【第三幕】辺境の呼吸 シーン1:霧雨の町
辺境の朝は、いつも湿っている。
空は晴れきらない。
雨は降りきらない。
細い霧雨が、絶えず町を包んでいる。
石畳は乾くことを知らず、
踏めばわずかに水を含んだ音を立てる。
木造家屋は色を失い、
本来の塗装よりも一段くすんで見える。
煙突から上る煙も、まっすぐには伸びない。
湿気に押され、低くたゆたう。
人々の声も、同じだ。
高く響かない。
市場の呼び声も抑え気味。
笑い声は小さく、長く続かない。
怒号もない。
活気もない。
慎重に、生きている。
この町は、貧しくはない。
飢える者はいない。
だが“余裕”がない。
収穫は足りる。
けれど少し多い年には倉が湿り、穀物は傷む。
逆に少し少ない年には、皆で我慢する。
余剰は腐り、不足は忍ぶ。
誰かが損をするほどではない。
だが、誰も得をしない。
物資も、魔力も、人手も。
常にわずかに噛み合わない。
パン屋は昼前に売り切れ、
夕方には棚が空く。
薪は冬の終わりに足りなくなり、
春先に余る。
水路は流れるが、雨が続けば溢れ、
晴れが続けば濁る。
町は壊れていない。
だが整ってもいない。
呼吸が浅い。
吸う量と吐く量が、いつも少しだけずれている。
そのずれに、人々は慣れている。
「こんなものだ」
それが合言葉。
霧雨は今日も降る。
石畳は湿り、
木造家屋は黙り、
町は静かに息をしている。
まだ、整える者のいないまま。




