シーン3:騎士ガルド
霧雨の朝。
薪を割る音が、乾いたリズムで響く。
辺境警備隊の詰所の裏庭。
大柄な男が、無駄のない動きで斧を振り下ろす。
騎士ガルド。
元王都騎士。
理由は語られない。
誰も深く聞かない。
事情があって辺境へ来た。
それだけが共有されている。
無口。
不器用。
だが薪割りは、驚くほど正確だ。
斧は芯を外さない。
木は無駄なく割れ、積まれる。
彼の仕事は、整っている。
● 二人の距離感
パン屋の裏口。
薪束を抱えたガルドが立つ。
「薪、足りるか」
短い声。
レティシアは窓を少し開ける。
「三日分はあります」
「……そうか」
会話は終わる。
それ以上は続かない。
過去を問わない。
敬称も使わない。
彼は彼女を「令嬢」と呼ばない。
彼女も彼を「騎士様」と呼ばない。
ただ、ガルド。
ただ、レティ。
肩書きがない。
役割だけがある。
薪を割る者。
パンを焼く者。
それで足りる。
だが、その短い会話の中に、わずかな気遣いがある。
彼は雨の強い日は薪を多めに置いていく。
彼女は彼の動きが鈍い日は窯の火を強める。
言葉にしない調整。
王都では許されなかった距離。
ここでは自然だ。
● 小さな信頼の積み重ね
毎朝。
彼は店先を掃除する。
頼まれていない。
ただ、通り道だから。
彼女は何も言わない。
代わりに、彼の手袋の擦り切れに気づく。
夜。
灯りの下で、黙って補修する。
翌朝、棚の上に置いておく。
「……助かる」
それだけ。
ある日、売れ残ったパンを包む。
「孤児院へ」
彼女が言う。
ガルドは頷く。
護衛する。
特別な護衛ではない。
ただ横を歩くだけ。
霧雨の中、二人の足音が並ぶ。
大事件は起きない。
襲撃もない。
陰謀もない。
だが安定がある。
薪は足りる。
パンは焼ける。
子どもは食べる。
町は、静かに回る。
ガルドは斧を肩に担ぎ、空を見上げる。
相変わらずの霧雨。
「……ここは、静かだな」
独り言のように呟く。
レティシアは窯の火を見つめながら答える。
「静かであることは、悪くありません」
それ以上は語らない。
世界は、ここではまだ壊れていない。
壊れていないのではない。
壊れないように、整えられている。
静かに。
二人の役割の中で。




