第6章 第8話 Lumberjack and old knight◇◆
メグの朝の日課は、シツジ牧場での餌やりと母シツジの乳しぼりから始まる。
一日も欠かすことなく彼らの世話をやき、その成長を見守り続けてきた。牧場はモンジャ民の共有財産なので最近は何人か牧場の仕事を手伝ってくれる者もいるが、基本、エドの襲撃を受けていないかを確認する朝一番の見回りは、メグがいつも誰よりも早く牧場に駆けつける。
幸いにしてエドの襲撃は久しくなかった。神殿に住まう神々の存在がエドたちをモンジャ集落から遠ざけ、平和な日々が訪れている。ナズとカイはまだ家で寝ているだろう。
「グランディアの間中、晴れてくれててよかったなぁー」
メグは空を見上げ、そんなことをぼんやりと呟く。雨が降ればシツジが外に出たがらない。
夜が明けたと喜び跳ねまわるシツジたちを柵の中に出し、白い柵に両肘をつきながら朝ご飯のプチプチのおにぎりに海苔のようなものを巻いて口の中に詰め込む。
一仕事を終え、ぼーっとしながら無心になって咀嚼していた。
「ロイ、帰ってこないなぁ……。どこいったんだろ」
ロイのいない寂しさを紛らわせるように、口に出してみる。ロイがモンジャにいなかったことなどなかったからか、彼が失踪してからずっと、モンジャの民は精神的に不安定になった。モンジャ集落が、かつてないほど混乱と動揺の色に染められている。
"自分で決めて旅に出た、のかぁ……私とは全然違うなぁ、ロイは怖くないのかな"
それは彼が行かねばならぬと彼の意志で決めたことだから、旅をすべきときに旅に出るのだ。赤い神はそう言った。彼の居場所は分かって、いつも見ていて、無事だとのこと。
"何で黙って行っちゃったんだろう"
ロイには本当の意味での理解者や親友がいない、赤い神以外に彼が心を開いているのを見たことがない。彼はメグにとって昔から弟のような存在だった。彼女はロイに関わろうとあれこれしてきたが、彼の心に触れることはできなかった。彼はいつからか、メグの見えない場所を目標に定めている。
”どれだけ遠くはなれていても、神様は旅人を守ってくださる……”
人はみな旅をして、けれども最後は神のもとに帰ってくるのだという。
旅の終着点、魂の帰る場所。それがこの楽園だ。
メグの人生の記憶は夢の中にも存在し、彼女は二つの人生を生きてきた。
”もし、メグが旅に出るなら、俺もその場所を見てみたいな”
そんなふうに、ロイは思っていたようだ。
日増しに現実味を帯びてくる夢の中の世界に怯えていたメグ。「この世界と向こうの世界は、どんなふうに繋がっているだろう」とロイに言われるまで、メグは思ってもみなかった。夢を見ない人は向こうの世界を知らなかったし、モンジャの民、夢の内容に興味も示さなかったから。けれども、ロイだけは確かに向こうの世界へ行く方法を知りたがっていた。
真実と虚構。実在の認識。
考えれば考えるほど、その関係性は表裏一体であるように思え、メグには分からなくなる。
ロイの歩むその場所にはどんな景色が見えているだろうか。何か手がかりはあったか。
静かに手を合わせ、ロイの無事を祈ることしかできない。
真実はときに残酷で、多分……旅立ちのときは近い。
”どうかいつものままのロイで、モンジャに戻ってこれますように”
『おはようございますメグさん!』
誰もいないと思って熱心に祈っていたところを背後から急に声をかけられ、心臓が飛び跳ねそうになりながら振り返れば、ワンピースのような白衣に薄紫のローブをゆったりと羽織った銀の翼の女天使が牧場の柵の上に舞い降りたところだ。まだ薄暗い牧場に、メグは太陽の光が差し込んできたかのように錯覚する。彼ら天使の纏う後光は素民からすると目が醒めるほどに眩く、素民の憧れの対象だ。
『朝早くから、せいがでますね?』
「ロベリアさま!」
赤井神が召喚した、薄青紫の髪の、美貌の女天使ロベリア・セシリフォリア。
そういえばメグは殆ど彼女と接点がなかった。彼女は寡黙で生真面目で、赤井の傍に控えている、控えめで目立たない使徒だ。モンジャにときどき祝福に来てくれることはあるが、こうしてメグ個人に近づいてきたのは初めてだ。
『ああ、手を止めさせてごめんなさい。何か作業をしていたら続けて』
「おはようございます。ちょうど神様にお祈りをしていたんです」
メグは日本人の癖なのか、素直にぺこりと頭を下げる。そういえば、と気付いて
「わぁ……お召し物が新しいですね。とっーてもよく似合ってお綺麗です」
トレードマークの紫の鎧を脱ぎ、長く美しい髪の毛を耳の横で結んで肩から垂らし、毛先を優雅に風に遊ばせている。随分と清楚で優しい、女性らしい印象で見違えるようである。しいて以前の彼女らしい勇ましい部分を言えば、腰に二本の長剣を挿してはいた。
『それはよかった。あの鎧姿では子供に不評だったのです。それで、懲りてしまって』
「ああ、それでだったんですか!」
祝福の際の抱かれ心地がよろしくないらしく、素民の子供たちからは「ロベリアさま固くて冷たいー」、とそっぽをむかれたのだ。子供に避けられるのは天使的に地味にダメージが大きい。天使さんも大変だなーと、メグは素民からアトモスフィアを集めなくてはならない彼らの事情を思い出す。心なしか、凛々しさが消え笑顔も柔和になり、話しかけやすくなった気がする。彼女の周囲からは華の蜜のような甘い香りがして、メグはうっとりする。
「ふふ、けれどもネストでの祝福が大変かもしれませんね。ところでお話って何ですか?」
子供ウケはよくなるだろうが、失礼極まりないネストの御家人たちから容赦なくおっぱいコールが鳴り響くであろうことを容易に想像しながら、メグはほわんと微笑む。
『心当たりがあればでよいのですが。数日前の夜、エトワールさんを見かけました?』
ロベリアはあまり深刻になり過ぎないよう気をつけながら、多少真面目な面持ちで尋ねる。メグはたじっと目を泳がせる。
「あっ、お会いしましたよ。夜中……私、用を足しに起きたんです。その時、家の外にエトワールさまが通りがかっていらっしゃいました。私は……どうしたっけ、寝ちゃったのかな。覚えてないや。そのまま寝ちゃったみたいです……えへへ」
メグは照れこそあれ、特に隠す様子もないが、後半の記憶は曖昧のようだった。
首にさがっている首飾りを見つめながらロベリアはやはり、と唇の裏を噛む。……彼女は、数日前と違う首飾りをしているのだ。エトワールはメグを催眠をかけ、看破防止ネックレスを外して看破し、ネックレスをすり替えたとみえる。
『メグさん。その、首飾りって……』
「えへへ、この首飾り。あかいかみさまからいただいたんですよー」
ネックレスがすりかわっていることに気付かないメグは、大事そうにチェーンを取り、首から外してロベリアに見せようとする。しかし、メグが外した瞬間、メグの周囲に半透明の光のドームが展開される。それは精神遮蔽フィールド、俗にいうマインドギャップだ。メグの首飾りに、このような高度な機能は実装されていなかった。
”エトワールさん……メグに何かあったということですね”
メグの記憶に触れようとする悪しき者から、エトワールは彼女を守ろうとしたのだ。ロベリアは構築プログラムとアトモスフィアを手に纏わせると、メグの頭を撫でる振りをしながら半透明のフィールドの中に精神の先端を浸入させてゆく。マインドギャップを開け、熟練構築士同士の力比べが水面下で始まった。エトワールの仕掛けた何層もの心層の防壁を、一つずつ突破してゆくのは、決してたやすい事ではなかった。
”だめだわ……防壁が固い”
エトワールの留置したフィールドが、看破の波長を許さない。突破は無理だとみたロベリアは、メグの心理状態を先に崩すことにした。
『祝福させてもらってもよいですか? その……泣いているみたいだから』
「うん? 私のことですか? 全然泣いてないですよ?」
ロベリアはきょとんとするメグに畳み掛けるように
『ここが……ね』
彼女は自らの左胸のあたりをとんとんと指さした。
「えっ……、ここ?」
”ごめんなさいね”
相手を動揺させ思考を白紙にさせることで、メグ側の心理防壁を取り除き、看破の隙を創るという猫だまし的な方法を執る。ロベリアの意識を滑り込ませるように、すかさずメグの深記憶、宣言的記憶の中のエピソード記憶、生脳の海馬部分に相当する狭い領域に看破をかける。
現在進行形で進んでいるアガルタ内での思考の遣り取りは常時可視化されているが、海馬から側頭葉領域の、メグの破損した現実世界での記憶は必ずしも見えるわけではない。
そうしている間もエトワールの防壁の妨害が続いている。
手間取れば、競り負けそうだった。
”あっ、見えそう。もう少し"
彼女は遂にメグの記憶の一部に到達した。
彼女の記憶はロベリアの思っていたより具体的で濃密なもので、仮想世界での治療が終わりを迎えているということを暗示させた。メグの人間としての過去の記憶は、振り下ろされる鈍器の映像で途切れている。彼女の肉親、恋人、姉、襲撃者。ロベリアはその映像、音声情報の全てを記憶に焼きつけた。彼女は数秒間メグを凝視すると、呆然とするメグに悪びれたように優しく微笑み、戸惑う彼女の首に、首飾りを提げた。
丁寧に、彼女の記憶に錠をかけるかのように。
全てを見た彼女はもう一度、同じ質問を繰り返す。
『祝福しても?』
「もちろんです! わぁ、嬉しいです。ロベリアさまからの祝福は初めてですよ」
同意を得て、ロベリアはメグを擁く。きつく銀の翼と共に深い懐に包み込む。
それは長い抱擁だった。メグはアトモスフィアを全身全霊で受け止めながら、彼女の胸に身体を委ね、控えめに、だが確かに信頼を伝える。アガルタ世界における抱擁という行為は、発達段階における乳幼児期にまでさかのぼった基本的人間関係、自我の再構築という、心理療法的に非常に重要な過程を経る。
だから、母親が赤子を擁くようにぎゅっと抱擁するとよく、特に母性を担う女性構築士は高い治療効果が期待できるとされている。
「……なんだか元気出ましたよっ」
メグは力こぶをつくってみせた。
『いいのよ、無理しないで。遠慮なんていらないの。あなたが悩み、苦しいと思うことは、私でよければいつでも受け止めるつもりです。悩みを聴かせて?』
「うーん……もうすぐ、私もロイのように旅に出るのだと思います」
『そのようですね』
ロベリアは優しく相槌をうち、傾聴する。怖いことではないと、納得させるかのように。
「そこはかみさまも、家族もモンジャのみんなもいない世界です」
彼女は静かに、思いを吐き出す。
「それが、かみさまの思し召しですね」
『ええ』
成すべきことを確めるように、静かな会話が続いた。ロベリアは問題を先送りにしたり、はぐらかしたりしなかった。厳しく、しかし優しくメグの質問を受け止める。
「私とロイは、かみさまに皆より目をかけていただきました。たくさん、お言葉もかけてもらいました。でも、きっとそれはこの世界にいる時間が皆より短いから、だったのかもしれません」
皆より早く旅立てるように。メグは、所在なさげに両手をあわせながら、本音を漏らすのだった。
「旅だちは、いつでしょうか?」
『あなたが旅に出たいと思ったときに、旅立てばいいのです。あなたが決めてください。準備ができたら、私が向こうの世界で出迎えますから』
僅かの間も挟まず、メグに寄り添うという彼女の単純明快な意思が反響のように即座に戻ってきた。
「えっ!?」
『あなたを一人になんてしません。そしてあなたが望めば、いつかこの世界に帰ってくることはできます』
メグの頬に、ぽろりと涙が伝い落ちた。慌ててごしごし、と袖で拭う。
赤い神もエトワールも誰も言わなかった一言が、どれほど彼女の心に響き、心強かったか――。
「かえって、これますか」
『帰れますよ』
目の前の女天使は言うのだ、力強く迷いのない声で。赤い神がどうして無口で大人しい彼女を召喚したのか、その理由がなんとなく分かったような気がした。静かではあるが、優しさと温もりが伝わってきた。
「向こうの世界に、馴染めるでしょうか」
あなたのお姉さんもいるわ。ロベリアは伝えたかったが、言わないことにした。
メグの姉を連れて来て、直接会わせてあげよう。そう思ったからだ。
『約束をしましょ、向こうで目覚めたら、私が待っています』
女同士の固い約束を交わし、その時、ロベリアは真実を知り腹をくくった。
エトワールと共にいたのはメグの実の姉であり、メグは生死の境を彷徨い、大切な人々との絆を断ち切られ、こんな形でアガルタに来なければならなかったのだ。ありふれた、彼女の人生を取り戻したい。
それは構築士として同じ女性として、神様でなくてもできることがあるはずだ。彼女は使命感に燃えるのだった。
『それならばもう、寂しくないでしょう』
「………ひっく、…ふえぇ」
握られたその手は震え、力が込められて、メグは子供のように泣いてしまった。恥ずかしいと思えば思うほど、とめどなく泣けてくる。ありがとう、と言いたかったのに上手く言葉にならない。
『よし、よし』
女天使は笑んでメグの背に手をのばし、赤子をあやすようにぽんぽんと背中を叩く。こころゆくまで抱擁し、去り際に額に自らの額をちょんとつけると、大きく翼を羽ばたかせ、グランディア競技場へ飛び立った。それはモンジャの風習で、約束を必ず守るという意味が込められていた。
言葉少なで、ぎこちないが思いやりの込められたその動作に、メグは、きっと大丈夫だ。そう思った。後ろからおずおずと近寄ってきたアイに乗り、布で顔を拭い、
「私、旅支度をするよ。アイ」
かみさまと、みんなとは離ればなれになるかもしれないけれど。
「笑って、行ってきますって言いたいから」
ロイも私も、さよならではないから。
ロベリアが約束してくれたから。かみさまとその使徒たちは嘘をつかないから。
だから笑っていたい、そうしようと、メグは思った。
*
国民の皆様おはようございます、神殿を清掃中の赤井です!
何だか皆様にご報告するのも随分久しぶりだったような気がしますよね。にしても……手を止めて思わず腰をさする。
『あぃてて……』
一昨日、メグに何十回と針で刺されまくってまだ腰が痛いんだ。ヴァーチャルな存在なんだから痛みなんてシグナルでしかないから別にいいんだけど、痛いもんは痛い。
でもメグも私も頑張った甲斐あってキララに移植ができて何より。あとは造血幹細胞が生着し、好中球(白血球の一種ね)が産出されはじめてキララの病を癒してくれるのを待つばかりだ。箒がけを終えて清々しく深呼吸していたら神殿の天井に転送陣が現れ、久々のエトワール先輩の姿が現れた! エトワール先輩、ちょ、そこ今私が折角ゴミ集めた上に降りないで、掃除やり直しだから!
あ、空気読んでくれて少し離れた場所に着地。
『先輩じゃないですかおはようございます! 急に欠勤が続くからどうしたのかと思いましたよ』
聞いてくださいよ! 先輩がいない間、こっちも色々あったんですから。
主にキララとか……と言おうとした途端、先輩がなぜかぷっと吹きだして
『なーんてね! 俺っすよ赤井さん、俺俺! 俺っす!』
エトワール先輩の声で俺俺詐欺してる人がいるけど何事――!?
話し口調がどう考えてもヤクシャさんじゃないですか! 先輩のアバターで体育会系喋りだと超シュール! 違和感満載!
『あれ、エトワール先輩ではなくてヤクシャさん、一体どうしたんです?』
話を聞いてみたら、やっぱり中身入れ替わってました。それバグとかじゃなくて? 直してもらわなくて大丈夫?
『使徒がロベリアさんだけだと、こっちも負担大きいっしょ。欠勤してるなら乗ろっかなーって。俺、外にいても暇っすし』
『そのアバターで、体育会系な口調で通すつもりです?』
私は手早くゴミを塵取りで片づけながらツッコんでいた。
『なっはは、これ癖なんでしゃーないっす。死んでもなおんないでしょーしっ!』
私は密かに”そこ直そうよ!”、と思いながらも微苦笑。まあ仕方ないですよね。私に「モンジャ派やめてタコヤキ派になれ」といわれても直りませんし無理だっちゅー話です。
『おはようございます! 皆さまお揃いで、遅れてしまい申し訳ありませんっ』
遅れて、こちらは正門からぱたぱたと駆け込むように出勤してきたロベリアさん。かわいい。遅刻を詫びてるけど、私にはいつが彼らの出勤時間なのか分かんないから気にしなくていいですよー。
『少し、私用で遅れまして』
何かあったのかな? 何か表情がいつもより深刻そうだ。
うーん、何か様子が違うから後でさりげなーく聞いてみよっと。
『赤井さーん、そこいるー!?』
『モフコ先輩、掃除終わりましたよー、あとはモップがけを』
私、モフコ先輩、砂谷さんロベリアさんと構築士一同揃ったところで。私ら大変なこと忘れてました。
『ちょっと赤井さん! そんなことより遅刻遅刻! とっくに競技場に行く時間だよ、首を長くして皆待ってるかも!?』
モフコ先輩に言われて気付いたけど、グランディア開始の時間が10分ぐらい過ぎてた。
やっべ、白さん蒼さんも先行ってるんだろうか。誘ってくださいよそこは、置いてかないでくださいよ! っても時計見てなかった私が悪いし。
『行きましょうか。最終日ですし、皆さん最後まで素民のサポートをよろしくお願いします!』
『はいっ!』 『うっす』 『おっけー』
やや遅刻気味にスタジアムに登場すると、白さん蒼さんが既にいたということもあってか
『私ら抜きで始まっちゃってましたね』
拍手と歓声でスタジアム内は最高潮で、別に私らがいなくてもよかったみたい。丁度、ファイアーダンスみたいなのをモンジャ民が披露してたとこだ。勢い余って誰かの髪の毛が炎上してわたわたしてた。モンジャ民のドジ具合は日常茶飯事なので、息吹で風を送ると、無事鎮火して事なきを得、わたわた退散していった。相変わらずというか、何というか。
「やあ、神様たちのお出ましだ!」
「あれーいつ来たの」
『いやぁ、私がいなくても盛り上がっているみたいで何よりです! 楽しそうで!』
「怪我のないようにお祈りしとけー!」
余興も終わり、剣術競技・男女の本選が始まろうとしてる。思えばグランディアの最中、キララの容体が悪くなったりロイが失踪したけど、素民たちに事情を話したから、多分彼らは納得してくれてると思う。私の支持率、ていうかガタ落ちしてた信頼率も90%台に回復してきた。預かった信頼の分、仕事しないと。
「選手、入場~~!」
選ばれたベスト4の選手たち、男女4人ずつ計8人の選手たちがスタジアム中央に出てきてお披露目だ。
一列に居並んだ彼らは私達に黙礼してくれる。その顔ぶれの中には、やっぱりコハクもいた。
そういや決勝戦の男性選手陣は殆どが既婚なのでキララの「優勝者に求婚する!」とか言ってたあの話はお流れだよ。病気が完治して、そういう話は普通の精神状態になって落ち着いてから、ってことに。
白さん、そんなコハクの写真撮っては悦に入って自分のインフォメーションボードにアルバム作って飾ってるし……親バカなのはどこの主神も一緒ですね。私も素民たちの雄姿をおさめたアルバム作った方がいいのかな、なんて油断してたら素民から無茶振りが。
「ではあかいかみさま、剣術競技にさきだち、一言ご挨拶をおねがいします!」
『十日間行われてきたグランディア競技も、みなさんのおかげで本日で最終日を迎えました。最後の競技は戦いではなく、剣技を高め、精神を磨くための試合です。傷つけあうことが目的ではありません。選手の皆さんは対戦相手に対し正々堂々と挑むことを心がけてください。そして選手と観戦する皆さんも彼らに声援を送り、共に楽しんでくださいね。なにより、一番大切なのはですね……』
いい調子で演説してると
「かみさまー、お話がながいですー早くはじめましょうよー」
「そのくらいでいいですあかいかみさま。ぼくたち熱い戦士たちの戦いが見たいですー」
前列のモンジャの子供たち、本音出まくりってか堪え性がないなー。あ、血相変えた親に脇かかえられてどっか連れて行かれた。早く試合が観たくてウズウズしてるんかなー。
『気持ちは分かりますが、いま大事な事を言っているので最後まで聞きましょうね』
殺伐とした雰囲気は引っ込めてスポーツマンシップでお願いします!
何かと忘れがちだけどここ天国だから!
『……というわけなのです!』
むりくり最後まで話し終えたら、モンジャの子たち舟こいでるし。蒼さんに至っては演説中まいてまいて、と指回してたし。
「一言ではなく百言ぐらいの、ありがた~いお言葉になりましたが、神様どうもありがとうございましたー」
そんな雑に扱われたら地味にへこむよ私。
まー剣術競技だけは、しっかり趣旨を説明しときたかった。グランディアの種目に取り入れたのは、グランダの兵士さんたちの活躍の場をもうけたかったからだ。以前、私がモンジャとグランダの第一区画での全面戦争を避けてしまったがために、職業兵士さんたち戦えず、フラストレーションが溜まりまくってたから、ガス抜きというか発散してもらう場所が必要かなーと思ったんだ。そういや一部夜警の人たちとは私とちょびっと戦いましたけど、戦ったってかドタバタやってた感じだし。
そうこうしてるうち、細いヒモ束をベスト4の選手たちが一本ずつ引いて、対戦相手が決められた。
同じヒモの端を掴んだ相手と戦うんだ。制限時間つきの試合の終了後、攻撃が優勢であった選手が勝利する。男女交互にやるみたいだよ。
第一戦目、男子が始まる。
「互いに武器を用意!」
さて、剣術競技と銘打たれてはいるけど、銛、剣、槍など、得物、長得物もろもろ、何を使ってもいい。飛び道具は禁止、観客席が危険だからね。武器はグランディア側の用意したのを使ってもらう。モフコ先輩の自信作で、見た目は武器そのままでありながら、半物質だから肉体は切れない。相手を突いても斬っても全然大丈夫。安全性と武器の性能の差を考慮して自前の武器は禁止、防具は剣道の胴着に似たの、準備した同じものを着てもらうことにした。
【モンジャ 木樵り カコン x ネスト王直臣 クワトロ】
山男みたいな、いかつい体格の青年がモンジャの木こりのカコンさんだよ。
モンジャの山から木を伐ってくる専業木こり、無口で力持ちの人だ。
彼は鉈みたいな道具であっという間にモンジャの裏の山の木を伐り倒し、急峻な山道を毎日歩いて足腰鍛え体力をつけてる山の番人だ。彼は地味に今、モンジャで神通力チートあり状態のロイの次に力持ちかもしんない。モンジャ山の山中で野生のズンズ(猪っぽい超狂暴な獣ね)を鉈一本で仕留めてみたり、ブリルの巣を普通に縦断してみたり、命知らずだったりするふしはある。
けど、そんな武勇伝も彼が寡黙なので誰にも話さず誰もにも注目されないまま、モンジャ勢代表として上がってきちゃいました。
カコンさんは最近モンジャに追加された人間患者なんだけど、コミュニケーション能力に乏しく、言葉も不自由。だからなのか、彼はモンジャでは珍しく人と会うのが苦手だ。人が近づこうとすると、大声をあげて逃げたりする。モンジャの大工さんがカコンさんの木材を買い取りに来るんだけど、最低限の会話しか成り立たない。
私は、暇を見つけては山で一人暮らしのカコンさんを訪ねて色々と対話を図ってきた。時々はやっぱり、素民に対するのと同様に、私ですら大声を上げて追い払われたりもしてた。近づきすぎて、斬られそうになったことも一度や二度ではない。祝福もまともにさせてもらえない。
白さん曰く、心理学的にはアイデンティティの形成と両親からの精神的な独立が完成している青年期ではどうとかで、高次脳の治験も若年者ほど治りやすく、大人ほど難しいのはこの世界の常識。成人の場合は、しっかり話を聞いてあげると効果があるとかないとか。
彼はいつも休憩中に切り株に腰かけ、隙を見て言葉をかけようとする私に、時々は何かをもどかしそうにしながら応じてくれようとするけど、言語野がやられてるからか言葉がでてこない。
辛抱強く待ってても、
「や、やっぱり、だめだ。かえれ、かえってくれ」
寂しげに首を振って私を帰そうとする。少し遠くから彼の心を看破してみたけど、うんうん唸って一生懸命言葉を考えてるのに、考えがまとまらないみたいだった。何を訊いても、いつまで待っても話すことを諦めてしまう。そんなとき、カコンさんの顔は青ざめて、肩はぶるぶる震えていた。私を含めて、人と、人の姿をしたものを怖がってた。”私は逃げませんから、お話はゆっくりでいいですからね”そう言って、現実世界で何やってた人なんだろうなー、と探りつつ注意深く観察してたところだった。
『カコンさん、何故グランディアに出ようと思ったのでしょう』
人を苦手として山籠もりをしている彼が、こんな大勢の前に出てきてどういう心境の変化だろう。
『自分を変えたくなったとかじゃないの?』
モフコ先輩はそんな気楽な見解だ。
『そうなんですかねー』
スタジアム中央、少し高くなった闘技用の真っ白な舞台に上がったカコンさんとクワトロさんは、数ある武器の中から迷わず、別々の武器をとった。
カコンさんが取り上げたのは、ハルバードかポールアックスみたいな、先端に斧のついた長柄の武器。樵の斧に似てるからかな。穂先、というか先端は尖ってないやつ。
クワトロさんはロングソードみたいなのを握りしめてる。
『おや、やはり異種武器戦闘になりそうですね』
『そっすねー、これだとモンジャが不利になるかなー』
ロベリアさんと砂谷さんは興味深そうに分析を始めた。未熟な彼らを何か微笑ましく見てるっぽい。蒼さんはあまり興味なさそうにあくびしてる。
『ところでロベリアさん、クワトロに剣術教えてあげたんすか』
『朝、練習の相手をしていただけです、特に教えてはいません』
グランダ兵士さんたちの剣術競技への入れ込みようが本気すぎてネスト御家人が若干引き気味だった頃。ロベリアさんは、クワトロさんに何度か乞われて、神殿裏でクワトロさんの練習に付き合ってあげていたみたい。素民に個人的に肩入れをしてはいけないというポリシーで、教えすぎはしてない。ロベリアさんの剣の受け方を見て、クワトロさんは勉強してたのかもしれないな。
『へー、ロベリアさんがクワトロさんにですかー。クワトロさん、ロベリアさんに会いに神殿に来ていたんですね』
私が感心していると。
『神様、そうではありません。クワトロが毎朝神殿前にお祈りに来ていたことをご存じでしたか?』
ロベリアさんが唐突に、私に話を振ってきた。
『え、いつですか?』
『夜明け前の神殿の正門に、いつも赤い花輪をかけてゆくものがあります。ご存じですか』
『花輪のことは知っていますが……彼が、ですか?』
『へーそうなんすか』
砂谷さんも知らないみたい。
神殿の正門が開く前、でっかい花輪がいつもかかってるんだよ。あれって、メグじゃないって言うからモフコ先輩が構築スキルでぱぱっとやってるもんだと思ってたんだけど。クワトロさんが早朝一番に来て、花輪かけて門の前でお祈りしてネストに帰ってたのか。何で直接私の前に来て届けてくれないんだろ。シャイすぎて、とか?
『したくてもできないのです。あれは、クワトロがパウル王の城に出勤する前にシツジを走らせて神殿を訪れ、王とネストが無事でありますようにと、少しでも神様の傍近くで祈りを捧げているのです。彼は昼間、パウル王の傍近くに仕え、神殿にゆくことができませんから』
『なるほど……』
『彼なりの、あなたへのアピールだと思われます』
マジで! アピってたの!? やらかしたなー私。そんな、正門があくまえっていったら私なんてぐっすり寝てるよ。あ、クワトロさん的には神様が寝るなんて思ってないのか。それは知らずに悪いことしたな、ネストに祝福に行ったとき、クワトロさん全然悩みもないって言うから。ロベリアさんは、いろんなことを知ってるんだな。素民をよく観察してるってことだ。まだ着任したばっかなのに素民全員の顔も覚えて、仕事してくれてる。ロベリアさんが把握してくれなかったら、クワトロさんのお祈りを取りこぼしてしまうとこだった。ありがとうロベリアさん。
『まだ暗いうち、老臣がネストの大地の寒さに震えながら高原で一人、神様に捧げる花を摘んでは黙って神殿に届けているのです。あなたが植物を好むと、メグに訊いたようですから。そんな彼に私が労いの声をかけたら、剣を見てほしいと言われました。それで……』
『そうだったんですか』
私が植物を好んでるのかどうかはさておき、一度もクワトロさんにお礼言ってないな。クワトロさんは髭をたくわえ、M字禿げのひょろりとした冴えない初老の御家人。五十代ぐらいだった筈だよ。
私がロベリアさんと一緒にネストに祝福しに行ったとき、男性陣がロベリアさんの前に長蛇の列をつくる中、若干へこんでた私のところに並んでくれた人だ。気をつかったのかと聞いたら、「儂は最初から神様と決めています」なーんて言ってたな。社交辞令だと思ってたけどそうじゃなかったのか。
クワトロさんがロングソードっぽい両手剣を取ったのは、ネスト御家人は鋼鉄の鎧を着るので、盾を使わないから、だそうだよ。本当は、道具も手に馴染んだものを選びたいに違いない。でも、道具の差が結果に影響してはだめだ。
「この剣は、折れませんからな」
ん? クワトロさんがそう呟いたのが聞こえた。何か思うところがあるみたいだ。
『彼は、この戦いに御家人としての意地を賭けているようです。ネスト王の直臣でもありますから、負けたら職を辞すると』
そんな大げさな……と思ったけど、クワトロさんは一応武装国家だったネスト王の側近中の側近。無様に負けたら、ネスト王の警護は手薄ですよーって宣伝になっちゃうみたいなんだ、特にグランダに。そっかー、互いに敵国じゃないけど張り合ってるのか。
『一方、この戦いに勝ったら、カコンは回復の兆しを見せるかもしれません。予選から彼の様子を見てきましたが、彼はこの世界に来てはじめて、精神的な変化を実感しているようです』
そうか。私もカコンさんのことは予選から見てきたけど、ロベリアさんはもっと違う視点で見ていたんだな。
『どちらも負けられない戦い、ということですね』
『平和を尊ぶ神様の主義とは反するかもしれませんが。戦うことで生への執着を得る場合もあります』
『それは患者さんに対しても、ですか』
一歩踏み込んで聞いてみる。
『場合によっては、その方がよい結果も』
ロベリアさんは深く頷いた。現実世界に生きていた私達が生死を身近に感じる場面は、確かに皆無だといっていい。彼女は、時には敢えて危険と隣り合わせで、患者さんの命と人生を省みるような体験をしてもらった方がいいって立場なのか。色々考え方があるんだなー。
そうこうしてるうち、両者向かい合って試合が始まってた。
「はじめ!」
クワトロさんは、カコンさんの下段の構えを見るや、剣先を真上に向けてグリップを握り込み、ガードに適した姿勢を取った。剣術の構えってのは、ある動作からある動作へ最速で移行できるように工夫されたものらしい。行動を読ませないよう相手より一刻も早く優位を取る。構えたまま長時間とどまらない。
一方、カコンさんはそういった心得は何もない。駆け引きの利かない、意思疎通のできない野生動物と戦ってきた。
彼の戦闘スタイルは素人丸出しではあるけれど、読めない分、クワトロさんは警戒してる。
靴を脱ぎ捨てていた裸足のカコンさんは、5シン四方の方形の石の舞台を踏みしめ、スタートポジションから右へと動き出した。
クワトロさんを見据え弧を描くような右への足運びの後、斧の先端を右下から切りあげクワトロさんへ先制攻撃を浴びせる。クワトロさんの瞳は、猛然と突進してくるカコンさん自身を獣として映していた。
「いい、顔だね」
感心した様子で一言唸る、クワトロさん。
彼は下から振り上げてきた斧の背を剣先で引っかけ、斜へ叩き落とすように跳ねつける。
クワトロさんはガードを崩し懐ががら空きとなったカコンさんを見逃さない。畳みかけるように前へずずんと踏み込み、カコンさんの首を横から狙った。
が、手首の初動を見ていたカコンさんは既に頭を低くし剣の下をくぐり抜けて、斧の柄で右脛をめがけて外側から刈りこむように振りぬく動作を完了していた! クワトロさんが一度開始した動作を途中でやめるには、反射速度を考えればコンマ数秒を必要とする。カコンさんの野生の勘ともいえる、動作の察知の速さ。
獣じみたセンスは、ベスト4まで勝ち進んできた勝因の一つか。
「おおうっ!」
カコンさんは怒号とともに彼を転倒させ、仰向けになったクワトロさんにラッシュを撃ちこむ気だ。
クワトロさんは向う脛を斧の柄で強打され、反動で体軸を左へと崩したが、痛みをこらえて地に踏ん張り、踏みとどまった。
カコンさんはクワトロさんが新たな構えを取ろうとしたのを察知すると、素早く斧を懐へ引き寄せ、上段から袈裟がけに斬り下ろした。迫りくる斬撃を、クワトロさんは両手で剣を横に構えた状態で片膝をつき受け止める。
受け身は柔らかく保ち、するりと左剣先の方向へと受流す。剣の表刃で斧を受け止めながら剣を滑らせ、それと同時にカコンさんの顔面へ一直線に切っ先を向け、ずいっと突きこんでゆく。
『巻きましたねっ!』
ロベリアさん曰く、この攻撃動作を、”巻く”というらしいけれど、カコンさんはその意図が分からず一瞬怪訝な顔をした。クワトロさんの意図は分からないながら、抵抗が緩すぎることを察知したんだ。
完全に斧が剣先から滑り落ちた瞬間、クワトロさんは腰をぐんと落し、柔軟な筋力と卓越した脚力で地を蹴り、起き上がりざまカコンさんの懐に飛び込んでいった。若さと筋力でカコンさんが勝る以上、クワトロさんは戦略と奇襲にかけるほかない。
「ふっ」
勝機と見たのだろう、老御家人の吐く息が、鋭く漏れる。
一気に攻勢にうって出たクワトロさんの茶色の双眸は興奮によって見開かれた。
カウンターだ!
間合いを詰められ、クワトロさんに懐に跳びこまれてしまった、カコンさんは防ごうと退きながら、右に大きく逸らされた斧を寄せようとするも、既に遅い。斧を引いたとて、クワトロさんの身体が斧刃より手前にある。遅いんだ! 足を動かしては! ただ、グランディア剣術競技は、素手を使って防御をしてもいい。相手の武器を素手で取り上げてもいい。私は思わず心の中で叫ぶ。
”諦めるな、カコンさん!”
が、突き込んでくるクワトロさんに対し、カコンさんは防御すらできなかった。
人間の筋肉の反射速度、足の移動時間を考えれば、ステップを踏んで体軸をずらそうとするより、刃が胸に突き刺さる時間の方がずっと速い。人間の動作は、ある一定水準にある戦士ならばどの人間でも殆ど同じ。一度開始してしまった動作の始まりが速ければ、同じ動作をし終えるよりも速いと見積もれる。
「いっ……!」
カコンさんの胴に巻かれたライトグリーンの防具、そのど真ん中部分に攻撃は入る筈だった。
クワトロさんの剣の切っ先が突き刺ささろうとしたとき、カコンさんは柄の部分を弾き上げ、切先を柄で振り払い致命傷を避ける。カコンさんの斧の柄は確かにクワトロさんの剣を退けた。
が、勢いは殺せず、灰色の防具の右肩を浅く抉られた。
「ううっ」
カコンさんが既に跳び下がっていたので、剣先は防具を掠ったにとどまったが、刃の撫でた部分が、じわりとピンクへと変色する。ちなみに、さっきも言ったけどグランディアで用意されている武器は、相手に突き刺さったとしてもダメージを与えない安全なものだから大丈夫。
頭とか目とか首とか狙っても全然平気。急所を積極的に狙いだすと怖いけど、主に私が。てかさっき正々堂々戦おうって言ったじゃん、って話になる。
ちなみにこの、ダメージ自動判定防具はナズが考案したもので、ネストの謎の浮遊生物グローリアの変色する性質を利用している。
私の背中に集まったグローリアくんたちを捕獲して煮る……いや煮るじゃなくて暫くぬるま湯につけておくと、発光色素が湯の中に染み出てくる。え? グローリアくんたちは無事ですよやだなあ。出汁が出てちょっと膚がパサパサしてましたけどそこは申し訳ない。煮汁で防具を染色すると、ダメージに応じて色の変わる防具が出来上がるんだ。
通常時はグリーン、掠った程度だと黄色、強く当たった場合はピンクから赤で、ダメージ判定に便利だった。というわけで
「有効です! 10点!」
審判が叫び、モフコ先輩が空に浮かべた白いスコアボードにどかーんと得点が入った。
どっと沸いた観客席、特にネスト民の多いレフトスタンド。やめて、感極まって場内に色々と応援グッズ投げ込まないで!
「おおお――! いいぞ――クワトロ!」
「さすがパウル王さまの直臣だ!」
「クーワトロ! クーワトロ!」
ポイントが入ったので両者、ステージ中央に歩み寄り、定められた位置から仕切り直しだ。
採点のしかたは私にもよくわかんない、何となく審判が防具の状態を見て致命傷か、致命傷じゃないかで判断して適当にポイントつけてる。そのあたりは素民たちがルール決めてるみたい。時間制限は、モフコ先輩の出した砂時計一杯分、約10分だって言ってる。クワトロさんはちらりと横を見やり、砂時計の残りを確認した。
「はじめ! 先制、クワトロ!」
試合再開。直前にポイントを取った選手に、先制権が与えられるらしい。
クワトロさんは、中段の構えを取り、素早く走り込みながら剣を突き上げる。誘われたカコンさんが斧を上段から叩き下ろすように攻撃をブロックしようとすると、クワトロさんは手首を返して背部方向へ剣を回し、つまりカコンさんの振り下ろしてきた斧の裏へ回して、剣を下から切り上げるようにスライスし、カコンさんの首を裏から狙う。
見るとぞっとする光景だけど、剣は肉体を傷つけないからどこを狙ってもいい。私が怖いけど。
カコンさんが首をひっこめて躱すと、クワトロさんはただちに左側へ剣を旋回させながら、カコンさんの腹部へ向けて切り上げる。カコンさんはクワトロさんの剣を斧と柄の交わる部分で挟み込んで防ぎ、柄をまるごとクワトロさんの喉にぶつけ押し潰し、背後へ突き飛ばした。クワトロさんはたまらず吹っ飛ばされる。
理論と技術はなくとも、カコンさんの膂力は相当だ。
バランスを崩しながらも、跳び下がったクワトロさん。踏みとどまったとき、カコンさんは先ほどと同じ位置にいない。突然、クワトロさんの視界の前に黒い閃きが出現し、クワトロさんの顔面を一刀両断にかち割ろうとしていた。
クワトロさんは、予め身を守るように中段に構えていた剣を、がむしゃらに上に上げた。
斧の柄を剣の平で跳ねあげて攻撃を逸らすと、制御を失った斧先は放物線を描き地面にめり込む。クワトロさんはカコンさんが斧を抜こうとしている間にホップステップと体を捩じり、上体を回転させ、腰を切ってカコンさんの首をスパーンと一気に刎ねた。
そう、剣はカコンさんの喉を通過したんだ!
現実なら、横一閃にカコンさんの喉が裂け、首が落ちている。
主にモンジャの観客席が水を打ったように静まり返る。
「えっ……うそ……」
「ゆ……有効! 30点!」
カコンさんの顔から、血の気が消えた。彼に痛みはない。でも彼の焦点は、合っていないみたいだった。目の前の相手にあからさまな殺意を向けられては、心が折れる。この一撃で、カコンさんはどう考えても殺されていた。
胴部を狙わず喉を突いたクワトロさんは、カコンさんの心を折りにかかっている。
カコンさんは、もはや放心状態で、構えをとることができなかった。対峙して構えを取れなければ、試合は強制終了となる。砂時計は半分ほど落ちていた。逆転のチャンスはまだあるけど。
「降参にするかい?」
審判が静かにカコンさんに問いかける。
「……いいや」
カコンさんはぶるぶるっと顔を左右に振り、首を手でごしごしと拭うと、逡巡しながら斧の柄を握りしめた。
彼は無言になった。深呼吸ののち落ち着きを取り戻し、クワトロさんを待つ。
またしても、攻撃権はクワトロさんにある。
「はじめ! 先制、クワトロ!」
クワトロさんは走りながら、脇構えから水平に旋回させ、右薙ぎに剣を振り仕掛けた。実は攻撃を仕掛ける方より、構えて待つ方が手のみの防御に集中できて有利な点もある。これに対し、踏み出す前に剣を振りはじめ、着地の瞬間に攻撃を命中させることによっては剣速を増し、カバーできる点では攻撃側が有利だ。
動きを見ていたカコンさん、つっと横に跳んで躱した。クワトロさんが剣を構えなおす前に、カコンさんは全身の筋力を込め斧を打ちこんでいた。垂直に叩き落とされた一撃を、クワトロさんは剣の芯で受け、ガードする。剣のうち一番強靭な部位、”物打”の部分だ。
二者、膠着状態になった。
カコンさんはクワトロさんのガードが堅いことに気付くと、斧を持つ手首を捩じり、ブロックされている柄を剣の刀身に沿って滑らせ、クワトロさんの剣鍔を斧で絡め取り一気に手前に引き込む。クワトロさんは驚き、剣を取らせまいと思わず前にたたらを踏む。カコンさんの斧はその一瞬の隙に空を掻き、クワトロさんの胴に流れた一撃が突き刺さった。
クワトロさんの防具が横一文字に朱に染まり、ダメージの凄まじさを物語る。
「ぐうっ!」
痛みはなかろうけど、クワトロさんも悔しさを滲ませ唸ったのだろう。
「有効、20点!」
「やった」
素民たちの剣術競技は、構築士のそれと違って動きがどうしても二次元的だ。
だから、追い詰め、圧倒し、時間を測ったり、そういう人間同士の駆け引きができるんだ。
『いいですね!』
ロベリアさんが何かに感心して呟いた。
『そうっすね』
砂谷さんも同意してる。
『えっ? お二人ともどういうことです』
『カコンはクワトロの目を見はじめました、先ほどまではクワトロと目を逸らしていたのですが』
あ、そうか。そういえばカコンさんって素民はおろか、私とも絶対目が合わない人だったんだよ。何でだろーなーって思ってたんだけど、カコンさんはよく野生動物と戦ったりするから、相手と目を合わさない癖があるのかなと思ってた。
『目を見るのは、相手の心を知ろうとすることです』
カコンさんとクワトロさんは、その後、一進一退の攻防を繰り返した。
てか私がもう見てらんない。両者、防具が色んな色に染まってるけれど、赤い(=ダメージのでかい)傷跡でいうとカコンさんの喰らった傷痕の方がやや多い。
制限時間を終える寸前、まさに審判が終了を叫ぶ直前。
クワトロさんの剣は、カコンさんの首に押し当てられていた。カコンさんのふくらはぎを外側から引っ掻けて、柔道で言うところの大外刈を決めながら腰を切るように捻り、カコンさんを斬りつけながら投げ飛ばした。
砂時計が落ち切ったのと、同時。
「有効! 30点」
今の大技が決まらなかったとしても180対90、ポイント的にはダブルスコアでカコンさんの負けだ。カコンさんは投げ飛ばされて腰をしたたかに打ちつけ、動かなくなった。
「勝者、ネスト直臣 クワトロ!」
勝敗が決まっても大の字の態勢から起き上がろうとしないカコンさんを、助け起こそうとするクワトロさん。カコンさんは、クワトロさん越しに空を見ていた。
『カコンさん!』
落ち方から骨折していたのは明白だったので、思わず私が観覧席からびゅんと飛び出してゆく。
勝者のクワトロさんは係員に連れられて舞台から降り、モフコ先輩と共に怪我の有無を確認してるみたいだ。
『カコンさん、よく戦いました。すぐに治療しますね』
「……」
カコンさんはじっと、呆けたように空を見たまま、答えない。
気絶してるんだろうか、と顔を見ると、瞬きはして起きてるみたい。カコンさんの腰に手を当て、素早く神通力を通し骨を接ぐ。ショックなのかな、負けたのが。
『治りましたよ、お疲れ様でした』
果敢に戦い敗れた彼を、心からねぎらう。肩を貸しながら舞台からゆっくりと下ろした。
「あかいかみさま、きいてくれ」
カコンさんは、舞台下にひっくり返って大の字になって、やっぱり空を見上げた。
『はい、カコンさん』
私もそんな彼の傍らにしゃがむ。何だろう? カコンさんから私に話しかけてきたの、そういや初めてだ。
「おれ、思い出した。かみさまに言いたかったことがあったんだ」
おお、遂に! と思ったけど、カコンさんが私に話してくれたのは、想像だにしないことだった。
「おれ、人間やかみさまが、ばけものみたいにみえていた」
『化け物?』
まあそりゃ、私は化け物の部類に入るのかもしれないけれども。素民は違うでしょ、と首をかしげていると。
「現れたり、急にきえたり、声だけがきこえたり、身体の半分がなかったりする」
『なっ!』
私はそこまで言われて初めて気が付いたんだ。
――半側空間無視。
視野の片側、大抵は左側(まれに右側の人もいる)を認識できないという高次脳機能障害後の重い脳の障害。
カコンさんは、高次脳機能障害の中でも、左右両方の脳領域を損傷しているのかもしれない。半側空間無視と、失語症、記憶障害を併発しているみたいだ。そんなハンディキャップのある状態で、万全だったクワトロさんとよく戦ったよ! てか殆ど不可能じゃないか。
「たぶん、かみさまが右側にいたときは、かみさまが見えた。左側にいたらみえなかった」
『わ……わかりました、では私は今度から右側からあなたに近づきますね』
私は何ともいえない、後悔に打ちひしがれた気持ちになりながらやっとそれだけ返した。
何で、気づいてあげられなかったんだろう。看破をかけても思考が読めなかった、確かにそうだ。でも、私はもっと辛抱強く彼に向き合っているべきだった。
てか、あれ? 私、今カコンさんの左側にいるんだけれども、どういうことなの。
「もういいんだ」
『え?』
「さっき、クワトロは左側にいてもみえた。いま、かみさまも見える」
左側であっても、そこに強い印象、自らが意識した”興味のあるもの”がある場合は、認識できる場合もある。それは、グランディアの剣術大会という彼にとってのこれ以上ない非日常、この状態に自らを置くことによって、彼は”左側”を認識しようとしていた。
多分、外の世界での神経の修復は済んでいるんだ。だけど、モザイク状に障害が残ってしまって、本人はとても苦しい思いをしていた。人間が化け物のように見えて、私のことももちろん化け物のように見えてた。だから山にこもって誰にも会わないようにしていたけれど。
でも本当は、彼は誰かに助けてほしかったんだ。
「かみさま、今はそらが全部つながって、とても広く見えるんだ。おれはそれが嬉しい」
ああ、このヒトは、自分で病気を克服しようとしてこの競技に出たのか。
私は彼を、労うことしかできなかった。
「だから、確かに負けたけれども、少しも悔しくない」
彼はそれからもずっと、起き上がろうとせず空を見ていた。
私も黙って、彼について空を見上げていた。
クワトロさんが私の前にやってきた。
背中に一本針金が通っているかのように、きれいな一礼を深々として見せる。
『あなたの戦いも、素晴らしかったですよ』
「神様、勝利の祈願に応えていただいてどうもありがとうございました」
『いいえ、あなたがご自身で叶えた願いです』
「はは、あと一勝も、お願いするわけにはいけませんか」
クワトロさんは、いつもの彼の旧い剣を佩いていた。
明日からもネストの御家人として生きようとしているんだろう。私は肯定も否定もせず、
『決勝戦も、頑張ってくださいね』
とだけ言った。
「必ずや」
もう一度、深々と礼をしてくれる。
『クワトロさん。赤い花環、毎日ありがとうございました』
「これからも、きっと毎日捧げましょうぞ」
不器用な御家人は、初めてにこっと、歯をのぞかせて清々しそうに笑った。
そして次戦。
神聖エルド帝国女王 コハク x グランダ国女官 バルバラ。
女子の試合が始まる。




