第8話:猫耳のちびっ子先生
※初めての方は【目次】から ep.1 推奨。なお ep.2 から異世界編(本編)です。
「おはようございます」
爽やかな朝の挨拶と共に、俺は朝一でクランハウスの裏にある修練場に立っていた。
理由は単純。魔法の特訓だ。
昨晩の飲み会の際、ワルダーさんに「魔法の使い方を覚えたい」と相談してみたのだ。
すると彼は、「おお、それならウチに教えるのが上手いやつがいる」と、適任者を紹介してくれると約束してくれたのだ。
「こっちが昨日話していた、ミミコッテだ」
ワルダーさんの後ろから、ひょこっと小さな影が現れた。
「ミミコッテです。シンさん、よろしくですぅ」
ペコリと頭を下げたのは、リアと同じ猫人族の少女だった。
ただし、リアのような活動的な服ではなく、白いローブを纏った司祭風の出で立ちだ。
大きな眼鏡をかけており、真面目そうな雰囲気が漂っている。
「シンです。よろしくお願いします」
「シンは16歳だったか。ミミコッテは14だが、魔法知識は確かだ。このクランで一番座学ができるからな」
ワルダーさんが太鼓判を押す。
14歳。中学生くらいか。
だが、中身五十路の俺にプライドなんてものはない。教えてくれるなら年下だろうが5歳児だろうが、「先生」とお呼びする所存だ。
「では早速、始めましょうか」
「お願いします!」
こうして、ミミコッテ先生による魔法講座が始まったのだが――
「おーいシン! 魔法なんて地味なことやってねぇで、俺と組手しようぜ!」
ドガァッ!!
突如、横から丸太のようなラリアットが飛んできた。
俺は『身体強化』を無意識に発動し、それを紙一重でスウェーして躱す。
「邪魔だザキ! 俺は今、勉強中なんだよ!折れた剣の変わりでも探してこい」
「えー? つまんねーの!」
「ザキ! いい加減にするニャ! シンの邪魔をするなニャ!」
すかさずリアが飛びかかり、ザキの頭に猫パンチを連打する。
「あだだだ! 爪立てんなって!」
……カオスだ。
俺は背後で繰り広げられる「筋肉vs猫」の喧嘩を華麗にスルーしながら、ミミコッテ先生の講義に集中した。
それから3日間。
俺は、ザキの物理的な妨害(遊びの誘いという名のタックル)を躱し、リアのザキに対するクレームを聞き流しながら、ミッチリと修行に打ち込んだ。
まずは基本の『属性魔法』。
エーベに教わったイメージ構築を、ミミコッテ先生が理論で補強してくれる。
「魔力の流れを血管じゃなく、神経に通すイメージですぅ」というアドバイスは目から鱗だった。
次に『召喚魔法』。
これは契約が必要らしいが、俺の魔力に惹かれてやってきた下級精霊と仮契約を結ぶことに成功した。
そして『身体強化魔法』。
これは俺がパンチを撃つ時に無意識に使っていたものだ。意識的に制御することで、より効率よく身体能力を上げられるようになった。
そして、3日目の夕方。
「――『ウィンド・カッター』!」
ヒュンッ!
俺が杖を振ると、不可視の風の刃が飛び、修練場の丸太をスパッと両断した。
ただの風ではない。現代知識である「圧縮空気」と「振動」のイメージを付与した、高密度の斬撃だ。
「……シンさん、すごいですぅ」
ミミコッテ先生が、眼鏡をズレさせながら目を丸くしている。
「基本属性を3日でマスターするだけでも異常なのに、この短期間で威力を底上げしたオリジナルの魔法まで編み上げるなんて……」
「ふっ……まあな」
俺は杖をクルクルと回し、ニヤリと笑った。
(まあ、これは俺の才能というより、ジョブ『賢者』と『魔法マスタリ』の補正と、前世の理科の知識のおかげなんだろうが……)
だが、あえてそれは口にしない。
14歳の女の子に尊敬の眼差しで見られて、悪い気はしないからな。
「だっろぅ!」
俺は、精一杯のドヤ顔を決めてみせた。
これで魔法も使えるようになった。
ザキの「神殺し」の物理火力と、俺の「賢者」の魔法火力。
――領主邸、執務室。
バタンッ! と扉が開かれ、血相を変えた騎士が飛び込んできた。
「緊急! 報告します! 『魔の森』にてスタンピート(魔物暴走)の発生を確認しました!」
「……!」
ベンクロームがペンを走らせていた手を止める。
「規模は中規模以上! 現在、魔物の群れは森を抜けて進軍中! この街への第一波到着予想は、3日後の早朝です!」
「3日後……来たか」
ベンクロームは立ち上がり、低い声で命じた。
「総員、準戦闘待機! 街の住民に避難所への移動を勧告せよ! 鐘を鳴らせ!」
「はっ!」
「それと、セシリアを呼べ。急げ!」
数分後。
あどけなさの残る少女、セシリアが部屋に入ってきた。その表情は硬い。
「お父様、お呼びですか?」
「セシリア。お前はすぐに『神聖教会』の大聖堂に避難しろ」
「え……? 私も残ります! 民と共に――」
「ならん!」
ベンクロームは強い口調で遮った。そして、懐から家紋の入った短剣――領主の証を取り出し、娘に手渡した。
「これは命令だ。もしもの時のため、お前が『領主権限』を持って行くのだ。私が倒れた時、指揮を執れるのはお前しかいない」
「お父様……」
セシリアは震える手で短剣を受け取った。
父が死を覚悟していることを、悟ってしまったからだ。
「……わかりました。セシリア・アーデルハイト、拝命いたしました」
彼女は気丈に涙をこらえ、スカートの裾を摘んで深く礼をした。
「頼むぞ……」
父として、領主として。ベンクロームは愛娘の背中を見送った。
***
ウゥゥゥゥゥ――!!
カンカンカンカン!!
城塞都市アーデルハイドの空に、サイレンのような魔導音と、半鐘の音が響き渡る。
『住民各位は、速やかに避難を開始してください。繰り返します。スタンピートの発生を確認しました。指定の避難所へ移動してください……』
無機質な魔法音声が街中に反響する。
人々は家財道具を抱え、慌ただしく、しかし訓練された動きで避難を始めていた。
クランハウスの裏、修練場。
俺の懐で、ギルドカードが激しく振動した。
取り出すと、黒い画面が赤く点滅し、文字が浮かび上がっている。
【EMERGENCY CALL:非常招集命令】
全冒険者に対する、防衛戦への参加要請だ。
俺は杖を握り直し、振り返った。
「ザキ! いるか?」
「おう! いつでも行けるぜ!」
ザキが愛剣(新調した鋼の剣)を背負い、不敵な笑みを浮かべて出てきた。
恐怖など微塵もない、待ちわびていた表情だ。
「ウチもいるニャ。準備万端だニャ」
リアも短剣を装備し、猫のようにしなやかに着地する。
「わたしも……微力ながらお手伝いしますぅ」
ミミコッテ先生も、大きな帽子を目深に被り直し、小さな杖を構えていた。
「よし……全員、ギルドに向かうぞ!」
俺の号令と共に、4人は駆け出した。
修行の成果を試す時が来た。
ギルドに行くと既にたくさんの冒険者が集まっていた。
普段のような弛緩した空気はない。皆、これから訪れる死線を予感し、ピリピリとした緊張感を漂わせている。
壇上にワルダーさんが立った。彼も今日ばかりは装備を身につけ、戦士の顔をしている。
「よく集まってくれた。今から説明する」
低いが、よく通る声だ。
「知っての通り、スタンピートが発生した。到達は3日後の早朝だそうだ。ゆえに、全ギルド員は2日後の夕刻に西防衛門広場に集合せよ」
ワルダーさんの視線が、冒険者一人一人を射抜くように巡る。
「それまでに必要な道具、武器武具の手入れを怠るな。死にたくなければな」
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
「それと、これから指名する者は残ってくれ。先発隊として、森の入り口付近に罠を設置しに行く」
ワルダーさんが数名のベテランレンジャーや魔術師の名を呼んでいく。
俺たちの名は呼ばれなかった。新人は本番まで待機、ということだろう。
「3日後には、この街は戦場になるのか……」
解散した後、俺は重い溜息を吐いた。
平和ボケした現代日本人の俺に、戦争なんてできるのだろうか。
「へへっ、楽しみだなぁ!」
隣を見ると、ザキが新しい剣の柄を撫でながらニタニタしていた。
「ザキ……わくわくした顔するのはやめてくれ……不謹慎だぞ」
「なんだよシン。お前は怖くないのか?」
「怖いさ。だから、俺も準備を怠らない様にしておかないとな……」
俺は拳を強く握りしめた。
死ぬわけにはいかない。せっかく手に入れた第二の人生なんだ。
***
そして――運命の、スタンピート発生。
スタンピート到達予想時刻の半日前。
ひんやりとした風が吹く中、俺とザキは西の防衛用城壁の上に立っていた。
隣には短剣を構えたリア、少し震えながら杖を握るミミコッテ先生もいる。
俺だけじゃない。ここに集まった数百人の冒険者、そして騎士団の兵士たちが、同じように森を睨みつけていた。
言葉はない。ただ、重苦しい静寂だけがそこにあった。
***
――同刻。『魔の森』深部。
木々の影に紛れるように、黒ずくめのローブ姿の人影が佇んでいた。
その顔はフードに隠れて見えないが、口元だけが歪な笑みの形に裂けている。
「さあ、時間だね」
人影は、楽しそうに呟いた。
「『ゲーム』を始めようか、愛しき『プレイヤー』たちよ」
懐から取り出したのは、一枚の『黒いコイン』。
俺が持っている『神のコイン』と対になるような、光を吸い込むような漆黒の硬貨だ。
人影がそれを空中に浮かべ、指先からドス黒い魔力を注ぎ込む。
ブゥゥン……!
コインが空気を震わせ、激しく振動し始める。
それは開始のゴングであり、殺戮への合図だった。
「ゲーム、スタートだ」
パチン、と指が鳴らされた。
***
――防衛門上部。
ズズズズズズ……。
地鳴りのような音が、足元から伝わってきた。
森の木々が不自然に揺れ、鳥たちが一斉に空へ飛び立つ。
「来たぞー!!」
見張りの兵士が叫んだ。
夜闇の向こう、森の境界線から溢れ出てきたのは――黒い波だった。
「な、なんだ……?」
「物凄い数だ! 物凄い数だぞ!!」
ゴブリン、オーク、ウルフ、その他見たこともない異形の魔物たち。
それらが文字通り「波」となって、雪崩のように押し寄せてくる。
個体数は千や二千ではない。万を超えているかもしれない。
「怯むなァッ!!」
ワルダーさんの怒号が響く。
「照明用魔法弾放てーー!」
「弓隊、構えろー!!」
「魔法隊、詠唱開始!!」
指揮官の号令に合わせ、無数の弓が引き絞られ、杖が掲げられる。
俺もミミコッテ先生と共に杖を構え、イメージを練り上げる。
「一斉射ーーーーッ!!」
ヒュンヒュンヒュン!!
ドォォォォン!!
無数の矢と魔法の光弾が雨のように降り注ぎ、魔物の前衛を吹き飛ばす。
だが、波は止まらない。死体を踏み越え、次々と湧き出してくる。
「ついに始まったな……!」
ザキが剣を抜き放ち、ギラリと目を輝かせた。
「ザキ!」
「シン!」
俺たちは互いの名前を呼び合い、一瞬だけ視線を交わした。
「絶対生き残れよ!」
「おうよ! みんなで生き残る! 絶対死なねーし、死なせねー!」
俺たちの誓いを飲み込むように、魔物の咆哮が轟く。
満月の臨む中、
ついに、生き残りを賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。
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