2日目 マルエル婆 ~節足動物唇脚綱~
私達の目指す、本日の目的地。
それはどこかと聞かれたら、私はこう答えます。
「マルエル婆んとこ」
「って、だからどこだソレ!」
すかさず勇者様のツッコミが入りました。
中々、良いキレしてます。
どうやら勇者様のツッコミは、順調に磨かれつつある模様です。
まだ偶にですけど、条件反射的に良いツッコミをくれるようになりました。
この成長は誰の成果でしょうね。感情の発露にもなるし、ストレス発散に良さそうです。
え? 私が慣らしたんだって? なんたる濡れ衣…!
「なあ、観光名所なんだよな? 観光名所を案内してくれるんだよな」
「ええ。だからこれから、マルエル婆のとこに行くんですよ?」
「その名称から、どうにも個人宅臭いニオイを感じるのは気のせいか?」
「メッチャ個人宅ですが、なにか」
「リアンカは、個人宅を観光名所と呼ぶのか…?」
「ただの個人宅なら、名所呼ばわりする訳ねーだろ」
「まぁ殿。貴方の言い方だと、特殊な個人宅なのか?」
「おう。住んでる奴はどう考えても特殊な人種だ」
「………その言葉に、煽られる不安。俺の胸は今、破裂しそうなんだが」
「爆裂四散?」
「いや、比喩だ。そんな純真な様な目で見られても、本当に破裂はしないからな?」
「そうなんですか?」
「なんでそんな、本気で首を傾げるの…?」
「おいおい、勇者。リアンカを責めるなよ? 魔境じゃ珍しくないんだからな」
「…なにが?」
「自発的に爆裂四散するイキモノ」
「滅べ! そんなイキモノは滅んでしまえ!」
「俺が知ってるだけで、四種くらいは既に絶滅済みだ」
「自分が知ってる限りでは、十六種類くらいは当分存続していそうだが」
「そんな奇怪なイキモノが根強く生き残ってるのが、魔境の魔境たる所以なのか…!」
私達の言動に振り回されて疲れ果て、がっくり項垂れる勇者様。
何だかそろそろ、この一連の流れがパターン化してきた気がします。
天高き太陽輝くお昼時。
私達はお昼休憩にお弁当を広げ、まったりとごはんタイムを満喫中です。
そんな最中に、雑談にシフトチェンジしがちな会話に耳を傾けていた勇者様。
会話の中から必要な情報を拾い拾い、勇者様は確認する様に情報を纏めてきました。
「つまり、そのマルエル婆という方は、魔境に名を轟かす高名な占い師、なんだな?」
念を押す様に、一語一語単語を区切る様な話し方。
それに対し、はむはむはむはむ…とサンドイッチを囓りつつ、私とまぁちゃんが頷きます。
「ええ。魔境に名を轟かす、高名な占い師…の、ようなものです」
「ああ。魔境に名を轟かす、高名な占い師…の、ようなものだ」
「その『ようなもの』は、なんなんだ。重要なのか」
私とまぁちゃんは嘘も誤魔化しもしません。
ようなもの、と言ったら、ようなものなんです。
というか、それ以外になんて表現したらいいのか、正直戸惑います。
だってあの人、占い師が本業って訳でもないし。それだけの人でもないんですから。
そも、今日だって訪ねる本題は占いじゃないし。
さて、マルエル婆のこと、勇者様に何と説明したものでしょ。
でもマルエル婆のあれやこれやは、実際に目にして初めて説得力を持つ類だし…。
むしろ本人に引き合わす前にごちゃごちゃ吹き込んでも、信憑性低いしなー…。
サンドイッチを噛み締めながらの私の考えです。
しかしいつしか考えに没頭し、頭の中は虚しくも空転状態。
さてさて、一体どこまで話した物でしょか。
それともやっぱり一欠片も話さず、いきなり連れてった方が手っ取り早いかな。
どうするべきかと悩んでしまいます。
そこでちょっと、目配せを使ってまぁちゃんや副団長さんと相談してみたんですが…
私に応える、二人の目が言っていました。
『勇者の狼狽えっぷりが面白ぇから、黙っとこうぜ』
『退屈を吹き飛ばす、一抹のスパイス代わりにはなりそうだ』
『だよな。やっぱ、こーいうことは前振り無しに驚かすから面白ぇーんだよ』
『新鮮な反応は、無知からくるものだ。自分も黙秘に一票を投じよう』
それは最早、アイコンタクトと言うよりも念話に近い気がしました。
「……………」
………成る程。
まさに目は口ほどにものを言う、ですね。
ちょっと二人とも、目だけの癖に雄弁すぎる気がするな。
もしかしたら、私の願望が二人の目に投影されていただけかもしれないけれど。
無言の話し合いは円満に「黙秘」の方向性で決まってしまったことだけは確かで。
私は急遽、これ以上の情報開示を阻む為、話題を逸らすことにしました。
少しくらい態とらしくても良いやって気持ちで話を逸らします。
「それにしても、このお弁当、すっごくおいしい! でもいつものお弁当とちょっと違うね?」
咄嗟に口から飛び出したのは、掛け値無しに私の本音でした。
あー………実はちょっと、お弁当見た時から気になってたんだよね。
本日のお昼ごはん、お弁当は私が持ち寄った物じゃないんです。
じゃあ誰が? と言うと、そこはまぁちゃんが該当する訳で。
今朝合流した時、まぁちゃんはやたら大荷物でした。
中には必要じゃなさそうなアレコレもあったけど。
それでもこんな、予想外の荷物は大歓迎ですよ。
やたら大荷物の中、まぁちゃんの両腕を塞いでいた風呂敷包み。
その中から現れたお弁当は、大の男3人+小娘1人の腹を満たすにも充分な量で。
むしろちょっと多すぎるくらいで。
急いでいただろうに、しっかりお弁当を用意してくれたまぁちゃん。
私は彼に、歴代気の利く魔王様第1位の称号を贈りたいと思います。
彩り鮮やかなお弁当は、野菜も多めで健康にも良さそうなメニュー目白押し。
サンドイッチに至っては、なんと具が八種類もあったんですよ!
…サンドイッチだけで、ちょっとした量が占有されていただけはあるよ。
目にも楽しく、味も美味しい。ちょっと大味で雑把な仕上がりだったけど。
何だかやたらちまちま可愛らしい飾りもそこかしこに見えて、ちょっと混沌としています。
美味しければ文句もないし、見栄えにもケチの付けようがないんだけど。
でもちょっと、私には疑問がありまして。
なんか、いつものお弁当と違うなって。
私とまぁちゃんは従兄弟なので、勿論のこと、今まで一緒に行楽に行く機会だってあった。
ちょっとそこまでピクニック、なんて日常茶飯事で。
物心付いた頃には、お子様だけでちょこちょこその辺まで出かけてた。
子供のことだし、時間厳守なんてできるわけもなく。
むしろ時間を忘れて遊ぶから、お昼時に戻ってくる保証は皆無。
そんな訳で、私達は小さな頃から外で遊ぶ時、お弁当を持たされていた訳で。
男の子で年長のまぁちゃんは、皆の分の弁当も確保すべしという責務があった。
と言う訳で、幼い頃から私達が外遊びのお供にしてたのは、魔王城謹製のお弁当。
魔王城で腕を振るうプロフェッショナル料理人の皆さんが技と知恵を駆使した逸品。
だから私は、魔王城の料理人さんが用意するお弁当の内容や傾向は熟知している。
…筈、なんだけどなぁ?
目の前に広げられた、はじめましてのお弁当。
中身も外見も、今まで見たこと無いタイプ。
それなりに上手く作れてるけど、どことなく家庭的な暖かみがある。
はっきり正直に言っちゃうと、素人臭いお弁当? 果てしなく、一般人の手作りっぽい。
そんなお弁当に対する私の戸惑いを、まぁちゃんはしっかりと見抜いていた。
…お弁当に対する私達の反応を気にしていたから、直ぐさま気付いちゃっていた。
「この弁当な?」
私の戸惑いがどこに由来しているのか知ってるからでしょう。
まぁちゃんは苦笑を浮かべてから、照れくさそうに目線を逸らした。
私達、同席している人の顔を直視しないで済む角度。
…まぁちゃん、その反応は、なに?
「俺が作った」
「「ぶふッ!!?」」
おっと、汚い。でも許して。
耳にした言葉の意味が、今でも若干信じられませんが。
予想もしていなかった意外性ばっちりのお答え。…「俺が作った」とな。
それを前に、私と勇者様は二人揃って盛大に噴き出していました。
にしても、まぁちゃんと一番付き合いの長い私と、一番短い勇者様が同じ反応…。
それだけ意外で、驚きで、滅多にない事態が此処にあります。
「1人でか?」
「いや、せっちゃんも早起きして手伝ってくれたからな。2人でだ」
そんな中、一人だけ平然と質問を返すのは、副団長さん。
私と勇者様なんて、言葉もないくらい驚いているってのに…。
副団長さんは感動が薄い人だと、偶に思います。
「魔王と王妹の手作り、な…。何とも珍しいことだ。プレミアの付きそうなレア商品だな」
「売り物じゃねーよ。まあ2人で作ったと言っても、メイン制作は俺だけど」
「魔王陛下の手作り、か。それは味わってご相伴させていただこう」
「って、既に大分食ってんじゃねーか」
「仕方ない。腹が空いていた。それに知らなかったからな。だが知ったからには味わおう」
「知らなくても味わえよ。どんな食い物だって、作り手の苦労が染み込んでんだからよ」
「それもそうだな。まぁ坊の言う通りだ」
「…だからさ? 二十歳過ぎてんだから「坊」呼ばわり止めねーか?」
「では、『まぁたん』」
「………俺、偶にお前のこと、全然分かんねー」
でも取り敢えず、それは却下な。と、まぁちゃんがのんびり言っている訳ですが。
ちょっと此方、私と勇者様の方はそれどころではありません。
此方は噴き出して以来、二人揃って苦しくなるくらい、むせていました。
もうそれ以外の何物でもない勢いで、むせていました。
あー………内蔵、でそう。喉の肉、裂けるー…。
「ま、ま、まままままま…!!」
「…落ち着け。どうした、リアンカ」
「まぁちゃんって、料理作れたの!? っていうか、作るの!? 魔王なのに!!?」
「ああ、勿論。俺は全てに置いて完璧な男だぜ?」
「魔王に料理の腕なんて誰も求めてないと思うよ! あと、完璧とか厚かましくないかな!?」
「おいおい。言うな、リアンカ? 俺の器用さを甘く見るなよ?」
「まぁちゃんなんて百足に悲鳴上げる癖に!!」
「その名を言うな! ぞわっとする!!」
まぁちゃんは苦手なイキモノの名を聞いて、大袈裟に身震い。
演技じゃないのに、どこか演技臭いまでのリアクション。
「細長くて足の多いイキモノは苦手なんだよ! 特にびっしり足の生えてるアレやコレ!」
「フナムシとか、ゲジゲジも苦手だよね。それで完璧は無理があると思うの」
「生理的嫌悪感はどうしようもねぇだろ!?」
若干涙目になるほど、まぁちゃんは足の多いイキモノが苦手です。
特に百足とか、ゲジゲジへの反応は過敏。
悲鳴を上げて、反射的に殲滅してしまうくらい、苦手らしいよ?
なんかびっしり生えた足が気持ち悪くて、生理的に駄目なんだって。
それ以外の虫は、大体余裕なのにね。
節足動物唇脚綱→むかで類
まぁちゃんの苦手なもの。
「ところでなんで、まぁちゃんがお弁当用意したの?」
いつもみたいに、料理人に頼めばいいのに。
「馬鹿、そんなんこれから脱走するって宣言するよーなもんだろ」
「成る程。りっちゃんに気取られない為の対策ってこと?」
「こんな細心の注意払ったことなんて、滅多にねーよ」
「まぁちゃん…そんなにりっちゃんに見つかりたくなかったんだね」
やっぱりまぁちゃんは、完璧な魔王様じゃないと思った。




