第9章 第11話 Two weeks vigilance◇◆
というわけで、なーこさんは仮想潜水症候群疑いの治療のために明日半休をとります。が!
なーこさんの不在の隙を見計らってか、素民が失踪するかもしれないという難問に直面しています。
通院日変えてくださいってわけにもいかないから、私とエトワール先輩で対応するしかない。
事情を知っているのは私と先輩だけ。
『ちなみに、これまで失踪した素民は戻ってくるか? やってみてくれ』
『やってみましょうか』
それもそうか。
至宙儀を使って、失踪した素民の呼び戻しを試みる。
”Hello, the Divine. This is PCG operation central.”
◇orbital input(軌道入力)◇
軌道を入力したあと、インプットを受け付ける。
”Tell me what do you want.”
『いなくなったモンジャのトモモさんを呼び戻してください』
緊張しながら、とりあえず一人を呼び戻す。
『おお! すごい!』
インフォメーションボードの中には、買い物かごを持ったまま、モンジャの通りで途方にくれているトモモさんという女性の姿があった。インフォメーションボード上には、彼女の住所はモンジャと書いてある。
なるほどいなくなった場所にもどってくるんだね。
トモモさん、そのまま買い物を続けるんだろう。店に入っていった。
心配してるだろうから、早く家族のもとに帰ってあげてほしい。
次からちゃんと場所指定しないと事故現場とかに戻ると危ないな。
『やっぱりな』
エトワール先輩は安堵の息をつく。いや私もこれにはびっくりだよ。
戻ってきたはいいけど、至宙儀の中ではどういう処理してんだろ。
ある時点のバックアップデータを呼び戻しているんだろうけど。
続けて操作を行う。もちろんきちんと場所を一人ずつ指定したよ。
するとすぐにインフォメーションボード上に失踪者が全員復活した!
『念のため、至宙儀で素民の失踪をブロックしておいてくれ』
エトワール先輩の提案。
つまり万能の至宙儀を使えば、「素民が失踪する」という現象そのものを防ぐことができるんですかね。
万能の神具ってもそんな未来に起こる事象を制御したりできるものですか。
『でも次に失踪する現場を押さえるために泳がせないんですか? 至宙儀で戻せるとわかったわけですし』
『次に失踪するのは素民ではなく人間患者かもしれないんだぞ。至宙儀が患者の精神状態まで回復できると思うか? そんなことができるなら仮想世界での治験なんて必要ない』
エトワール先輩相変わらず慎重派ですね。
同感としか言えなかったので至宙儀を使って保険をかけておく。
オーダーを受け付けたと思いきや、いつものアルカイックスマイルで
「◆I do not accept the order◆(その命令は受け付けません)」
おや? そんなセリフ初めて聞いた!
オーダーを受け付けない!?
万能の神具だったのでは!?
『いつもと様子が違うな』
『ですね。オーダーを受け付けない理由は?』
「◆Commands that affect the future are prohibited◆(未来に影響するコマンドは禁止されています)」
そういうことかー! 存在したの、至宙儀の弱点!
私は至宙儀を現在か過去の事象に対してしか使ってこなかった。
そうだよな、何でもありなら「構築やっといて」ってオーダーも通ってしまうことになるよ。
やらないけど、できてしまう。
『抽象的なコマンドは通用しないようだ。具体的な策が必要だ』
事前の対策はできない。
この世界は広すぎるし、素民は多すぎる。
私とエトワール先輩だけでは目が行き届かず、個々の危機を察知できない。
知らないうちに消えてほしくないし、復活できるからといって死んでほしくない。
『焼人さんにも報告しないです? ほら、いつものバグかもしれないですし』
『バグならログが残っている。でもなかった。だから私は彼らが犯人である可能性も、猫本くんが犯人である可能性も排除していない』
『私は?』
『主神がそんなことをする理由がないし、君には緻密な陰謀を企てられるだけの度量もない。君だけは無関係と判明しているから告げているんだ』
まあそれはそうか……なんかディスられてる気もするけどまあいいか。
というと、まさか!
『なーこさんも疑っているんですか。犯行現場にいないはずの人が?』
『だからこそだ』
んー、なーこさんに限らずあまりスタッフを疑うことはしたくないんだけどなー。
動機も簡単には思いつかないし。
それに他のスタッフに告げないで私たちだけで私的な捜査って許されるんだろうか。
翌日、なーこさんは予定通り有給取得。
今頃、厚労省指定の病院に行って精密検査を受けているはずだ。
最近では病気になりにくい世の中で、病院に行くなんてことないからなー。
周囲からは結構深刻だと思われてるのかも。
『これといった対策は打てなかったな』
エトワール先輩は不安混じりに予定通り出勤。
『一応準備しました』
『ほう』
『25万名の素民と人間患者全員の痛覚を区画ごとに片方向に連結させ、ノイズとシグナル比を100倍の強度に上げました』
私が西園さんに試用期間中にやられたあれ。
私はあのとき、10名の素民たちの痛覚を3倍の強度で受容し続けていた。
現実世界側から主神と素民の感覚を共有できるオーダーが存在する。
痛みには一次痛と二次痛があり、高閾値機械受容器で受容した痛みのほうが速く神経線維上を伝達される。二次痛の伝達は遅いので、一次痛に集約させた。
『他にやりようはなかったのか』
『これでも色々試した結果で、単純に異変が起こった場所に飛ばすという方法はとれませんでした。一番正確に、一番速く反応できる方法がこれだったんです』
『……そ、そうか』
まあ、引くか。
25万名の痛覚を処理するためには、3倍ではノイズが混ざりすぎる。
10倍も足りない。
全素民の誰が襲撃されているか瞬時に把握し転移をかけるために、シグナルは大きければ大きい方がいい。そんなこんなでドMみたいな設定になってる。
『なーこくんの不在期間は現実世界では数時間でも、この世界では二週間にも及ぶ。君は耐えられるのかね』
『やってみなければわかりませんが、耐性はあると思います』
とはいえ、一日数人は新規に生死にかかわる大怪我をしている。
それだけノイズも大きい。
『今日の負傷者は36名か。感覚は対応しているか?』
『個体、座標、把握できています』
つまり36箇所に激痛を感じているけど、その一つ一つが誰なのかまで、識別できている。ちなみに神経伝達を遅らせないよう、侵害受容器との連結は脳から近位に設定した。
『高閾値機械受容器での刺激を繰り返し受けると、反応が減弱してしまう。そうならないよう補正しておいたほうがいい』
『他に注意点がありますか』
今回、何もなければ、問題は振り出しに戻る。
相手の手の内が明らかになるまで、異変が起こるまで繰り返す。
素民の失踪。
これが他の管区でも起こっている現象なのか、八雲PMに確認できないから把握できてない。本当に、八雲PMに報告しなくていいのか?
27管区内では今のところ何も起こっていない。
静かすぎて怖いぐらいだ。
素民は行方不明になっていない。
全員いる、少なくともデータ上は。
『閾値以上の痛み刺激を得た場合、瞬時に該当する素民の意識を支配する設定しておいたほうがいい。至宙儀ならばできるだろう』
『そんなことができるんですか!』
『私が悪役だった時期、一時的に素民の意識を乗っ取って操ることができた』
エトワール先輩の応用力半端ないな。私は悪役だった時期がないからその情報非常に助かる。
『あ、でも仮に支配できたとしても既にこの世界から消されているか、死んでいるかもしれないですよね』
『うまく憑依すれば君の不死身の体質、ハイロード特有の自動生体構築が働くだろうし、失踪していたならどこに連れて行かれたか分かる』
先輩のアドバイスを咀嚼して、少し改変したコマンドを至宙儀にセットする。
痛み刺激より高い順位に、強い恐怖をセットする。
あわよくば先に侵入者を発見し、失踪を回避できるかもしれない。
ただ、恐怖の認知は不意の襲撃では通用しない。
それでは一人犠牲にするしかないのか。
誰かが傷つくのを待つのは嫌なものだ。
少しでも異変を見逃すまいと、私は周囲に物理結界を展開し、神殿内で全感覚を研ぎ澄ませて集中を保っている。
エトワール先輩は黙って負傷者のもとを回って一人ずつ治療をしてくれている。
エトワール先輩の仕事のおかげで、私の苦痛が減ってゆく。
何か言葉をかけたのだろう、恐怖している人間も減ってゆく。
ノイズが下がり、精度が上がる。
陰ながらのサポートがありがたい。
先輩が去ってすぐ、ロベリアさんが出勤してきた。
彼女が頼りになるのは間違いないけど、先輩の方針にそって詳細を話していない。
『神様、ここで何かあったのですか』
宙に浮いて至宙儀の軌道を展開し、物理結界すら開いて微動だにしない私に、ロベリアさんは声をかける。
神殿内でこの過剰防衛、さすがにこの状態では怪しまれてる。
私は至宙儀に新たなコマンドを音声入力しないよう、気をつけながらロベリアさんと会話をする。
『すみません、詳しくは後ほどお話します。端的になーこさんがいない間、管区の警戒レベルを上げています』
『なるほど、今回は特別な警戒が必要なのですね。私に何かできることはありますか』
素民との痛覚の共有は、至宙儀を使って暫定的な状態にしてある。
注文が多すぎるのと私が未熟なせいで、至宙儀は極めて不安定化していた。
そんな状態で私が今、ロベリアさんに何か指示を出すと、コマンドとして受け取ってしまう。
私がいいえと首を振る前に、ロベリアさんは私の解析を行っていた。
『話しかけて集中を乱してはいけませんね。特殊コマンドを実行中……25万名の素民の意識を受容しているのですね。至宙儀によるアトモスフィアの見積もり上の消費が著しいでしょうから、私が預かっているものをお返ししておきます』
『ありがとうございます』
彼女の察しがよくて助かった。
ロベリアさんから戻されたアトモスフィアが私のそれを力強く補う。
『期間を短縮させますか』
え、どうやって?
『こちらが現実世界に対して管区時間を減速させればいいので、最短で0時間にできます』
確かにそうでした、最も慎重を期すなら、なーこさんの不在中は管区時間を止めておけばいいってことだよね。
どうするかな。
もし27管区のスタッフが関与してたら、そんな変則的な運用をした時点で気づいて下さいって宣伝しているようなもんだし。
管区時間の速度を変えるなら申請もいるし。
敢えて通常通りの運用にしますと伝えた。
『承知しました。私は基点区画の警備をしていますね』
ロベリアさんは神殿をあとにし、神殿に誰も入ってこないよう閉鎖してもらった。
*
タコヤキの民家では、火の不始末による数軒の火災が起こっていた。
事故現場に、ユーバリ特区に滞在していたロイが無線を使った緊急連絡を聞いて駆けつけていた。
「中に何人いるのかわからねえんだ」
「娘がまだ中に! 助けてください!」
村人が口々に叫び、ロイに助けを求める。
つとめて落ち着くようにして、彼らの焦燥を鎮める。
「15人全員把握して、まだ生きている」
ロイは白衣の上着を脱ぎ、大量の水を構築し、インフォメーションボードで情報を集め、一気に消火を図る。
幼い子供から順番に、中にいる人々の救助を行う。
「煙を吸ってしまうから誰もついて来るな。救助した者を安全な場所へ移動させてくれ、全員助けられるから」
彼は恐怖を煽らないよう落ち着いた声で呼びかけ、素民たちを心理結界の中にとりこむ。
「私たちに何ができますか?」
「それならば、俺に力を与えてくれ」
祝福を介して村人全員からの信頼の力を受け取り、神通力に変える。
彼は息をとめて自身の周囲に窒素をまとうと、熱をものともせず焼けただれた家屋の中に飛び込んでゆく。彼の身には不死を実現するバイタルロックと、神体を回復させ続ける自動的な生体構築がかかっている。
読心術を駆使し、素民の声を聞き瓦礫の中から負傷者を次々に発見し救助する。
家屋の中で火の手が再び上がり、中から悲鳴が聞こえてくる。
くすぶっていた火種が引火したのだ。
そこにエトワールが転移で現れた。
「エトワール様!」
『結構な規模の火災だな。手伝おう。炎ではなく、まず燃えうるものを消せ』
エトワールは見るやいなや、インフォメーションボードで物質分解のコマンドを使っている。
すると、家屋を包んでいた炎は今度こそ完全に消えてしまった。
木材とレンガに含まれる主成分を対象に、物質を消したのだ。
『手分けをしよう。君が救助、私が処置だ』
彼は杖をふるい、見事な手腕で、まだロイにはできない、素民に対する生体構築を用いて重傷者から治療を行う。
彼の手にかかれば、薬も皮膚移植も必要ない。
熱傷はなかったかのごとく癒やされた。負傷者の家族や同郷の素民たちの喜びといったらなかった。
“民の治療が間に合わないときは、応急的に祝福をほどこしておくといい。熱傷でも少しはもつものだ”
“覚えておきます”
エトワールが念話でアドバイスを送る。
ロイが維持士補となってから、エトワールは彼にさりげなく、今後のための情報を与えている。
ロイはエトワールに問いかける。
“俺はその生体構築を行うことを禁じられていますか。それを使えば人命救助に役立ちます”
“我々がこれを扱うには資格が必要だが、君が禁じられているかはわからない。なにせ君はこの世界の住人だから”
できることは、やっていい。それ以外は禁止。
そんなルールをロイは思い出す。
それはISSAC SMITH©から教わったアガルタ世界の明文化されていない本質的なルールだ。
例えばロイが持っている、フォレスターから譲り受けたFullerene Au 42という謎の超神具。
これを起動することはどうしてもできなかった。
インフォメーションボードにForbiddenと書かれている通り、禁じられているということだろう、ロイはそう理解する。
(つまり、ルールにも書かれていなくて、俺がこの世界で生体構築をできてしまったら、それはやっていいということになる)
何かを察したエトワールは忠告する。
『ただ、生体の健全な状態はいかなるものか? 呼吸はいくつにして、脈拍や体温、血液成分はどうすればいい? 成人と小児でも同じ設定でいいのか。傷の治癒はどういう原理で行われる? それが完全に頭に入っていないうちは、推奨しない。決してもとの状態に戻らない、生体というものは複雑だ』
「まずはデータを収集します」
ロイは異世界の医学書の直接の閲覧を禁じられている。
だから、医学は生物学の心得のある人間患者に尋ねたり、素民の人体のデータをとったり、メグの知識を学ぶよりほかにない。
赤井たちとは異なり、大きなハンデがある。
ただ、閲覧を許可された日英辞書の医学用語から類推できるものもかなりある。
(俺の知識と、民の知識、実データ、それらの統合を行おう)
“はっきり言って、その道の異世界人にやらせた方がいい。君が正式に管区を引き継ぐことができれば使徒を使役できるようになるから、彼らに任せなさい”
エトワールはロイに人間の使徒を使えと促している。
「それはそれとして、俺は俺のやり方で地道にやります」
エトワールは期待と不安を交えた表情を見せた。
『ここは君に任せた。私は次の用があるのでもう行くぞ』
「どちらへ」
『グランダで水害が起こっているようだ』
「対応をお願いします」
ロイはエトワールが去ってすぐ、エトワールが生体構築を使ったログを解析し、インフォメーションボードに保存した。
ソースコードを読めば、エトワールがどのような設定で生体構築を行ったのかわかる。
そこには2667ものプロセスが走っていた。
あの一瞬の間にエトワール自身が入力したパラメーターは130以上あり、生体構築を受けた全員のソースが異なっていた。
このコードをコピーしたところで、それは正しい処置にはならない。
(なるほど、これでは迂遠な道をたどるな)
ロイは軽くため息をついた。
「ロイさん、ありがとうございます」
素民たちが拍手と歓声でロイをねぎらう。回復した素民たちは体をもたげて不思議そうな顔をしていた。
「俺は大して何もしていない。エトワール様のわざだ。俺が働くのはこれからだ」
ロイは火災で焼け出された人々のために構築で家を作りなおしはじめる。
素民たちはそれに手や口を出し、ロイにあそこだここだと指示を出す。
ロイは言われるがまま五軒の家を立て直した。
「すみません、お疲れでしょうにうちの村人は神様づかいが荒くて」
村長が謝罪する。
ロイはモンジャ民以外の素民たちには「見習い修行中の神」だと思われていた。
「いいよ、俺は疲れない。今日は災難だったな」
「よかったです……先日に引き続いて、またあんなことになるかと思ったんです」
一人のタコヤキ民の少女が、怯えてそう言った。
「なんの話だ? 別件か? あんなこととは」
手をとめず作業しながら、少女を気にかけて尋ねる。
「家族が言うには、私、何日か消えていたみたいなの。でも、何も覚えていない」
「記憶を見ていいか。何があったか俺も知りたい」
「えっ、怖いです」
「そ、そうだな。すまない、やらないよ」
(いきなりすぎたか。萎縮させてしまった。赤井様と同じようにはいかないな)
赤井は日常的に素民に読心術をかけているが、それを相手に気取らせないので、誰も怖がらない。モンジャの素民たちは赤井のそうした振る舞いに慣れていた。
タコヤキではわざわざ許可をとるべきではなかったのだ。
得体の知れない能力は相手を怯えさせる。
よかれと思っての提案が、不信感につながる。気づかなかった。
「……それって怖かったり痛かったりしますか?」
「何も感じないはずだ」
「ごめんなさい、やってください」
「ありがとう。すぐ終わる」
ロイはこわばる素民の頭を撫でるようにして両手で触れる。
彼は読心術を応用し、相手に触れると数日分の素民の記憶を読むことができるようになっていた。
断片化している潜在記憶をつなぎ合わせる。
彼女は空から降り注ぐ透明な3つの火球を目撃していた。
火球に見とれている間に、彼女の存在が削れて消えてしまった。
痛みも苦しみも恐怖も、感じる暇がなかった。
彼女はただ、その場に釘付けになっていた。
(火球を降らせたのは誰だ?)
「何があったか分かった」
「怖いことが起こっていたら教えなくていいです!」
「そうだな。赤い神様にもお伝えしておく、同じことがおきないようにする。安心していい、今日はしっかり寝なさい」
「よかった」
少女の恐怖を拭うように、祝福を与える。
彼女は赤井にするのと同じように、ロイに身を預けた。
彼の所有する有効信徒数が一人増えた。
*
今か今かと待ち構えていたら、インフォメーションボードの呼び出しが!
今そっちかよ! 取り込んでるから無視してもいい? ってわけにはいかなかった。
コールを無視してたら、ロイがやってきた。
「赤井様、緊急の報告があって参りました。取り込み中でしたか」
『すみません、あいにくこの通りで』
「なるほど、既にお気づきでしたか」
ロイは私の状況を見て何か察して黙り込んでしまった。
いや察しないでちゃんと報連相して。
『耳は貸せます。どうしましたか』
タコヤキ民の失踪者に会ったというロイの報告を受けて、私は自分の見通しの甘さを再認識した。
こっちも簡潔に状況を説明する。素民の失踪者が出ていることは把握している。再発防止のために警戒を強めている。
なーこさんの事には触れずに手の内を明かす。
OK、ロイを協力者に引き込もう。
彼はずっと仮想世界にいたし、今回の件は疑わなくていいはずだ。フォレスター教授が干渉してくるなら何が起こるか分からないけど、少なくともロイに悪意はない。
『有益な情報をありがとうございます』
複数の火球か。
たまたま素民に稀にしか当たらなかっただけで、実際はいくつ降り注いでいたか分からないな。
攻撃してくる方向が分かるなら、対応もできそうだ。
「警戒すべきは二週間ですか」
『当面はその予定です。何かあるまで続けます』
「あなたがここから動けないのなら、俺とエトワール様で地と空を見張っています。火球を見た直後にあなたに軌道を計算し座標を伝えます。その後は、回避できるよう民を動かしてください」
『ではお願いします。軌道はこちらで計算しますので目撃した地点を教えてください』
「それだと遅くなります」
『遅くなる?』
「実は以前から、情報処理能力に関して俺はあなたを凌駕していることを自覚しています。あなたは道具を使わなければ素早く計算できないし誤りもあるが、俺は見た瞬間に解を得ています。民の命がかかっているので、失礼を承知で率直に申し上げますが、どうかお気を悪くしないでください」
それはそう。人間がA.I.を超えることはできないもんな。
いつからか、私は彼に気を使わせていたのかもしれない。
彼は少しずつ、自身が私を超え始めていることに気づいている。
『賢明な判断です。ではあなたが計算し、直接、私に解をください。間違いはないものと信じます』
「ありがとうございます。火球を破壊できれば、試みても構いませんか」
『構いませんが、破壊することによって生じる破片の墜落が防げそうにないならすべきではありません』
「物理結界で防ぎます」
『火球が透明であるならば、物理結界では防げません』
作戦変更。
ロイからエトワール先輩にも伝えてもらう。
緊張感を保ちつつ半日が経ったころ、モンジャ集落に小規模な地震が起こった。
普段だったら検出されないほどの揺れだけど、私たちは各計測機器の感度をマックスにしていたから、明らかに異常があると断定できる。
というか27管区世界に地震なんて今のところ起きてないからな。
『きたか!』
被災者はいない。誰も傷ついていない、この刺激は恐怖だ。
私は民の恐怖を感知して、すかさず転移で事件の起こった座標へ飛ぶ。
ロベリアさんが臨時のレクリエーション集会を開いて、モンジャ民を一箇所に集めていた。民を集めていれば、火球に当たる確率は減るし、守りもしやすい。
ロイとエトワール先輩はどうやら、最初の襲撃を防げなかった。
火球は見えないんだ。
広い27管区を二人でカバーできるわけがない。
私はロベリアさんに目配せをし、素民に気づかれないよう物陰に隠れる。
現場検証をしますと念話で伝えるとロベリアさんが頷く。
モンジャ集落の中心部に残されていたのは、27管区の基盤オブジェクトをえぐる、20メートルほどのクレーターだ。これに当たったらひとたまりもない。
私がインフォメーションボードで確認すると、光の直線が迸り、その光が通った後に穴があいていた。
私はこれに似たものを見たことがある。
『なーこさんのデバイス……』
私は半信半疑で、なーこさんの所在を追跡する。
なーこさん、アガルタ世界にログインしていない。
そりゃそうだ、本体は有給取得中。厚労省に出勤すらしていないはずだ。
出勤していないのに、アバターは誰が動かした?
なーこさんのアバターを誰かが操っているか、誰か他の人物が乗っている?