シーン3:宣言
音楽が、ちょうど一曲終わったところだった。
余韻がわずかに天井へ昇り、
消えきらないうちに、王太子アルドリックが前へ出る。
赤い絨毯の中央。
燭台の灯りが、彼の横顔を縁取る。
剣を握るときのような迷いはない。
背筋も伸びている。
声も、震えてはいない。
ただ――
ほんの少しだけ、速い。
「レティシア・グレイヴェル。」
名を呼ばれ、視線が一斉に流れる。
彼女は壁際、窓の近くに立っていた。
夜気を含んだガラス越しの月明かりが、
銀糸の刺繍を淡く光らせている。
「貴様との婚約を、ここに破棄する。」
言葉は明瞭だった。
余計な飾りも、言い淀みもない。
まるで、あらかじめ何度も練習した文章のように。
一拍の静寂。
だが、それは驚きの沈黙ではない。
確認の間。
続けて、理由が読み上げられる。
「貴様は傲慢であり――」
「聖女ミリアに対し、礼を欠く振る舞いを重ね――」
「また、貴族諸侯との間に不和を招いた。」
言葉は整っている。
論理も一応は通っている。
決定的な証拠は示されない。
だが、否定も難しい。
それぞれが、どこかで聞いたことのある“違和感”だからだ。
傲慢。
冷たい視線。
強すぎる影響力。
王太子の言葉が終わる。
広間は静かだった。
誰も息を呑まない。
誰も扇を落とさない。
悲鳴も、ざわめきもない。
なぜなら――
想定されていたから。
ここ数日の噂。
視線の流れ。
聖女への過剰な配慮。
今夜は何かが示される。
そう、皆がどこかで理解していた。
だから驚かない。
拍手もない。
歓声もない。
正義が執行された高揚もない。
ただ、
「処理」が行われたという空気。
不要な書類を一枚、脇へ避けるように。
調整弁を一つ、外すように。
それを見守る貴族たちの表情は、曖昧だった。
安堵に近い者もいる。
困惑を隠す者もいる。
無関心を装う者もいる。
だが誰も、止めない。
アルドリックはまっすぐ立っている。
決断した王の姿を演じている。
その足元で、見えない均衡が、わずかに揺れたことには――
まだ、誰も気づいていなかった。




