第4話:要塞ごとき教会と、銀髪の異端児
※初めての方は【目次】から ep.1 推奨。なお ep.2 から異世界編(本編)です。
「いやー、奢ってもらって悪いにゃー」
リアはそう言いながらも、顔ほどの大きさがある巨大な肉串に豪快にかぶりついた。
「んぐ、むぐ……! うみゃい!」
「はは、いいってことよ。案内のお礼っすよ」
「おう、気にすんな! 金ならある!」
俺とザキも、同じ肉串を頬張りながら歩く。
なんの肉かは分からない(オークでないことを祈る)が、スパイスが効いていて美味い。肉汁が口の中に溢れる。
異世界の風を感じながら、俺たちは観光気分で大通りを練り歩いた。
武器屋、道具屋、怪しげな露店。活気ある街並みは見ていて飽きない。
だが――通りがかった広場で、異様な存在感を放つ建物に目が釘付けになった。
「……なんだ、あれ」
周囲の建物とは一線を画す、巨大な石造りの建造物。
「これは『神聖教会』にゃー」
「これ教会? 要塞じゃなくて?」
俺は思わずツッコミを入れた。
屋根には聖印を掲げた尖塔があるが、壁は分厚い石積みで、窓は極端に小さく、高い位置に設けられている。
装飾的な美しさよりも、徹底して防御力を優先したような威圧感があった。ここだけ戦時中なのかと思うほどだ。
「教会ニャー。神様から『ジョブ』をチェンジさせてもらえるところニャー」
「ジョブチェンジ? 何それ。実にゲームっぽいな」
「ジョブチェンジ? 俺たち、冒険者になったばっかだかんなー。転職すんのか?」
ザキが首を傾げる。
俺も同意見だ。冒険者というのが職業じゃないのか?
「ちがうにゃ。ジョブにゃ。職業とは別にゃー」
リアが串についたタレを舐めとりながら解説する。
「生まれ持った才能や、神様の祝福によって、特別なスキルや技能が得られるときがあるにゃ。それを授けてもらうのがジョブチェンジだにゃ」
「なるほど、クラス(職業)設定みたいなもんか」
「おい、シン聞いたか? 俺たちもジョブをもらおうぜ!」
「え、ちょっ――」
「強くなれるかもしれねぇんだろ!? 行くしかねぇ!」
俺の返答など聞かず、ザキは飲みかけのジュースを一気に干すと、教会の重厚な門へと走っていった。
「……はぁ。まあ、貰えるものなら否やは無いか」
俺とリアも、慌ててその後を追う。
***
教会の内部は、外観の武骨さとは裏腹に、静謐な空気に包まれていた。
高い天井にはステンドグラスがあり、そこから差し込む光が床の石畳を照らしている。
多くの信者や、教会の職員と思われるシスター風の女性、神父風の男性が行き交っていた。
「中はすげぇな……」
俺が荘厳な雰囲気に感心していると、前を行くザキが迷わず一番奥へ進んでいく。
そこには、一際豪華な法衣を纏った、一番偉そうな老人が立っていた。
「おい、じいさん!」
「っ!?」
ザキがいきなり話しかけた。
周囲のシスターたちが「ヒッ」と息を飲む。
「お若い方々、本日はどのようなご用件かな?」
だが、老人は穏やかな笑みを崩さなかった。
さすが聖職者、懐が深い。
「ジョブってのが欲しいんだ! 俺たちにもくれよ!」
「ほほう、ジョブチェンジ希望ですな。では、儀式の間へご案内しましょう。こちらへどうぞ」
ザキの無礼な態度も気にせず、老司祭は丁寧に手で方向を示した。
出来た人だ。ザキの保護者としては、後で菓子折りでも渡しておきたいレベルだ。
老人が歩き出そうとした、その時だった。
「神官長。その二人の案内は、ボクがするよ」
どこからか、鈴を転がすような、しかし妙に響く声が割り込んだ。
「ニャッ!?」
隣でリアが短く悲鳴を上げた。
見ると、彼女の尻尾の毛がブラシのように逆立ち、耳がペタリと伏せられている。
明らかに怯えている、あるいは野生動物が天敵に出会った時のような、最大級の警戒反応だ。
「……?」
俺たちは声のした方を見る。
太い石柱の陰から、一人の人物が歩いてくるところだった。
小柄だ。年齢は十代前半に見える。
サラサラとした銀色の髪に、色素の薄い瞳。
ゆったりとした白い神官服を着ているが、少年なのか少女なのか判別がつかない、中性的な容姿をしていた。
ただ、その美しさは――どこか、作り物めいて見えた。
俺は目を細めた。
ただの子供ではない。リアの反応もそうだが、この子供が歩いてくると、周囲の空気がピンと張り詰めるような圧迫感があったからだ。
子供は俺たちの前で立ち止まり、面白そうなものを見る目でニッコリと微笑んだ。
「ようこそ、異界の魂たち。……いや、『プレイヤー』と呼ぶべきかな?」
「……!」
「ボクの名前はエーベルライト。エーベって呼んでくれて構わないよ」
その少年――エーベが名乗った瞬間、場の空気が変わった。
先ほどまで威厳を保っていた神官長である爺さんが、まるで糸が切れた操り人形のように膝を折り、うやうやしく額を床に擦り付けたのだ。
それだけではない。周囲にいた他の神官や信者たちも、一斉にその場に平伏した。
「……おいおい、マジかよ」
ただの偉いさんじゃない。これは、もっと別の「絶対的な何か」に対する反応だ。
エーベは周囲の反応など気にも留めず、ニコニコと俺たちを見上げている。
「ここでは落ち着いて話せないし、こちらへ」
「あ、ああ……」
俺は引きつった笑みを浮かべて頷いた。確かに、全員が土下座している状況では会話もできない。
俺は、今にも泡を吹いて倒れそうなリアを振り返った。
「リア、ここで待っててくれ。俺たちだけで行ってくる」
「ザキ、行こう」
リアはコクコクと、目にも止まらぬ高速で頭を縦に振った。本能が「ここから離れたい」と全力で叫んでいるようだ。
俺とザキは、踵を返して歩き出したエーベの背中を追った。
***
通されたのは、礼拝堂の奥にある豪奢な特別室だった。
エーベはソファに深々と腰掛け、足をぶらぶらさせながら口を開いた。
「単刀直入に言うとね、上司からキミたちの事を頼まれていてね」
「上司?」
「ザキ、多分転生時の神様だ」
俺が助け舟を出すと、エーベは「そそ」と指を鳴らした。
「破壊神『ルイナ』様にね」
「……あの神様、そんな名前だったんか。破壊神??」
あんな間の抜けた子供(神様)が破壊神。世も末だ。
まあ、名前はどうでもいいとして。
「……キミたち、ジョブが欲しいんだよね?」
エーベが部屋の隅にある台座を指差した。
そこには、人の背丈ほどもある巨大なクリスタルが鎮座しており、内側から淡い光を放っている。
「このクリスタルに手を当ててみて。加護をいただいた神様の司るものに準じて、適性のあるジョブが取得できるから。頭の中に浮かんだなりたいジョブを強く念じてね。さあ、やってみて」
「おおっ! いよいよか!」
ザキが腕まくりをして進み出る。俺も横に並んだ。
「いくぜ!」
「よし」
俺たちは同時に、冷たいクリスタルの表面に手を押し当てた。
ブォン……と低い音が鳴り、クリスタルが淡く輝き始める。
「おし! これだ! 俺はこれにする!」
隣でザキが速攻で叫んだ。早すぎる。迷いというものがないのかこいつは。
一方、俺の頭の中にはいくつかの選択肢が浮かび上がっていた。
【武闘家】
【農学博士】
【ひよこの雌雄鑑定士】
「……は?」
俺は思わず声が出そうになった。
武闘家は分かる。俺の特技だ。
だが、農学博士ってなんだ? ワンチャン土魔法とか使えるのか?
そして極めつけが『ひよこの雌雄鑑定士』。
魔法使い系がないじゃねーか!
クッソ、あの破壊神、状況みて悪乗りしてるんじゃねーか?
こんなファンタジー世界で、ひよこのオスとメスを分ける仕事なんてしたくない!
『……しょうがないのう。今回だけじゃぞ』
その時、脳内にあの間の抜けた声が聞こえた気がした。
その瞬間、選択肢が書き換わる。
【賢者】
――これだ!
これしかない! 最上位職キタこれ!
俺は迷わずそのジョブを強く念じた。
カッと光が強まり、身体の奥底から何かが湧き上がってくる感覚。
「ふぅ……」
どうやら無事に終わったらしい。
俺は安堵の息を吐き、目を開けた。
「それぞれ、ジョブを得たようだね」
エーベがにこやかに話しかけてくる。
「どれどれー。ザキ、キミなにやってるの?」
「ん?」
エーベの声色が、わずかに変わった。
ザキを見て、あからさまに顔をしかめている。あの得体の知れない余裕が消え、困惑の色が浮かんでいる。
「ザキ、お前ジョブ何選んだんだ?」
俺も嫌な予感がして、スキル『鑑定』を発動し、ザキのステータスを覗きみた。
==========
名前:ザキ
年齢:16
ジョブ:『神殺し』
==========
「……」
その文字を見た瞬間、俺は頭を抱えた。
神様(破壊神)の眷属の前で、なんてものを……!
「ザキ……お前なにやってんの?」
「え? なんか一番強そうだったから!」
ザキがニカッと笑う。
俺は深く、深く溜息をつき、エーベの方を見た。
エーベもまた、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえている。
俺とエーベは顔を見合わせ、全く同じ結論に達した。
((コイツはヤバい))
「うーん……」
エーベは腕を組み、しばらく何もない空間を見つめて熟考していた。
どうやら、例の「上司(破壊神)」とやらと念話か何かで交信しているらしい。
数秒後、彼はパッと顔を上げた。
「上に問い合わせしたけど、問題無しだってさ」
「軽ッ!?」
俺は思わず突っ込んだ。
部下の採用ミスみたいなノリで済ませていい案件なのか、それは。
「ただし、条件があるよ。その『神殺し』というジョブ、普段は隠しておくこと。もしバレたら、世界中の教会勢力から『神敵』認定されて、聖騎士団が飛んでくるからね」
「マジ気を付けろよザキ! 頼むから!」
俺はザキの肩を揺さぶった。
異世界に来て早々、世界を敵に回すのだけは勘弁だ。
「はははは、大丈夫だって! シンは心配症だな」
しかし、当の本人はどこ吹く風だ。
「向かってくるなら、すべて倒せばいいだろ?」
「ダメだよ。解決方法が脳筋すぎるよ」
俺は即座に否定した。
「それ、『神殺し』じゃなくて、ただの『人殺し』になっちゃうから! 大量殺人鬼ルート一直線だから!」
「えー? そうか?」
俺とエーベ、二人掛かりで説得し、なんとか「人前では絶対にステータスを見せない」「自分から神殺しと名乗らない」ことを約束させた。
……本当に守れるのか不安しかないが。
「よーし! じゃ、もう教会には用はないし、武器屋に行こうぜ!」
ザキがパンと手を叩き、出口へ向かおうとする。
こいつ、神の眷属からチートジョブを貰っておいて、この言い草である。
「不敬すぎるぞお前! あともうちょっと感謝しろ! 嘘でもいいから!」
俺はザキの首根っこを掴んで引き戻し、改めてエーベに向き直った。
まだだ。俺にはまだ、聞かなきゃならないことがある。
「エーベ様。俺、魔法の使い方がわからないんですが……神様ならご存知ですよね?」
俺のジョブは『賢者』だ。
殴る賢者も悪くないが、やはり魔法を使ってこその賢者だろう。
「魔法かい? うん、知ってるよ」
エーベは快く頷いた。
「一口に魔法って言っても色々あるけどね。基本となる『属性魔法』、異界の精霊を使役する『召喚魔法』、一般の人が生活の中で使う『生活魔法』……あと、無機物に命を吹き込む『ゴーレム魔法』なんてのもあるね」
「おぉ……!」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
実に心躍るラインナップだ。召喚? ゴーレム? 男のロマンの塊じゃないか。
「全部詳しく聞きたいところですが……」
チラリと横を見ると、ザキが「あー、暇だー」「剣欲しいー」とあからさまに飽き始めて、貧乏ゆすりをしている。
これ以上長引かせると、暴れ出しかねない。
「とりあえず、『属性魔法』の使い方だけ教えていただけますか?」
「オーケー。要約するとね……」
エーベは人差し指を立てて説明した。
「属性現象の結果――例えば『火』とか『水』とかを頭の中で強くイメージする。そして、体の中にある魔力を集めて、そのイメージを通して外へ放つんだ」
「イメージと、放出……」
「そう。イメージの解像度が高ければ高いほど、そして集めた魔力が多ければ多いほど、現象は強力になるよ」
なるほど。
呪文詠唱が必要なわけではなく、イメージの具現化に近いのか。
それなら、現代知識(物理現象の知識)がある俺には有利かもしれない。
「要練習だな。……でも、これで俺もようやく魔法を使える!!」
俺は自分の掌を握りしめた。
こみ上げるワクワク感。早く試したい。
こうして、俺たちは「神殺し」という爆弾と、「賢者」という可能性を手に入れ、教会を後にした。
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