51 事故渋滞の中で
生駒は、何も言葉にすることができなかった。
足の裏に根が生えたように、いや、足の甲が木の杭で砂利道に打ち付けられたかのように、立ち尽くしていた。
「さあ、帰りましょうか」
夏の虫が盛んに鳴き始めていた。
大矢に促され、生駒は砂利道を歩きだした。
木の杭を一本づつ、引き抜いていくかのように、重い足取りで。
砂利を踏む音にピタリと鳴き止む虫も、通り過ぎるとすぐにまた恋の歌を奏で始める。
生駒は、思いにふけった。
歩みはのろく、深く、やるせない。
三人はゆっくりゆっくりと歩きながら、墓地を出た。
大イチョウのご神木。
綾とこの木の声を聞きに来たときと同じように、グワッグワッと節くれだった太い枝を空に突き出している。
生駒は立ち止まり、思わず幹に触れた。
蘇ってくるあの言葉。あの歌……。
聞き耳頭巾で聞いた声を話してくれた、綾の声……。
「ちょっと待ってくれ」
生駒は駆け出した。
「警察署はどっち?」
「えっ!」
墓地に取って返す生駒に、大矢が追いついてきた。
「遠いですよ!」
「じゃ、車で! 出してくれる?」
「はい!」
三人はそのまま墓地を駆け抜け、大通りに出て、現場のゲートの鍵を開けた。
「自首しないってことですか?」
「いや、彼に聞きたいことがある!」
「なにを?」
「それより急いで! 警察署に入る前に追いつかないと!」
駐車場には、ハルシカ建設の社用車が一台、暗がりの中に停めてあった。
大矢がキーを取りに行っている間、生駒は頭の中を必死で整理しようとした。
行武は心配そうな顔だったが、あえて話しかけて、思考を妨げようとはしなかった。
車が、もう少しで警察署に着くというとき、渋滞につかまった。
「なんでこんな時間に!」
大矢が毒づいた。
「いや、もしかして!」
生駒は車から飛び出した。
大矢を残し、行武も飛び出してきた。
「なんだってんだ!」
それには応えず、生駒は駆けた。
事故渋滞。
前方に赤色灯がいくつも点滅している。
警察署の前。
信号のない、広い道路の真ん中あたり。
「まさか!」
渋滞の先頭に、頭から血を流して倒れている男がいた。
「うあああっ!」
救急車が急停止し、隊員がバラバラッと出てくる。
「待ってくれ!」
駆け寄ったとき、血まみれの石上を乗せた救急車の後部ドアがバタンと閉められ、と同時に急発進していくところだった。
「ち、き、しょおぉぉ! 遅かったか!」
「くっ」
行武が嗚咽を漏らしながら、石上の紙袋を拾い上げようとし、警察官に押し止められていた。
生駒は救急車の行ってしまった先を、呆然と見送ることしかできなかった。
警察によれば、黒井の転落事故、若槻殺しについて、自分がしたことだ、いまから自首する、という電話があったということだった。
石上は、即死だった。