第9話:神詠一灯流
※初めての方は【目次】から ep.1 推奨。なお ep.2 から異世界編(本編)です。
同時刻。アーデルハイドから少し離れた街道にて。
「報告! 斥候隊より入電! 『魔の森』よりスタンピート(魔物暴走)が発生! アーデルハイド防衛戦が開始された模様です!」
伝令の騎士が、巨大な鳥――走翔鳥『セイラン』の背から飛び降りて報告した。
「……来たようですね」
モントハーゼ騎士団長、アリスセレーネは静かに頷いた。
白銀の鎧に身を包み、彼女もまた一際大きな白いセイランに跨っている。
「叔父……いえ、副官!」
「うむ」
彼女の呼びかけに、隣に控えていた巨漢の騎士が短く応えた。
副官ルドルフォン。アリスセレーネの叔父であり、この騎士団の実質的な戦闘指揮官だ。
歴戦の猛者らしい風格を漂わせ、その体躯は姪の倍ほどもある。彼が跨るセイランが少し可哀想に見えるほどだ。
「者ども! 急ぐぞ!!」
ルドルフォンが腹の底から声を張り上げた。
「「「おおーーッ!!」」」
200騎の騎士たちが一斉に呼応する。士気は最高潮だ。
彼らが駆る『セイラン』は、馬よりも遥かに高い馬力と持久力、そして悪路をものともしない走破性を誇る。
唯一の弱点は、夜目が利かないことだが――
「今宵の満月の明かりなら、何とか走れるか……」
ルドルフォンは空を見上げた。
雲ひとつない夜空に、煌々と輝く満月。まるで女神が彼らの進軍を照らしているかのようだ。
ドウドウドウドウ……!
地響きのような足音を立て、騎士団は街道を疾走する。
やがて、遠目にアーデルハイドの街並みが見えてきた。
そして、その周囲を取り巻く黒い影――魔物の群れと、それに対抗するように飛び交う無数の火矢、魔法の光。
「もう、始まっているようですね……」
アリスセレーネが剣の柄に手をかけた。
「全軍! 到着次第、突撃! これより戦闘指揮を副官に移譲します! 私は先陣を切ります!」
「承知した!」
ルドルフォンがニヤリと笑い、自らの大剣を抜き放った。
「全員聞いたな! 突撃し! 魔物を斬り! 叩き潰し! 民を助け! 街を守れぇぇぇッ!!」
ルドルフォンが吠え、全員を鼓舞していく。
「「「おおぉぉぉぉぉぉッ!!!」」」
「アリーよ。お前が死ぬとは思えんが、無理はするなよ?」
すれ違いざま、ルドルフォンが姪にだけ聞こえる声で囁いた。
「分かっていますわ、叔父上」
アリスセレーネは微笑み、兜のバイザーを下ろした。
「モントハーゼ騎士団! 突撃ぃぃぃッ!!」
そうして――
巨大な走鳥を駆り、大剣を振り上げ、フルプレートに身を包んだ白兎の群れが、魔物の津波へと飲み込まれていった。
「第一防衛線を突破されました!」
「投石よーい! 投石機準備良し! 放てぇぇーッ!」
ドォン! ドォン!
城壁の後方から、巨大な岩塊が唸りを上げて飛んでいく。
着弾地点で魔物がひしゃげ、肉片が飛び散るが、後続の群れはそれを踏み潰して前進してくる。
「魔導士隊! 広域戦略魔法、詠唱開始!」
「第二防衛線を超えたら、『魔導爆柵』を起動させろ!」
「防壁に取りついた魔物は近接隊に任せろ! 登らせるな!」
怒号と爆発音が交錯する。
戦場はまさに地獄絵図だ。
「ヤバい……本気で魔物の数が多い……!」
俺は城壁の上から、眼下の光景を見て戦慄した。
事前設置された罠が発動し、炎や爆発が魔物を吹き飛ばしているにも関わらず、魔物の勢いがまるで変わらない。黒い絨毯が、じじわと、しかし確実に迫ってくる。
「ザキ! 下に降りるなよ! 飲み込まれるぞ!」
「わかってる! ……でもこれ、まずくないか?!」
ザキが焦れたように剣を握りしめる。
いくらこいつが強くても、この物量の中に飛び込めば圧死する。
「分かってるから口にすんな! フラグになる!」
「大丈夫ニャ。広域魔法が発動すれば、だいぶ削れるニャ」
リアが冷静に戦況を分析する。
「第三防衛線を越えて、『麻痺霧』と『清浄結界』が発動したら、ザキの出番ニャ。弱ったところを叩くのが一番効率的ニャ」
「よかった……まだ備えはあるようだ」
リアの言葉通り、第三防衛線を超えたあたりで、魔物の動きが鈍り始めた。
紫色の霧が充満し、結界の光が邪悪な気を浄化していく。
「確かに……だいぶ魔物の密度が薄くなってるのが見てわかる。動きも悪くなってるようだな」
これならいけるか?
ギリギリだが、何とか止められそうか……。
「……ふぅ」
近くで指揮を執っていたワルダーさんが、少しだけ肩の力を抜いて呟いた。
だが。
その安堵は、一瞬にして絶望へと変わった。
「大物確認! 大物確認ーーッ!!」
監視塔の見張りが、裏返った声で絶叫した。
「グランドドラゴン4! グランドドラゴン、4体だ!!」
その報告に、戦場が一瞬凍りついた。
「く……亜竜だと……? しかも4体も……!」
ワルダーさんの顔色が蒼白になる。
森の奥から、地響きと共に現れたのは、小山ほどもある巨体。
硬質な鱗に覆われた皮膚、太い尻尾、そして凶悪な顎を持つ『地竜』。
空は飛ばないが、その突進力は城壁さえも容易く粉砕する、歩く攻城兵器だ。
「こんな時に……ッ!」
通常、スタンピートのボス格として1体現れるかどうかという災害級の魔物。
それが4体。
第三防衛線の罠など意にも介さず、ドラゴンたちは咆哮を上げながら猛進を開始した。
グルォォォォォォォォォッ!!
その衝撃波だけで、前線の兵士たちが吹き飛ばされる。
終わった。誰もがそう思った瞬間だった。
ビシッ!
ザキが、迫りくる絶望の象徴――グランドドラゴンの一体に向かって指をさした。
「ワルダーさん! あいつ一匹俺にくれ!」
「ああん? 何言ってるザキ! いくら何でも、一人でどうにか出来る相手じゃないぞ! あれは『地竜』だぞ!」
ワルダーさんが血相を変えて怒鳴る。当然の反応だ。
だが、ザキはニヤリと不敵に笑うと――
「へっ、関係ねぇよ!」
タァンッ!
迷いなく、高さ十メートル以上ある防壁の上から飛び降りた。
「バカッ! なにやってる!!」
ワルダーさんが身を乗り出す。
ザキの体は重力に従って落下し、黒い魔物の海へと吸い込まれていく。
「ええい、仕方ない! 魔法隊、援護射撃! あのバカの周りの雑魚を狙え! 死なせるな!」
ワルダーさんの咄嗟の指揮で、魔法の光弾がザキの落下地点周辺に降り注ぐ。
着地と同時に群がるはずだった魔物たちが吹き飛ぶ。
ズドォンッ!!
土煙を上げて着地したザキは、無傷で立ち上がった。
「ザキ!!」
俺は叫び、近くにあった樽を蹴り倒した。
中には、防衛用に用意されていた予備の剣(安物の量産品)が大量に刺さっている。
俺は予備の武器が刺さってる樽から、ザキに向かい剣を投げ、地面に突き立てる
ヒュンッ! カァン!
一本目の剣が、ザキの目の前の地面に突き刺さる。
「もう構わねぇ! 好きなだけ叩き切ってこい! 予備はたくさんある!!」
俺は次々と剣を投擲した。
ザキの進行ルート上に、道標のように剣を突き立てていく。
「おう! サンキューな相棒!!」
ザキは折れかけた剣を投げ捨て、突き刺さった新品の剣を引き抜くと、竜巻のような回転斬りで周囲のオークをなぎ払った。
斬って、折れて、捨てて、拾う。
使い捨ての二刀流で、ザキはグランドドラゴンへ向かって一直線に突き進んでいく。
その時だ。
「伝令! 伝令ーーッ!!」
塔の上から、見張り兵が裂帛の気合いで叫んだ。
「援軍到着! 突撃開始してます!!」
「なにっ!?」
俺は視線を巡らせた。
見ると、魔物の流れの横っ腹――街道の方角から、白い塊が食らいついているのが見えた。
「あれは……!」
次々と魔物を薙ぎ払い、踏み潰し、蹴散らしていく集団。
遠目だが、騎士団っぽいのが見える。
だが、その速度と突破力は異常だ。魔物の流れの圧を物ともせず、まるで薄紙を破るように戦場を蹂躙している。
「すげぇ……。あれが噂の『モントハーゼ騎士団』か」
その先頭を走るのは、満月の光を浴びて輝く、白銀の鎧。
戦場の空気が、一変した。
「よし……ザキが暴れたおかげで、だいぶ魔物たちが混乱してる!」
城壁の上から、ワルダーさんが声を張り上げた。
ザキが竜巻のように暴れ回ったことで、統率を失った魔物たちが右往左往している。
「今だ! 弓隊、任意射撃! 任意射撃だ! あのバカの邪魔になる雑魚を排除しろ!」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
無数の矢が降り注ぎ、ザキの周囲にいたオークやウルフを次々と射抜いていく。
数瞬の後。
波が引くように雑魚が一掃され、戦場にぽっかりと空間が生まれた。
残されたのは、巨大な絶望の権化――グランドドラゴンと、安物の剣をぶら下げた一人の赤毛の男だけ。
「グルルルルル……ッ!」
地竜が低い唸り声を上げ、鬱陶しい羽虫を睨みつける。
その威圧だけで、並の冒険者なら腰を抜かすだろう。
だが、ザキは動じない。
「ハァ……ハァ……」
ザキは深く、重く呼吸を繰り返していた。
そして――
「スーーーー……」
肺の中の空気をすべて入れ替えるように、大きく息を吸い込む。
腰を深く落とし、切っ先を後ろへ引く。
独特な、しかし洗練された抜刀の構え。
その瞬間、ザキの纏う空気が変わった。
陽気な脳筋の気配は消え失せ、肌が粟立つような、鋭利な刃物のような殺気が立ち昇る。
「神詠……一灯流……」
グランドドラゴンが、本能的な恐怖を感じたのか、大きく口を開けて咆哮しようとした、その刹那。
「『鏡水月閃』」
カッ……!!
戦場に、一瞬の閃光が走った。
剣を振るう動作すら見えなかった。ただ、月の光が反射したような、綺麗な軌跡が空間に残っただけ。
ザキはすでに、ドラゴンの背後へと抜け、剣を振り抜いた姿勢で静止していた。
ズ……ッ。
直後、異音が響く。
グランドドラゴンの太い首に、赤い線が走ったかと思うと――
ズルリ。
巨大な頭部が、重力に従ってゆっくりと胴体から滑り落ちた。
ズドォォォォォン……!
轟音と共に頭部が地面に落ち、断面からは噴水のように血が吹き上がる。
「…………」
戦場から、声が消えた。
弓を引いていた兵士も、剣を握っていた冒険者も、指揮を執っていたワルダーさんも。
誰もが、その光景に目を疑い、時が止まったかのように静まり返った。
あの硬度を誇る地竜の鱗ごと、首を断ち切った?
魔法も、攻城兵器も使わずに?
あの赤毛の男が、たった一太刀で?
理解が追いついた瞬間、誰かの口から「すげぇ……」と漏れた。
それが呼び水となった。
「うおおおおおーーーーッ!!」
「やったぞ! やりやがった!!」
「一撃だ! あいつ、地竜を一撃で殺しやがったぞ!!」
絶望に包まれていた戦場に、爆音のような歓声が響き渡った。
それは恐怖を払拭し、希望を点火する勝利の雄叫びだった。
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