第2章:魔力の偏在
王都神殿。
高い天井。
白い石柱。
礼拝堂の奥で、聖女ミリアは祈っていた。
両手を胸の前で組み、目を閉じる。
静かな呼吸。
ゆっくりと神聖魔力が広がる。
彼女の加護――
幸福平均化。
極端な不幸を緩和する。
怒りを沈める。
社会の揺れを小さくする。
祈りが深まるにつれ、神殿の空気は穏やかになる。
外の騒音が遠のく。
不安も、焦りも、薄れていく。
王都全体に、柔らかな膜が広がるようだった。
その結果は明確だった。
災害は起きない。
事故も減る。
大きな暴動もない。
誰もが言う。
「聖女様のおかげだ」
だが――
ミリアの表情は晴れなかった。
祈りを終えたあと、彼女はゆっくり目を開く。
胸の奥に、違和感が残る。
神殿の奥から、魔術師が歩み寄った。
神殿魔術師の一人、エドランである。
「聖女様」
「観測記録が届きました」
彼は水晶板を差し出す。
魔力流量の記録。
王国全体の魔力の動きを示す図だ。
ミリアはそれを覗き込む。
王都。
強い光が集まっている。
神殿。
王城。
貴族区。
魔力が満ちている。
祈りの影響もある。
それは当然のことだった。
しかし――
ミリアの視線は別の場所で止まる。
辺境。
薄い光が、ゆっくりと強くなっている。
彼女は眉をひそめた。
「……増えていますね」
エドランが頷く。
「はい」
「精霊活動が活発化しています」
別の水晶板が机に置かれる。
観測報告。
森の精霊。
風の精霊。
水の精霊。
活動頻度が増えている。
畑の魔力循環。
地下水の流動。
土地の回復力。
すべてが上昇している。
エドランが戸惑った声で言う。
「土地が……活性化しています」
「理由は不明です」
ミリアは静かに尋ねた。
「王都は?」
魔術師は少し間を置いた。
「……安定しています」
「変化はほぼありません」
安定。
それは本来、良い言葉だった。
だが今、その響きは妙に重い。
ミリアはもう一度、水晶板を見る。
王都。
強い光。
だが動かない。
辺境。
弱い光。
だが流れている。
エドランが呟いた。
「魔力が……流れています」
「王都から」
「辺境へ」
その言葉は、部屋の中に静かに落ちた。
まるで。
王国の血流が変わったようだった。
中心から末端へ。
静かに。
確実に。
ミリアの胸が小さく痛む。
彼女はようやく理解し始めていた。
自分の祈り。
自分の加護。
それは。
守っているのではないのかもしれない。
王都を。
国を。
守っているのではなく。
――止めている。
流れを。
変化を。
動きを。
ミリアは小さく呟いた。
「……私は」
言葉が続かない。
礼拝堂の窓から、午後の光が差し込む。
王都は今日も穏やかだ。
風も強くない。
人々も争わない。
すべてが静か。
あまりにも。
静かすぎる。




