表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、婚約破棄されましたが、帳簿だけは正確でした  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/64

シーン2:パン屋の開業

霧雨の朝。


空き店舗だった小さな建物に、木の看板が掛けられる。


焼きたてのパンの絵と、短い名。


「レティ」


それだけ。


公爵家の名は使わない。


肩書きも紋章もない。


王都での過去を知る者は、ここにはいない。


そして――知る必要もない。


店は質素だ。


石窯は小さく、棚も簡素。


だが朝になると、湯気をまとったパンの香りが通りへ流れ出す。


人々は足を止める。


「新しい店か」


「若い娘だな」


それだけの評価。


彼女は微笑み、静かに会釈する。


それで十分だった。


能力①:在庫管理


開業初日。


彼女はまず、帳面を開いた。


粉の消費量。


薪の減り方。


曜日ごとの客足。


天候と売上の関係。


数日で見えてくる。


無駄が多い。


仕入れは勘。


売れ残れば廃棄。


足りなければ昼前に閉店。


「そんなものだ」と前の店主は言っていた。


彼女は否定しない。


ただ、整える。


発注量をわずかに減らす。


雨の日は焼成を減らす。


晴れ間が見えた日は追加分を午後に回す。


焼き時間を分散。


一度に大量に焼かない。


結果。


廃棄率が目に見えて下がる。


だが劇的ではない。


奇跡でもない。


客はただ思う。


「最近、ちょうどいいな」


売り切れない。


余らない。


それだけで十分だった。


能力②:土壌改良


パンの味は、粉で決まる。


町の小麦は年ごとに質がばらつく。


彼女は農家を訪ねる。


命令はしない。


問いかける。


「去年の雨量は?」


「畑の水はけはどうですか?」


「収穫後の土は硬くなりませんか?」


農夫は最初、怪訝な顔をする。


だが彼女は静かに聞く。


やがて、小さな提案をする。


簡易な排水溝の追加。


輪作の順番の微調整。


土壌へ、ごくわずかな魔力を流す。


ほんの補助。


過剰ではない。


半年後。


収穫量が七%向上する。


病害も減る。


だが誰も騒がない。


「今年は運がいいな」


そう言って笑う。


彼女も笑う。


訂正はしない。


能力③:魔力効率化


辺境の小さな結界。


冬場の維持費が重い。


町長から相談を受ける。


彼女は術式図を見る。


線が多い。


重なっている。


「重複しています」


中央基準の安全策。


三重化された補助結界。


この規模には過剰。


彼女は不要部分を整理する。


削るのではない。


整える。


魔力の流れを滑らかにする。


消費が十二%減少。


誰も彼女を称えない。


町長は言う。


「今年は燃料費が浮いたな」


それだけ。


だが冬の室内は少し暖かい。


子どもたちの頬が赤い。


パンの発酵も安定する。


奇跡は起きない。


英雄も生まれない。


ただ、無駄が減る。


滞りが消える。


霧雨の町の呼吸が、少し深くなる。


レティは店の窓を開ける。


湿った空気の中に、焼きたての香りが混ざる。


誰も知らない。


彼女がかつて王都で、制度を整えていたことを。


だがここでは、それは必要ない。


ここで必要なのは、ただ。


整えること。


静かに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ