第5話:城壁の上の誓いと、忍び寄る嵐の気配
※初めての方は【目次】から ep.1 推奨。なお ep.2 から異世界編(本編)です。
俺とザキ、そしてリアは、城塞都市アーデルハイドを取り囲む城壁の上にいた。
街中の観光を終えた後、俺たちは武具屋の親父おすすめの「初心者セット」を購入した。
ザキは革の鎧に、安物の鉄の剣。
俺は同じく革鎧に、短い木の杖。
どこからどう見ても、今日登録したばかりの駆け出し冒険者だ。
そんな格好で、ザキが「高いところに行こうぜ!」と言い出し、一般開放されている城壁エリアまで登ってきたのだ。
「うーーおーーーッ!! 異世界だーーーーッ!!」
ザキが、眼下に広がる街並みに向かって吠える。
通行人がギョッとして見上げるが、こいつはお構いなしだ。
「……『異世界』って、なんにゃ?」
隣でリアが不思議そうに首を傾げる。
「俺はヤルぞ! ここで一旗揚げて、満足できる人生を生きるんだ!」
ザキの声は、ただの大声じゃなかった。
腹の底から、魂の底から絞り出すような叫びだった。
「……」
いつもなら、「うるさい」と止める場面だ。
だが、俺は言葉を飲み込んだ。
そうだな。
こいつは、享年二十歳。
若くしてトラック事故に遭い、人生が終わっちまったんだ。
俺みたいに五十年生きたわけじゃない。やりたいことも、未来も、沢山あったはずなのに。
ザキの横顔を見る。
夕日に照らされたその顔は、いつもの能天気な笑顔じゃなく、どこか切実な決意に満ちていた。
「根拠はねぇが……お前なら出来る気がするよ」
俺がそう言うと、自分の中にも熱いものが込み上げてきた。
俺だってそうだ。ただ漫然と生きて、すり減って死ぬはずだった。
でも、今は違う。
「うおおおおおッ! 俺もだ!」
俺は一歩前に出て、ザキに負けないくらいの大声で叫んだ。
「俺も! やりたい事全部やって! 最後に『いい人生だった』と思って死んでやる!」
喉が焼けるほど叫んで、息を切らす。
こんなに大声を出したのは、何十年ぶりだろう。
「だから……それまでは、お前の馬鹿に付き合ってやるよ」
俺が言うと、ザキは「当然だろ」とばかりにニカッと笑った。
「おう! 頼りにしてるぜ、相棒!」
俺たちは無言で拳を突き出し、コツン、と合わせた。
(……天才と言われたお前に、凡人の俺がどこまでついていけるか分からないがな)
心の中で、少しだけ弱音を吐く。
『神殺し』のジョブを持つ規格外の親友と、『賢者』になったばかりの元サラリーマン。
前途は多難だ。だが、不思議と悪くない気分だった。
そして、夕日が沈む瞬間、街の鐘が鳴った
***
「良し! 叫んだら腹減ったな! シン、リア、晩飯いこーぜ!」
一通り叫んで満足したのか、ザキがあっけらかんと言った。
切り替えが早い。
「晩飯はいいが、今晩泊まるところを探さねーと、野宿になるぞ」
俺が現実的な指摘をする。
金はあるが、宿のあてはない。
「それだったら、ウチ達の『クランハウス』に来るニャ」
それまで黙って見ていたリアが、尻尾を揺らしながら提案した。
「クランハウス? ってなんだ?」
ザキが聞く。
「クランハウスは、クランの拠点にゃ。クランっていうのは、目的を同じくする複数のパーティーの集まりのことだニャ」
リアが得意げに説明する。
ギルドが「職業安定所」なら、クランは「サークル」や「チーム」みたいなものか。
「ウチのクランハウス、部屋はたくさん余ってるから、リーダーにお願いしてやるにゃ~。その代わり、条件があるニャ」
リアが俺を指差した。
「あんたたち、ウチのクランに所属するニャ。特にシン、お前みたいな『獣人の魔術師』は貴重だニャ」
なるほど、スカウトか。
確かにこの世界、獣人は身体能力が高い代わりに魔法が苦手な種族が多いと聞く。俺のような存在はレアなのだろう。
「おう! いいぜ! 宿代が浮くなら大歓迎だぜ!」
ザキが即答する。
「浮かないにゃ」
リアが真顔で即答した。
「宿屋よりはだいぶ安いけど、部屋代はちゃんと取られるにゃ。世の中そんなに甘くないニャ」
「ケチ!」
「しっかりしてるんだよ。……よし、世話になるか」
俺たちはリアの提案に乗ることにした。
宿無しで彷徨うよりは、拠点がある方が何かと便利だ。それに、リアのような現地通がいるのは心強い。
こうして俺たちは、リアの所属するクランへと足を向けることになった。
リアに案内され、冒険者ギルドからほど近いエリアに戻ってきた。
「着いたニャ。ここがクラン『風のしっぽ』のクランハウスニャ。さあ、入るニャ~」
リアが指差したのは、4階建てのマンションくらいの大きさがある石造りの建物だった。
一階部分は酒場のようになっているが、今は準備中の看板が出ている。
扉を開けて中に入ると――
「……猫カフェか?」
俺は思わず呟いた。
ロビーのような空間には、様々な獣人たちが寛いでいた。
テーブルでカード遊びに興じる犬人族、ソファで丸まって昼寝をする猫人族、毛づくろいし合う兎人族。
視界の至る所がモフモフしている。俺も今は狼の獣人だが、人間の感性が残っているせいか、無性に撫で回したくなる光景だ。
「ワルダー、戻ったニャ」
リアが奥のカウンターに向かって声をかける。
そこにいたのは、筋骨隆々の巨漢だった。
「おお、リアか。ご苦労。……ん? その二人は?」
振り返った顔は、垂れ耳の愛嬌ある犬(レトリバー系?)の顔立ちをしていた。
だが、その体躯は威圧感たっぷりで、歴戦の猛者であることを物語っている。
「クランに勧誘して来たニャ。ザキとシンニャ」
「おお、そうか。リアの紹介なら問題ないな」
大男――ワルダーが破顔して頷く。
しかし、リアは真顔で首を振った。
「問題あるニャ。ザキは考え無しすぎるニャ。目が離せないから、ウチで管理した方がいいって判断だニャ」
(……獣人種にまで、ザキは脳筋認定されるレベルなのか)
俺は隣の親友を見た。当の本人は「へへっ」と褒められたと勘違いして照れている。駄目だこいつ。
「私はこのクランのリーダーをやっているワルダーだ。これからよろしく頼む」
ワルダーは立ち上がり、分厚い手を差し出してきた。
ごつい体つきに似合わず、丁寧で落ち着いた物腰だ。
「俺はザキだ! よろしくな!」
「こっちがシンです。魔法使いをやっています。よろしくお願いします」
俺たちはそれぞれ握手を交わした。ワルダーの手は大きく、そして温かかった。
「リア、お前が連れて来たんだから色々案内してやれ」
「わかったニャ~。シン、ザキ、こっちニャ。部屋に案内するニャ」
リアに手招きされ、俺たちは階段へ向かう。
その背中に、ワルダーが声をかけた。
「おいリア。案内が終わったら、私の部屋へ報告に来いよ」
「……そっちも了解ニャ」
一瞬、リアの声のトーンが下がった気がした。
だが、振り返った彼女はいつもの猫のような笑顔だった。
***
「こっちとこっちが空いてるから、使っていいニャ」
通されたのは3階の一角だった。
鍵を受け取り、扉を開ける。
「おお、一人部屋か!」
中はベッドと小さな机、木箱があるだけの簡素な部屋だったが、掃除は行き届いている。
広くはないが、独身男が寝起きするなら十分すぎる広さだ。
「おーい! シン! 部屋も決まったし、晩飯にしようぜ!」
隣の部屋からザキが顔を出した。
こいつの腹時計はどうなっているんだ。
「晩飯かニャ? クランハウスにも一応調理室はあるけど、大体みんな外に食べに行くニャ~」
「そっか。じゃあ俺たちも食べに行くか。シン、行こうぜ!」
「ああ、そうだな。リアもどうだ?」
「わたしはワルダーに用事があるからパスだニャ。二人で楽しんでくるといいニャ」
「そっか、じゃあまた後でな!」
リアに見送られ、俺とザキは廊下を歩き出す。
「さっさと食って、さっさと寝て! 明日ギルドで依頼受けてみよーぜ!」
ザキが鼻息も荒く、これからの生活を想像してウキウキしている。
「そうだな。働かないと飯も食えなくなるし、明日からやるか」
俺は苦笑しながら同意した。
社畜だった身としては、仕事量を自分で調節できるフリーランス(冒険者)というのは、大変ありがたい環境だ。今日は休もう、と思えば休めるのだから。
「ドラゴン退治にしようぜ! ドラゴン!」
……しかし、相棒がブラックだった。
いきなり業務命令で死地に飛び込ませようとしてくる。
「ドラゴン退治なんて……あるのかな? いや、あっても受けねーぞ。俺たちは新人だぞ? 受けさせてくれるとは思えない」
「えー? いけるって!」
「たぶん、もっと簡単なのから始めようぜ。イージーなの。初っ端からベリーハード選ぶとか、お前は配信者かよ」
「映えるだろ?」
「映えなくていいんだよ、命が大事なんだよ!」
そんな漫才のような会話をしながら、俺たちは足取り軽く街へと繰り出した。
***
――場面は変わり、クランハウス最奥、リーダー室。
「リア、来たか。……では、報告を頼む」
先ほどまでの穏やかな空気は霧散し、ワルダーは厳しい表情で机に向かっていた。
入室したリアもまた、行商人の顔ではなく、斥候としての鋭い眼光を宿している。
「報告するニャ。『魔の森』でスタンピート(魔物暴走)の兆候を確認したニャ。森の奥で魔素濃度が異常上昇しているニャ」
「……やはりか」
「冒険者ギルドには、すでに報告済みニャ」
「そうか、わかった。迅速な対応に感謝する」
ワルダーは重々しく頷くと、壁に掛かった地図を睨みつけた。
「我がクランも、明日から対スタンピート準備を始める。冒険者ギルドに、協力の旨を伝えておいてくれ。冒険者各員と、他のクランとの連携を密にする必要がある」
「解ったニャ。冒険者ギルドに準備開始報告するニャ」
リアが一礼し、部屋を出ていく。
バタン、と扉が閉まる音が、静まり返った部屋に響いた。
ワルダーは一人、椅子に深く腰掛け、天井を仰いだ。
大きく吐き出した溜息は、重い憂鬱を含んでいた。
「さて……今回のスタンピートは、どのぐらい生き残れるだろうか……」
脳裏に浮かぶのは、まだ何も知らない新人二人――ザキとシンの顔。
そして、このクランで笑い合う仲間たちの顔。
嵐は、すぐそこまで迫っていた。
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