【第二幕】静かな崩れ シーン1:違和感の発生(断罪から二週間)
王都は、静かだった。
あの夜会のざわめきは、もう遠い。
新しい噂が生まれ、
新しい取引が始まり、
人々はいつもの生活へ戻っている。
「結局、あれで良かったのでは」
そんな声が、どこかで囁かれる。
王太子の威信は持ち直したように見えた。
決断した王族。
揺れない姿勢。
聖女の人気も安定している。
慈愛と祈りは、民衆に安心を与える。
王都は平穏。
少なくとも、表面は。
● 小さなズレ①:結界更新遅延
王都を覆う魔力結界。
透明で、見えない守り。
定期更新の日。
術式は正しく組まれ、
魔力は流れ、
更新は完了した。
報告書にも問題はない。
だが。
北門側の出力が、わずかに低い。
0.7%。
通常なら誤差の範囲。
誤差は常に存在するもの。
だが以前は、なかった。
少なくとも、記録上は。
担当官は眉を寄せる。
「計算式は合っているのに……」
再計算。
再測定。
どれも正しい。
理論上、問題はない。
実害もない。
だから誰も騒がない。
ただ、引っかかる。
以前は、こんな“揺らぎ”は出なかった。
まるで水面のように、均一だった。
今は、わずかに波がある。
理由はわからない。
報告書には「正常」と記される。
異常ではないからだ。
● 小さなズレ②:税徴収ミス
数日後、地方から書簡が届く。
徴税率の適用に誤り。
1%の計算違い。
多くもなく、少なくもない。
修正可能。
損害は軽微。
だが問題はそこではない。
「誰が最終確認を行うのか」
担当部署が曖昧になる。
以前は自然に回っていた。
書類は流れ、
確認は済み、
印が押され、
滞ることはなかった。
今は、机の上で止まる。
修正指示が出ない。
責任の所在が曖昧。
「……宰相府に回すか?」
「いや、財務部では?」
押し付け合いではない。
ただ、流れが消えた。
歯車が一枚、抜けたように。
誰も声を荒げない。
誰も慌てない。
だが処理速度が落ちる。
帳簿の端に、修正待ちの付箋が増える。
小さな遅延。
小さな誤差。
小さな違和感。
まだ、誰も結びつけない。
断罪と。
あの夜と。
あの令嬢と。
王都は今日も穏やかだ。
けれどその穏やかさの裏で、
制度はほんのわずかに、
滑らかさを失い始めていた。




