亡霊
夜になると、頃合いを見て斉木信夫はパソコンの電源を落とし、夕食をとりに外へ出る。 部屋着から外出着に着替え、ハンカチと家の鍵をポケットに入れたらスマホ片手に駅のほうへと歩いていく。
その日は駅裏にある焼鳥屋へ。長年この土地で商いをしている老舗で、値段も手ごろで常連も多い。店内は六人ほどが座れるカウンター席と、壁際に這うようにある二人掛けのテーブル席が二つ、それと奥に肩を寄せ合いながら四人は座れるテーブル席が一つあるだけで、焼き場に立つ大将とお酒を作る女将さん二人でお店を切り盛りしている。
数か月まえに電子決済ができるようになってからというもの、斉木信夫はこのお店に週二回は通っている。入り口近くのカウンターの左端がお気に入りの席だ。夏は暑いし、冬は寒いけどそのおかげでわりかし空いていることが多く、忙しくなってきてもあまりその席だと座りたがる人もいない。混んできて居心地が悪くなっても、誰に気兼ねすることなくお会計さえ済ませれば、すぐにお店を出られるのも気に入っている。
女将さんが前に立ち、斉木信夫はとりあえずいつもと同じ生ビールと串焼き三本セットを注文する。女将さんは肯きながら伝票に記入し、それぞれの串をタレか塩かと彼に聞く。 彼はいつも通りにこう答える。
「ねぎまとレバーはタレ、つくねは塩で」
そこでハッと女将さんは伝票から顔を上げる。そして斉木信夫の顔をジッと覗き込む。 彼もその視線に少し緊張した面持ちで応える。
「つくねだけ塩なんて、あんた珍しいねぇ」
女将さんがそう言うと斉木信夫は曖昧に肯き、すかさずスマホに視線を移す。女将さんは大将にオーダーを伝えてビールサーバーのまえに立ってビールを注ぎ、斉木信夫のまえ ―にジョッキを置くと、常連のサラリーマンとカウンター越しに談笑し始める。隣りに座っている彼のことなど気にする様子もない。
それから斉木信夫は生ビールを一杯とイモ焼酎ロックを一杯、それと串三本と追加で注文した手羽先を二本食べてお店をあとにする。滞在時間は一時間ほど。混み合ってきたところで席を立ち、電子決済で会計を済ます。外へ出たら駅裏のあたりをブラブラと徘徊し、最近できたばかりの立ち飲みのワインバーでグラスの赤を二杯、そして駅前から家とを結ぶ直線上のちょうど真ん中あたりにあるバーでウィスキーのロックを三杯呑んで家路につく。
時刻は午後十時過ぎで、夜の町はまだこれからが本番と言わんばかりに賑わいをみせていたが、町がどうであろうと彼には関係ない。足取り不確かに路地から大通りへと出て、再び踏地へと入って自宅マンションの近くまでくると、斉木信夫はいつものように街灯の下でふと立ち止まり、足元を見据える。
そこにはあるはずの自分の影はなく、街灯の明かりに照らされた黄色みがかったアスファルトがあるだけだった。




