第5章 第1話 Red, Wihte, Blue◇◆
『よくよく申し付けておきますが、わたしが不在だということを外地に気取られてはなりません。きな臭いことが起きる可能性が、万に一つもないとは断言できませんからね』
第五区画解放を経て、白の女神こと白椋神が二十八管区のおよそ三分の二を平定し支配下に置いた今、二十八管区の安寧は盤石の構えにある。
されども、白椋神はその胸に患いごとを抱えていた。
彼女が自身の誘引力を知るが故に、神通力があらゆる難局を収め覆い隠すことを知っている。
民心を惹きつけ叛逆心を根本から殺ぐ。
自らが本体を残し二十八管区を去った後、管区に何が起こるか想像をめぐらせる。
使徒たちだけでは対応のきかない、大規模で厄介な自然災害が発生する可能性。
考えたくもないが、革命だっていつ起こるとも知れない中でだ。
その手で導いてきた民を残し、誰がこの地を離れたいものか。
それでも、行かねばならぬ――。
託された生身の患者を、誰頼ることもなくこの手で救うためだ。
二十八管区の新たな未来を切り開くためだ。
心は固まり、赤井神も留学を受諾し、二十七管区へと繋ぐ量子転送ゲートは開きつつある。
住み慣れた神殿の全権全機能を、巫女に一任する。
一度たりとも手放さなかった、神殿の至聖所のマスターキーをコハクの手に渡す。
無防備に陥る白椋の命。白椋の本体は、意識なきままに至聖所にある。
『ではコハク、あとは頼みましたよ。……ほれ、手を放しなさい』
「ひゃい」
こくんっ。
ピンクゴールドの三つ編みの毛先を所在なさげにいじり回しながら、少女は覚悟を決めて頷く。
内に秘めた心もとなさを押し込めようとした結果、鼻水が出てしまって、返事の声が不細工になった。もっと凛として、彼女が安心して往けるよう笑顔でお見送りをするつもりだった。
が、彼女の緩すぎる涙腺は決壊したまま。
『困りましたね。そうさめざめ泣かれると、旅立てないではありませんか』
「しろのめがみさま。やっぱり私、お供しますっ! 行かせてください!」
着の身着のまま、コハクは一族の証たる大切な神剣を取り、白いローブを纏い白椋に同行しようと頑張る。しかし近づこうとしても普段は優しくコハクを受け入れてくれる、白椋の結界にぐいと弾き返される。
「あうっ」
コハクは恨めしそうに白椋を見上げる。
『わたしがお前を置いてゆくのは』
去ろうと決心していたものが、心を揺さぶられ緩慢な足取りでふわりと踵を返す。全身に純白の煌めきを宿した女神は、その頬にしっとりと慈愛の微笑みを浮かべ、
『お前がわたしを信じるように、わたしもお前を信頼しているからです。留守中、お前以外の者には指一本、わたしの本体に触れさせる気はありません』
「天使さまたちにもですか?」
『ええ』
こんな肝心なときに、白椋の天使たちがいない。
主神の決意を引き止めてくれそうなものなのに……。
今日は天帝降誕日なので安息日だと、そういえば昨日女天使が言っていた。
コハクにはその意味するところは分からなかったが、とにかく白椋を思いとどまらせられそうな材料ならば何でもよかった。
「て、天帝様降誕日は安息日ですっ。めがみさまも、安息日を守らないと。ですから、天使様たちがかえってきてからにしてくださいっ」
『天帝降誕日は神の眷属のための安息日であり、お前には何ら関係がありませんよ』
現実世界では天皇誕生日で祝日。
使徒たちは休暇のためログインしていない。
何とか引き留めようと頑張るコハクに、白椋ももう少し付き合ってやらないでもないが、空間が不安定化する事を考えれば、二十七管区との接続時間は最小限にしなければならない。
既に干渉場は開いていると、鴻池から報告を受けていた。
37歳独身鴻池 弘人、白椋のためなら休日返上もなんのそのである。
頼もしくもあり、それでいいのかと白椋は幾分心配にも思うのだった。
「で、ではせめてっ。夜はめがみさまのお隣で寝てもいいですか?」
『もう……』
ふう、……と、我知らず調子を乱されて息を零した。
嬉しくないと言えば嘘になる。
勿論戸惑いもある。
アガルタの神と素民を結ぶ重要な役割を果たす、蘇芳一族の巫女をただの少女へと転化せしめた責任は重い。
神通力を失い、「特別」でなくなったコハクを自立させ、周囲に認めさせ、立派な賢君へと成長させることが彼女の主たる白椋の務め。
これでよかったのだろうか、と一抹の不安を覚えたこともある。
迷いながら、確固たる選択を一つずつ積み重ねてゆくほかにないのだ。
白椋にはただ、前進あるのみ。
その推進力を赤井神から学びたいのだ。
『コハク。……いつからそんなことを言う子になったの』
「ご、ごめんなさいっ?」
コハクは素直で従順なよい巫女。
彼女が今に限りそうでないことは、コハクが自らを慕う証であり、ここ最近の彼女の情緒的な変化を見ると、込み上げてくるものがある。
白椋は嬉しかった。
赤井神が彼の世界でA.I.に 命を吹き込んだように、この世界のA.I.も人に限りなく近づくのだと知った。A.I.として割り切り、見限るのではなく、道具のように扱うのではなく、彼女と共に生きる。
褒める。叱る。与え、汲み取らなければ、感受性は芽吹くまい。
「ごめんなさい。一人で寝ます」
『では夜ごと、お前が眠りにつく前に、その日の出来事をわたしに具申するよう命じます。怠らないこと。どこにいても、どんなに離れていても。わたしはいつも、耳を傾けていますからね』
「はい!」
仮想の女神として長きを生き、仮想世界を錯綜する情報を構築し、選ばれし地の民を自らの色に染め上げてゆく。
どのように彼女の色味を出すべきかと、長い間掴みあぐねていた。
この理想郷をもっとより良くするために、旅立つのだ。
必ず、大きな糧を得て戻ってくる。
白椋は己とコハクに固く誓った。
『では、行ってきますよ』
よい返事に安堵しつつ、女神は明るい声で暫しの別れを告げると軽く跳躍し、神殿の祭壇中央に出現した球形の光塊の中にその身を浸す。同時に高度量子暗号鍵生成フィールドにエントリ、白椋の情報を転写し生成される光子対(EPR)。
それらは細かな光のノイズとなって身体に纏わりつく。
情報が生成させると、空間系量子転送に伴い、足元から光の屑となって砕け、エンタングルした状態でかの地へと昇華されてゆく仮初の身体。
量子暗号化され、まったくの異なる世界、異なる座標において再観測される瞬間に跳躍する。
神殿内の空間は不安定化し、景色が球形を描くように歪んで見えるが、コハクは恐れなかった。
女神から聞いていた通りだ。彼女が去ってまる一日は、空間がひどく不安定化しているので神殿内にはだれも立ち入らせてはいけないと教えられている。
女神の身体が細かく引き千切られ、ぱらぱらとほつれていっても、コハクは飛び出してゆきそうになる心をぐっとこらえた。
そして今、白の女神は世界を超えた。
切なげな残響と白い光の余韻を残し、白椋神の分身は二十八管区世界から消滅した。
「めがみさま……お気をつけて。お帰りを待っていますから……」
コハクは祭壇の前にくずおれ、コハクなりの丁寧な最敬礼を送ると、鼻をすすり、ごしごしと両手で涙をぬぐい表情を引き締め、地を踏みしめて立ち上がる。
誰もいない神殿の扉を固く閉ざす。
私が守り抜いて見せる。白の女神のいない、祝福なきこの世界を。
そして笑顔で、おかえりなさいを言うんだ。
すっと背筋を伸ばし、規則正しい足音を響かせ、彼女の執務室へと足を向けるのだった。
しかし……泣きすぎて顔が腫れていないかしら、臣下に笑われるのではないかしらと気にしたコハクが、神殿の外の聖泉の水面を覗き込んで自らの姿を映しだそうとしたとき……。
「きゃあっ!」
その日の朝、短く小さな悲鳴一つをその場に残し、量子転送ゲートの開闢によって不安化したバグの狭間に飲み込まれ、誰に知られることもなく神聖エルド帝国の若き女王が失踪した。
そして奇しくも彼女のデータは、白椋と共に二十七管区に転送されてしまったのである。
赤の神の総べる、その世界へ――。
***Heavens Under Construction 第5章***
『むーふーふふっふー♪』
……ん? んん? 何か様子がおかしい。
『ふーふふっふっふ~♪ ふん~ふ~ふふん、ふ~ふ~ふん♪』
結界で外界と隔絶されたヤドカリ神殿の寝所で惰眠をむさぼる私の耳元で、何かウィスパーボイスで鼻歌が聞こえてきた。
弦楽器的で陽気な演奏もジャンカジャンカ背後で鳴ってる。
何この曲、オリジナルソング?
鼻歌も音程は合ってるけど酷いコード進行。
うわーテンションコードだらけで精神的に不安定になる!
寝覚め最悪な気分で薄ぼんやりと瞼をもたげる。
至聖所の寝所の天井は一部が吹き抜けで、天窓から外が見える。
ちょーい、まだ外暗いじゃん、夜明け前だよ。
誰とは知らないけど変な目覚ましで起こさずに寝かせてよ二十七管区最近平和なんだからさ……と、耳を塞ぎつつ、ふわふわの白い枕に顔を埋めようとも、ウィスパーボイスは更にボリュームを上げ一本調子で継続。
あまりにウザいので無視ってると極めつけに……私の枕が急に跳ねて
『1、2、3――っからのDA――!!』
『ふぐぅ――――?!』
私の顔面に闘魂が注入された―――!!
って、これ枕じゃね――モフコ先輩――!!
何か自作の曲の途中から闘魂注入みたいなのがフュージョンしてた。
『ファイッ! ファイッ!』
ふっさふさの白い毛玉は突起を二本出してファイティングポーズ取りつつシャドーボクシングしてる。動きが超すばしこい。
まっしろしろすけも真っ青だよ先輩、残像が見えますよ。
これには私も驚いて跳ね起きる。
『ファイッ! じゃありませんよ! 一体何と戦ってるんですかモフコ先輩朝っぱらから!』
『朝だよ赤井さん! モーニングコールだよっ!』
うん朝なのは分かる。正確には夜明け前ですけど。
『起こすなら普通に起こしてくださいよ……何で先輩が私の寝所で闘魂注入してるんです。寝込みを襲われるとは思いませんでしたよ! あ、私の枕……いつの間に!』
先輩が私の枕と入れ替わってた。
何か今日はやけに枕がモフモフして気持ちいいと思ったら!
先輩が私の頭の下で息潜めてたんですか!
『で、何でモーニングコールしてくれたんですか』
頼んでません。頼んでませんからね? すると毛玉、よよよと目頭をおさえて
『冷たいよー赤井さん。何でって、エトワル先輩がいないから赤井さんに枕営業してるんだよー。枕だけに?』
ぽっ、と何を勘違いしたかサーモンピンク色になる毛玉。
もうイラっときたからモフコ先輩をお値段以上ニ○リでクッションとして陳列してもらおうか。
それか夜店に射的の景品として並べてもらおうか。
思わずそんな衝動が沸 いてしまったよ。
何でモフコ先輩がまた毛玉なのかって話だけど、精気の消費量を抑えられるから毛玉状態の方が楽らしい。エトワール先輩がいないのと、毛玉なのをいいことに、足の裏くすぐられたり、沐浴中に物影から覗かれてたり、枕営業(何だよそれ)してみたり、モフってくれと要求してみたり。
私へのセクハラし放題。
『枕営業とかいらないので、普通に仕事してください』
『えーケチー。残念な神様だなー赤井さんは。もうちょっと器が大きくてもいいと思うよ?』
チラッ、とこちらを見る毛玉。要約するとモフれと言いたいらしい。
……さてお見苦しいところをお見せしましたが、国民の皆様おはようございます。
私アガルタ二十七管区の甲種一級構築士赤井ですが、今日も皆さん勤労していますか?
勤労納税して下さいね私のお給料の元ですから。
一に納税、二に納税、三、四がなくて五に納税の意気でお願いいたします。
なに……ウザい通り越して私への殺意が沸いてきた?
そりゃ大変。
では真面目にナレーションします。
さてさて、第二区画解放も無事に終了。
ネストの森はモフコ先輩の粋な計らいによって豊かで多様な生態系を取り戻し、モフコ先輩と私達はネストに凱旋帰還。
ネストと二十七管区に久しく待ち望んだ平穏が訪れてから一か月ちょいが経過。
こちらでは二月の終わりだ。
陸の孤島と化していたネストが開け、地域間の交流が一段と活発化し文明水準も引き上げられた。
半ば強制徴集されていたロイはモンジャに帰郷、メグとナズも一時帰郷。
メグはシツジの子をパウルさんから譲り受けて四匹連れて帰り、モンジャに牧場を作って牧畜を開始。
モンジャの周辺は軟らかい草が豊富で、牧畜に向く土地柄ではある。
でもエド対策は念を入れてね。
ナズは何やら風車から着想を得て、大きな動力源となる水車を作ろうと、親友のフリーくんと小さなモデルを作ってモンジャで試行錯誤の日々を送ってる。
私はヒント出せないけど、工学部出身のナズの発想チートに期待してる。
ナズの記憶が回復してきたら、タービン的なものを思いつくんじゃないか?
もう原型の発想はあるみたいだし。これには期待せざるをえない。
ヒノとラウルさんはネストに残留し断崖絶壁の縦穴住居部分の各階連絡通路の足場を補強しつつ、建築技術の研鑽にも励んでいるみたいだ。
グランダからの建築技師もネストに何人か入ったり、ネストの鍛冶師もグランダに交換留学。
文化交流、大いに結構。
各地域間の円滑な交流のために、高地にあるネストとグランダの領地の間に橋をかけようという計画がキララとパウルさんの間で浮上。
ネストとグランダ間を結ぶ大橋は、最短距離で980m。
標高二千メートル級。
うん、そんな距離と高さに吊り橋かけるとか無理。
突風とかで超揺れるしあの地域、年間通して強風なお土地柄。
仮に根性で架けたとしても絶対すぐ落ちるからやめて大惨事になっちゃう。
……と説得してたら、モフコ先輩が「高架橋を架ければいいじゃない」と言い出した。
二千メートルの橋を架けるんですか!
建築水準がもはや現代並みじゃないですか……と指摘すると、
古代ローマの水道橋ポン・デュ・ガールが紀元前何世紀に建てられたと思ってるの! と逆ギレ。
何だよそれどんな少女だよ……と、歴史の苦手な私が首を傾げている間に、電光石火の勢いで二千メートル級の超高架橋を建設してしまわれた。
伊藤さんと同じく、CADみたいなソフトでさくっと。
あっさり造るものだから、前回のヤドカリ神殿一夜にして建設の例もあって、素民たちは今回の件で何か新しい領土が見つかるたびに神とその眷属たちに凄い 建造物を建ててもらえる特典がついてくると誤解されたっぽい。
まあそのことで、「赤井神様たちすげー」になって私への信仰心を一層深めることになってはいる。
いいのかこれ? 文明レベル的に厚労省に怒られたりしない?
普段は毛玉なモフコ先輩は乙種二級構築士で、グラフィッククリエイターの資格がある。
乙種二級は本来、サポーターっていう職種で特に特別な権限は持たないんだけど、モフコ先輩は厚労省公認のグラフィッククリエイターでもあり、これは現実世界での一級建築士資格が必須。
変な巨大建造物建てて設計悪くて大事故しちゃいけないからね。
彼女は乙種二級としての技能の他に建造物や生態系の構築など、外観に関するデザイン決定権を持つ。仮想世界にダイヴできるグラフィッククリエイターって日本には五人もいないらしい。
オリジナリティのなさとネタのきわどさに目をつぶれば、モフコ先輩って超人なんだなと知らされた私。くどいようですが、見た目は毛玉です。
そういえば愛妻が長女を出産したので、立ち会いと付添いのために念願の有給を取得したエトワール先輩。だめだあの人、赤ちゃんに骨抜きにされて皆様に見せられない顔してる。
ついでに育休取ったりして!
とかモフコ先輩と茶化して笑ってたら冗談抜きで先輩が出勤してこない。マジすか。
紆余曲折の末、長女が未来望ちゃんという名になったと聞いて、私が親でもないのに枕に顔を埋めてジタバタしてたところで赤ちゃんの写メがインフォメーションボードに届いたと思ったら、危ない危ない、殺人級の愛くるしさ。
一切名前負けしてなかった。
何で天使の先輩のお子さんまで天使みたいなの?
さらさらストレートの栗毛で、瞳はヘーゼル。
私はエトワール先輩に子供商品券10万円分を贈ったんだ。
先輩、近々戻ってきてくれるといいな……。もう多くは期待すまい。
天使といえば、私の管区にオファーを出してくれた天使さんたちは、優柔不断な私がプロフィールだけでは選べなかったものだから、伊藤さんの計らいでモニタ越しに面接して採用することになった。
伊藤さんに日程調整をしてもらってるところです。
伊藤さん絡みでいえば、西園さんとは暫く連絡取れないって話があった。
西園さんの自宅、もぬけの殻で足取りがつかめないらしい。
何で厚労省なのに引っ越し先も把握できないんだろう。
個人情報保護法がどうちゃらって言ってたけど。
変わったことがなければいいけど……伊藤さんは引き続き行方を追ってみます、とは言ってくれた。
西園さん、今頃どこで何やってるんだろうなあ……。
仮想世界から出られない私じゃどうしようもできないから、西園さんのことは、伊藤さんに任せるしかない。
そういう訳で私はモフコ先輩と神殿に二人きり。
今日も二十七管区全域、祝福ついでにパトロールに行くかなあ。
エトワール先輩がいないから仕事を分担できない、私が全員に祝福して回らないといけないんだよね。モフコ先輩は乙種だから祝福はできないし。
そんな事を思いつつ、顔を洗ったり口を濯いだり水で寝癖を直して身支度を整えている間に、毛玉先輩がインフォメーションボード出して何か情報見てる。
あまりに熱心に見ていらっしゃるから、気になってたことを聞いてみた。
『二十七管区に留学すると言っていた同期二人はいつ来るんでしょうねー』
『えっ!?』
ぎょっとして毛を大きく逆立てるモフコ先輩。
ハリセンボンですか。二倍ぐらいの体積になってる。よく膨らみますね先輩。
『!?』
その形態に口に水を含んだまま、つられて驚く私。
『今日か明日だよ。だからモーニングコールしたんじゃない、プロマネから聞いてないの? あ……もうログイン用のゲートが開いてるじゃん』
『ぷ――!?』
びっくりして思わず口を濯いでいた水吹きました。
聞いてないよ~。
何でいつもそういう大事な告知が当日なんだよー伊藤PM勘弁してよ。
毎回毎回アドリブ求められたって対応できませんよ。
接客準備もできてねー。
神殿の掃除は昨日もモフコ先輩と一緒に念入りにやったけど……昨日も二組結婚式ありましたからね。まー新婚さんたち、神殿内をフラワーシャワーで散らかす散らかす。
あ、ちなみに先輩はダスキン的なお掃除ワイパーにもなれます。
水洗い可能、抗菌仕様。一家に一台……って言ってる場合じゃない。
誰かルンバおくってくれねーかな。
準備って何すればいい?
歓迎の宴とか? 私ら食べられないから侘しい祝宴になりそうですけど。
『どうしましょうかモフコ先輩。何も準備してないんですが。まず二柱に寝てもらうベッドがありません』
何日ご宿泊するのかわからないけど、白椋さんは一応女神だから私と同じ寝所ってわけにいかない、部屋別にしないといけないと思うしさー。
『寝室ぐらいは私が作るけど、変わったことはしなくていいと思うよ。だって彼ら、勉強しにくるわけだし。ただ、ロイ、キララ、パウルたち各地区の長たちには伝えておいた方がいいんじゃないかな?』
【 第29管区主神 蒼雲 天晴(ID:JPN216)が、二十七管区にエントリしました 】
えーもう来たー!?
『あ、まず蒼雲神がエントリ完了。白椋神用のゲートも接続開始。あれ、どこに到着したのかな~? ステルスしてるから分からないな』
モフコ先輩曰く、留学神はエントリ時にその管区の主神の神通力所持量の1/10に力量を調整されてやってくるらしい。
だから私より留学神の方が強くて民たちに人気が出ちゃう!
大変! なんてことにはならないんだけど。
その措置が逆に彼らの神気を分かりにくくしてる。
【 第28管区主神 白椋 千早(ID:JPN215)が、二十七管区にエントリしました 】
『ぎゃー二人とも来た――! 民たちに見つかって大騒ぎにならないうちにお二人を迎えに行きましょう!』
変装してくるならまだしも、私みたいな白衣に後光姿でやって来るなら、相当目立つ。
目立つってもんじゃない輝いてるもん。
キララは曲者じゃー! して下手したら挙兵するだろうし、ロイは怪しい奴!
と先手必勝とばかりに挑みかかっちゃうかもしれない。
この世界に神は私だけだって以前ロイとキララに言ったことがあるから。
白椋さん蒼雲さんが偽物だと思われて、血の気の多い彼らに攻撃されても仕方がない。
そして彼らが返り討ちに遭っちゃうかも!
『んー。二柱別々の場所にエントリしてるし、気配消えてるから、迎えに行こうにも見つからないかな。普通は赤井さんに挨拶にくるのが筋だから、神殿で待ってればすぐ来るっしょ。別にトラブル起こしに来てるわけじゃないし』
ちくしょう……毛玉さん大あくびだよ。
私はモフコ先輩を肩に乗せ、居てもたってもいられず神殿の入り口に仁王立ちでお出迎え準備。
モンジャの民とグランダの民が神殿に朝の礼拝に来てたから、祝福しがてら、キララとロイに来客がある旨を伝えてくださいとは言ったけど。
伝わったかなあ……間に合えばいいけど。
一足遅かったっぽいなあ。
その後、日は高くなってきているけど、待てど暮らせど……
『もしもし。モフコ先輩~? 一向にだれも来る気配がないんですが……』
『来るよ、来るって。きっとくる~♪』
私の心配、クライマックス。
もしかして皆さん、私の存在無視でもう二十七管区の視察に出かけちゃってます?
***
それはわざとらしいほどよく晴れた、モンジャの朝だった。
モンジャの少女、メグの朝は早い。
「一、二、三、四! よかったぁ……」
メグがネストからもたらした四匹の仔シツジは、メグたちの作った柵のシツジ小屋の中にきちんといてくれた。
青い毛むくじゃらが四つ、木の寝床の中でもこもこと折り重なって動き回っているのを見ると、ざわざわとしていたメグの胸さわぎはおさまり、何だかほっとして笑みが零れる。
メグはミシカに習ったようにシツジの面倒を見ている。
ネストと比べてモンジャの気候が暖かいからか、最初はシツジの餌食いも悪かったが、最近は環境に慣れた様子だ。小屋の閂を外す。
霜の降りた牧草を踏む足がぷるぷると震えているシツジもいるけれど、今日もエドなどの襲撃を受けてはいないのが何よりだ。
夜行性のエドの来襲は基本的に夜間。
モンジャの草原に面する場所に作られたこの小さな牧場は、地形的にエドに襲われやすいのだ。
だからメグが神経を尖らせている。
エドのアイは大きなふさふさの身体を丸めて伏せの状態で、牧場の中に入ってゆく青い仔シツジたちを興味もなさそうに横目に見送る。
アイは最近、メグがシツジにばかり構うので面白くない。
「アイにもあとで、たくさんごはんあげるからね」
メグはアイの首筋に抱きついた。
アイはふん、と鼻を鳴らす。
いつもと同じ朝……ではないと気付いたのは、メグの視界の端で東の空がきらりとおかしな風に青く輝いたからだ。
「っ!?」
光が走ったあたりには、朝焼けの赤色に燃える太陽を映した冬の空。
しかしそこに青い二重の平らかな光円が二つ。
浮かんでいる。
シツジの為に持ってきた水をその場に置いて、「ママーマー」と鳴き声を上げながら近づいてきた仔シツジの頭をよく確かめもせずに撫でる。
注意深く見ていると、光円の中に、初めは薄く、やがてくっきりと光の模様が現れた。
円と同じように青い。
「神……?」
メグはその黒い目を見開き、呟いた。
どうしてそう言ってしまったのかわからない。
ただ、メグには”読めた”ことが不思議だった。
最近、メグは習ったことも書いたこともない記号が読める。
ロイに相談すると、赤い神の使う神聖文字であるとのこと。それらは全て、メグの夢の中で見たものだ。
夢の中のものを覚えたというより、夢の中で見かけて思い出したという感覚が強い。
そんな筈はないだろうと赤い神に理由を尋ねたこともあったけれど、彼は言葉を濁し、未だに理由を教えてはくれない。メグには分かっていた。
この文字は、神様そのひとをあらわす記号……。
目を奪われていると、二重円の模様の中から、おもむろに人の足が二本出てきた。まるで、水面から水中に誰かが沈み込んでくるように。皮の履物に包まれた足。長く、しなやかな白い衣が次に現れ、風に弄ばれてたなびく。……真っ白なその衣の白さが、ほの暗い空によく映えた。”真っ白”な衣服は、モンジャの集落の絹糸では作れない。どうしても黄ばんでしまう。ネストにもグランダにも、白い糸がない。だから、”真っ白”を着ているのは”赤い神様”だけなのだ。
「あかいかみさま?」
だが赤い神の着ている白衣とは構造が違う。
長衣は前あき式で、二枚の襟が折り重なり、きらきらと輝く銀の飾りのついた帯で長衣を止めている。上着の裾も長く、袖は長く袂は短い。
そして何より決定的だったのは……その白衣の主の髪の毛……。
「あおい……」
メグの見知らぬ、青い神。
メグは段々と怖くなってきてシツジの柵を閉ざし、音もなくアイに飛び乗ると、この変事を赤い神にいち早く知らせるため、彼の住まう神殿までアイを走らせようとした。
「あ、でも」
牧場から神殿へのショートカットは山道を通るが、この時期は雪が深く沢に滑落する恐れがあるので通れない。
モンジャの集落を経由する道は安全だが時間がかかる。
少し危険だけれど、早く神殿に行ける荒地の道を選ぼうと思った。
何故危険なのかというと、そこはヤスがよく狩場にしていた草原に隣接する荒地であったが、たまにエドより大きな、家一軒分ほどもある獣が出るのだ。
餌の豊富な夏場は比較的気性が大人しく、小動物を食べて繁殖するのだが、冬場は餌が不足するため狂暴化し、人間をも襲われる可能性がある。
だがメグは、この地域では最強の肉食獣エドであるアイを駆っているので、危険だとは思い至らなかった。
そしてメグは選択を誤った。
「急いで、アイ!」
メグはアイに身を寄せてしがみつき、共に未開の地を駆ける。
ごつごつとした岩場の多い広大な荒地は、薄らと雪に覆われている。
そのため、非常に足場が悪い。
案の定、アイの前足が岩場で躓いて、メグがアイの背から遠くに投げ出された。腕をすりむいてしまった。
岩で左腕が大きく切れて、血飛沫が飛んだ。
「っー……!! あ、アイッ!」
メグは言葉にならない痛みと格闘しながらも、よたよたと走りながらアイの名を呼ぶ。
「ガウ!」
主人の怪我に気付いたアイが引き返してきて、再び背中に乗せようとしてくれた。
メグは足場がやけにふかふかとしていることに気付く。
そして……メグの足にコツンと触れたのは、卵だ。
子供一人分ほどの大きさもある土色をした卵がゴロゴロと数個転がっていた。
「ブリルの……巣。逃げなきゃ!」
が……それは阻まれる。
メグの背後に、気が付けば運悪く巨大な影が差していた。
そのシルエットは、メグが恐れていた獣そのもの。
メグは立ち竦んだまま、背中ごしに気配を探る。
鼻息が聞こえ、背後の獣から発せられたと思しき息が湯気となって見える。
本能的に察知した。
メグとアイは、肉食獣ブリルの縄張りを侵してしまったのだ。
メグは心の底まで震えあがりながらも、踵を返し相手と対峙した。
正面を向かなくては、攻撃に備えることができない。
しかし目を合わせるということは、抵抗する意思を野生動物に表示することでもある。
それが攻撃の発端となってしまう場合も往々にしてある。
それはブリルの中でも特に大型で、モンジャの高床式の家二軒分もの大きさはあるだろうか。
毛のない褐色の皮膚、固く黒い甲羅を背負い、黄色の双眸でこちらを睥睨している。
巣を侵した人間に対して虫の居所は悪いらしく、じりじりとにじり寄ってくる。
既にかなり間合いが近い。
アイに飛び乗って逃げる時間はない。
アイがブリルに飛びかかろうと身を低くするも、ブリルの皮膚は固く、アイの爪も牙も通らない。
エドはその生態として、草原の小型肉食獣や人間を餌としてきた。
荒地に生息するブリルを餌としない、戦い方を知らないのだ。
また、ブリルもエドを餌としない。
ましてやアイは野生のエドではないし、ブリルもエドを知らない……この場でブリルの知る“餌”は、非力な人間であるメグのみ。
ターゲットはメグのみだ。
ブリルとの距離が徐々に縮まってくる。
メグは手をもつれさせながら腰巾着から、縄や木枝を切るために携帯している小さなナイフを抜き放つ。これは、赤い神が鍛えて与えてくれたもの。
刃先は鋭利で、よく切れるしどれだけ切っても刃こぼれ一つしない。
でも、刃渡りはわずかメグの掌ほど。
……心許ない、頼りない。
武器としての性能だけでなく、武芸の心得のないメグの手ではどんな武器も扱えない。
私は戦えない。メグが己の無力を客観的に分析していた時……。
「ギャウッ!」
捨て鉢になってアイが飛び出すと同時に、ブリルが空中のアイを長い前足で真横に薙ぎ払った。
アイは横っ腹に重い攻撃を受け、容易く吹き飛ばされ岩場に叩きつけられる。
戦いに慣れていないのはアイも同じだ。
ブリルはアイの攻撃を受けて怒りに火がついたかのように、メグに向かって突進してくる。
メグは両手でナイフを構えた。
無駄だとは承知している。
それでも、何もせずに食べられるのは嫌だ。
何もしなければ、運命は定まっている。
現実は残酷だ。
メグは震える両手を落ち着けて力を込めると、目を瞑り、片足で踏み込んで一思いにブリルを貫いた――。
手ごたえはあった。固い弾力のある肉を切る手ごたえ。最も可能性が高そうであった空振りでは、ない! メグはその感触にしがみ付き、力を込めて全体重を預けた。
深々と、刃は埋められた。
そして、辺りはとても静かになった。
アイの呻く声が聞こえる。
アイも無事だ……だが、怖くて目が開けられない。
「うそ……」
勝てるわけがない。
たとえナイフで傷つけたとしても、きっとブリルの鼻先を掠った程度だ。
それほどにブリルの皮膚は厚い。
戦う前から結果は目に見えていた。
それでも、メグはその場に立っている。
どうして――?
心を決めて目を見開くと、疑問の答えはそこにあった。
渾身の力を込めて突き刺したメグのナイフは、ブリルの鼻先にすら刺さってはいない。
それどころか、ブリルには掠り傷一つ負わせることができなかった。
だが、ブリルは失神していた。
まだ息はある。
メグにはもう、何が起こったのか理解が及ばない。
メグのナイフは――白い衣を着た男の、心臓の真裏を刺し貫いていた。
だくだくと流れる彼の赤い血潮。
メグは驚いてナイフを手離し、腰が抜けてその場にぺたんと座り込んだ。
空より青い髪の男……彼は、ナイフが背に突き刺さった状態のまま、メグをゆっくりと振り返り、にやにやと笑みを浮かべながら腰を落とすのだ。
あたかも痛みなど最初から感じていないかのように。
彼は嘗め回すようにメグを観察した後、腕の傷を見つけると、遠慮もなく手を伸ばし傷口をすっと撫でた。
彼の手の動きに呼応し、メグの傷口が光粉に覆われ、痛みもなく傷が浅くなり痕も残さず閉じてゆく。それはほんの一瞬ではあったが、ひどく神秘的な光景であった。
つかの間の奇跡は、彼が神であるとメグに信じさせるには十分な証拠であった。
『おっはよー! やー君、いい朝だねっ!』
開口一番、彼は人差し指でこめかみのあたりに触れつつ、これまでの事など何もなかったかのように軽い調子でそう言った。
仕切り直しだと言わんばかりに。
青髪の男は、その瞳も同じように青い。
メグは天然の色で、これほど澄んだ、そしてけばけばしい青色を見たことがない。
だから自然と、見惚れてしまった。
そしてその色彩のトーンが、赤い神のそれと類似のものであることに気付く。
「お、おは、……それより、背中っ!」
彼が大流血しているので挨拶どころではない気がするのだが、彼は涼しい顔をしている。
彼はあまりにメグが慌てるので、面倒臭そうに背中に手を回し、事もなくナイフを引き抜いて自らの血液を白衣でさっさと拭い、メグに柄を向けて手渡した。
男の鷹揚な態度と対照的にメグはたじろぎ、ナイフを受け取ることのできない。
『はい、大事な刃物なんだろ?』
「で、でも」
『あー俺って一応不死身だし、気にしないでオッケー。この獣も気絶してるだけだし万事オッケー。ねーねーそれよか、君ってメグだろ? 第一発見素民がメグとか、俺超ついてね?』
「ついてね?」
メグが困惑して、苦笑いを浮かべつつ、ことんと首を右に傾ける。
『あ、こっちのこと。メグに会ったらいろいろ聞いてみたいこと、あったんだよね~』
「た、助けてもらってありがとうございます。め、メグです」
メグは混乱しつつもぶんぶんと何度も頷く。
一体何を訊かれるものかと戦々恐々としていると、青い男は座ったままメグをまじまじと観察し、最後ににやりと含み笑いを向けた。
この男の独特の笑いは、相手を小馬鹿にしているようでもあり、メグの反応を面白がっているようにも見える。
「あのっ、あなたもかみさまですか?」
『んーまあね。俺のとこの素民たちからは青の神とか青いのとか言われてんの。今日は赤いのに会いにきたんだよ』
「あおいかみさま、ですか」
メグは相手の素性が知れて、赤い神の名を呼ばれたのでほんの少し気を許し、自然と笑顔になった。
今になって落ち着いてよく見ると、青い神の目元は優しい。
助けてもらったのだから、嘘を言っているとは思えなかった。
悪い神様だとも……。
彼は自らの傷を癒すのを後回しにし、キャンキャンと苦しがっていたアイにも手当てを施す。
アイは彼の治療を受けると嘘のように元気になり、彼が手を差し出すとアイは彼の手をぺろぺろと舐めた。
そして自称“青の神”は……メグに向き直ると両肩にぽんと両手を置き……。
『君かわぃーね。ちょーっとでいっからデートに付き合ってくんない? あ、大丈夫。祝福とか布教とか怪しいことはしないから』
彼はよく言えば人懐っこい。
しかしぺらぺらと流暢に喋る神もいたものである。
赤い神は寡黙で、沈黙を好む。
ぽつり、ぽつりと大切な事柄だけを途切れるように話し、危険がない限りは決して民に対して大きな声を出さない。
赤い神は静的であり、民を支え、憩う木陰を与えてくれる大樹のようで、話を聞くのが上手だ。
民は安心して、彼に日頃の出来事をつらつら話し、返事があってもなくても、何だか満たされて日々の暮らしに戻る。
メグは青の神と言葉を交わし、赤い神と比較して非常に違和感を覚えた。
赤い神は受動的で、青い神は能動的だ。
まるで対になっているかのような二柱。
『だからさ。ちょっと付き合ってよ、デート』
「はい?」
メグの口が、素で縦にあんぐりとあいた。
「でーとって、なんですか?」




