城塞都市アーデルハイト冒険者ギルドへようこそ
※初めての方は【目次】から ep.1 推奨。なお ep.2 から異世界編(本編)です。
冒険者ギルドの重厚な扉をくぐると、そこは熱気と喧騒に包まれていた。
高い天井に、木製のテーブルが並ぶ広いホール。
そこでは強そうな武器を背負った男たちが、装備の点検をしていたり、羊皮紙を広げて真剣な顔で議論を交わしていたりする。
「うわぁ……。すげぇ迫力だな」
「ああ、映画のセットじゃなくて、本物だもんな」
俺とザキは、田舎者丸出しでキョロキョロと辺りを眺める。
明らかに浮いている俺たちに、周囲の冒険者たちがチラリと視線を投げてくるが、すぐに興味を失ったように顔を背けた。
「シン、ザキ、こっちニャ」
リアに手招きされ、俺たちは奥の長いカウンターへと向かった。
「マリエラ、新人登録頼むニャー」
「おかえりなさいませ、リア様。新規の冒険者登録ですね? 畏まりました」
マリエラと呼ばれた受付嬢は、栗色の髪を後ろでまとめた知的な美人だった。
獣人のリアや、不審な俺たちを見ても眉一つ動かさず、完璧な営業スマイルを浮かべている。
「うちは報告してくるから、あと頼むニャ」
そう言ってリアは、手をヒラヒラさせながら別のカウンター(買取窓口だろうか)へ消えて行ってしまった。
残されたのは、俺とザキの二人きり。
「マリエラさん! 俺は凄腕剣士のザキだ! よろしくな!」
ザキがいきなりカウンターに身を乗り出し、無駄に良い声で自己紹介をかます。
……剣を持っていないのに「凄腕剣士」と言い張る度胸だけは評価したい。
「はい。剣士のザキ様ですね。では、こちらの用紙に必要事項をご記入してください」
マリエラさんは、一切の動揺を見せなかった。
スルー力が高い。毎日荒くれ者を相手にしているだけあって、この程度の変人は日常茶飯事なのだろう。プロだ。
渡された羊皮紙には、インクと羽ペンが添えられていた。
記入欄を見る。
『氏名』『所属パーティ・クラン名』
……以上。
「えっと……職業とか、スキルの有無とか、使用できる魔法とかは書かなくていいんですか?」
俺は思わずマリエラさんに尋ねた。
ゲームや小説なら、ここで水晶玉に手をかざしてステータスオープン、みたいな展開があるはずだ。
「はい。冒険者ギルドでは、冒険者個人の能力に関する情報は管理しておりません」
マリエラさんはにっこりと笑って説明した。
「ギルドカードを発行する際に必要な識別名と、各種通知がある場合にどこに所属しているかが分かれば十分ですので。依頼を受ける際は、ご自身の力量を考慮して選んでいただくだけで大丈夫です」
「なるほど……自己責任ってことか」
「はい。どちらにも所属していなければ、『無し』で構いませんよ」
合理的というか、ドライだ。
俺たちは名前だけを記入し、用紙を返した。
マリエラさんがそれを一瞥すると――
ブォン。
彼女の手元から、空中に青白く光る半透明のモニターが浮かび上がった。
彼女は空中に浮かぶキーボードのようなものを、目にも止まらぬ速さで叩き始める。
「おいシン見てみろよ! すっげーファンタジーだ!」
「いや、ファンタジーというよりSFだな……」
魔法というよりは、ホログラム技術に見える。この世界、意外と文明レベルが歪なのかもしれない。
「登録は以上で完了です。城塞都市アーデルハイト冒険者ギルドへようこそ。末永くご武運をお祈りしております」
入力が終わると、モニターが粒子となって消え、代わりに二枚の銀色のカードが排出された。
「初心者用の説明はご希望されますか?」
「はい、是非ともお願いします」
「まず、ギルドカードですが、表面にはお名前と所属が書かれております」
渡されたカードを見る。
金属製だが妙に軽い。表面には『SHIN』『ZAKI』と、こちらの文字で刻印されていた。
「裏面は受信メッセージ表示機能になっております」
「メッセージ?」
カードを裏返すと、そこには鏡のように磨かれた黒い画面があった。
「おお、なんだこれ現代スマホを超えてるぞ」
俺が驚いていると、マリエラさんが補足する。
「メッセージを送信される際は、カードを持って相手に話しかけてください。音声入力が可能です」
「音声入力できるのか……便利だな」
「もしくは、送りたいメッセージを強く念じてください。魔力波長を読み取ってテキスト化します」
「すげぇなぁ! シン、俺腹減ったからまず飯にしようぜ!」
ザキが俺の肩を叩く。こいつ、今の説明を聞いてなかったのか。
「まてまて。注意事項なんか聞いておかないとマズいって。俺が聞いておくから、お前はその辺見て来いよ」
「おう、そうするわ! なんか面白そうなもんあるか探してくる!」
ザキは尻尾を振る犬のように、ホールの奥へと消えていった。
……あいつを野放しにするのは不安だが、ルールを知らないまま活動する方が危険だ。
俺はマリエラさんに向き直る。
「すみません、続けてください」
「はい。このギルドカードには、もう一つ重要な機能があります」
マリエラさんはカードを指差して説明を続けた。
「魔物の討伐記録や、採取場所の位置情報などが自動的に記録される仕組みになっております。依頼達成の報告の際には、このデータが必要になりますので、クエスト中は肌身離さずお持ちください」
「なるほど、討伐証明部位を持って帰る必要はないんですね」
「はい。データ照合で完了しますので」
マリエラさんはニッコリと微笑み、人差し指を立てて付け加えた。
「ただし、換金するには素材を持ち帰ってくださいね? データだけでは買取はできませんので」
「あ、はい。そりゃそうですよね」
そこから十分ほど、俺は真面目にレクチャーを受けた。
ランクによる受注制限、報酬の受け取り方、禁止事項(街中での抜刀や魔法使用の制限)など。
――その時だ。
ざわ……。
不意に、ギルド内が騒がしくなった。
ホールの中心あたりから、怒鳴り声のようなものが聞こえてくる。
「おい、誰かが誰かに絡んでるぞ」
「新入りか? 相手、あの気弱なボブじゃねぇか。可哀想になぁ」
周りの冒険者たちがニヤニヤしながら囁き合っている。
ギルドでの揉め事。
……まさか、これがいわゆる『テンプレイベント』か?!
調子に乗った新人が先輩にシメられる、あるいは因縁をつけられた主人公が返り討ちにする、あのお約束。
(……嫌な予感がする)
俺はマリエラさんに会釈をして、人が集まっている方へ早足で向かった。
人垣をかき分ける。
「だーかーらー! いいじゃんかよぉ! 減るもんじゃねぇし!」
やけに大きな声。
そこで俺が見た物は――
小柄で痩せこけた、いかにも気弱そうなベテラン冒険者に、一方的に絡んでいるザキの姿だった。
「ひぃっ……! や、やめてください……! これ、安物なんです……! 折れちゃいますぅ……!」
「折らねぇって! その剣、ちょっと貸してくれよ! な? 一回振るだけでいいから! 素振りさせろって!」
「いやぁぁぁ! お助けぇぇぇ!」
ザキが満面の笑みで詰め寄り、気弱な男が涙目で剣を抱きしめて後ずさっている。
……。
どう見ても、カツアゲの現場だ。
しかも、被害者はザキじゃない。
「お前……なにやってんの……」
俺は頭を抱え、その場に崩れ落ちそうになった。
「ボブが新人に襲われてやがる!」
「おい! ボブを助けろ!」
「その新人を取り押さえろぉぉッ!」
誰かが叫んだのを合図に、周囲にいた先輩冒険者たちが一斉にザキに飛びかかった。
屈強な男たちが五、六人。
普通なら、袋叩きにされて終わる場面だ。
――普通なら。
「おっと! なんだなんだ? 遊びか? 歓迎会か?」
ザキは楽しげに笑うと、振り下ろされる丸太のような腕をヒョイと避けた。
「なっ!?」
「こっちだこっち!」
ブンッ! ブォン!
拳、蹴り、あるいは酒瓶。
四方八方から繰り出される攻撃を、ザキは紙一重で、まるでダンスでも踊るかのようにいなし、躱していく。
「この野郎! 舐めやがって!」
「一斉に掛かれぇぇぇッ!!」
冒険者たちが顔を真っ赤にして殺到する。
だが、ザキの『超加速』と『体術』の前では、彼らの動きは止まって見えるのだろう。
ザキは欠伸を噛み殺しながら、最小限の動きですべてを無効化してしまった。
数秒後。
息を切らせて肩で息をする冒険者たちの中心で、ザキはキョトンとした顔で首を傾げた。
「あれ? 俺、なんかやっちゃいました?」
……。
……出た。
なろう系主人公が、無自覚にチート能力を見せつけた時に言う、あの台詞だ。
「ザキのやつ……こんな最悪の状況でテンプレ使いやがって……!」
てか、本当にやっちまってるよ! 悪い方向に!
これ以上は俺の胃が持たない。
俺は背後から忍び寄り――跳んだ。
「この馬鹿ァァァァッ!!」
スパーーーンッ!!
渾身の力と、ありったけの殺意を込めたチョップが、ザキの後頭部に炸裂した。
「痛ってぇぇぇ!? な、なんだ!?」
涙目で振り返るザキ。
俺は鬼の形相で見下ろす。
「ザキ……お前、なにやってんの?」
「い、いや! 俺はただ、あの人の剣がカッコよかったから……!」
「黙れ」
スパーン! スパーン!
俺は無言で、追加のチョップを二、三発叩き込んだ。
***
「……というわけで、こいつが悪気なく皆様に迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありませんでした!」
俺はザキの頭を無理やり下げさせ、深々と謝罪した。
被害者のボブさん(やはりボブという名前だった)と、取り押さえようとしてくれた先輩冒険者たちに対してだ。
「い、いやぁ……俺も、少し大袈裟に騒ぎすぎちまったし……」
ボブさんが恐縮しながら言う。
周りの強面な冒険者たちも、バツが悪そうに頭を掻いた。
「まあ、新人が元気なのはいいことだ」
「お前のチョップ見てたら、なんか怒る気も失せたしな」
「次は気を付けろよ! ガハハ!」
……意外だ。
見た目は山賊みたいだが、話せば分かる連中だった。
荒くれ者だが、根はいい奴ら。ファンタジーの良心を見た気がする。
「本当に……何やってるニャ……」
一部始終を見ていたらしいリアが、生暖かい目でこちらを見ていた。
呆れを通り越して、哀れみの色が強い。
「あ、リア。終わったのか?」
「終わったニャ。はい、これ。オークジェネラルの素材の売却金、あんたたちの取り分だニャ」
リアから革袋を受け取る。
ずしりと重い。中には金貨と銀貨が詰まっていた。
「おお……! ありがたい!」
正直、無一文だったので助かった。これで宿代と飯代は何とかなる。
すると、さっきまで沈んでいたザキが、現金なものでパッと顔を輝かせた。
「シン! 金が出来たなら、装備を整えようぜ!」
「……そうだな。今回は賛成だ」
俺は自分の格好を見下ろした。
神様から貰った初期装備は、ペラペラの布の服だけ。防御力など皆無に等しい。
それに――
「俺も、魔法の使い方を知りたいしな。杖とか魔導書とか、何か触媒がいるのかもしれん」
素手で『マジック・正拳突き』も悪くはないが、やはり魔法使いとしては遠距離からドカンとやりたい。
「なあリア。悪いんだけど、この街の武具屋とか魔法屋に案内してくれないか?」
「んー、まあいいニャ。命の恩人だしニャー」
リアは尻尾をパタパタさせながら快諾してくれた。
この猫娘、面倒見が良い。
「よーし! 決まりだな! 異世界の街観光だ!」
ザキが拳を突き上げる。
さっき説教されたことなど、もう脳のキャッシュから消去されているらしい。
俺たちは騒がしい冒険者ギルドを後にして、アーデルハイトの街へと繰り出した。
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