足の速さでもって、自分を追い抜かし…

 勇者殿に並んで、駆け抜けていく。

 

 さて。

 まぁ坊と、勇者殿。

 あの二人が向かったのであれば、この世の殆どのことはどうとでもなる気がする。

 少なくともこの魔境で起きる大概のことは、まぁ坊が何とかできるだろう。

 自分が急ぐ必要も、それ程あるとは思えない。

 いかな重要で緊急性の高い難事があったとしても。

 あの二人が急行したのだから、自分が焦る必要もないだろう。

 何となくそんな判断をして、走る速度を僅かに落とした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ