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第4章 第13話 Gold queen and silver king◇★

「赤井様……! 助けに来ないでください!」


 壁に触手ごと飲み込まれそうになっているロイが困ったように叫んでいる。

 ロイがどんな危険な目に遭っていようと、見殺しになんてできるわけない。

 つか、壁一面に黒い触手と赤い目玉? もうここのエリアのコンセプトが分からん! せめてコンセプトだけでも分かれば弱点割れそうなものなのに。私は壁の中に沈みゆくロイの手首を引っ掴んだけど、相手も剛力、予想外に力が強く引きずり込まれそうだ。


「や、やめてくださ……ふぐっ!?」

 あー喉に触手が巻きついてる!

『黙ってなさい! 舌を噛みますよ!』


 これ以上引っ張ったらロイの手が千切れる。

 私は神杖を真っ赤になるまで熱すると、それを目玉と触手ごと貫いて壁に捻じ込んだ。

 熱を感知したのか、ビターンビターンとのたうつ触手! 触手は生物的な感じじゃない。ゴムみたい。触手はじゅっと煙を出して、辺りに焦げた臭いが漂った。

 怯んだのか、壁面の触手の引き込む力が僅かに緩む。


 おっしゃ今だ!


 一瞬の隙を見逃さず、私はロイを壁から引っ張り出して背後に匿うと、追ってこようとする触手に向けて最大電圧で電撃を数度放った。

 パシ、パシ、と吹き抜けの遺跡内が明るく閃く。

 触手の合間から壁をびっしりと覆い尽くしていたコーヒー皿大の無数の目は、電撃を喰らって目玉が白く変色し、北を指さない方位磁石のように各々あらぬ方向にぎょろぎょろと目を剝いた。

 うげー何これ珍百景だよ超気持ち悪い。

 でも目玉どもは私たちに焦点が合わなくなっているっぽいから、一応効果はあったか。


『ロイさん! 今のうちにエトワールさんの結界に入りなさい!』


 ロイは私の背後でがくりと膝をついた。ひどく震えている、


『どうしましたロイさん、急いで!』


 震える彼の肩を擁くと、手にぬるり、とした粘液がついた。


『っ!?』


 粘液に触れた指先に激痛が走る。

 ロイはもっと痛がっている。

 粘液にやられた皮膚を見ると、触手に触れた部分が白くなっていた。

 なんてこった、褐色肌のイケメンが台無しだ。


 何これ? 手がぬるぬるするけど強アルカリ? 

 私インフォメーションボードで解析してる暇ない。

 強アルカリならやべーよ、一定濃度以上では引火性あるからさっきの熱攻撃でこの遺跡全体が爆発してもおかしくなかったよ。

 ぞっとした。

 今度からむやみやたら放電したりするのやめよう、私の悪い癖だ。

 背後から結界張りつつ解析かけてくれてた先輩が叫んだ。


『神様、強アルカリではありません。これは酵素です!』


 酵素か、ならこっちにも考えがあるっ! 

 いや大してありませんけど! 

 私はロイを大慌てで運んでエトワール先輩の結界内に避難させ、精霊さん内蔵の金属柱に寄りかからせて、私自身は先輩の結界の外に出る。


 両手を大きく左右に広げて集中力を高めると、円筒状になっている部屋の壁の手前ギリギリ、20cmぐらいに物理結界をびちっと張り巡らせた。

 遺跡壁面を結界で隔離したような形だ。

 しっかり密閉されているか、入念に確かめる。


「神様もこっちに避難してください! お一人では無茶です!」


 パウルさんが叫んでる。ちょーっと待ってね。


 私は広げていた手の拳を握りしめ、ぎゅんっと私が壁ギリギリに張っていた結界を引き込むような動作を行った。

 すると……物理結界と遺跡壁面との距離が離れ、円筒状の部屋の中の円筒状の結界が更に窄まったような形になる。

 結界と壁面との間の空気が急激に膨張し、結界を元に戻そうとする圧力がもの凄い。

 私は力任せに結界を手繰り寄せる。

 引き込むこと、十数メートル。

 きっつー! 百人対一人ぐらいの綱引きをやってる気分。


 ぐわああ神通力消耗ハンパね――!!


 そして……


「こ、凍った!? どうして……」

「神様の御力か?! 奇跡だ!」

「アカイ!? 一体何をやったんだ!?」


 ネスト民とキララがやーやー言ってる。

 狙い通り、触手はものの見事に凍り付いて動きを止めていた。

 空気が膨張して、結界と壁面の間の温度が急激に下がり、触手が凍ったんだよ。

 これで少しは安心して行動できるかな。

 私は結界を引き込んだまま、その場から結界がブレないよう維持すると、エトワール先輩は素民たちを匿っていた物理結界を解いた。


『神様もロイも早く水で全身を洗った方がいい。壁の怪物の消化液がついたようだ』


 怖っ、壁に獲物を取り込んで消化しちゃう感じ? 

 凍り付いている目玉と触手たちの群れを見れば見るほど、おぞましいことになってる。


『ここは私が、片付けておきますよ』


 勿体つけてそう言い放った先輩が指先をピンと弾くと、壁面と結界の隙間に取り残されていた私の神杖がふわりと浮きあがる。

 え、それ私の杖だけどどうするつもり?

 先輩がぐっと掌底を繰り出す動作と共に神杖が壁面にへばりついた。

 その状態から時計回りに、グラウンドをトンボで整地するかのような気楽な感じで、冷凍された目玉と触手たちをベキベキ折り進めていってるー!! 

 凍てついた目玉と触手は、驚くほど簡単に凍結粉砕されてしまった。

 先輩が芝刈り機……じゃなくて神杖を遺跡の壁面に沿って一周した頃には、目玉も触手も粉々に砕け散ってきれいさっぱりなくなっていました。


 なんかもう、凄すぎてえげつねー! 


『神様、もう結界を解除してもいいですよ』


 先輩、どや顔。

 よかったー助かったよ、神通力の消耗があまりに激しかったからさ。


『ロイさん、早く洗い流しましょう。皮膚が溶けてしまいますよ』


 幸い、古代遺跡ぽい円筒状の部屋の外に地下水だけは大量にあったので、私は手を、ロイは体を黙々と洗った。

 ロイが落ち込んでいたので。


『今度から、一人で飛び込んでいかないで下さいね。特に、得体の知れないものに対しては、慎重に作戦を練ってから挑んでください』


 と、ロイに軽く注意を促すと、ロイは悔しそうな表情を滲ませていた。

 勇気と無謀は違うからね。

 ロイ、落ち込んでるなー。

 下手こいたーって顔してる。

 まあ一人で飛び出していって返り討ちにあったってなりゃ、男としてはカッコ悪いよね。

 実は私も慎重に作戦を練るタイプじゃないんですけどね。

 どっちかってと行き当たりばったり。ロイはよくやっているよ。彼はまだ十六歳なんだから。


「俺、もっと強く賢くなりたいんです。あなたみたいに」

『あなたは十分強いですよ』


 と励ますと。


「神通力がないと、俺は何もできませんでした。過分なる力に頼り切ってばかりで。俺は弱い、ただの人間でした。あなたに追いつくことなどできなかった」


 ロイは辛そうに告白。

 私に神通力の使用を禁じられて、ロイは焦っていたんだろうか。彼ってばいつも私を目標にしちゃってるから。他に何か取り柄があるのかって、自己確認の為にあんなことをやったんだろうか。それ言ったら私だって神通力がなけりゃただの人間だよ。不死身なだけの。でも私が仮に人間としてこの世界に入ってたら……やりようがないわけじゃない。

 私はぽん、と彼の肩に手をのせた。


『ロイさん。人間の武器は、腕力だけではありませんよ』

「あなたは神通力を使うなと仰る。では神通力なしで、どのようにすれば先ほどのような巨大な敵に勝てますか?」


 ロイは縋るように私に訊いてきた。

 彼は答えを求めている、人が自力であの場を生き延びるにはどうすればよかったのかと。

 私自身に対して”神通力なしで勝てるのか”と投げかける、そんな含蓄もあるんだろう。


『私は大切なことを、教えていませんでしたね』


 どうして今まで気づかなかったんだろう。

 彼らを必要以上に庇護しすぎてはいけない、一から十まで守ってあげたいと思っていたけれど、それは彼らの本来の力強さを、人としての成長を邪魔しているも同然。

 私は私の知りうる限り、伝えられる限りのことを君たちに教えてきたつもりだった。

 教育に関しては特に力を入れた。

 それでも、本当に身の危険が迫っているときにどう対処すべきなのか、私は君たちを守るばかりで教えていなかったんだ。

 だから私自身も、神通力を濫用してはいけないんだ。

 何故なら、私が創り上げようとしているのは”人の世”なんだから。


『一人の力で足りないと感じるときは、皆で立ち向かいましょう。私のような戦い方ができなくても、あなたは一人ではないのだから、皆の力を借りましょう』

「では、先ほどはどうすればよかったですか?」


 そうだね、躓いているところに立ち返ろう。


『先ほどの目玉の怪物を倒すには、部屋の中央に皆で集まり、矢で遠くから射続ければよかったでしょう』

「その方法で、倒せたのでしょうか」

『そう思いますよ』


 うん、考え直してみればあの触手、何十メートルもは伸びてこなかった。

 だから目玉を射るという遠隔攻撃が可能だったんだ。近づかなければ勝てた。

 組織的に戦えばネスト民だけでも攻略できたような気がする。


「おーい、アカイにロイ。大事ないか? 皆の者が心配しているぞ」


 キララが様子を見に来てくれた。私はわざと声のトーンを上げて彼女に返事する。


『大丈夫ですー! すぐ行きますよー!』


 酵素でいたんだロイの皮膚を癒し、彼が体が濡れて寒そうにしていたので温風を起こしたげて服や髪を乾かす。ついでに私も手を乾燥。ホットドライヤーだ。


『これからは、皆の力を合わせて勝つことを考えましょう』


 それがロイの身を助け、皆を守ることになる。

 一人だけ飛びぬけた力を得ようとするより、皆の心をまとめ戦術を組み立てる方がよほど価値がある。


「俺は強くなって、あなたのようにモンジャの民を守りたいと考えてきました……。でも、俺が死んで赤井様がいなくなって、この先どんな怪物に襲われても、皆が生きてゆけるようにしておかないと」

『その意気です!』


 そうだ、一人の超人的な傑人になるより組織を纏め上げてゆく優れたリーダーになってほしい。

 君の歩む道は、その先にあるのかもしれないから。

 君も分かっていたんだろう。

 だけど、皆を無傷なまま守りたい、非力な者たちを傷つけたくないという君の優しさが、あまりよくない方向に向かっていた。

 それはキララも同じ、一人で全部背負い込んではいけない。

 それは私自身に言い聞かせるべき言葉でもある。

 彼を励ますように、私はにこやかに一つ大きく頷くと、


「今度から、皆の力を合わせるようにします」


 ずっと思い詰めていた様子だったロイは、どこか肩の荷が下りたように、いい笑顔で微笑んでくれた。

 てなわけで遺跡に戻る。私は金属柱を見上げ


『問題はこれですよね』

”私が詳しく解析をかけておいたぞ赤井君”


 おお、有難い! 

 先輩のインフォメーションボードを覗き込むと、金属柱の素材は、何と3層になってる。

 表面から30cmぐらい、アルミニウムの層。

 その内部に4cmぐらい、純金の層。

 で、中の人を包み込むように厚さ5mmぐらいの銀の層があることが分かった。

 アルミと金と銀の中に精霊さんが閉じ込められてるっぽい。

 150年もどんな過酷勤務環境なんだよ、早く出してあげないと苦しかない? 

 てかどうやって入った? 

 こんなに密封されてるってことは、やっぱドロドロの金属の中に封じ込められたってことで……。


 つーことは精霊さん、熱には相当耐性あるんだよね?


”エトワール先輩、ここは熱で溶かすべきでしょうか。彼女、熱耐性ありそうですし”

”うーん。それも分からないしなあ……。熱で溶かすにしても時間かかるぞー。さっきから中に念話で呼びかけてはいるが、だんまりだ。耐熱性がなかったら死ぬしな”


 エトワール先輩は第一区画解放中、悪役だったのに私と念話しちゃったお人よし構築士だけど、この精霊さんは几帳面に内規を守っているみたいだ。

 あーでもないこーでもないと私と先輩が念話で駄弁っていると、パウルさんの息子が痺れをきらし


「この金属は熱であぶれば溶けるのではないでしょうか。ちょっとやってみましょうか」


 早まっちゃだめー!


「しかし無理にこの金属を溶かしてしまって、中の精霊がどうなるでしょうか」


 ロイは先ほどとの大失敗とはうってかわって、慎重派。アルミニウムの融点は660度だから、皆が持ってきた火でしこたま炙るだけで溶けるっちゃ溶けるんだけど相当時間かかるし、熱が中に伝わって精霊さんがアチチなっちゃうかも。

 いざとなったら杭で数か所を砕いて割ればいいんかなー。

 私が困ってアルミ表面にペタペタ触っていると……ネスト民が叫んだ!


「ぎゃー! 神様ー目がまた出ました!」


 気が付くと壁から新しい目が出てきたー! 

 目が再生ー!? 

 大慌てで金属柱から離れると目が壁の中に引っ込んだ。

 ぺとっと触れるとぎょろっと目が出る。

 なにこれ、面白い。

 ちょっと目玉がかわいく見えてきた。


「この柱に触れたりしてはいけない、ということなんですね、迂闊に触れないようにしましょう」


 満場一致でそうすることに。

 直接触れられないなら、間接的に封印を解くしかない。


『この部屋を隈なく探して、何か封印らしきものがないか調べましょう』


 物理的に砕きたい気はあるけど、物理的にやるとまた目が出てくる。

 というわけで、私たちが目を皿のようにして円柱状の遺跡の内部を、あるやらないやらの手がかりを捜しはじめてすぐ。


「アカイ……おい、これを見てくれ」


 私を呼ぶキララが大興奮してる、彼女が手に持っていた明かりで照らしたのは。

 直径1メートル、深さ1メートルほどの円い窪みに、金色の棒が刺さってた。

 その窪みの上部は直線の溝に繋がっており、溝は遺跡内の石畳を這って、なだらかな傾斜を描いて精霊さんの封印されている金属柱に接続してる。


 何だろう、この窪み。水を注ぎ込めってこと? 

 私は溝を辿って歩くと、精霊さんの柱の真裏側からも、溝がきててその先は窪みになって、窪みの底には銀の棒が刺さってた。

 ……ってか説明してもわからないだろうから、模式図にするとこんな感じ。


(窪み1+金の棒)==金属柱――(窪み2+銀の棒)

 

 窪みの深さは窪み2の方が深く、溝幅は窪み1と金属柱を繋ぐ方が大きい。

 何やら意味深な構造。


『エトワールさん。これは……どう思いますか』

『ひとまず、その棒を抜いてみてはどうですか?』


 先輩がそう言うので私が棒を引っこ抜こうとするもびくともしない。

 エトワール先輩が動かしても動かない。

 私らの怪力で動かないとなると、人の手では絶対に動きやしない。

 詰んだ? と思いきや、


「あ、待ってください。棒に何か彫られてますよ」


 ロイがそう言うので金の棒をよく見てみると、ネストとグランダで用いられている文字で何か書いてある。

 パウルさんに読んでもらうと”相対する王を求める”って書いてあるらしい。

 ついでに、相対する王以外に触れられると封印は二度と解けなくなるって。

 しかも金銀の棒を”相対する王”が二人同時に触れないといけないらしい。

 間違えたら一巻の終わりじゃんそれ!


相対あいたいする王とは?」

『キララさんとパウルさんじゃないでしょうか』


 それで合ってるよね。

 この洞窟に入るときにもキララとパウルさんが封印解いて入ったんだし。

 でも金の棒に相対するってどっちの王のこと? 間違えたら二度と抜けなくなるよ? 

 私はキララとパウルさん二人の顔を見比べて気が付いた。

 あ、キララって金髪だしパウルさんは銀髪だ。金銀揃ってめでたい感じ。

 じゃー金の棒を銀髪のパウルさんが、銀の棒を金髪のキララが動かせばいいってことか。

 ややこしいなー。


『金の棒にパウルさんが、銀の棒にキララさんが触れて同時に動かしてください』

 

 というわけで、キララとパウルさんがそれぞれの棒を持ってスタンバイ。


『ではいきますよ、……3、2、1。はい!』


 二人同時にそれぞれの金銀の棒に手をかけると、先ほどの私たちの苦戦ぷりが嘘のよう、棒は軽やかに動いた。

 てか棒が窪みから抜けた。

 その途端、窪みの底にあいていた穴から透明な液体が湧き出し、窪みの中に溜まり始めた。

 パウルさんの方が勢いよく、キララの方はちょろちょろと湧いている。

 パウルさん側の透明な液体は遂に窪みの中から溢れ出し、溝を伝って金属柱めがけて流れはじめた。

 すると……


「神様、見てください。柱が沈んでゆきます!」

「地下に沈んでゆくぞ! どうなってるんだ」

『様子を見ていましょう』 


 液体が溝を伝い始めたのが引き金となったのか、金属柱の周囲の土台ごと30cmほど地下に陥没し、そのまま金属柱ごと音を立ててゆっくりと地下へと沈み込みはじめた。

 すげー、この仕掛けどうなってるんだろう? 

 溝を伝った液体は、陥没した土台の穴に流れ込み、金属柱のアルミニウム表面を濡らして滑り落ち、土台にあいた穴に吸い込まれていった。

 そのときだった。

 アルミニウムの表面が泡立ち、溶け始めた!


『これは!? 酸ですか?』


 私はパウルさん側から流れてきた液体にインフォメーションボードで解析をかけると、塩酸だ! 

 しかも濃度高い。マジか――! 

 じゃ、キララの側から湧いてきた液体は何? 

 ちなみに、キララの方はちょろちょろと湧いているし窪みが深いので、まだ溝を伝って流れてきていない。


”赤井君、こちらは濃硝酸だったぞ”


 塩酸と、硝酸。塩酸と硝酸……

 なん……だと……? 先に大量の塩酸、後から硝酸……

 やべー分かった! 分かっちゃったよこの仕掛け! 


『みなさん、部屋の外に出て暫く待ちましょう。ここは有毒な気体が出て危険です。暫く待てば、精霊さんと会える筈です』


 というわけで私は皆を引きつれて遺跡の外に出て、遺跡内部で発生するであろう有毒ガスをやり過ごすために来た道を少し戻った。

 反応が終わって大気中に希釈されるまで、外で待っておいた方がいい。


「中では何が起こっているのですか? さっき、金属に液体がかかって溶けていました。あれはどんな反応が起こったのですか?」


 ロイがやっぱり聞いてくる、化学反応大好きっ子だもんねチミ。

 キララやパウルさんも私の周囲にやってきて体育座りした。


『先ほどの液体で、金属が溶けてゆきます』


 てなわけで私は簡単に原理を説明。

 ロイ以外は基礎的な化学知識がないので分からないかもしれないけど、キララやパウルさんたちも金属産出国だから一応聞いておいた方がいい。


 パウルさん側からは塩酸が、キララ側からは硝酸が流れてくる。

 で、塩酸の方が先に大量に、硝酸はちょろちょろと後から流れてくる。

 金属柱の表面を覆っていたのはアルミだったから、アルミは塩酸に溶かされる。

 逆に、硝酸が先に流れてくると、アルミが表面で酸化皮膜を生じ不動態を作って反応が進行しないところだった。

 塩酸がその酸化力によってアルミニウムを溶かし終えると、次第に純金の層が見えてくるだろう。

 ここで後からやってくる硝酸が必要となる。

 金(Au)は化学的に非常に安定な金属なので、塩酸には溶けない。

 それどころか殆どの酸に溶けない。

 ただし、例外はある。王水おうすいだ。

 王水ってのは塩酸:硝酸=3:1の黄色っぽい混合溶液のことで、強い酸化力を持ち金をも溶かす。

 最初は塩酸のみが流れてきてたけど後から流れてきた硝酸と混合されて王水に近い割合になるだろうから、精霊さんを封じる金の層も陥落し銀の層が露出する。


 王水はそのまま銀の層をも溶かして精霊さんも一緒に溶かしちゃうかと思いきやそうではない。

 この仕掛け、そこらへんは考えられていて、銀の層は王水に溶けない。

 金属表面で王水と反応して不動態膜を形成するからね。

 だから私たちは反応が終わった頃、銀の膜に包まれた精霊さんを王水の中からレスキューし、銀の膜を剥がしてあげればいい。

 厚さ5mmぐらいの層だってことだし、銀は柔らかい金属なので手で千切るように剥げればいける。

 この内容を皆に一応説明したけど、ネスト民は子守唄に聞こえたみたいで途中から寝てたね。

 授業中居眠りに悩む教師の気分がよくわかったよ。

 チョーク飛ばそうにも持ってないし。

 ロイは化学的に理解できたみたいで感動してたけど、キララもパウルさんも途中からついていけなくなってた。


「ま、細かいことはいいんだ。封印が解ければ目的は果たされる」


 キララがいっそ清々しい。

 ですよねー。酸化還元反応あたりからたっぷり二時間かけて説明したのに私の労力は一体……。

 エトワール先輩は暇を持て余して勤務中だってのに妻にメールしてるし……臨月の妻が心配なんですよね先輩。

 というわけで2時間後、私たちが精霊さんとのご対面で期待に胸を膨らませて意気揚々と遺跡に戻ってみたら……。


 いつの間にか、でっかい毛むくじゃらの怪獣が精霊さんのいた穴の上に鎮座していました。

 すげー気持ちよさそうに寝てる。

 何かホワイトタイガーを超巨大にした感じ。

 やめてー! 

 コイツさっきいなかったじゃん?! 

 どこから出たのかと思えば、遺跡の上から降ってきたっぽい。

 天井に大きな穴があいてら。

 精霊さんとの対面を阻む最後の試練はコイツと戦えってことみたいだ。


 ここはいっちょ、バーンと男らしく! 正々堂々と! 声をひそめて。


『起こさないように精霊さんを救いましょう』

「赤井様。戦わないのですか?」 


 ロイががっかりしていた。

 いーんだよ穏便に済めばそれが一番簡単なんだから! 

 そんな漢気のない私にキララが同調してくれた。


「まあ、そちらの方がよほど得策だろう。わざわざ怪我人を出すこともあるまい。気付かれないように慎重に近づこう」


 って言った端から、キララが怪獣のしっぽを足で引っかけた――!!!

 

「あ、すまん。うっかり」


 てへ、って顔したけど……可愛いけど許しませんよ!


 ***


「しろのめがみさまぁー。こなをもっと入れたほうがいいですか?」


 ここはアガルタ二十八管区。

 コハクの城の調理場を借り切って、二人が仲良く寄り添うように立っていた。

 今日の白椋は彼女の巫女のコハクと一緒に、パン(のようなもの)づくりに励む。

 コハクはもともと食が細い。

 食事といえばわずかばかりの野菜を食べる程度、エネルギーとなるパンや肉を食べられない。

 だから彼女が少しでも食に興味を持つように、白椋がパンを作ろうと誘ったのだ。

 コハクは頬に粉をつけて悪戦苦闘している。


『粉はもう入れなくてよいですよ。水を少し足して粘り気を出してください、こう、このように。粘り気が出たら、丸めて焼きましょう』


 コハクは力任せに団子をぐりぐりと丸めるが、どうも不器用らしく形が悪い。

 それを白椋に発見されて、恥ずかしそうにしている。


『おや、コハクは不器用ですね。ほれ、こうすれば綺麗にできるでしょう』


 くるくると女神は美しくタネをまとめてみせる。

 コハクはそのすらりとした華奢な女神の指先に、ほうっと溜息をつきながら見とれていた。

 私の指は短くて……と比べてへこんでいる。それにしても


「どうしてめがみさまは、何でもお出来になるのにそんなことまでお上手なんですかぁ……」

『昔を思い出しますね……』


 どうしてパンなど焼く気になったかというと、白椋が人間だった頃、よく母親と一緒に菓子を焼いたものだと思い立ったのである。

 今となってはその味を思い出すこともできないのだが。

 ……ここ最近、白椋は大神殿に引きこもるのをやめた。

 構築の合間に、時間の許す限りコハクや素民たちと触れ合う機会をもうけ、彼女が人間時代に”楽しかった”と覚えていることを一つ一つ思い出し、彼らにその通りにしてあげている。


 自国ばかりではなく他国にも平等に視察に出かけ、地方の神殿にも時間をかけて滞在することにした。神秘の女神というベールを脱ぎ捨て、人々の前にその姿を現し始めた。

 それが間違いなく、よい方向に働いていた。


 彼女は赤井の行動を逐一真似て、その一環として祝福も大気を介してではなく直接抱擁することにした。原始的な方法だが、そちらの方が優れていると分かったのだから積極的に取り入れる。

 もともと白椋は精神科医であるからか、読心術に長けた女神である。

 そのうえ直接抱擁することで素民との距離が近くなったので、彼らがどんな悩みを抱えているのか手に取るように分かるようになった。


 その結果、素民たちは赤井の管区ほどではないものの、白椋に少しずつ懐くようになった。

 最初は女神様の御姿を拝見するなんて畏れ多い! 

 と遠巻きに見ていた彼らも、徐々に白椋に近づいてくれるようになったのだ。

 白椋はそれがよい事なのか判断できなかったが、巫力を失ったコハクは肉体的な負担も減り、以前よりも楽しそうに笑ってくれるようになった。


 七名の使徒たちには『蘇芳に巫力を持たせないなんて、一族の存在価値をなくす気ですか!』と叱られたし、コハクは神官たちに陰口を叩かれたらしいが、白椋はきっと、コハクの為にはよいことをしたのだと思った。


  丸めたパンのタネに果物を乗せ、石窯に火を入れて数十分後。

 パンもどきはこんがりと焼きあがった。

 白椋が神通力で石窯の火加減を調節していたので、焼き加減もパーフェクトだ。

 おかげで色よくふっくらとして、コハクも食欲をそそられたのかゴクリと唾を飲む。

 コハクは自分が拵えたそれらの中で一番形のよいものを見つけると、彼女が見繕ってきたピンクの布で包み、はちきれんばかりの笑顔を白椋に向けながら


「えへ。これ、一番大きくてきれいなのが、めがみさまの分です」


 ぽふ、とコハクは白椋の前に両手でパン(もどき)を捧げる。


 おいしそうな匂いにつられ、侍従や料理人たちが調理場に集まってきて窓から中を覗き込んだ。

 しかし中に女神がいるのを見ると彼らは、厨房が汚れていなかったかしら、女神様が包丁で手を切ったり火傷をしたらどうしよう……と顔面を蒼白にして非常に悩んでいた。


『コハク、わたしは人の食べ物を、食べられないのです』


 コハクはそんなこと、重々承知しているはずだ。

 女神は一度として人の捧げる供物に口をつけたことはなかったから。

 人のものを食べると女神様が穢れるから、召し上がらないのだとコハクの母親から教えられていた。

 しかし……


「食べられなくても、お供えします。私の感謝の気持ちです」


 これはコハクの気持ちを無碍にはできないと白椋も思い直し


『よい香りです』


 すん、と白椋は香りを楽しむ。

 その間にインフォメーションボード起動・メニュー展開・選択……彼女は念じるだけで必要な情報を目前に呼び出し、指先ひとつ動かすことなく念力で文字を打ち込む。


【生体構築 : 疑似消化管形成】 


 続いて真っ黒に切り替わったボード内に現れる3Dグリッド。

 内部に立体投影された自身の神体の模式図。

 白椋は解剖学的に正確に消化管を形成してゆく。

 胃袋までを形成すると、正確に周囲からの血管を配置し、実行、と念じた。


 自身の体内がグラフィックに反映され変化したのを自覚すると、パンに両手を添え取り上げる。


 ぱりっ。と女神はパンを口に含んだ。


 よい音をさせながら上品に咀嚼をし、喉を鳴らして飲み込んでみせる。

 その様子をコハクは満腔の感動と共に観察していた。


「めがみさまが、人の食べ物を!? こんなの、母も誰も見たことがない!」


 コハクの手から、ぽろりと自分のパン(もどき)が調理台の上に落ちた。


「めがみさまぁ……食べられるのですか?」

『おいしそうで、つい食べてしまいました。甘くておいしいですよ。コハクも食べてごらんなさい』


 そうは言っても、白椋の舌に味覚などなかった。

 自らに生体構築をかけ、あくまでも仮に、”食べられる”振りをしてみせただけ。

 おいしい、と感じるわけではない。

 仮に舌に味蕾を再現したとしても、擬似脳が制御を受けているので味覚を再現できない。

 それでも、おいしそうに食べる演技をすればよい。

 それを見て、コハクが喜ぶ。

 我が子の食育には、親が食べるところを見せるのが一番だ。

 コハクが食べないわけがなかった。


「はふ、おいひいれふ! めがみさま!」

『お前は頬張りすぎです』


 口いっぱいパンを頬張って喋りにくそうにしながらも、一生懸命感想を述べるコハクのピンク色の頭を、衝動的によしよしと撫でてやりたくなった。

 そうこうしていると、展開したままのインフォメーションボードの右上に入電のマークが点った。

 彼女はコハクに、少しだけ席を外しますよと断ったうえで、するりと壁を貫通し神殿の外に出た。

 物質透過は、故意に引き起こすバグの一種で、構築士の習得するスキルとして難易度の高いものではない。

 壁一枚隔てるだけで人目を憚ることができる。

 白椋は厨房で粉っぽくなった白衣を整え、ふうとため息をつくと、おもむろに受話ボタンを押した。

 口の中がもそもそする。


『お待たせしました。鴻池さん』


 彼女は先ほどまでの緩んでいた表情を引き締め、いつものように、凛々しいキャリアウーマンの面持ちに戻る。

 彼女が鴻池に、公務員として見せる顔だ。


『コハクと随分と仲良く遊んでいたんだな。スオウはA.I.だろうに』

『ここ最近。人間もA.I.も、あまり大差ないように思えてきましたよ』

『赤井の影響か。まあ真似をするのは構わないが――。その赤井絡みでもあるんだがな、蒼雲が赤井の管区に短期留学申請を出したぞ』

『その手がありましたか!』


 白椋は出し抜かれた気分になった。

 蒼雲に先を越されなければ思い至らなかっただろう。しかしまだ手遅れではない。


『蒼雲神だけですか、留学申請を出しているのは』


 一管区で受け入れ可能な他管区神の人員は、一年につき二柱まで。

 他管区の神を同一管区に同時に多数受け入れると、素民に対する影響が計り知れない。

 留学してくる神の方がホスト管区の神より強大でキャリアがある、となると、ホスト区画の神が素民たちの信頼を失う危険性を孕む。

 そこで他管区に留学する際、構築士の神通力はホスト管区の神の1/10に制限され、素民に改宗を促さないなどの多数の条件が付されたうえで滞在が認められる。


 他管区留学は短期間が原則。

 分身で他管区に留学する間、本体は昏睡状態となるため長い間留守にはできない。


『蒼雲が一番乗りだ。しかも彼は構築時間が一番短いので留学も優先して認められるが……リアルタイムで世界各国の神々から申請がきているな。……伊藤が発表した、Nature誌の発売日は今日だったか?』


 日本アガルタは日本人の宗教感情のなさからアガルタ内では全てにおいて後進国だったが、他国構築士がわざわざ見学に来るとは大したものだ、と鴻池は誇らしい。

 しかも、留学が実現すれば赤井がストレスでハゲるか、スキャンダルとなるような海外の有名神まで申請を出してきている。名前は敢えて伏せておくが。


『注目されすぎだ……』


 ああ、確か海外では例の治療に成功すると一人あたり膨大な額のボーナスがつくという噂だ。

 一人成功すれば~……と、目が血走っている構築士も一人や二人ではあるまい。

 日本では特に治療に成功したとて、ボーナスなどはないのだが。


『もし、わたしが今申請をだしたら、蒼雲神より先に留学できますね?』


 白椋は急き立てられるように、早口になった。


『ああ、お前の方が累積構築時間が浅いから、リスト最上位に割込み可能だ。逆に今留学しとかないと、受け入れ枠が二枠しかないから順番待ちでかなり待つことになるな』


 維持士よりも構築士、ベテランより若手、の順で順位づけが決まる。

 基本的に順番は素人神の順と考えていい。

 ベテラン維持士が申請を出しても出る幕はなく、第一陣は問答無用で白椋と蒼雲になるだろう。


 折角打ち解けはじめた彼女の素民とコハクを二十八管区に残してゆくことは気にかかるが、留守を任せる使徒たちも大勢いるし、再生速を落とした状態で留守にすれば、数週間程度の留守で済む。

 何かあったらすぐに戻ればいい。

 それより、赤井と話して得られるであろうものの方が大きい。


『もうすこしわたしの管区で工夫してやってみようかと思いましたが、決めました。すぐに留学します。私が戻るまで、この管区の再生速を下限まで落としておいてください』

『まあ待て、すぐ予約はしてやるが、区画解放イベント中は他管区神の立ち入り禁止だ。早くても第二区画解放後だよ』


 今にも荷造りを始めそうな勢いの白椋を笑って宥めつつ、鴻池は彼女の為にその場で留学申請を出した。口では渋りながら、鴻池は仕事が早い。

 留学生リスト最上位に、白椋の名とカラーを示す白のフラグがピンと立った。


『申請受理されたぞ。この状態だと蒼雲と同時か、蒼雲より早く留学できる筈だ』

『よかった! 楽しみです、赤井神に早くお会いしたい』


 同期三人、勢ぞろいだな。

 さて、どうなることやら。と鴻池は面白そうに口元を綻ばせた。

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