魔法(物理)使いと、脳筋スピードスター
浮遊感が消え、代わりに背中に硬い土と草の感触が走った。
まぶたを突き抜けるような強い日差し。頬を撫でる風には、アスファルトや排気ガスではない、濃厚な緑の匂いが混じっている。
「……着いた、のか?」
俺はゆっくりと上半身を起こした。
そこは広大な草原だった。遠くには鬱蒼とした森が見え、反対側には石造りの巨大な城壁らしき影が霞んで見える。
「うおおおおっ! すげぇ! マジで異世界だ! 空気うめぇ!」
隣で跳ね起きたザキが、いきなり大声で叫んだ。
あいつは本当に元気だ。死んで蘇った直後だというのに、すでに遠足に来た小学生みたいなテンションで周囲を見回している。
ふと、あいつの姿を見て違和感を覚えた。
「おいザキ、お前……外見変わってないな」
赤髪、タンクトップ、暑苦しい筋肉。顔立ちは少し幼くなっているが、中身も外見も「ザキ」そのものだ。
「あ? ああ。キャラメイクとか面倒だからよ。年齢だけ『16』にして、あとは『そのままで』って言ったらこうなった」
「……お前らしいな」
「それよりシン、お前はずいぶん変わったな! なんだその耳! あと尻尾!」
ザキが俺の頭についた狼耳をグイグイ引っ張る。
痛い。感覚がある。鏡がないから分からないが、どうやらちゃんと「ライカンスロープ」になれているらしい。服装も、なぜか丈の長いローブのようなものを着せられていた。
「おい止めろ、引っ張るな。……で、お前スキルはどうしたんだ?」
「おう! 俺は『剣術』と『体術』と、あとはこれだ!」
ザキがニカッと笑う。
「『超加速』! 速そうだろ?」
「まあ、速そうだな」
俺が適当に相槌を打った、その瞬間だった。
「よっしゃ試してみるぜ! 『超加速』ッ!!」
ドォン!!
爆発音のような踏切音と共に、ザキの姿が掻き消えた。
いや、消えてはいない。遥か彼方、草原の地平線に向かって砂煙が爆走している。
「おーい! どこ行くねん!! 一人で行っちまったぞあいつ!!」
俺は慌てて走り出した。
足が速い。身体が軽い。これが獣人の身体能力か。
だが、あの馬鹿のスピードは尋常じゃなかった。
***
数分ほど全力疾走して、ようやくザキの背中を見つけた。
森の入り口付近で、何かを覗き込むようにして立ち止まっている。
「はぁ、はぁ……おい馬鹿! いきなりダッシュすんな!」
「お、いたいた。遅えぞシン!」
「誰のせいだと……」
「それより見ろよ! あそこで誰か襲われてる!」
ザキが指さした先。
森の開けた場所で、一人の少女が巨大な魔物に追い詰められていた。
猫のような耳と、尻尾を持つ少女だ。
「うおーーっ! 助太刀する!!」
ザキがまた飛び出そうとする。
俺は慌ててその首根っこを掴んで止めた。
「おーーい! 待てザキ! お前、武器持ってねーーだろーーが!!」
「あ」
ザキが自分の腰や背中を確認する。
タンクトップ一丁。手ぶらである。
「……シン! ヤバい、武器がねぇ」
「気づくのが遅い!」
そんな俺たちの漫才じみたやり取りに気づいたのか、襲われていた猫耳の少女――リアが、涙目でこっちを見た。
いや、助けを求める目というより、「何だこいつら」という変なものを見る目だ。
「シン! 魔法だ! お前、魔法使え! そのローブ、どう見ても魔法使いだろ!」
「え、俺? 魔法?」
「俺は魔法なんて選んでねぇからな! 頼んだぞ相棒!」
無茶振りにも程がある。
だが、確かに俺はスキル『魔法マスタリ』を取得したはずだ。
俺はおっかなびっくり、魔物に向かって手を突き出した。
「よ、よし! ……くらえ!」
シーン。
風も吹かなければ、火も出ない。
ただ、突き出しているだけのシュールな光景。
「……ザキ、ザキさん! 魔法の使い方が分かりません!」
「はあ? 何やってんだよ!」
リアの視線が、さらに冷たいものに変わる。
その隙に、魔物が咆哮を上げた。
身長2メートル近い、豚の顔をした巨漢。全身筋肉の塊のような化け物だ。手には丸太のような棍棒を持っている。
「逃げるニャ! あれはオークジェネラルニャ! 素手で勝てる相手じゃないニャ!」
リアが悲鳴を上げる。
オークジェネラル。名前からして、雑魚オークの上位種か。
怪物が地面を揺らして突っ込んでくる。速い。この距離じゃ、逃げ切れない。
「クソッ! しゃーねぇ、やってやるぜ!」
魔法の使い方は分からん。
だが、身体の使い方は覚えている。
俺は腹に力を入れ、前に出た。
「シン!? お前、魔法は!?」
「うるさい! イメージが大事なんだよ魔法は!」
俺は振り下ろされる棍棒を、紙一重で見切って懐へ飛び込む。
踏み込みと同時に、拳を突き出す。
「くらえ! 『マジック・正拳突き』ッ!!」
ドゴォッ!!
ただの正拳突きが、オークジェネラルの腹に深々とめり込む。
巨体がくの字に折れ曲がった。
「ブギィッ!?」
怯んだ隙を見逃さない。
俺は相手の襟首(そもそも服を着ていないが、首の皮)を掴み、足を掛ける。
「『マジック・大外刈り』ッ!!」
ズドォォン!!
柔道の投げ技で、巨体が地面に叩きつけられる。
受け身の取れない魔物は、それだけで白目を剥いた。
だが、トドメだ。
俺は倒れた相手の上に馬乗りになり、鳩尾、喉、眉間へ連続で拳を叩き込む。
「『マジーーーーック・正中線三段突き』ッ!!!」
ドッ、ドッ、ドォォォン!!
最後の衝撃で地面が陥没し、オークジェネラルはピクリとも動かなくなった。
光の粒子となって消えていく魔物を見送り、俺は残心を解いて息を吐く。
「ふぅ……なんとかなったか」
振り返ると、リアが口をあんぐりと開けていた。
「……魔法使ってないニャ……」
もっともな感想だった。
しかし、ザキだけは目をキラキラさせて俺の肩を叩く。
「すげぇなシン! 今の技、魔法のエフェクト見えなかったけど、威力半端なかったぞ! さすが魔法使い!」
「……ああ、うん。そうだな」
俺は遠い目をした。
この世界で生きていく自信が、少しだけ揺らいだ気がした。
「……まあ、なんにせよ助かったニャ。あんたたち、おかしな連中だけど」
リアは呆れたように耳をパタつかせながらも、安堵の息を吐いた。
「なに、通り掛かっただけさ。気にすんな」
ザキが爽やかに親指を立てる。
まるで自分が倒したかのようなドヤ顔だ。
「おめーは、『超加速』で無駄に走り回ってただけだろうが」
俺がジト目でツッコミを入れると、ザキは「細かいことはいいんだよ!」と笑って誤魔化した。
「とりあえず、せっかく倒したんだから戦利品は回収するニャ。魔石と素材は金になるからニャ」
リアは慣れた手つきで、オークジェネラルが消滅した後に残された大きな紫色の石と、太い牙を拾い上げた。
これが魔石か。ゲームみたいで実感が湧かないが、どうやらこの世界のエネルギー源であり、換金アイテムらしい。
「わたしはリアにゃ。冒険者ギルドの斥候をやってるニャ」
素材を腰のポーチにしまい込み、リアが改めて向き直る。
「俺はザキだ! 見ての通りの剣士だ! よろしくな!」
ザキが胸を張る。
……見ての通り、剣なんて一本も持っていないが。
「俺はシン。……魔法使い、だ」
俺は少し言い淀みながらも名乗った。
……杖も持たず、拳で魔物を粉砕したが、職業設定は魔法使いだ。嘘は言っていない。
「剣のない剣士に、拳で殴る魔法使い……。変な奴らニャ……」
リアは眉をひそめたが、命の恩人であることは事実だ。それ以上深くは突っ込んでこなかった。
「なあリア。助けたお礼と言っては何だけど、近くの街まで案内してくれないか?」
「お安い御用だニャ。この街道を真っ直ぐ行けば、『城塞都市アーデルハイト』があるニャ」
「助かる。ついでにこの辺りのことを色々聞かせてくれ。俺たちはド田舎から出てきたばかりで、初めてここに来たんだ」
「わかったニャ。歩きながら説明するニャ」
***
リアの案内で、俺たちは街道を歩き出した。
道中、この世界の基礎知識を教えてもらう。
ここが『アースガルド大陸』の辺境であること。魔物が跋扈しており、戦える人間は重宝されること。通貨はゴールドで統一されていること。
「へぇ、冒険者ってのがやっぱり花形なのか?」
「そうニャ。一攫千金も夢じゃないし、実力があれば王族にも取り立てられるニャ」
ザキが目を輝かせる。
そんな雑談をしているうちに、高い石積みの壁が見えてきた。
城塞都市アーデルハイト。近くで見るとかなりの迫力だ。
巨大な門の前には、鎧を着た門番が立っている。
「止まれ! 見慣れない顔だな。入門証は?」
門番が槍を交差させ、俺たちを遮った。
当然、そんなものは持っていない。
俺がどう誤魔化そうか考えた瞬間、リアが一歩前に出た。
「お疲れ様ニャ。この人たちはわたしの命の恩人ニャ。森でオークジェネラルに襲われたところを助けてもらったのニャ」
「おお、斥候のリアか。……なんと、あのオークジェネラルを?」
門番は驚いたように俺たちを見た。
リアはこの街では顔が利くらしい。
「身元はわたしが保証するニャ。入れてやってほしいニャ」
「ふむ……リアがそう言うなら間違いないか。よし、通っていいぞ!」
「ありがとうごぜーます!」
ザキが変な敬語で頭を下げ、俺たちは無事に門をくぐり抜けた。
街の中は活気に満ちていた。石畳の道、レンガ造りの建物、行き交う様々な種族の人々。
ファンタジー映画のセットの中に迷い込んだようだ。
「すげぇ……本当に異世界だ……」
俺とザキは、おのぼりさん丸出しでキョロキョロと周囲を見回す。
「それで、あんたたちはこれからどうするのニャ?」
「俺たちも冒険者になりたいんだが、どうすればいい?」
「なら、まずは『冒険者ギルド』で登録するニャ。そこなら仕事も斡旋してくれるし、宿の情報もあるニャ」
「よし、決まりだな! 早速そのギルドってとこに行こうぜ!」
ザキが拳を突き上げる。
俺たちはリアに先導され、街の中心部にあるという『冒険者ギルド』を目指して歩き出した。
こうして、俺の異世界生活の第一歩は始まった。 ……脳筋の親友と、勘違い魔法使いという、どう考えても前途多難なパーティーと共に。
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