第4章 第11話 Impatience of the white goddess◇★
「何を言い出すんだ急に」
構築士補佐官 鴻池 弘人は赤井の第二区画解放イベント、パブリックビュー会場の隅で引き攣れた笑いを浮かべ、いつになく思い詰めた様子の携帯端末の中の女神を見つめた。
彼女、白椋のアバターに見詰められるたび鴻池はそのえもいわれぬ完全なる美貌にKOされ生唾を飲む。
『もう一度申しあげます。わたしの疑似脳の感情制御を解き、この二十八管区世界で完全に生脳の再現をしていただけませんか』
女性ですらない、性別を超越した神というアバターなのだから欲情して穢してはならない……、と自身に言い聞かせてはみるものの、中身は自我を持った人間。
複雑な反応を見せる。
今も上目遣いでこちらを見てくるが、その視線に堪えられない。
自分だけの世界で女神を篭絡し、身も心も支配しているという危険な錯覚に陥り、ともすれば世界の支配者であるように思えることもある。
ハイロードに性別はないが、構築士補佐官には情欲はある、恋愛シミュレーションゲームのように、仮想世界中の構築士との対話、果ては模擬的な恋愛にどっぷりとはまってしまう構築士補佐官も多かった。
『お願いします』
とりわけ、監禁されているハイロードは信仰の対象として設計されているため、美しさも聖性も格別の造形を与えられている。
邪心のない澄んだ瞳に見つめられると、もう骨抜きにされてしまうのだ。
鴻池の邪念などどこ吹く風、女神は何も気付かず、淡々と用件を述べる。
『負け惜しみなのは分かっています。ですがわたしは……ある思いを払拭できません。疑似脳が制御を受けていなければ……』
赤井のようになれる。
そう言いたいのだろうか。
慎重に言葉を選びながら、鴻池担当官は不安に襲われた。
彼女は切羽詰ったような表情で、こう繰り返すだけだった。
『わたしは女神である前に医者です。精神科医です。構築より治療を優先したいと思ってここまでやってきました。しかし結果は惨憺たるもの』
気付かないうちに、感情を欠いたロボットになってしまっているのか。
認めたくない、受け入れがたいことだった。
彼女は感性を大きく欠いていると分かっている。
擬似脳の制御、それは長期監禁により構築士の人格を守り正気を保ち続けるために必要なことだ。
疑似脳の感情制御を解けば、人の精神統合が脅かされる。
恐怖し、漠然とした不安を感じ、孤独と無力感に苛まれ、苦痛を覚え、これらの状態が続くと、数カ月としない間にパニック状態になり精神崩壊を起こす。
だから構築士は不安を感じないよう、感情制御および構築マニュアルとの融合は必須。
アガルタ二十八管区という世界での生活は、彼女にとって終始快適で居心地がよく、幸福感と充実感を味わえる。
脳内麻薬を否応なく分泌し続けているような……。
監禁されているからといって、何一つ不自由を感ずることはない。
必要な情報があれば鴻池が何でも取り寄せ、甲斐甲斐しく世話をやいてくれる。
外に出たいとも感じなくなっていた。
敬虔な信仰を捧げてくれる従順な民、各区画は発展し、滞りなく進む構築――。
一見、全てうまく行っているように見えた。
しかしどれだけ精神科医としてのノウハウを尽くしても、脳機能障害を持つ患者の治療成果だけは出せなかった。
その原因を、見出せずにすらいた。
鴻池は白椋を諭し、窘めながら
「そんなことをすれば、廃人となりかねない。それ以前に、疑似脳に制御を加えないことは、構築士に対する許しがたい虐待だ。内規にも定められている。感情制御あってこそ、俺たちはお前を安心して仮想世界に送り出せる」
しかし彼女は食い下がろうとする。
『赤井神に対しては虐待ではないのですか? わたしが彼のようにもっと民に共感し、苦楽を共にすることができれば……』
白椋には理解できている、急にそんなことを言い出したとしても、ここは厚生労働省。
人権を最大限に尊重しなければならないのだ。
感情制御を解除することなど認められないし、鴻池は白椋の身を案じてその選択肢は絶対に選ばない。だから、我侭を言えば鴻池を困らせるだけなのだと、白椋にも分かっている。
あてつけのようなものだ、これ以上我を通しては駄目。
そう思えど、歯止めがかからない。
この世界に入ってより211年もの間、仮想世界で押し殺され続けていた彼女の感情が、情熱が、彼女の胸中で出口を求めのたうっているかのようだ。
「西園元担当官による赤井への虐待の事実はあり、糾弾された。だが……それでも赤井の精神の健全性は保たれていた。それは奇跡なんだよ。伊藤PMの公開した赤井の疑似脳活性地図のログを見ていたか? 違うんだよ……根本的に違う。人間のそれじゃない、生き神のような奴なんだ」
あるいは、西園は赤井の特質を見抜いていたともいえる。
赤井は不安も苦痛もパッシブに受け止めながら、それを昇華しうる極めて奇特な神格の持ち主だとの分析結果が出ている。
赤井が常神であったのなら、西園は早々に見切りをつけて不具合を伊藤に通報していたに違いない――。
赤井の入省は未知との邂逅、逸材の発掘といってもよかった。
『しかし、わたしも同じ状況になれば』
鴻池は白椋の思いを無碍にするかのように、かぶりを振った。
「やけを起こすのはよせ。A.I.の幸せを思うがあまり、正気のまま一年間も城壁に磔になっていたような奴だぞ。同じことがお前にできるのか? 奴は異常なんだ。正常な状態ではないんだよ、西園が彼を洗脳したのかもしれないし、彼の地の性格なのかもしれないが」
鴻池は分かってくれ、というように語り掛ける。
「彼のように、なってはいけないんだ」
『鴻池さん……わたしはどうすれば。どうにか、現状を変えたいのです』
「早く構築を終えて、現世に戻ってこい。白椋、お前に何かがあったら」
俺は……。彼は言葉を噛み潰した。
惚れ込んでしまっているという言葉では足りなかった。
『鴻池さんが咎められますね。西園さんのように、懲戒解雇になるかもしれませんし』
そうではない――、保身などではない。
鴻池は反論したかったが、ぐっと口の中に言葉を飲み込んだ。
『すみません鴻池さん。無理なことを言って申し訳ありませんでした。仕事に戻ります』
白椋は虚ろな表情で鴻池に礼をすると、定期通信予定時間を大幅に残して通信を切った。
神官や侍従、彼女の召抱える七名の使徒(二級構築士)たちに暇を出したおかげで、久々に”白の神殿”の内部は閑散としている。
仮想世界の時間の流れの方が速いため、現実時間速と同期して閲覧されている赤井の構築の様子は、白椋の世界に後日まとめて配信される。
続きが楽しみ……ではない、正直なところを言うと、続きを見るのが怖かった。
彼の構築の様子は、白椋の世界にとって閉塞していた何かを打ち破る、重要な突破口となるであろうけれども。
密室の至聖所に一人きり。
天蓋を引き祭壇上の褥に横になり、うつ伏せになって物思いに耽ける。
私は一体、どんな人間だったかしら……思い出せない。
現実世界に戻れば思い出すし、感情も戻るのだろうけれど。
ノスタルジックな気分になるのは一瞬で、強く思い続けなければ、悩みも不安も消える。
それほどに安定化された、病まない、強き神の精神。
そう在ることに、疑問さえ抱かなかった。
「失礼いたします」
至聖所の外で、呼び鐘の澄んだ音がする。
午後8時。スオウ一族の少女が神通力を受け取る為に寝所を訪れる時間だ。
「女神さま。祝福を賜りたく参りました」
『ごめんなさい。もう少し、あとにしてください』
白椋が拒絶の意思を示すと、やや沈黙があって
「ご気分が、すぐれないのですか? 薬師を呼びましょうか」
少女の狼狽したような声が聞こえたので、心配をかけてはいけないと我に返る。
『スオウ……おいで、こちらへ』
「仰せのままに」
至聖所の扉を開き、姿を見せたのはピンクゴールドの長い髪をおさげに結った、純白の巫女装束に緋色の組紐帯の少女。銀の王冠をちょこんと載せている。
十四歳という若さだが、神聖エルド帝国の巫女王として八つの王国を支配する。
まだ若いため統治能力はなく、実質は文官たちの傀儡。
腰には一族の証の聖剣を帯び、女神からの祝福を受け、強い巫力を行使し国民にその恩寵を与え国を富ませる。
女神信仰を代行する、象徴の女王。
祭壇の下で恭しく膝をつき、白椋の前に平伏する。
赤井の管区の、粗暴なスオウとは違う。
いつもは白椋の近くで祈りを捧げるだけで、大気を介して祝福を受け取り、退出してゆく。
しかし……今日は何故か、彼女をすぐに帰したくなかった。
『今日はここに泊まってゆきませんか』
白椋は祭壇から降りると、手を引いて少女を立たせ、褥に招き入れようとした。
女神と添い寝。
前例のないことに、少女は心臓が飛び出しそうなほど恐縮したが、唯一神に求められれば断るわけにいかない。
剣を祭壇の外に置き、おそるおそる、祭壇の隅に横になる。
はた、女神と目が合ってぽーっと頬を朱に染めた。
”ああ……しろの女神さま。なんてきれい”
少女が至近距離から見た白の女神は、遠くから眺めて想像していた以上に完璧だった。
美しく強く、偉大な唯一神――。
彼女の神通力を至近距離から浴びると、心の底まで洗い清められるようだ。
民の憧れ求めてやまぬ、穢れえぬ至高の存在。
その彼女に手が届くほど近い距離にいる。
胸が詰まり、感動のあまり声がでなかった。
そんな少女を慈しむように、女神は優しく髪を指で梳った。
『お前が五つのときよりわたしに仕えて……お前の名を、わたしは一度も呼んだことがありませんでした』
少女はキララのような声を出して、縋り付いたりしない。
それどころか白椋に触れようともしない。
神と人の距離は、この世界では赤井の世界ほど近くない。
人は神を恐れ、その身を遠ざける。それでよいのだと、当然だとすら思っていた。
「女神様は真名をご存知でありますれば、私は”スオウの者”で十分です。母と同じ、祖母と同じ……スオウの名を、誇りに思っています」
彼女は一度も名乗ったことがないが、読心術を心得る白椋は彼女の全てを知っている。
少女の名は、コハク。
スオウ一族の名は、現実世界での鉱物の名が多いようだ。
コハクの頬にそっと触れてみる。
ぽよっと、柔らかく瑞々しい人肌。
A.I.であっても体温はある、そして恐怖心もある。
『お前の母は腕の良い巫女でしたよ。祖母も……代々の一族に、わたしは守られてきました』
「亡き母は喜んでいると思います。女神様のためにお役にたつことができて。私には、女神様が全てです。私の命果てるまで、全てに代えてお守りします。それが一族の自負です……」
コハクは滔々と、女神を賛美し続ける。
そうするほかに何も知らないから。
白椋は彼女に守られるのが当然だと、どこかで思っていたか知れない。
A.I.だから彼女にはもともと命はない、感情移入しようという気にもなれなかった、その発想すらなかった。
しかし赤井は……キララに命あるものとして接していた。
A.I.も人間も彼のもとでは真に平等を勝ち得ていた。
彼の世界のA.I.は命を吹き込まれたかのようだ。
そんな世界の中で、人間患者たちは生彩を放つA.I.たちと交流し、心を癒し、居心地よく平穏に暮らしていた。
人間患者とA.I.との居住区をわけ、人間患者のみを腫れ物に触れるように丁重に扱ってきた白椋の世界では、信じられない光景だった。
彼が何をしているのか分からないが、模倣からはじめよう、白椋はそう思い立った。
『コハク。わたしは今後、お前に力を授けまいと思うのです』
「な、何故ですか?」
祝福を受けなければ、力が使えなくなる。
コハクは見放されたという顔を白椋に向ける。
神の巫女の血族であるということは、一族のアイデンティティであり、彼女が巫女王として国を統治する論拠なのだ。
巫力を持たないことは、諸侯のパワーバランスを崩すと常々言われてきた。
受け入れないことは、許されない。
幼いながら、女王として染み付いた政治感覚が、これはいけないことだとコハクの心に訴えていた。
私が特別でなければ、スオウの一族として認められない。
民にも見放され、暴動が起き国が滅びる……。
『それでよいのです。わたしから巫力を授けられ、怖かったでしょう? 使えば命が磨り減る。そうと分かって、使ってきたのでしょう』
スオウ一族は、神の懐刀だ。
巫力を持たせ、危険が迫ったときに身代わりとするための……。
そればかりではない、神が長き眠りについたとき、神に代わって領土を治め構築を進めてくれる存在でもある。
『わたしには人の心がありません。お前たちには酷なことを強いてきました、それではいけないと、今更ながら気付いたのです』
「ふぇ?」
間抜けだが愛らしい声を出す。
白椋に連れ添い、最も身近にいてくれた彼女を救わなくてはならない。
そんな思いがこみ上げてきた。
大丈夫、私は強くなった、十代そこらの少女に守って貰わなくとも自分の身は自分で守れるし、これからは彼女の代わりに私が直接国を富ませればいい。
七名の使徒もいるし、赤井はたった一名しか使徒を持っていなかった。
それでも彼の世界は充実している。
なんということはない、千年、眠りにつかなければいいのだ。
そうすればスオウ一族に留守を任せず、あたりまえの人生を遂げさせてやれる。
……彼女は腕の中の少女のか細い呼吸を聞きながら、静かに覚悟を決めた。
「しかし、私は巫女で……」
巫力などなくとも、お前はわたしの立派な巫女です、わたしがそう認めます。
白椋がそう言ってぎこちなく彼女を抱きしめると、コハクはぽろぽろと澄んだ涙をこぼし枕を濡らした。
「ありがとうございます、しろの女神さま」
*
【アガルタ第二十七管区 第3391日目 第二区画内 第2日目】
【総居住者数 2870名(第二区画内 958名), 総信頼率 99%(第二区画内 100%)】
【アガルタ歴9年106日 午後15時48分】
第三試練を突破した私たち一行の前に、突如として怪しさ満点の洞窟が出現した。
私とエトワール先輩を先頭に、ぞろぞろと五十名の探索隊が中に入ってから三時間あまりが経過してる。
洞窟内部はダンジョンなのかと思いきや、自然洞窟って感じ。
逆にすげー歩きにくい。
ダンジョンならまだいいよ、ダンジョンって軽く舗装してあんじゃん。
自然洞窟の足場の悪さときたら。
いや、足場以前に泳ぎにくいのなんの。
そうなんです、洞窟内には水脈が流れていて、私ら全員腰から下はずぶ濡れです。
立ち泳ぎしながら進んでます、ヘコアユの行列みたいだね。
へコアユ知らない? 立ち泳ぎする魚だよ。
時々首まで水に浸かって溺れそうになるわ、岩にぶつけて膝は擦りむくわ、水底には毒のある蛇がいて、踏むと驚いて取りあえず足を噛んでくるし私が先頭なので私の足が餌食になってる。
くそー、エトワール先輩代わってくださいよ。
と、しんがりを務めているエトワール先輩を睨み、ふと溢したくなる。
私と先輩は照明替わりになるから前後で、ヘッドライトとテールライトみたいに照らしてる。
水中行軍は体力奪われるし重い甲冑の老人御家人なんてへとへと。
ついて来れそうにない人は、何人か固まってその場で休憩してもらい、体力のある若者たちだけ連れて先へ進む。
パウルさんも辛そうだったけど、根性でついてきてる。
見上げた根性だよ。
「これはどこまで続いているんだ。アカイ、あてはあるのか。全員が消耗してしまうぞ」
キララが音を上げた。体力あるとはいえ、冷え性の女の子がずっと水中って辛いよね。
……そういう問題じゃなくて普通に疲れたのか。
すると先輩が黙ってキララの前に出て、水中に潜りキララの両足を掴んでよいしょと持ち上げた。
先輩が負ぶってあげるとか反則気味だ。
ふわふわの白翼にまるごと埋もれて気持ちいいのなんの……。
なのにキララったら
「っ!? な、何をするんだ。下ろせ」
とか言ってる。
疲れてる時に天使に負ぶってもらえるとか、何が嫌なの。
あ、元天空神とその巫女で超気まずい仲なのか。
あーこれ修羅場きちゃいそう。
『騒がずにしっかり掴まってなさい。右足首の古傷が痛むのだろう』
「……え、エトワール? ……何故それを知っている」
キララって古傷あんの?
知らなかったよそんなの。
そりゃ歩くの辛いよね、距離的にはもう結構歩いてるし。
――てか先輩、それ言っちゃったら何で古傷のことを知ってる?
って話になるじゃん。
記憶あるのバレちゃうじゃん、墓穴掘ってますよ先輩。
どうすっかなこれ……先輩、ひっぱたかれるぐらいは覚悟してださいよ。
「まさか、記憶が!?」
ほらー。ほらほらー。
あ、キララさん剣の鞘に手がかかってますが、どうするの?
平手打ちじゃなくて、打ちは打ちでも打ち首? 打ち首ぐらいは覚悟してくださいよ?
『そう、身構えるな。だが私にも少しは、前世の記憶がある。私が憎かろう』
先輩は観念して白状した。
私は背ごしに、はらはらドキドキしながら聞いていた。
今からここでバトルとか口論とかその他もろもろ始まっちゃったら。
今それどこじゃないの、喧嘩して和解して焼け棒杭に火がつくなり何なりしてもいいけどさー、それ後でやって。
仲直りしてよ二人とも。
『私も神様と同じく不死の身だが、何か思うことがあるのなら、煮るなり焼くなり気の済むようにするといい』
何と潔のいい男だよ先輩。
さすがもうすぐパパになるだけあるよ。
そうそう、エトワール先輩の日本人妻が待望の長女出産なんだって。
予定日は一週間後とか言ってたな、仕事も上の空じゃない先輩?
色々と長女の名前考えてるんだって。
先輩、娘の名前「きらら」はどうかって妻に提案したら、妻にポテチ食べながら「お米じゃあるまいし……」って言われたとか。
それ「きらら397」っていう北海道米だし。
違いますよ奥さん、お米じゃないんです。
とにかく、実子に同じ名前をつけようと思うほど、実はキララのことを娘のように大切に思ってるんだよね先輩?
「卑怯者……」
キララは先輩の背に顔をうずめ悔しそうに呟いた。
先輩の背中で彼女は何か考えている様子だった。
エトワール先輩にどういう態度とっていいか、彼女も分からないみたいだ。
「しかし、アカイに許され、贖罪のために現世に戻ってきたのだろう。アカイに許されたのは、私も同じだ……彼が許した者を、私が咎めることはできない」
『……咎める気になったら、いつでも咎めを受けるよ』
先輩がそう言った頃には、キララはもう寝てた。
どうやら先輩の背でそのまま寝てしまったみたいだ。
くてー、ってなってる。
先輩の、いい香りのする天然羽毛100%に埋もれて気持ちよかったんだよねきっと。
あ、先輩が人差し指立ててしーってやった。
起こすなってこと? 起きてるとかしましツンデレ娘だけど、喋らなければ可愛いんだよね、残念なことに。寝顔が可愛いよ。
更に歩くこと三十分。
私達の疲労もピークに達してきた頃。
何か酸素濃度も低くなってきたしやべーな。
「あ! あれを見てください神様」
パウルさんの指差した先には、黒壁に覆われた洞窟の、円筒状のだだ広い部屋に出た。
不自然でしょここまで自然洞窟だったのに。
古代遺跡かな?
床も黒いけど色々魔法陣みたいな模様が描かれてるし。
部屋の中心にはオリエンタルっぽい彫刻の凝った白い台座があり、ばかでかい銀の金属柱がひとつ鎮座してる。
縦横は1mx1mぐらい。
高さは何メートルだろう、私の身長の二倍はある。
何かのモニュメント?
そのわりには芸術性を感じないね、加工もしてない寸胴な金属柱だけって。
「ん……、赤井様、少し」
金属柱に触れて確かめていたロイが何かに気付いたみたいだ。
「触れてみてください、これ不自然に温かいです」
でもここは真冬の洞窟の中……何で温かいの。
どれどれ、と触れると確かに温かい。
しかも気味悪いことに、人肌ぐらいの温かさ。
ロイが耳を当てた。うん? 石の中から何か聞こえる?
『中に何か熱源があるのでしょうか。割ってみましょうか』
するとエトワール先輩がキララを背負ったままスクエアを描き、片手でボードを呼び出す。
子連れ狼みたいだよ。
違うね、子連れ狼には手押し車か。
”何が入ってるか分からないのにいきなり割る奴があるかね、まずX線CT撮れよ”
ごもっとも。
非破壊検査ですね?
破壊検査は危険ですよね。
てか私やり方わからねー、ってので先輩が撮ってくれた映像を見れば……人間っぽいシルエットが中にある。
金属塊の中に人間入ってる――!
なんかこういうの、昔の映画で見たことあるよ。
死体? 死体は嫌だよ……? でも温かいし。
『え? まさか……中に、人が? 生き埋めに!?』
あーでも自分でもアナライズかけると、構造は分からないけど中に生命反応がある。
体温37度、中で何か鼓動してる。
どうやって生きてる?
てかどう救出すればいいこれ?
『いや人間なら死ぬだろうね。中にいるのが、封印されているという精霊じゃないのかな』
エトワール先輩、真剣な顔してますけど格好がまず真面目じゃないので気を抜けば笑えます。
てかやっと精霊さんとご対面したのに、対面できてない。
顔が見えないよ。
「どうやらそのようです。ネストの銀の精霊です」
パウルさんも興奮気味に同調する。
えー!? マジ? この人構築士だよね?
何この勤務形態! 生き埋めとかありなの!? 私の境遇なんて全然ましじゃん、さすがに生き埋めはないよ! 人柱もいいところだよ。
”彼女はこういう役どころなんですか?”
先輩は下の台座を少しナイフで削り、その粉末をインフォメーションボード上にかざして解析かけてた。C14放射性炭素年代測定ですか。
色々小技持ってるなー先輩、考古学者かよ。
あとで全部教えてもらおうっと。
『解析によると、この状態になってから百五十年は経ってるな』
「百五十年、おお、ちょうど伝説に合致します」
百五十!? 石の上にも三年どころの話じゃない。
動けないってレベルじゃないわこれ、てかこの構築士さん自分で埋まるとか何やってんだ? どうやって埋まった? 構築の仕事できない、働くどころか動けないじゃない。
誰が決めるのこの役、担当官に「えー、今日からちょっと銀塊の中に百五十年ほど埋まっててください」とか言われるの!? 怖っ!
怖いといえば、さっきから背筋がぞくぞくするんだけど……。気のせい?
『精霊さん、聞こえますか? 大丈夫ですか、意識はありますか? ネストの森の呪いを解いていただけませんか』
コンコン、と丁重に銀塊をノックしてみる。
ノックはかえってきませんでした。返ってきたら怖いよね。
「どうしましょう、割りますか?」
ロイが神槍構えて物騒なこと言ってる。
ロイ、神通力の通った神槍でスパーンとやっちゃったら精霊さんの胴体もスパーンと切れちゃうからね? ちょっと穏便に、という言葉を覚えようか。
一回ここの洞窟の上をぶち抜いて持って帰って考えるかなー。
というわけで、腰入れて銀塊を持ち上げようとしてみる。
台座からびくとも動きません。
1mmも動かないよ。
先輩がぼーっと突っ立って銀塊を見てるからちょっと手伝ってよ。
『エトワールさんも手伝ってくれます? 持って帰って何とかしましょう』
『それは物理的に動かないと思いますよ。封印が施してあるなら、それを解くのが定石です。下手に動かして壊れてはいけない』
正論ですね。
てかそろそろキララ起きて、さすがに寝すぎ。
って思ってたらその思い通じた、むっくり起きました。
よだれ出てるから拭いて拭いて。
「この洞窟の入り口は、グランダとネストの二人の王を導く封印が施されていました。この封印も私たちが解くものでは」
『そうかもしれませんね、もう少しよく調べてみましょう』
ふーむ、どうしよっかね。
そう思ってふと顔を上げてみると、いかんね。
非常にいかん。
あ……れ……?
なんかさっきから背筋がぞくぞくするし誰かの視線がビシビシくる、こっち見んなマジで。
と思ってたら、銀塊の置いてある石室の黒い壁一面に目があるよ?
さっきは目なんてなかったのに、精霊さんの塊に触ったからかな。
壁に耳あり障子に目ありなんてもんじゃない、コーヒー皿大の、爬虫類的な目がめっちゃあるよ!?
「赤井様! ここには何かいます!」
「うわあっ! 目だ!」
「こっちを見ているぞ!」
これには、最終的に三十人ほどになったネスト御家人たちも大パニック。
うん、気持ち分かる。私もお化け怖い。
でも私的には黒髪に白い着物の女幽霊が一番怖かったりする。
ジャパニーズホラーってやつ?
超怖いじゃんあれ、見たら畳の部屋で寝れなくなるよ。
だから私は大味なモンスターはそれほど怖くないかな。
でも密室に目玉おばけかー。
この目玉おばけとどうやって戦うかなあ……。
壁の中できょろきょろやってくれてたら助かるんだけど。
絶対出てくるんだろうしね。
出てきてこの精霊さんみたいに何かの塊にされるか。
私がこんな状態になったら構築進まないから絶対アウトじゃん。二十七管区終わったってなるよ。
『物理結界を張ります! 皆さん中央に集まって!』
とか指示飛ばしてたらロイが結界張る前に急に突攻かまして駆け出して壁のお目玉に神槍を全力でぶっ刺した――!
うわー目玉の色が変わった、黒から赤になったよ絶対ブチギレたでしょ。
この壁目玉、全体でひとつのモンスターだったら単に怒らせただけー!! ローイ!
”ロイは赤井君の親衛隊長なのはいいが、切込隊長だと困るんだがなあ”
エトワール先輩も顔がひきつってる。
って思ってたら、ロイ、目玉から槍が抜けないらしい。
言わんこっちゃない!
壁から黒い触手っぽいのが出てきて、ロイの槍から手に絡みつき、壁の中に引きずり込もうとしてる!
『エトワールさん、結界の維持を任せました!』
私は一にも二にもなく飛び出した。あまり作戦も何も考えず。
ロイのこと言えないなー。




