【第四幕】本当の異常 ― 動かない国 ― シーン1:聖女の違和感
王都の朝は、いつも整っている。
高い尖塔を持つ王宮礼拝堂に、柔らかな光が差し込む。
色硝子を通した光は淡く床を染め、祈りの場を静かに包む。
聖女ミリアは祭壇の前に立つ。
両手を胸の前で組み、目を閉じる。
彼女の加護――
「幸福平均化」
それは、極端な不幸を和らげる力。
暴走する怒りを沈める力。
社会不安を平準化する力。
争いが激化する前に緩和し、
絶望が深まる前に薄める。
揺れ幅を減らす力。
本来、それは“守る”加護だった。
祈りが満ちる。
淡い光が礼拝堂に広がる。
魔力の波が王宮へと浸透していく。
その感覚の中で――
ミリアは眉をひそめた。
揺れが、ない。
怒りの棘がない。
焦燥の波もない。
喜びの高鳴りも、震えるような希望も。
すべてが、平らだ。
静かに。
均一に。
整いすぎている。
昼。
王宮会議室。
重厚な机を囲む貴族たち。
声は低く、穏やか。
「この法案ですが……」
「慎重に検討すべきでしょうな」
「ええ、無理は避けるべきです」
議論はある。
だが荒れない。
強い主張が出ない。
対立が生まれない。
反対意見は、自然と弱まる。
誰かが語気を強めかける。
その瞬間、空気が柔らぐ。
怒りがほどける。
「……いや、少し冷静になりましょう」
笑みが戻る。
議題は先送り。
決定は出ない。
だが場は円満に閉じる。
拍手も罵声もない。
ただ、穏やかな沈黙。
廊下を歩きながら、ミリアは胸に手を当てる。
自分の加護が、王宮の中心で強く働いているのが分かる。
衝突を和らげている。
不安を薄めている。
だが――
情熱が続かない。
怒りが熱を持たない。
喜びも爆発しない。
笑い声はある。
だが腹の底からではない。
誰も傷つかない。
だが、誰も燃えない。
王都は穏やかだ。
美しいほどに。
「……静かすぎる」
ミリアは立ち止まる。
中庭の噴水は揺れない。
風も弱い。
水面は鏡のように平ら。
波紋が、立たない。
それは理想の姿のはずだった。
だが今、彼女の胸に芽生えるのは安堵ではない。
違和感。
揺れがなければ、変化もない。
変化がなければ、前進もない。
均された幸福は、停滞を生まないのか。
それとも――
もう、生まれているのか。
遠くで鐘が鳴る。
穏やかな音。
あまりにも、穏やかな。




