切なくて、もどかしいのは何故?千夏ver~
ピチュンチュン・・・。小鳥がさえずる音がする。
・・・違う。これは目覚ましと共にかけておいた小鳥の鳴き声BGMだ。
「ん・・・・・」
千夏はそのさえずりに起こされて目を開けた。
どうやらあの後、眠ってしまったらしい。そう自覚した瞬間千夏は顔を真っ赤に
火照らせた。
広人とのキスの感触がまだ残っている。それを、改めて思い知らされる。
広人とは、数え切れないほどのキスを交わした。
しかしこんなことは初めてだった・・・・・。
「あ~・・・。恥ずかしいよぅ」
千夏は呟いた。もどかしげに髪を梳く。
「何が恥ずかしいって?」
広人のほうを振り向くと、昨日のキスの相手がこちらを見つめていた。
「キャッ!!」
「おいおい、そんな悲鳴上げることでもねーだろ・・・」
「悲鳴なんてあげてないよ・・・」
「まだ、あの事気にしてんの?」
広人に見抜かれていた事がバレて、千夏はそっぽを向いた。
恥ずかしさで顔から湯気が出てしまいそうだ。
「あ、あのねぇっ!私はあんなキスをしたことは初めてなんだからね!
広人にとっては軽い気持ちかもしんないけど・・・」
「俺は、軽い気持ちなんかで千夏にキスしたわけじゃない」
「また、そんなこと言って・・・」
「俺はね、いつも千夏とキスするとき軽い気持ちなんかでしてない」
広人がもう一度繰り返した。
「・・・・・」
「そんなこと、千夏も分かってくれてると思ってたのに」
広人が険しい顔をして言った。千夏は広人の機嫌を損ねたかとしどろもどろだ。
「・・・っ、わ、分かってるつも・・・」
千夏が言い終わる前に広人はここぞとばかりに千夏の唇を奪った。
「もうっ!!!またそうやって私のこと焦らして!!」
「だって千夏はからかうと面白いからさぁ」
「人をお遊びに使わないで!!」
「ま、そんなに言うなら」
千夏は怒りながらも広人に対する愛情が今までより
もっと溢れている事に気づいていた。
もう誰が言おうがこの気持ちは、想いは絶対変わらない。
彼のためならなんだってできる。たとえ死ぬ事でも。
千夏はその誓いを胸に強く深く刻んだ。
彼のためならなんだってできる。やってやる。
その誓いがあとで試されるとも知らずに・・・・・。
「起きようぜ」
広人が言った。
「そうだね」
千夏も少し照れながら返した。
ベッドに皺などを直して、広人と千夏は床に座った。
二人とも、しばらく沈黙していた。まるで悪い出来事があったかのように。
水を打ったように静まり返る。千夏が何か話そうと口を開こうとしたとき、
広人が先に言った。
「ごめんな・・・。なんかいきなりこんなこと連れてきちまって」
「え?」
「千夏はさ、今までの暮らしが幸せだったんだろ?続けたかったよな?
でも、俺が、全国指名手配犯の俺が千夏を勝手に連れ出した・・・」
「そんなことないよ。今、私とっても幸せだよ」
「本当に?無理言わなくていいのに」
「無理言ってるんじゃないの。確かに私には家族との関係はもっと必要だったかもしれない。
でも、広人は別のことを教えてくれた・・・。『恋』という感情を」
「千夏は恋をしたことがないの?」
「えっ、あっ、あるよ。でもとてもはっきりした感情ではなかった」
「そうなんだ・・・」
「確かに初恋ってのはあったよ。でもそれは曖昧で叶わないと悟った瞬間に
諦められるようなものなの。それほど私の想いは弱かった」
「・・・」
「今回の気持ちは、叶わないって分かっても諦められないの。諦めようとしても
できなくて。死ぬほど苦しむんだろうっていうくらいの熱い想い」
「俺もこんなに深入りしたことはなかったよ」
「広人とは絶対に離れたくないんだ」
「千夏と離れたくない」
「そうだね、お互い」
「一緒にいるっていう?」
「でも・・・。人質と犯人じゃね~」
千夏は冗談のつもりで言ってみたが、広人は何も答えない。
千夏は言った後でその言葉の意味を思い出した。
自分はなんという失態を犯してしまったのだろう?
「ご・・・ごめん!!!」
千夏は謝った。しかし広人は口を開こうともしない。
本気で怒っているらしい。千夏は慌てる。
「お、怒ってる?ごめんね、私が変なこといったから・・・」
千夏は広人に謝っても通じない事をうすうす感じ取っていた。
やりきれない。ここにいても私は無意味だ。
それに広人を傷つけてしまった。広人が犯人じゃないのに。
濡れ衣を着せてしまった・・・・・。自分はなんて愚かなんだろう。
なんて馬鹿なんだろう。
もう、逃げてしまいたい。
その思いで千夏は勇気を振り絞って広人に言った。
「ご、ごめんなさいっ!私のこと、許さなくてもいいから!!」
千夏はそれを言って、飛び出した。
広人verもあるってことで・・・。