表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、婚約破棄されましたが、帳簿だけは正確でした  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/33

シーン5:返答

王太子の宣言が終わる。


音楽は止まったままだ。


沈黙が広間を満たしている。


重いが、破裂はしない。

ただ、次の動作を待っている沈黙。


レティシアはゆっくりと一歩進み出た。


ドレスの裾が石床を擦る音が、やけに小さく響く。


視線が集まる。


好奇、安堵、警戒、無関心。


さまざまな温度が、彼女の上を通り過ぎる。


彼女は王太子の前で止まり、

完璧な角度で一礼した。


動きに乱れはない。


声も揺れない。


「承知いたしました。」


短い言葉。


抗弁はしない。

弁明もしない。

涙もない。


それが、かえって空気を薄くする。


そして続ける。


「では来季予算案は、宰相閣下へお渡しいたします」


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


時間が止まった。


王太子アルドリックの呼吸が、わずかに詰まる。


「……予算案?」


問いは声にならない。


彼は理解が追いつかず、

ほんの一拍、目を瞬かせる。


宰相フェルナーの顔色が変わる。


血の気が引いたわけではない。


計算が走ったのだ。


来季予算案。


最終調整済みの統合版は、まだ王家に正式提出されていない。


貴族間債権整理表。


結界更新費用の再配分案。


辺境補助金の削減回避案。


すべて、彼女の手元にある。


書記官長が小さく息を呑む。


数名の上級貴族が、無意識に目を逸らす。


それが何を意味するのか、

正確に理解したわけではない。


だが本能が告げる。


――何かを手放したのではないか。


広間のあちこちで、囁きが生まれかけて、消える。


「予算案……?」


「まだ承認前では……」


「最終案は、公爵令嬢が……」


拍手は起きない。


歓声もない。


断罪の余韻は、わずかに形を変える。


“処理”だったはずの儀式に、

現実の重さが差し込む。


王太子は姿勢を崩さない。


だが、その視線の奥に、初めて迷いが走る。


彼は今、婚約を破棄した。


それは間違いない。


だが同時に何を失ったのか――


まだ、正確には理解していない。


レティシアは視線を宰相へ向ける。


「明朝、正式書式でお届けいたします」


淡々とした確認。


まるで、通常業務の連絡のように。


その自然さが、余計に重い。


観衆はこの瞬間、かすかに気づきかける。


これは恋の破綻ではない。


政略の終焉でもない。


もっと具体的で、もっと現実的な――


国の機能の話だ。


誰も声に出さない。


だが、空気がわずかに変わった。


断罪は終わったはずだった。


けれどこの一言で、

物語は静かに別の方向へ傾き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ