幼き情景
「くそっ、くそっ、くそっ!!!」
広人は力任せに自分の体を壁に体当たりさせた。
頭がフラフラして、気絶しそうになる。でも、倒れなかった。倒れるわけにはいかなかった。
(アイツなら、分かってくれると思ってた・・・・・)
その瞬間、千夏の暖かい笑顔が、広人の脳裏に甦る。
(分かってくれるとでも思ってたのかよっっ!!)
その怒りは自分へ向かった。自分がやるせなくて、何回も何回も壁に体を打ち付ける。
自分は、期待していたのだろうか。千夏なら、自分と相手の関係を冗談でも言わないという事を。
そんなの、甘い幻想でしかないのかもしれない。けれども、信じたかった。
彼女の笑顔を、言葉を、そして心を。
「ざまぁねぇな・・・」
広人は壁にずるずるともたれかかった。
唐突に、柔らかい、しかし鋭い女性の声が頭から降ってきた。
「広人―――、広人―――」
その声は頭に心地よくこだまする。広人は気持ちよくなって瞳を閉じた。
―――――丘の上だった。見渡す限り、数え切れない家々がある。
傍を見ると、いろいろな花が咲き乱れ、雑草が生い茂っていた。
「広人!」
その明るい女性の声で、彼は振り向いた。
「お弁当持ってきたから、みんなで食べよう!」
「早くしろよ、広人!もう腹が減って死にそう」
母の近くにいた兄が呆れ顔で言う。
彼は家族のもとへと戻り、腰を下ろした。父が言う。
「今日の母さんの弁当の中身は何かな?」
「全くもう、あなたったら食べる事にしか興味無いんだから・・・」
「だから父さんは、太るんだよ」
兄が真顔で言う。弟もそれに乗じて、横で頷いている。
「そんな事言うな!人生は楽しんだ者の勝ちだ!!」
「父さんの生きがいって、食べる事・・・?」
「そうだとも、いい飯を食って、極楽浄土へ行く!それが、一番良いことなんだぁ!!」
「はぁ、もう構ってられない。食べるわよー」
そう言って母はお弁当のふたを開けた。たちまち美味しそうな匂いが漂ってくる。
「うわ!!美味しそう!!」
弟は叫んだ。兄はよだれを垂らしそうな勢いだ。父は輝かしい思いでそれを待っていた。
母が皿に取り分ける。そしてみんなで・・・・・。
「いただきまぁす!!!」
情景が変わった―――――。
母が父のシャツを見て、溜め息をついている。襟元に、くっきりと濃い口紅の色が付いている。
母はそれを本人に言う気は無く、ただ忌まわしい思いでその跡を眺めていた。
兄はそれをドアの影で目にしてしまった。そしてさらにその事を眺めている広人の姿も・・・。
ある日、広人はリビングへと向かっていた。入ろうと思ったときに、足が止まる。
父がいた。そして母の何かをいじっていた。画面のようなものが見えた。
―――――携帯だ。
広人はなんとも言えない思いで、それを見守っていた。
父が何をしているのかはそれを見た時点で、分かっていた。
きっと両親はどちらとも―――――??
また情景が変わった―――――。
家がごうごうと燃えていた。その外で、二人の少年が言葉を交わしていた。
「なんで、なんで、兄ちゃん・・・・・」
「・・・・・誰にも口外するな」
兄は冷たくそう言い放ち、背を向けた。2~3歩、歩き出して止まった。
「殺してすまなかった。でも、あの空気には耐えられなかったんだ。・・・・・許してくれ」
殺人者の顔をしたそれは、一瞬、悲痛の表情になり、また戻った。弟を一度振り返り、
それから一気に兄は駆け出した。
「兄ちゃん!!!」
何度そう呼んだか分からない。しかし、あの頼もしい背中は、夜の闇に消えてしまった。
そして、永遠と帰ってくることはなかった。
お久しぶりです。今回は、内容が薄くなってしまってもうしわけありません。
次回は、ちゃんとしたのにします(土下座)。
それでは、作者より心をこめて!!
by姫ちゃん