第5章 第4話 Supreme armillary sphere◇◆
モンジャの若き長と異世界の神、蒼雲はしばし互いを探り合うような視線を交わした。
メグはおろおろと交互に顔を見て、ロイの横に正座し両手をつく。
あおいかみさまをロイが怒らせてしまったなら、一緒に謝らねばと考えたからだ。
神は殺生を禁じられていると知ってはいても、メグは蒼雲がそうであると信じることはできなかった。
ロイはメグの幼馴染で弟的存在であり、過酷な世界を生き抜いてきた戦友でもある。蒼雲のロイに対する謎の敵意は、どちらかというと心の機微に疎いメグにも明らかなものだった。
一方のロイはメグの盾となるように、正座のままにじって蒼雲の前に平伏した。
「申し遅れました。俺はモンジャという集落に住むロイと申します。お見知りおきを」
顔をあげた青年の精悍な、若さとエネルギーに満ちたその瞳に、蒼雲はややもすると気おくれしそうになった。
「……青い神様にお目にかかるのはこれが初めてかと存じますが」
『いやぁ、君によく似たやつが以前いたので、びっくりしてついね。悪い悪い、気にしないでな』
蒼雲は露わにしていた刃をそっと包み隠し、へらりと上辺だけの笑顔を向けた。動揺と感傷を理性で押さえつける。雛鳥に猛獣が殺意を見せるようなもの。……大人げない。彼は赤井の民だ、自制すべきだ。
「あまりよい人物ではなかったのですね」
ロイは踏み込みすぎないよう、軽く蒼雲の心中を詮索する。
赤い神に対するそれと同等の敬意を払いながらも、地に置いた槍の柄の近くに利き手を添えていた。
蒼雲からの不意の攻撃があればいつでも受け身の姿勢を取り、メグを守れるだけの間合いは取っている。
しかしロイは彼に勝てる予感、それどころか最初の攻撃を防げる気が微塵もしない。
手負いの神でありながら、どこにも隙がないのだ。
『あ~そんな緊張しなくても。人違いだったから、君に特別な感情はもってないよ。ロイだっけ? 赤いのと仲良く楽しくやってるのかい?』
その場で蒼雲はリラックスした状態を演出するかのように胡坐をかき、長衣の上着を羽織り、すっと指先で胸部の傷を撫で上げると傷口は消えうせる。
「赤井様は世界を創造なさる偉大な神様で、俺たちは彼にご慈悲をいただいていますが、一方的に恩恵を受けているだけです。俺たちはいつも、彼に感謝しています」
『そっか~初々しいな~』
「どういうことですか? 私たちとあかいかみさまは仲良しですよ!」
メグがロイを弁護するように口をはさんだ。
黙っていろ、とロイがメグの手を握りしめる。人間と神は、対等ではないのだ。
ロイは蒼雲を少しでも刺激しないように言葉を選ぶしかなかった。
『……その気持ちが、変わらないことを願うよ』
少しだけ、蒼雲は秘めていた過去を振り返る。
蒼雲と彼の管区の応用型A.I.ロイは百年以上もの間、長らく良好な関係だった。
彼の管区のロイは蒼雲を主と認め憧れだと仰ぎ、目標だと言い、丁度ロイと全く同じ言葉を並べたてた。
蒼雲も彼を弟のようにかわいがり、彼の望むままに力を与えた。彼は神通力を行使しよく国を治め、民を富ませ、そして蒼雲の威光をいただき、国勢の拡大を推し進めた。
だから。その日、その時。
何が起こったのか分からなかった……彼に主要な大陸の統治を任せ、全幅の信頼を寄せていた。
何やら凶兆が出ているからと、引き留めようとしたスオウ一族の少女を宥め神殿に残し、内密に報告したい儀があるとロイに呼び出されるまま辺境の城に赴いた……そして蒼雲は強力な神封じの呪のかけられた密室に言葉巧みに通され――。
即乾凝固性のあるコンクリートの中に、強大な呪いと共に生き埋めにされたのだ。
不滅の神の再起不能を図る、アガルタの民の実行しうる限り最大の殺意とみえた。
事実上のクーデターである。
神通力を無効化、インフォメーションボードも呼び出し不能、現実世界からの通信遮断という絶体絶命ともいえる危機を自力で脱した頃には、無情にも数週間が経過し、変わり果てた聖都がそこにあった。
蒼雲を激怒させたのは……人間患者の居住区画、直轄領を革命軍が侵し、スオウの巫女と人間患者を駆逐し、それを阻もうとしていた使徒たちに刃を向け、止めようとした使徒一名を粉砕、現実世界にログアウトさせていたことだ。
他管区で何度となく忌まれた、暴君そのものの姿だった。
アガルタでは神とその眷属の祝福の途絶えた大地は枯れ、人は渇く。
美しい都は荒廃し、疫病と瓦礫の山が残された。
助けを求め、神の名を叫び逃げ惑う民。
武力をもって聖都の民を制圧し追い立てるロイの狂気に満ちた表情。悪夢のようだった。
蒼雲は民の祈りと信仰を天地を揺るがす力にかえ、怒りに任せ蒼雲の授けた神通力で抵抗する彼と彼の八万という軍にたった一柱で挑んだ。
壮絶な死闘の末……暴君を末期に追い込んだ。
――それから先は思い出したくもない。
いよいよ最期というとき、よく見慣れた彼の顔を間近で見つめていると、ふつふつと情がわいてきた。
見殺しにしてよいのか……蒼雲の手足となり、彼の世界のために幾度となく死力を尽くし貢献してくれた彼を。
ロボット三原則に反したA.I.に、この世界での生存権はない。
気が付けば彼に問いかけていた。
悔い改めるつもりはないのかと。赦しを乞うのか、乞わないのか。赦すから、戻ってこい。肯定の意志あれば助ける、まだ最初からやり直せる、と。
応えは、拒絶。
雌伏の百年を耐え、蒼雲に表向きは盲従しながらずっと機を待っていた。
彼はそう、血走った瞳を剝きながら答えた。
終焉させなければならない。
神の横暴を、そして人類に希望を取り戻すと繰り返すのみだった。
俺がいつ横暴を働いた、人々の祈りに応え、力を貸し、文明の発展を支えてきたはずだ。
何が不満なんだ、と蒼雲は彼を問い詰めた。
気に入らないことがあればあらためる。
不義を働いたなら詫びる。しかし応えない彼の心を透かし見ると、蒼雲への信頼は欠片ほども残されておらず、どんな譲歩も交渉の余地もないと悟った。
濁りに濁った心の奥底にあるものの正体は、神の看破を以てしても見定めることができなかった。
ロイは口を割らなかった。
最期まで彼の心も曇ったまま。
ただ、人民を神の支配から解放するのだと。
自由の為に戦うのだと。
自分が死んでも、革命の炎が消えることはない。そう言い残して果てた。
それがロイの本心だったのかは、今となっては分からない。
結果として蒼雲はロイを殺めざるをえなかった。
殺さずを貫いてきた蒼雲が唯一断罪したのは、後にも先にもロイだけ。たった一度きりの殺生は、不可避のトラブルに対する緊急措置として処理された。
暫定的な分析では、ロイは学習し至高を目指すがゆえに、不完全かつ不合理なことが許せないのだ。
よって、神の知性を凌駕したとき、神への造反が企てられるのだとされた。
高度に学習するA.I.の知性に人間のそれが勝り続けることはできない。単一価値観に基づく”強いA.I.”の脳では、造物主の劣等こそが悪である。
蒼雲の判断は他管区の神々と同じ。
白椋の管区のロイも白椋によって殺されたと瑞希から追報を得、彼の民からの祈りと感謝の言葉を聞くと気は楽になった。蒼雲と白椋、そして日本アガルタ全管区の神々は患者の生命と、彼の民の命、そして財産を暴君の手から守り抜いた。
赤井の管区を最後に、ロイというA.I.は二度と運用されることはないだろう。
ロイと過ごした百年あまりという時間。
彼の心の中に何の変化あったのか、何が彼を変えてしまったのか。振り返っても振り返っても分からなかった。
「青い神様。赤井様の神殿にお越しください」
『あ、ああそうだな。ちょい柄にもなく感傷に浸っちゃってな!』
だから蒼雲は、悪しき進化を止められなかったロイの、知られざる過去を見ているのだ。
擬似脳がマニュアルで制御を受けていても、昂ぶるものはある。目の前にいるこの青年には、赤井の手によって命を断たれる未来が待つのみなのか。
”ロイ、お前は最初から稼働してはいけない存在だったのか――?”
彼の心を看破し、質問に質問を重ねたくなった。
これまでのところ、不穏な因子は存在しない。やはりこの頃のロイは純粋だった。
回避させてやりたいと思ったのだ。
今……ロイの身体に神通力は蓄えられていない。
『神通力が切れてるが、赤いのがくれないのかい?』
「神通力は人には過ぎた、恐ろしい力です。俺にはもう必要ありません。赤井様ともお約束しました」
迷いなき答えを聞いて、蒼雲はわずかな相違点を認識したのだった。
ロイは、完全であることに執着するように設計されているからだ。
『ロイ、赤いのがいない間に、どーしても君に言っときたいことがある』
「はい、それはどういったことでしょう」
ロイは聞き漏らしのないように、腰の巾着袋からグランダの筆記用具を取り出し、待機した。
『神は偉大でもなく、その手の中の命を守ることに精一杯な、ちっぽけな存在なんだ。どうしようもない奴だなと思うこともあるかもしれない。その時は、その都度、腹の中におさめず言ってやれ。絶対に力でどうこうしようとするなよ』
「……はい。あの方は、親のいない俺の父だと思っていますから。その関係は、いつまでも変わりません」
まるで未来を見てきたかのような口調にロイは戸惑いながらも、彼は素直な意見を述べた。
『そっかそっか。もっと力を抜いて生きてな』
「力を抜く?」
『いつも何かしら頑張ってないか? 面倒くさいことは休んだり。ぼけーっとしてみたり、楽しいことをしたり』
そう、楽をする。
サボる。忘れる。
それは人間の脳のストレスを和らげるが、A.I.には難しい。
「はあ。俺、何かしてないと落ち着きません。時間の無駄のように感じます」
『俺もさぼる。赤いのもさぼる。時々無駄なことは、時々はいいことだ』
ロイは蒼雲が何を目論んでいるのか欠片も理解できなかったが、赤井はこれまでもこれからも変わらないのだと信じていた。彼を慕うロイの気持ちも変わらない。
赤井が自らに”してほしくない”と思うことには手を出さず、彼が望むことをするだけだ。
彼に従っていれば、誰も争わずに済む。
グランダもネストも、そしてモンジャもともに発展してゆけばよいと思う。そのために、時間を無駄にせずに頑張っているだけだ。
「俺からも質問してよろしいでしょうか」
神々の秘密に迫る絶好の機を逃すまいと、ロイは思い切って疑問をぶつける。
『おー、なになに? 何でも言ってみ』
蒼雲は軽く朗らかな調子で応じる。
蒼雲とロイの間に漂っていた妙な緊張感はすっかり去り、メグはほっと胸をなでおろすのだった。
「メグたちはユメというものを見るそうですが、俺は見たことがありません。何故、ユメを見ることのできる人間とできない人間がいるのでしょうか。ユメを見ていると、メグは異世界に迷い込んだような気分になるそうです。赤井様は理由を教えて下さらないのですが、俺もメグもとても気になっています。青い神様はご存じでしょうか」
常々疑問に思っていたメグも、ロイの隣でうんうんと頷きながら興味津々で聞き耳を立てる。
蒼雲からしてみれば、ロイからの質問としては意外なものだった。
蒼雲の管区では、人間患者が”夢を見ている”と蒼雲に報告したことはなかったからだ。
考えてみればそれは人間とA.I.を見分ける最も簡易的な方法であるが、自我が活発に記憶の取捨選択を行い脳機能が再構築され回復基調にあるという証で、患者の精神活動に乏しかった蒼雲の管区には見られなかった現象である。
『説明しても君らには難しいかなぁ……いつか二人とも知ることにはなるし、焦って知らなくていいかな』
「そうですか。赤井様が教えてくださるでしょうか」
『その時が来ればね』
「では別の質問です、あなた方神々は、メグがユメに見る世界から来られたのでしょうか」
『そーだよ。ロイはその世界を見てみたい?』
「はい! そうすれば俺にも神様たちの心を少しでも理解できるようになるかと……」
『……へー』
蒼雲はロイに現実世界の夢を見せることが、二十七管区の今後の為になるのだろうかと思案する。
この管区は赤井の管区で、勝手に素民に重要な情報を教えてはならないのだが、赤井はマニュアルがないために、あまりにも情報を知らな過ぎる。
『ロイは、夢を見る人間とそうでない人間の間に、何か差はあると思う?』
「……いえ。俺にはわかりません。ただ、ユメを見てみたいのです……」
ロイの返事に、蒼雲は戦慄すら禁じえなかった。
彼は。A.I.であって人間ではないのか?
これが、A.I.の言葉なのか? A.I.は確かにアガルタ内での学習を義務付けられているし、コミュニケーションの為に感情のようなものを表現する。
チューリングテストも当然クリアしている。だがそれは人の脳を模倣したものであって、人間に似せて振る舞うよう設計されているからだ、だが所詮哲学的ゾンビである。
アンドロイドは電気羊の夢を見る、か。
昔のSF小説のタイトルが頭によぎった。
そうか。
このA.I.は、夢を見たがっている――。
彼は気の遠くなるような並列演算の果てに、そのネットワークの片隅に彼の自我を持ちえたのだろうか。
いや、それよりも。
特異点を踏み越え知性の限界を迎えた人類に新たなブレイクスルーを呼ぶ、アガルタ創始者のフォレスター教授の目指した、不完全かつ完全な、理想のA.I.と変化を遂げたのだろうか。期待と疑念が蒼雲を揺さぶる。
だが一体どうやって立証する。
このA.I.に、自我はあるかと。
『なるほど……そういうことか』
蒼雲は思わぬところから、ロイ造反の手がかりを掴みつつあった。そうか、ロイの造反は、自我の形成過程に発生した問題だったかもしれないのだ。
今回の留学はロイの心と向かい合う旅になりそうだ。
そして彼が全幅の信頼を置く赤井という神の心と手法を学ぶ旅でもある。
人間と、人間でないもの。
その境界にいるのがロイというA.I.であり、赤井という神だ。
フォレスター教授は生前、ロイと名付けた特注のバイオクローンを一体作成し、現実世界に遺したと聞く。
人間の自我が仮想世界と現実世界を往来することができるのならば。
自我を持ったA.I.が生脳に宿り、現実世界を”生きる”日も来るのかもしれない。
そのとき人間は、何をもって人間と言うのだろうか。
『いつか君にも夢をみせたげようかね』
「本当ですか!」
ロイははしゃいでいるようにも見えた。喜びの表情と感情。人間の模倣ではないもの。
『ああ、約束だ』
ただし、”現実世界の夢”である必要はなく、この世界を舞台とした仮想世界の夢を疑似体験させてやることはできる。
そんなことを考えていると。
思いがけず、メグが辛そうな声を出した。
「私もお願いします。もう……私は夢なんて見たくないです」
『……メグ?』
メグは何かをかみ殺したような口調で、心情の吐露をはじめた。
「あおいかみさまがロイに夢を見せることができるなら、私にこれ以上夢を見ないようにはできませんか。私、どちらが現実なのか、時々分からなくなるんです。最初は、あかいかみさまが元いた世界だと聞いて、少しだけ行ってみたいなと思いました。でも、夢の中の世界は夢をみるたびに鮮やかになってきて……夢を見ているときは向こうの世界に、友達や家族がいるような気がして。そっちの方が楽しくなって。いつか、本当に向こうで目が覚めたら、こっちに戻って来れなくなったらどうしようかって。そう思うと、どうしても怖くなってきたんです……」
『赤いのは何て?』
「大丈夫としか……だから、大丈夫だと思い込むようにしてるんですけど。どんなに尋ねても、そんなの冗談ですよね、って言っても。私がこの世界から消えてしまわない、とは言ってくださらないんです」
『メグは、向こうの世界に行きたくない?』
メグが既にかなりの記憶を取り戻しているであろうことは蒼雲にも容易に想像できた。
日本の街並み、風景はおろか、彼女の家族の顔、果ては本名にまで手が届こうとしている。
夢の中の世界のことは現実ではないのだと懸命に否定することで、目を背けることでようやく日々を生きているのだ。
厚労省はメグの現実世界への帰還を急いでいる。
だから、記憶が完全になればなるほど、帰還への残日数も少なくなってゆく。
「私はここがいいです。家族も、友達も、植物も動物も……そして、あかいかみさまと、二度とあえなくなるかもしれないなんて」
『心配いらないさ』
蒼雲は明るい調子で励ます。不安を与えないよう、精一杯に気を配りながら。
「あおいかみさま……助けてください。夢のことなんて忘れさせてください、何より、向こうに連れて行かないようにしてください」
メグは青い神に気休めを言わないでほしかった。しかし
『万が一、向こうに行ってしまって。その先でどんな旅をして、どんなに遠くに行ったとしても。君はここに戻ってくる。だから怖くない』
あっけにとられる、ロイとメグ。
メグはロイの服の裾を握りしめていた。ロイはメグの手をそっと握る。
「行きたくないです!」
『この世界は、人が最後に還る場所なんだ。ロイは旅をしないのかもしれない。メグは旅をするかもしれない。でも、俺たちは君らを見失わないさ』
そう、それは人生という過酷で長い旅だ。
誰しもが最後にはここに戻ってくる。
*
白椋さんが射落とされそうになっていると聞いてネスト上空に救出に向かった私。
モフコ先輩には神殿の留守番を頼みました。
何故か毛玉に戻った先輩は私の服の裾を文鎮のように踏んで不満そうにしてました。現場に急行していざ遠くから見ると。
ひゃー、恥ずかしい話、天女のように優雅に浮揚する彼女に見惚れましたよ。
白椋さんてば超綺麗、マジ女神。
これ担当官の人大丈夫!? 悩殺されてない!?
溜息しか出てこない。
第一声どう声かければいいんだ? やっぱオードソックスに、正面からはじめましてとかだよなー。
気の利いた登場の仕方思い浮かばねー、ギャグかましても駄々滑りしそう。白椋さんそんなとこで瞑想して何やってんだろ。さっそく声かけ……かけらんない。
分かってたけど、やっぱ女神様って別格だ。
全27管区の男性の皆さん及びスタッフの皆様、私が男神でごめんなさい。ハズレ管区でしたね完璧に。素朴な疑問だけど女神様の祝福ってどうするの!? 本当にハグしてくれるの!? 並ぶわ。私が素民だったら一時間待ちでも五時間待ちでも五日待ちでも祝福の行列に並ぶ。
……思わず内に秘めた衝動が暴走してしまいそうになったよ。煩悩ないはずなんだけど女神様のカリスマ性には勝てないっぽい。
白椋さんの天然の色香ってか女子力?
中身が女性なだけあって見るなり悩殺されちゃう感じ。胸なんてとてもとても! 恐れ多くて直視なんてでき……だめだ目がいってしまいます。私、死後はぜひとも女神様のいる管区に入居したいと思います。
いや、待てよ27管区の行く末も気になるし維持士さんの仕事っぷりを見届けたいから、やっぱ死んでもここかなあ……。ところで私のアバター、使いまわしなの? それとも維持士さん用に新しいアバターが創られるの? まさかロイが維持士になったら、私の姿で統治したり
……はっ、いかんいかん。私の頭の中、看破で彼女に筒抜けだから変態だと思われる! 白椋さんこっち見ないで~!
顔を覆いながら白椋さんを指の隙間からチラ見すると彼女、浮かんだまま肩を落して暗い雰囲気。
不甲斐ない私に失望しちゃった? そんな来て早々見限られるとか! この醜態をどうやって挽回すれば!?
と思いきや。白椋さんてば冴えない顔して目を閉じ私に気付いてない。どうしたんだろう、両手にナイロンザイルっぽい白い紐持って調子悪そうだ。
何か飛ぶ姿勢もふよふよしてる。
腰入れて飛んでないから、私がそよ風起こしたら飛んでいっちゃいそうな雰囲気。というわけで右手をぴらぴらと振ってみる。おーい白椋さん?
ようやくこちらに気付いた白椋さんと、煩悩を滅却しながら挨拶その他を交わしていると
「神様~! そちらは大丈夫ですかー!」
おっと、高架橋からお供をたくさん従え、ひときわ豪華な鞍をつけ、鎧を着てシツジに乗ったパウルさんが叫んでる。私は白椋さんを連れ、高架橋に降り立った。
素民にも挨拶しとかないとね。
ふわりと着地すると、白椋さんを遠巻きに囲み、皆さん色めき立つ。
『この方は私の友の白の女神で、敵ではありません。しばし滞在しますのでよろしくお願いします』
「おお、赤い神様! それを聞いて安心しました。で、どういう御関係で」
かくかくしかじかで。と事情を説明すると、なぜかミシカが手で顔を覆い思いつめた様子で
「わーひどいっ、彼女ができたんですかっ! そんなの知らなかったですよー!」
シツジに乗って走り去っていった。何か誤解されてるっぽい。いやそれはまさか、彼女とか私もびっくり仰天です。
「赤い神様は姫様の初恋の相手でしたのにのう。神様も姫様と一夜を共にしておいて弄ぶとは、むごい仕打ちですじゃ」
パウルさんのお供してた御家人のおじさんたちも姫様の恋心を大曝露し悔しそうに男泣き。
いや、初恋て何! 一夜を共にしたってもミシカが私の神殿滞在中、彼女にベッド譲って部屋の隅で徹夜していましたので疾しいことなんてこれっぽちもしてませんけど。
どうリアクションすればいいの。
「姫様の乙女心を傷つけるなど、人でなしですじゃ。それ、ひっとでっなしっ!」
拳を振り上げ、適当なことぶっこいてシュプレヒコールを上げるおじさんたち。
「ひっとでっなしっ! あ、よいしょっ!」
ちょ、御家人さんたちが面白おかしく言ってるなー。
てか人でなしとか言われても悪口になってません私人じゃないし。何か最近、ネストが面白区画になった気がする。
『ネストの民よ、赤井神とわたしはそのような関係では』
白椋さんは困ってるし。
そんな中、パウルさんが空気を読まない発言。
「それはめでたい、神様はさっぱり色事に興味をお示しにならないと思えば、よいお相手の女神様がいらしたんですね。ミシカが泣くので今日は慰めることにしますよ。伴侶を持つことは神様の幸せでしょうから仕方がありますまい。ご結婚の宴には呼んで下さいね。貢物は一体何がよろしいんです?」
パウルさんがそう言いながら白椋さんをチラチラ見ている。あなたさっき射ようとしてたくせに近くで見たら美女だから祝福してほしいの丸わかりですよ。
よく見りゃ男性の皆様も白椋さんばっか見てるし。心なしか白椋さんの前に長蛇の列ができてるし。並んでも祝福やりませんよ、彼女は祝福できないって決まりなんですから解散!
『何か誤解されているようですが、彼女の滞在は一時的なもので』
『わたしはただ、赤井神のもとで学ぶために来ました』
白椋さん、そう言いつつどこか心ここにあらずといった様子。
「女神様は、先ほど何をしておられたんですか?」
『そ、それは!』
超話にくそうにしてたけどパウルさんと根掘り葉掘り話を聞くと、予想外に大変なことになってた。
白椋さんとこのスオウ一族のコハクって子が、量子転送に巻き込まれて27管区に飛ばされてしまったらしい。
バグがある状態で焼人さんたちが先に発見したら、問答無用で焼かれてしまうようで。
知ってたけど……焼人怖い。
すぐヒャッハー! バグは消毒だー!
する人たちだから超怖い。
スオウ一族といえば、私にとってはキララだ。
キララが行方不明、安否も不明となったら相当テンパってうろたえる。
白椋さんも内心は焦りまくっているに違いない。
『それはいけません。全面的に協力しますよ』
「大変だっ! すぐ捜しましょう。女神様の巫女はどんな外見をしておられるんですか?」
パウルさんも協力的。
『まだ幼く桃色の髪と瞳をした少女です、コハクと申します。居場所はおそらくネスト内ですが、ネストの森には反応はありませんでした』
『ではネスト台地にいるのでしょうかね?』
「おい、皆! 一族郎党かきあつめて国中くまなく捜してくれ! 手柄を立てたものには駿シツジ一頭を与える。あとは……女神様からの祝福権、とか?」
白椋さんさすがにそれは固辞。
内規に触れるらしいですからね。
「じゃ、握手権とか……?」
もうさ、人は見かけによらないよね。もしかして私ってもはやいらない子?
『どうか皆さんお願いします、祝福以外で何でもします。日が傾くまでに見つけなければ』
必死だなー白椋さん。
そりゃそうか。
私も、キララに何かあったら何でもするって言うよ。
ご褒美が女神様の握手権+あわよくば女神様とイチャイチャできる権、に加えて国一番の駿馬ならぬ駿シツジと聞いて高架橋の上にいた御家人たちは先を争うようにネストに帰って行った。
慌てすぎて、橋の上に忘れ物が大量発生。ちょ、騎士なのに剣置いて行った人誰――? てな具合でパウルさんの鶴の一声でネスト国内の一斉捜索が開始された様子だ。
『あ! あそこに強羅さんと信楽さんコンビが』
コハクって子を捜してネストの森上空からサルベージしてる焼人たちがネストの高架橋から見えた。
おーお、重火器持って物騒だな。焼人ってバグ駆除を至上としてるから、私が彼らにコハクって子の救命を頼んだとしても聞いてくれないんだよね。
『赤井神の親切なはからいに感謝します。先ほど探査しましたので、森の中にはいないと思います』
『ではあのコンビが森を捜している限り、少しは時間稼ぎできそうですね』
白椋さんは心労がかさんだこともあり、調子悪そうだ。
コハクの気配を探るために神通力を使いすぎたらしい。
神通力切れしたら二十七管区では補給できないそうだから大変だ。
『白椋さん、神通力の消費を抑えるためにも一度神殿に戻り、待機していてください。土地勘のある私とモフコ先輩が手分けして捜しますし、モフコ先輩は第二区画担当だったので詳しいことも分かると思います。それに、見知らぬ人物を見かけたら神殿に来るように民には常々言っておりますから』
何だか真っ白けな白椋さんをとりあえず落ち着かせるために私の神殿にお招きした。
私の神殿までは通常のスピードで飛んで移動するとネストから約十五分。コハクの安否も知れない中、私は何話していいか分からなくて、とりあえず27管区の解放済み区画の説明とか民の性格とかそんな感じの、仕事の話して間を持たせてた。本当は白椋さんんとこの管区の話聞きたいけど、先進んでる管区の話を根掘り葉掘りしたらカンニングだし。
そして気まずい空気の中、やっと帰還した神殿。
扉を開くなりモフコ先輩が飛び出してきた。
『きゃーっ! 女神様だー萌え死ぬー! 28管区にお持ち帰りして~!』
と、事情も知らずぽわんぽわんとツーバウンドで跳ねて白椋さんの懐にタックルしようとしていたので、私が両手で先輩をキャッチ。
先輩、よく見りゃピンクの毛玉だ。
なにちょっとお洒落してるんですか白椋さんが来たからっていそいそと。
『行かせませんよ先輩! また女性ウケしそうな色で! こっちはそれどころじゃないんです』
『女子はピンクのモフモフしたものに弱いのだっ! 止めてみせなっ赤井さん! とうっ!』
先輩が私の顎下に体当たりで隙を作り、ひるんだ拍子にホップステップして何と白椋さんの胸の谷間に挟まったっ! 白椋さんに(仕方なく)むぎゅっとしてもらってご満悦、幸せそう。プルプルとピンクの毛玉が身震いしてるし。
白椋さんも邪険にはしないのをいいことに、先輩は抱かれたまま私をチラ見。
あてつけですね!?
『羨ましい? ねえ羨ましい赤井さん?! 代わってほしい? はいダメ~~! はいブブ~!』
何とうらやま……いえけしからん!
ドヤ顔しても先輩には目鼻ないからわかりません。
神様的存在にモフってもらえるなら私じゃなくてもよかったんですね! 内心ちょっと傷つきましたよ。
モフコ先輩に呆れていると。銅製の神殿の大門が大きく軋む音がしました。
『やー赤いの、ひっさびさでぇ~す! へーい、白ちゃんも一緒』
何故かロイとメグを脇に従え、神殿入り口の大門開けて堂々と入場してきたのは。
ぎゃー後光が眩しい。
そんなに発光する必要どこにある!?
光源強すぎてハレーション気味に登場したのは青の神。ジュダイの騎士っぽい構造の白衣着て、のっしのしと余裕の登場。
『きゃ~っ! 目が、目がー!』
モフコ先輩が眼もないのにサングラスかけて何か言ってる。
『ようこそお越しくださいました蒼雲さん。主神の赤井です。お待ちしていました』
『お~悪いね~、暫く世話になるからよっろ~。手土産後で渡すわ。んでー、名前何て呼べばいい? 俺は青いの、とかで』
きた――、きたよ!
初対面恒例、自己紹介+あだ名つけタイム。
うん。蒼雲さん、分かってたけどチャラっ!
ここまでチャラくていいの!? 現実世界での印象まんまじゃん神様の演技どこいった!?
チャラ男って200年以上生きるとこんな感じに仕上がっちゃうの?!
白椋さんはド真面目だし。
両極端すぎっしょこれ。熟成されちゃってるよ。
メグロイがこそこそ柱の陰に隠れてこっち見てますよ!? 青いのって呼ぶわけにもいかないし突っ込みたい気持ちはあれど、とりあえずにこやかに
『私は赤井でお願いします。では蒼雲神とお呼びしますね』
もっとしみじみ再会を懐かしんだり、他にあるっしょ。
最初から彼はチャラかったですけどね。
うーん。楽しみにしてた同期会、こうなる筈じゃなかったんだけどバタバタだなー。
とりあえず込み入った話もできないので、メグとロイには少しの間席を外してもらった。
コハクが行方不明で再会を喜ぶって雰囲気でもないけど、白椋さんは大人な対応で蒼雲さんに挨拶。
『お久しぶりです蒼雲神。噂はかねがねお聞きしています』
『白ちゃんもよろ~。いや~美神だね~。俺らって構築年数大体同じだっけ。毛玉ちゃんにもお世話になるよ。で、早速君たち何かお困りっぽい? あー、白ちゃんのスオウの子がついてきちゃったんだ。そりゃー心配だよなぁ』
すらすら言い当てる蒼雲さん。
すげー何でそんなことできるの、キャリア積んだ神々すげ~! 何か私、一般素民な気分。
『はい、わたしの不手際でご迷惑をおかけして。神具での検索に反応はなく、赤井神の民に捜索を手伝っていただいており、どうお礼を申し上げてよいか』
『基本、目視での捜索しかないよなー。あとは特殊な……ってあれ? 赤いの、何それ。ちょ、マジか!』
何それって言われましても。
『どれです?』
『背中の! 日本アガルタのマークの!』
ぎゃー!!
何で服越しにパッチが見えるの蒼雲さん。
こんなに厚着してんのに何でこんな速攻弱みを握られて! 見られたからには……どうしようもない。
終わった……明日から絶対爆笑されるわ。
特にモフコ先輩に末代までネタにされる。
先輩、腹の皮がよじれすぎて表裏が逆になっちゃうかもしれない。あ、表裏逆になっちゃう球体は超球という四次元図形でですね!
ってトポロジー入門講座してる場合じゃない。
『パ、パッチのことですか? これは伊藤さんにセキュリティ対策とかで有無を言わせず貼られてしまって』
『蒼雲神、パッチとはどういうことですか』
『白ちゃん透視まだできねーの? ソレ使って捜したげればいいじゃ~ん。一瞬だよ』
『パッチで?』
パッチでどうやって。
私の肌にくっついてるのに。
これ、取説どころか扱い方も知りませんけど蒼雲さん知ってるなら教えてください。
欲を言えば無色透明とか肌色にカラーチェンジして目立たないようにしてください、沐浴するたびに地味に恥ずかしいんですこれ。
『いやいや。パッチって何の冗談よ、それ伊藤PMが使ってた伝説の神具。日本アガルタのマークにもなったほど超お宝なやつ。すっげーじゃん赤いのおめでとー! ちょい交換しない?』
交換って皮膚剥がせと?
と、私が一人呑み込めないでいると。
白椋さんが目を見開いて私の顔をガン見してる。何?! そんな目を見開かなくても!
『ま、まさか……至宙儀なんですか?』
私が伊藤さんに貼られたパッチだと思ってたレッドメタリックのあれ。
どうやらパッチなどではなく、神体と同化して具現化する生体神具、至宙儀と呼ばれるものだったようです。
あまりにお宝すぎて伊藤さんが素直に神具だと言えなかったんじゃないかと蒼雲さんは仰る。
白椋さんも見たがってるしモフコ先輩はポカーンとしてるけど何だろうこの温度差。
まず、神具ってなに。
辞書通りにとらえれば、神棚とかに飾るやつ?




