シーン5:貴族社会の静かな崩壊
王都は、今日も整っている。
通りは清潔で、兵は直立し、馬車は規則正しく進む。
外から見れば、何の問題もない。
だが崩壊は、音を立てない。
地方からの申請書が山積みになっている。
灌漑設備の修繕願い。
街道補修の予算申請。
新設市場の許可。
どれも緊急ではない。
だが重要だ。
机の上で、封は切られない。
「次回の会議で」
その一言で、紙は横へ移される。
誰も反対しない。
誰も怒らない。
地方の代官はため息をつく。
だが抗議はしない。
不満は胸に浮かぶ。
その直後、すっと薄まる。
幸福平均化の加護。
怒りは高まりきらない。
諦めは深くならない。
結果――
何も起きない。
結界保守の報告書。
魔力消費の上昇。
微細な歪み。
修繕は早い方が安価だ。
だが優先順位は低い。
「来季予算で」
その言葉で閉じられる。
緊急ではない。
だからこそ、先送り。
誰も声を荒げない。
不安は生まれる。
だが続かない。
物流許可証の未承認。
新しい交易路の開通が止まる。
商人は困る。
だが暴れない。
「いずれ通るだろう」
小さな損失が積み重なる。
誰の責任でもない空気が漂う。
怒りは持続しない。
焦燥も深まらない。
幸福平均化が、静かに均す。
王宮の廊下。
貴族たちは穏やかに挨拶を交わす。
笑顔。
丁寧な礼。
礼儀は保たれている。
だが議論は深まらない。
対立は避けられる。
誰も強く主張しない。
強く主張しても、空気がやわらぐ。
結果、折れる。
または、引く。
または、「後日」。
崩壊は、崩れない。
壁は立っている。
柱も健在。
だが内部の機構が止まりつつある。
問題が解決されないまま、積み重なる。
小さな遅延。
小さな未決。
小さな未修理。
それらが静かに沈殿する。
水面は穏やか。
だが底に澱が溜まる。
誰も怒らない。
誰も暴れない。
だが、誰も前へ押さない。
それが一番、恐ろしい。
王都は壊れていない。
だが、少しずつ機能を失っている。
静かに。
あまりにも、静かに。




