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Heavens Under Construction(EP5)  作者: 高山 理図
Chapter.6 Blue sky in the CAGE
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第6章 第12話 Sword Fighting Men's Final◇

 お弁当タイムが終わり、家で昼食を食べていた皆が会場に戻ってきた。私は引き続き舞台の前に陣取り、正座で観覧だ。そして私の横には、やっぱり救護班の腕章を付けたメグが正座してる。


 舞台の掃除を終え、武器のチェックを完了。準備も全て整い、モフコ先輩特製の七色の花火がパンパンと快晴の大空に打ちあがり、ドラムロール的な太鼓の音がどんどこどんどこ鳴り響く。

 そこで颯爽と露出度の高いグラマーな女性リングアナ(?)が舞台の上に登場! 

 モフコ先輩特製のマイクっぽい棒を握ってソウルフルな巻き舌でシャウト。


【グランディア剣術競技――決勝戦! 選手ゥ入場! 赤入場門――ッ! ネぇぇスト国――っ! クゥ―――ワトロ――ッ!】


 コールと共に白コーナーから現れた、ネスト御家人たちに担がれた御輿で恥ずかしそうに担ぎ込まれてきたのは痩せたM字ハゲのおじさん、クワトロさんです。この人シャイだから、赤面度合いが半端ない。


【白入場門――ッ! グウルァンランダァ国 ジェ――ロォオ――ムゥ――!】 


 これに応えるようにずどどーんと白コーナー、じゃなく白入場門から現れたのは、ジェロムさん。

 グランダの兵士たちの押す御輿に乗り、勇壮華麗に仁王立ちでの入場だ。


『ちょっとちょっとー! あのアナウンス、赤井さんの仕業?』


 様子のおかしい選手呼び出しアナウンスや御輿での入場に、頭の上で真っ白のふわふわ毛玉状態のモフコ先輩が聞いてきた。おっ? 気付いてくれたんだ私の仕込んだ演出に!? 


『はい! ウグイス嬢にもっとソウルフルな入場コールを提案してみました。どうです?』


 どうでしたか先輩~とか、好意的なリアクションを期待してたら。モフコ先輩、毛玉をぶわっと膨らませて


『ふざけすぎじゃないかなっ?』

『!? だって、決勝ですし』

『決勝戦だよ!? 素民のみんなも真剣にやってるんだよ! 遊びじゃないんだよ! そんなふざけた頭はこうしてやる! こうしてやる!』


 ぼいんばいんと私の頭の上で跳ねる毛玉。芝居がかったテンションでモフコ先輩にしばかれたよ。しかもよく考えてみたら毛玉状態の先輩に! おい納得いかねーぞこれ。先輩こそ、その姿はふざけすぎじゃないんでしょうか。メグが不思議そうにそのやり取りを見ている。

 まず存在自体がふざけてて、第二区画をあんなネタ区画にしちゃったモフコ先輩にふざけすぎとか言われるなんて超ショックじゃん! いいじゃん最後ぐらいレ○ー・ハートさんばりに盛り上げてもらっても。


 でも言われちゃうと謝るしかない。納得いきませんけど。


『すみませんでした先輩、真面目にやります! ですから跳ねないで、跳ねないで――!』

『分かってくれたの赤井さんっ!? 分かってくれると思ってたよ!』

『えっ?』


 何これ。先輩との三文芝居には付き合いきれないから真面目に実況やるか。


 泣いても笑っても、この大会の目玉。グランディア競技祭典 最終日。剣術競技男子決勝戦だ。

 クワトロさんは、また私をしっかりと見つめて丁寧に一礼をし、パウルさんにも一礼して決戦の舞台に赴いた。何て律儀な人だ。パウルさん、直臣というか老臣を心配そうに見てる。ジェロムさんは私のことなんてガン無視だけど、もうそれが普通だから気にしない。グランダの兵士さんが頭を下げるのは、基本キララに対してだけ。あとはもう、キララからの命令がなければ意地でも頭を下げない。

 ジェロムさんはそんな職業軍人さんだ、上下関係も主従関係もはっきりさっぱりしてる。


 私にとってジェロムさん、クワトロさんといえば。


 ジェロムさんは私の祝福を避けて、必ず使徒の列に並ぶ人。

 クワトロさんは私の祝福じゃないと受けない人で、使徒の列じゃなく必ず私の列に並ぶ人。

 という具合に、クワトロさんとジェロムさんは、私に対して態度が両極端なお二人だ。

 それは第一区画と第二区画という区画の事情をもろに反映しちゃってる。私はどちらを応援することもないけど、やっぱり慕ってくれるクワトロさんに頑張ってほしいかなーという気持ちはある。内心は、だよ。そんなん言えないし内緒だけどね。


「互いに武器を準備」


 クワトロさんは先ほどと同じロングソードと、ジェロムさんは細身で長めの、どちらかというとレイピアのような片手剣を右手に、ダガーナイフのような短剣を左手に取った。ジェロムさんがさっきと違う剣を選んだのが気になるなー。ロングソード対策なんだろうか?

 とまれ思い思いの武器を選んだら、一歩一歩階段を踏みしめて舞台に上がる。ひょうと、つむじ風が吹き抜けた。彼らの間には何も因縁はなく、恨みもない。ただ、彼らははっきりさせようとしていた。

 ネストとグランダの二国の剣術の、雌雄を決するとき。

 ネスト御家人と、グランダ重装歩兵。そのどちらが世界一なのかを!


「はぁじめえっ!」


 おおっと、審判のコールも気合が入ってる――! のっけからいきなり中段の構えで切り込みにかかるクワトロさん。それを受け止めると見せかけ、右足を踏み込み、顔面に突き込みながらジェロムさんはクワトロさんの顔面を狙う。クワトロさんは身体を左に翻して攻撃を躱しつつジェロムさんの剣を右斜へ押し下げ、片手剣に対し両手剣の強さで圧倒し、受け流す。両手剣は、バインド状態の時には力を乗せられるので有利だ。

 しかし押し下げられたジェロムさんの剣は抵抗せずバインドせず、素早くクワトロさんの剣の側面を滑り上げ、十字型の鍔の側面を撫でて廻り込ませ、クワトロさんの手首をすっと削いでいったー。あまりに迅速で、地味だけど的確な攻撃。ここまで、開始一分。


「有効、20点。先攻、ジェロ――ムゥ――!」


 ジェロムさんは剣を振った時に殆ど力を込めていない。明らかに決勝にきて、力を抜いてる。グランディア剣術競技は実戦ではないので、腕力の強さより刃を相手の身体に届かせる剣速がものをいうってことに、選手たちは薄々気付きはじめてる。うーんこの分だと来年は片手剣で、軽いレイピアに似た剣が人気になるんじゃないか、とのロベリアさんの見通し。今でいうフェンシングの戦いみたいになりそうだって。

 攻撃が届く、届かないが、致命的であるか否かが採点に重要で、防具に刻まれるダメージによる加点は大きくない。また、グランディア規定の剣を使用する決まりなので、実戦では有効であろう、武器破壊という戦法がとれない。実戦ならロングソードの重さと頑丈さで細身の剣を折ったり叩き潰す、という手もある……だからこの決勝戦になって、ジェロムさんは「実戦ではどうか」という事を度外視し、グランディア剣術競技ではどうか、ということを念頭に置いた武器選びをした。それが功を奏してる。グランダの兵士として戦うことよりも、勝つことに拘ってる。

 武器を選んだ時点で、クワトロさんの戦術は制限されていたんだ。


 クワトロさんは武器の選択に、少し後悔を覚え始めているみたい。何でそう思うかって? 私、看破が使えるので両方の考えてることが分かります。

 ジェロムさんは片手剣の軽さと速さを生かし、剣道でいうところの小手でポイント稼いでいこうとしてるみたい。序盤はそれで時間を稼ぐつもりのようだ。そして、後半にかけてクワトロさんがリードの差に焦ってきたところを大技で追い込む。そんな戦術みたいだよ。

 ジェロムさんの作戦は、先ほどのピリカラさんの鎌での戦略と同じだ。ロングソードは、確かに剣は長いので有利かと思いきや、両手で握らなければならないので若干リーチが短くなる。そんでジェロムさんは、少し刃わたりの長い片手剣を選んだ。つまり今回のマッチ、片手剣と両手剣といえどリーチはあまり変わらない。

 そして、ジェロムさんが左手に、斜め45度方向を向けて握っているダガーナイフ。これ手持無沙汰で握ってるわけじゃない。いつもジェロムさんが握ってる、グランダ兵の盾に相当するものだ。盾が使えないから、ダガーを使ってる。


 クワトロさんは、身体を傾け(半身)になって意識的に間合いを長くとった。

 軽くてリーチのある、剣速の速い片手剣に、さっきみたいに間合いを一気に縮められて真っ直ぐ突き込まれてくるともう致命的だ。

 あれ? ジェロムさんが走り出した瞬間、クワトロさん、ジェロムさんに気取られないように構えを変え始めた。足を前後に開き、後方に重心をもっていってる。つってもコンマ数秒の事なんだけど、ヤクシャさんとの特訓で訓練された私の瞳にはスローモーションのように見える。


 ちょ、それ空手の「猫足立ち」みたいになってない?

 この構えの長所は、前足での蹴りが自由になることなんだけど……って、やっぱり回し蹴りで剣を外へ弾いた――! 片手剣はスパーンと場外に刺さり、無防備になった懐にズバっと一閃。何その突飛な発想、空手? これ多分、ネストのもともとの剣術じゃないぞ。ロベリアさんの指導のたまものなのかなー。


「有効! 40点、先攻 クワトロ!」


 ってか点数高え――! 刃を狙ってタイミングを合わせて靴底で蹴るのが難しいからか?


「蹴りって……いいんでしたっけ?」


 剣術競技のルールをうろ覚えなメグが、耳打ちしてくる。


『構いませんよ。蹴りも打撃も、急所でなければ反則ではありません』


 私もうろ覚えながら、インフォメーションボードでルールを確認しながら何食わぬ顔で説明。レスリング的な技もよかった筈だ。ただし、武器を手放さなければね。


「ネストの御家人はみな、このような戦術なのか? だとしたら、感心せんな」

「お気に召しませんでしたか」

「二度はくわぬぞ」


 グランディアスタッフが場外から拾ってきた剣を握り、ジェロムさんは若干キレ気味。クワトロさん怒らせちゃだめよー冗談なんて通じない人たちなんだから……もう。超こえー!


「二度、同じものは見せませんよ」


 次は、クワトロさんのターンだ。先攻権のある人は、間合いも自由に決められる。

 クワトロさんは、剣道で言うところの一足一刀の間合い。開始の合図とともに、おもむろに踏み込む。中段から斬りかかる風を装い、ジェロムさんの防御を誘い込んだ。ジェロムさんが中段に剣を構え、受け流すか防御に転じようとすると、クワトロさんは大きく跳びながら上段の構えに移行、防御を越え、剣を返し、ジェロムさんの首裏から斬りかかる。飛び込み斬りってやつだ。するとジェロムさん、ダガーでワイプするように剣を払い、片手剣で首元にカウンターを突き返す。クワトロさんの喉に、ジェロムさんの剣が刺さった。うひー、喉が串刺しだよ! グランディアの剣じゃなかったら大惨劇になってる。


「ひゃっ」


 メグがショックで、短く悲鳴を上げたままドン引きしてる。そして正座のままにじりよってきて、私の後ろに隠れた。もうだめ、見てられない、といった様子だ。


「有効、40点 先攻ジェロム!」


 喉をやられた直後、クワトロさんは剣先が怖くなっている。普通は、怖くて間合いを詰められない。


”残り時間が、あまりないな”


 思わずクワトロさんはそう、砂時計を見やった。クワトロさんは間合いを詰め、攻撃を仕掛けた。右方向から水平に首を狙った刈りこみに対して、ジェロムさんは絶妙なダッキングで屈んで躱す。クワトロさんは頭の上で剣を回し、剣の慣性を生かしていま一度同じ、右から左下へ斬り伏せる。これをジェロムさん、跳び下がり間合いをきった。相手の間合いから出ることを、「間合いをきる」っていうらしい。


”この図体で……すばしこいな。そのうえ、時間を稼いでいるのか? くっそ!”


 あ、クワトロさんが心の中で悪態ついた。そう、ジェロムさんはガチムチなおっさんだ。体は華奢なクワトロさんより一回り、腕や太腿なんて二回りも大きい。なのに、ひょいひょいとダンスを踊るように剣を躱し、不思議なほどクワトロさんの攻撃が当たらない。追いかけさせては、ひょいと避ける。

 ジェロムさんは、年老いたクワトロさんの体力の消耗を狙ってるみたいだ。カルーア湖の湖畔の走り込みで鍛えたその体、息も上がらなければ汗ひとつかかない。何て強靭な肉体なんだ、この人、邪神とか言われてた私に恐れず真っ先に斬りかかってきたわけが分かるよ。


”しかァしっ!”


 クワトロさんは反撃の機を与えず剣を素早く返し、上段から体重を乗せ叩き込むように斬撃を放つ。すると、ダガーを上段構えに、片手剣を下段に据えていたジェロムさんは、片手剣とダガーをクロスしてこれを受け、バインドに突入。押し合うかと思いきや、ジェロムさんはクワトロさんの剣を二本の剣で挟み込みながら右下へ押し出し、押しだしたまま突きへと転じる。クワトロさんは身体を捩じるも、左胸の防具に剣先が触れた。防具の表面は薄いピンクの線を引き、ダメージは浅い。でも、有効は有効で、心臓に入った攻撃はポイントが高い。

 ジェロムさんは受け流した後、素早く突き込む攻撃が好きみたいだね。


「有効、30点 先攻ジェロム!」


 なんつー着実な点の取り方。

 次のターンで防御に回る筈のクワトロさんは、特に構えも取らずだらんと両手を降ろし肩で息をしている。その疲労困憊の様子を見たジェロムさんは、思わず口元を綻ばせる。


”老いぼれめ。流石に疲れたか……今だ”


 それを見たジェロムさん、クワトロさんが疲れて手を降ろしているのかと勘違いし、一気に飛び込んで真正面からの突きを放った。


”かかったっ!”


 おや、クワトロさんが喜んでるぞ。絶好の攻撃が来たらしい。

 疲れたふりをして、正面からの攻撃を誘い込んだってこと? すげ――やるじゃんクワトロさん!

 彼は斜め右方向に身を躱しつつ、ロングソードから左手を離して右手で握り、ジェロムさんの攻撃線の上にそっと剣だけ、刃先を相手に向けて置いた。え、なにこれ? と私が首を傾げる間もなく。

 ジェロムさんの攻撃は外れ、突き込んだ勢いでクワトロさんの剣が胸に勢いよく刺さり、そのまま貫通!


 インパクトやべええ――!

 クワトロさんは動かず、ジェロムさんが刺さりに来た、という風に私らには見えた。これ、あとで白さんに聞いたところ、フェンシングでいうところのヴォルテというカウンター技の一種らしいよ。剣を残しておくのがポイント、だって。両手剣ではこの技は使わないらしいんだけど、特訓の中でロベリアさんに教えてもらったのかな。


「有効――! 40点! 先攻、クワトロ!」


 跳びかかりながら右から振られてきたクワトロさんの剣を、間合いを詰めて狙いを外したジェロムさん、クワトロさんの腕ごと左腕で抱えて固くロックし、ホールドの状態に入った。かと思いきや、間髪入れず、がらあきの脇腹に悠々と一突き。


「有効! 30点! 先攻、ジェロム!」


 おっと、ここで――! 

 うわ――ジェロムさんにカウント入ったところで、無情にも砂時計落ちきった―!


「試合終了――ッ!! 優勝、グランダ重装歩兵 中隊長 ジェロ――ム!」


 疲労と脱力のあまり、クワトロさんは大の字になり、舞台の上にひっくり返ってしまった。拍手に意識を揺さぶられるようにしてはっと我に返り、ようやくのことで起き上がる。ジェロムさんがクワトロさんをそっけなく立たせた。互いに握手を交わす。


「うおおお――! グランダに栄光あれ――ッ!」


 あれ? どこからともなく、グランダの国歌がアカペラで流れてきたよ。観客席のグランダ民が歌っているんだ。てかグランダに国歌ってあったんだ……。


「キララ女王様とジェロム中隊長に栄光あれ!」

「世界最強のグランダ軍団に、世々に栄光あれ!」

「女王様の栄光のうちに」


 ジェロムさんは感慨深そうにひとしきり観客席を見回すと、会場の警備にあたっていたグランダの全兵士が空に向けて手を伸べ、敬礼をしているのを見た。それはグランダが勝利を得た時に行われるべく古来より定められたものであり、戦争に勝利したことのないグランダ兵が一度として経験したことのない作法だ……。

 いま、兵士たちの指先は真っ直ぐに伸び、天を指している。その動作は、グランダの民がグランダ王によって、天の意思のもとひとつに統一された、という意味をなす敬礼のようだよ。


 ジェロムさんはゆっくりと、一つ一つ作法を確かめるようにグランダ式の最高敬礼をして、彼ら仲間の兵士たちにこたえるように、天を示す。そこにいないグランダ王キララの威光をたたえ、グランダの民の繁栄を祈っての敬礼だ。観客席には、無数のグランダの旗が大きく振られ、たなびいていた。それまで殆ど表情のなかったジェロムさんが、少し涙ぐんだようにも見えた。ほんの一瞬だけど。


「偉大なる女王様……。わが軍の初勝利ですぞ」


 そういったジェロムさんの声は、多分私以外の誰にも聞こえていないだろう。


 クワトロさんはそんなジェロムさんと、彼を称えるグランダの民の歓声に圧倒されながら、それでも私に黙礼するのを忘れず、舞台を降りてきた。


「神様、ご覧いただいてありがとうございました。わしは信心が足りませんでしたかのう」


 彼はそう言うけど、本気でそう思っちゃいない。


『ご苦労さまです。あなたはよく頑張りました、ですがこれは勝負です』


 どっちの信心が深かったか。そんなものは関係ない。全く別の話だ。勝負は勝負で、これはスポーツだ。


「……まったくですのう」


 クワトロさんが、どんなに私を慕ってくれていても、彼がどんな願いを持っていたとしても。私の力で勝たせてはあげられない。舞台の下では、観覧席から駆け下りてきたネスト王 パウルさんが待っていた。


「クワトロ!」


 パウルさんは、マントも靴も脱ぎ捨てて走ってここにやってきたみたいだ。一刻も早く、パウルさんが家族のように思っているらしい老臣に、優しいねぎらいの言葉を伝えたい。パウルさんの思いが伝わってくる。


「王よ、申し訳ありませんのう……わしは、ほれこの通り。負けてしまいました。王には合わせる顔がありません。かような大事な試合で、王を喜ばせることができませんでした」


 クワトロさんは項垂れて、防具を脱ぎながら、禿げてぺっとりと髪の毛の引っ付いたみすぼらしい頭をぽりぽりとかいた。パウルさんは、裸足でグランディアの舞台下、芝生の上で踏ん張りながら、腹の底から声を出した。


「私はうれしいぞ!」


 パウルさんが出したこともないほど、パウルさん的には大声だった。グランダ民の歓声にかき消されてしまったけれど。


「お前のような強い家来を持って、私はうれしいぞ! グランダの軍団は人を斬って鍛えられていると聞いた、お前は人一人斬ったことがない。ネストは戦争の一つもしたことのない、弱小国家だ。でも、お前はこんなにも戦ってくれた。ネストの剣が世界に通用すると、お前はネストの国民に教えてくれたのだ」

 

 だからお前はネストの誇りだ。

 クワトロさんの主、ネスト王パウルさんの言葉だけが、クワトロさんを癒し労ってくれたことだろう。クワトロさんはパウルさんの前で、敗北の味を噛みしめていたみたいだった。パウルさんが嬉しいと言ってはいても、敗けたんだ。

 パウルさんは最後にこう言った。


「今夜は、飲もう。神様からの褒美はなくとも、この私からの褒美として、あのオームの美酒をあけてやる。今夜は宴だ」

「ええ……それは楽しみに。でも」


 クワトロさんは耳をすませた。何度も何度も、グランダの民の歌が聞こえてくる。


「来年は……この競技場いっぱいの歓声で、ネストの民の歌を聞きたいですのう」

 そう言ってクワトロさんは、もう堪えられなくなったらしく男泣きに泣いた。彼はきっと、ジェロムさんが羨ましかったんだ。


「おうとも。来年までに、この会場にはえるネストの国の歌をつくらせよう」

 パウルさんは、そう言われて国歌がないことに気付いたらしく、慌ててそんなことを言っていた。


 私はパウルさんが、いかにクワトロさんを褒めてあげたいと思っていたかを後で知った。

 だって、そのオームってお酒。パウルさんが三十年も楽しみにとっておいた、国に一本しかない超高級なお酒なんだってさ。なにそれどんな美酒なの。超飲んでみたいじゃない。


 今晩、私がネストの城にさりげなく行ったら追い出されるかな。

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