表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

第10話:月下の白兎と、夜想の人狼

※初めての方は【目次】から ep.1 推奨。なお ep.2 から異世界編(本編)です。



 大歓声の中、英雄となったはずの男――ザキが、なぜか血相を変えて防壁の方へ走ってくる。

 魔物の返り血で真っ赤だが、その表情は焦りに満ちていた。


「おい! なんだ? どうしたザキ!」


「引き上げてくれ! 早くッ!」


 ワルダーさんの指示で、数人の冒険者が縄梯子を下ろし、よじ登ってきたザキの手を掴んで引き上げた。

 ドサッ、と防壁の上に転がり込んだザキは、悔しそうに足元の石畳を叩いた。


「クッソ! また折れやがった!」


 彼の手には、またしても柄だけになった剣が握られていた。


「ふざけんなよ! まだ買って3日も経ってないのによぉ! 不良品か!?」


 ザキが悪態をつく。

 ……いや、不良品ではない。地竜の首を一撃で跳ね飛ばすような負荷に耐えられる剣など、この街の武器屋には売っていないだけだ。


「気を抜くな! まだ残ってるぞ!」


 ワルダーさんが激を飛ばす。


「鑑定でザキを見る限り、だいぶ消耗してるな……」


 俺はスキル『鑑定』を発動し、ザキの状態を視る。スタミナも魔力も空っぽだ。


「ザキ、しばらく休んどけ。まだまだ戦闘は続くぞ」


「はぁ、はぁ……わりぃ、頼む……」


 俺はザキに指示を出し、城壁の縁に立つ。

 眼下を見下ろし、息を呑んだ。


「3体同時かよ……」


 ザキが1体仕留めたものの、残る3体のグランドドラゴンが、怒り狂ったように防壁へ殺到していた。

 1体ぐらいなら俺の魔法で時間稼ぎ、あるいは撃破も出来るが……3体同時に来られたら防壁が持たない。


(マズいな……どうする?)


 そう考えた、その瞬間だった。


 ヒュンッ!


 何かが、夜空へと高く飛び上がった。

 見上げると、煌々と輝く満月を背に、長い耳を持つ小柄なシルエットが浮かび上がっていた。


「あれは……ウサギ?」


 シルエットは重力を無視したかのような速度で、今にも防壁に取り付こうとしているグランドドラゴンへと急降下していく。


 凛とした、鈴を転がすような声が戦場に響いた。


「『ユーベルアウスシャルトゥン流イナバ派剣術』――」


 白銀の鎧が月光を反射し、流星となる。


「――『スタージョンムーン・タイラントハント』!!!」


 ズドォォォォォンッ!!!


 ウサギ騎士の持った身の丈ほどのツヴァイハンダー(大剣)が、グランドドラゴンの脳天に叩きつけられた。

 斬撃ではない。純粋な質量と衝撃の暴力。


 凄まじい衝撃音と共に、小山のようなグランドドラゴンの巨体がボールのように吹き飛び、地面を転がってピクリとも動かなくなった。


「な……ッ!?」


 俺は目を丸くした。

 あの小柄な体で、ドラゴンを吹き飛ばした?


「アリスセレーネ様だ!」


 誰かが叫んだ。


「おお! アリスセレーネ様が来て下さったぞ! 神聖騎士団の到着だ!」

「これで勝てるぞぉぉぉ!」


 ワァァァァァッ!!

 先ほどのザキの一撃の時にも負けない、物凄い歓声が上がる。

 どうやら彼女はこの国ではかなりの有名人らしい。


「よし……あと2体!」


 強力な援軍に呆けている場合じゃない。

 残り2体のドラゴンも、今にも壁を崩そうとしている。


「1体引き付ける!」


 俺は杖を握り直し、走り出した。

 英雄が道を作ってくれたんだ。ここで遅れを取るわけにはいかない!


俺は、猛スピードで突進してくるグランドドラゴンの正面へと躍り出た。

 巨大な質量が、暴走トラックのように迫ってくる。普通の神経なら逃げ出す場面だ。


「グルァッ!?」


 目の前に現れたちっぽけな人間(俺)に、ドラゴンが怪訝そうな視線を向けた、その瞬間。


「『ヨトゥン・ストライク』!!」


 俺の頭上に展開された魔法陣から、丸太のような巨人の足が射出された。

 ドゴォォォォンッ!!

 カウンター気味に入った巨人の蹴りを、反応できなかったグランドドラゴンはまともに顔面に喰らった。


「グオッ……!?」


 ミシミシと音がして、ドラゴンの巨体が大きくぐらつく。

 突進の勢いを殺され、足がもつれた。


「よし、動きが止まった!」


 俺は好機を逃さない。

 杖を掲げ、魔力を全開にする。


「展開! 並列起動!」


 俺の周囲の空間に、次々と魔法陣が浮かび上がる。

 俺が現在維持できる最大数、そして最大径。空を埋め尽くすほどの光の円環。


「食らえ! 『ヨトゥン・ラピッドラッシュ』!!」


 ガガガガガガガガガッ!!


 無数の召喚陣から、雨あられのように巨人の拳が飛び出した。

 右から、左から、上から。

 回避不能の無数の打撃が、ドラゴンの鱗を砕き、肉を打ち据えていく。


「グギャアアアアッ!?」


 ドラゴンが悲鳴を上げるが、打撃の嵐は止まらない。

 サンドバッグのようにタコ殴りにされ、巨体が宙に浮くほどだ。


「ハァ、ハァ……これで、トドメだ!!」


 俺は残った魔力を練り上げ、展開していた無数の魔法陣を一つに統合する。

 空を覆うほどの、巨大な魔法陣が完成した。


「『ヨトゥン・ギガンティック』!!」


 ズゥゥゥゥゥゥン……!


 空気が重く歪む音と共に、魔法陣から城の塔ほどもある巨大な「足」が出現した。

 それは神の裁きのように、真下でもがいているグランドドラゴンへと落下した。


 ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!


 大地が悲鳴を上げ、凄まじい衝撃波が周囲の木々をなぎ倒す。

 巨人の足は、グランドドラゴンの頭部を容赦なく踏み抜き、そのまま地面深くへとめり込ませた。


 圧倒的な質量による圧殺。

 土煙が晴れた後には、地面と一体化したドラゴンの残骸と、肩で息をする俺だけが立っていた。


「おおおおおおーーーーッ!!」


 俺がトドメを刺した直後、少し離れた場所から、三度目となる爆発的な歓声が上がった。

 勝利の雄叫びだ。


「やったぞー! やってくれたぞー!」

「ボブさんが、最後の一体をやってくれた!!」

「さすがボブさん! 冒険者ギルド最高ランクの実力は伊達じゃねぇ!」


 兵士や冒険者たちが、一人の男を取り囲んで称賛している。


「あれ……?」


「あ、ボブ……あの気弱そうな……?」


 俺が目を凝らして、声の方向を見ると――


「……あ」


 そこに立っていたのは、見事な連携でグランドドラゴンを討伐し、涼しい顔で剣を拭っている一団。

 その中心にいるあの気弱そうな男は、以前、ザキがギルドで絡んでいた(というか一方的に喧嘩を売りかけていた)冒険者とその仲間たちだった。


(あいつら、そんなに強かったのかよ……)


 あの時はただの気の弱いおっさんかと思っていたが、どうやら彼らがこのギルドのトップランカーだったらしい。


 ともあれ、これで――


 ザキが1体。

 アリスセレーネ様が1体。

 俺が1体。

 そしてボブさんたちが1体。


 絶望的と思われた4体のグランドドラゴンは、全て沈黙した。


 プォォォォォォォォォォ……!


 戦いの終わりを告げる角笛が、高らかに鳴り響いた。

 防衛成功だ。



第11話:沈黙の南門と、破られた『お約束』


 魔力を急激に使いすぎ、ふらつく足取りで俺はザキの元へ歩み寄った。

 支給されたMP回復ポーション(不味い)を呷りながら、ザキの隣にドサッと腰を下ろす。


「ようザキ、回復したか?」


「ああ、だいぶマシになったぜ……。さっきの魔法見てたぞ、すっげーじゃん」


 ザキがニカッと笑い、俺の背中をバンと叩いた。痛い。


「だろ! チート魔法は異世界転生のお約束だぞ」


「チート? なんだそりゃ」


「あー……『ズルいくらい強い』って意味だよ」


 30年前のゲーマーには通じない用語だったか。


「とりあえず、生き残ったな」


「ああ、ドラゴンとも戦えたしな」


「おわったーーー……」


 二人で冷たい石壁に寄り掛かり、空を仰ぎ見る。

 満月が、硝煙と土煙の向こうで白く輝いていた。


「ザキ、シン、よくやってくれた」


 ワルダーさんが歩み寄ってきて、煤けた顔をほころばせた。


「この規模のスタンピートで、西門の戦死者0は稀だぞ。お前たちと、あの騎士団のおかげだ」


 周囲では、他の冒険者たちも互いの無事を喜び合い、勝利の美酒(まだ水だが)に酔いしれていた。

 誰もが、終わったと思っていた。


 その時だ。

 冒険者ギルドの斥候が、慌てた様子でワルダーさんに駆け寄った。


「ワルダー! 北門守備の領兵団より報告だ! 敵殲滅完了! 外回りにて残敵を掃討しつつ、西門に合流する、だと!」


「そうか、あっちも終わったか……」


 ワルダーさんが頷く。北も無事。西も無事。

 だが――ワルダーさんはふと、南門の方向を見て目を凝らした。

 眉間の皺が深くなる。


「おい、南からの報告は来てるか?」


「いや……まだ何も来てないな」


 斥候が首を傾げる。

 おかしい。

 伝令魔法や早馬があるなら、開戦の報告や、戦況の途中経過くらいは入るはずだ。

 それが、「何も来ていない」?


「…………」

 ワルダーさんの背中から、ピリピリとした緊張感が伝わってくる。


「斥候を放て! すぐに南門を確認しろ!」

 その怒号を聞いた瞬間、俺の脳裏に警鐘が鳴り響いた。

 嫌な予感。物語の「お約束」。

 一難去って、また一難。

「ザキ、ザキ! 動けるか?」

 俺はポーションの空瓶を投げ捨て、立ち上がった。

「あん? どうしたシン?」

「折れた剣の代わりを持って準備しろ。急げ!」

「なんで? おわったんじゃ?」

 ザキがきょとんとする。

 当然だ。この空気で再戦なんて誰も考えない。

「いや、たぶん……『お約束』さ」

 俺がそう呟いた、直後だった。

 ヒュルルルルル……

 嫌な風切り音が聞こえたかと思うと、南の方角から、禍々しいほどに赤い光弾が夜空へと打ち上げられた。

 緊急事態を知らせる『赤の魔導信号弾』――その意味は、救援要請ですらない。

「『防衛線崩壊』……!?」

 ワルダーさんが呻くように声を絞り出した。

 直後、街中に設置された避難誘導用のスピーカーから、ザザッというノイズと共に、男の絶叫が響き渡った。

『――ァァァ! 総員退避ッ! 南門、突破された!!』

 悲鳴のような報告が、勝利の空気を凍りつかせた。

 映像はない。だが、背後で聞こえる魔物の咆哮と、肉が裂ける生々しい音が、現地の地獄を鮮明に想像させた。

『奴らは止まらない! すでに市街地へ多数侵入! 火が……街が燃えて……グァッ!?』

 ブツン。

 唐突に音声が途絶え、無機質なノイズだけが残った。

「な……ッ!?」

 ワルダーさんが絶句する。

 南門が突破された?

 あそこには、北や西と同等の兵力が配置されていたはずだ。それが、音信不通になるほどの短時間で壊滅したというのか?

 南の方角を見る。

 夜空を赤く染める信号弾の下、黒い煙と赤い炎が立ち昇り始めていた。

「市街に侵入……だと……?」

 俺の背筋に冷たいものが走った。

 市街地には、まだ避難しきれていない住民がいるかもしれない。

 そして何より――

「……おい、シン」

 ザキが、低い声で呟いた。

 弾かれたように立ち上がり、燃え始めた街を見つめている。

「魔物が街に入ったってことは……あの子も、危ねぇよな?」

 街全体が戦場になった今、彼女が無関係でいられるはずがないと直感したのだ。

「ああ、危ないなんてもんじゃない。最悪の状況だ」

「なら、行くしかねぇな」

 ザキが樽から新しい剣を引き抜き、力強く握りしめた。

 疲労など消え失せたかのような、鬼気迫る表情。

 戦いは、終わってなどいなかった。

 本当の地獄は、これからだったのだ。


第11話:希望とお約束


「侵入した魔物はどこに……」


 俺は城壁の上から街を見回した。

 特に異常が起こっている場所はなさそうだが……静かすぎるのが逆に不気味だ。


「住民は完全に避難済みだ。火の気が少ないのは、民家が無人だからだろうな。魔物も、ひとがいない民家など襲ったりしないしな」


 だとすれば、奴らの狙いは一つ。


「おそらく、避難民が多い『神聖教会』が危ないだろう……」


 南門から近く、多くの市民が逃げ込んだ場所だ。


「教会か……。あそこは要塞みたいな作りだったから、しばらくは持つか?」


 ザキが心配そうに南を睨む。

 だが、その時だった。


「にゃ? ……領主邸の方、煙が上がってないかにゃ?」


 リアが鼻をヒクつかせ、教会とは少し離れた方角――街の高台にある領主の館を指差した。


「領主邸?」


 俺も目を凝らすが、夜の闇と距離に阻まれて判別できない。


「目がいいなリア。俺にはまったく見えん……」


「獣人の目は夜でも効くからにゃ」


 くそ、悔しいな。

 だが、見えないで済ませるわけにはいかない。


「よし……ここでミミコッテ先生に教えてもらった『強化魔法の応用発展』を使うか!」


 俺は覚悟を決めた。

 この数日間の修行で教わったのは、攻撃魔法だけじゃない。


「特定の筋肉や神経だけを強化する! 『視神経』と『毛様体筋(焦点を合わせる筋肉)』をピンポイントで強化!」


 ミミコッテ先生には、『脳や目などの強化は、失敗すると負荷で神経が焼き切れるから、絶対にやめておけ』と厳重に注意された禁忌の技だ。

 だが、俺にはそのリスクをねじ伏せる奥のチートがある!


「『獣化』!!」


 俺は自身の種族スキルを発動させた。

 バキバキと骨が鳴り、筋肉が膨張する。


「これで筋肉や神経の耐久力を、人族の限界以上に引き上げる!」


 俺の体が一回り大きくなり、全身が銀色の体毛に覆われ、顔つきが狼のそれへと変化していく。

 これがライカンスロープ本来の姿。


「ニャッ! なんだニャ、シン! シンがオオカミになったにゃ!」


 隣でリアが飛び上がって驚いた。


(そういえば、まともに獣化するのは初めてか? せっかくライカンスロープに転生したのに、今まで使ってなかったな……)


 少しだけ感傷に浸りつつ、俺は強化された「獣の目」と、魔法でブーストした「超視力」を領主邸に向けた。

 世界がズームアップされ、夜闇が昼間のように鮮明になる。


「……ッ!」


 見えた。

 領主邸の庭園で、黒い煙が上がっている。

 そして、建物の周囲をうろつく複数の影と、中で爆ぜる魔法の光。


「確かに……領主邸で異変が起こってるみたいだ。何かが暴れてる!」


 教会ではなく、領主邸。

 そこには確か、避難勧告を出したはずの領主ベンクロームがいるはずだ。


「教会もヤバそうだ……。真っ黒な影のようなオオカミ? 犬か? そいつらに囲まれて、扉を破ろうとしているのが見える」

 強化された視力で捉えた映像に、俺は眉をひそめた。  教会の周囲をうごめく漆黒の獣たち。

「影のようなオオカミ……? そんな魔物、あの森にはいなかったはずだが……」

 俺の呟きに答える暇もなく、背後から凛とした、だが可愛らしい声が響いた。

「南門が破られたというのは本当ですか?」 「アリスセレーネ様?!」

 ギルドマスターのワルダーが驚愕の声を上げ、即座に頭を下げる。  そこに立っていたのは、身長ほどの巨大なフルプレートメイルを着込んだ、二足歩行の『兎』だった。  長い耳が兜の隙間からピンと伸び、つぶらな瞳が鋭く戦況を見据えている。

「はい、現在侵入した魔物によって、領主邸および神聖教会避難所が襲われている模様です」

 ワルダーの報告を聞くや否や、俺は即座に判断を下した。戦力の分散が必要だ。

「ザキ、お前は領主邸を頼む! 領主を助けて娘さんを守り抜けば、領主に名前と顔を覚えてもらえるだろう。悪い話じゃあるまい?」 「よし! 行く、今すぐ行きます!」

 功名心に火がついたのか、ザキがニヤリと笑う。

「『超加速』!!」

 スキルを発動させたザキは、爆風のような土煙を残し、目にも止まらぬ速さで領主邸の方角へと消えていった。

「私も領主邸に向かいます。何か、嫌な感じがしますので……」

 アリスセレーネもまた、重厚な鎧の音を響かせながら、しかし軽やかな足取りでザキの後を追う。彼女の「嫌な予感」というのは、大抵当たるのだ。

「俺は教会に向かう。ワルダーさん、なるべく早く後詰をお願いします」 「分かってる! 北門守備兵が到着次第、ギルド員を送る。それまで頼む!」

 ワルダーの力強い返事を背に、俺は変身状態を維持したまま地面を蹴った。  目指すは街の中央、神聖教会。

(待ってろよ……!)

 強化した脚力で屋根を飛び移りながら、視線を教会へと固定する。  その時だ。

「ん? なんだ?」

 ガシャンッ!!

 激しい破砕音と共に、教会のステンドグラスが内側から突き破られた。  キラキラと舞い散るガラス片の中、五つの影が飛び出してくる。

「……マリエラ姉妹?!」

 なんと、教会の窓を突き破って、マリエラ姉妹が空中に躍り出てきたのだ。  それは逃走というより、決死のダイブに見えた。


 ドォン!! ドォン!!


 重苦しい衝撃音が教会内に響き渡る。

 分厚い樫で作られた正門の扉が悲鳴を上げ、巨大な蝶番がメキメキと歪んでいくのが見て取れた。


「エーベ様、セシリア様! もう扉が持ちません!」


 神官の一人が悲痛な声を上げる。

 教会内部には、戦いで傷つき搬送された兵士や冒険者たちが所狭しと横たわっていた。だが、彼らは死を待つだけの弱者ではなかった。

 片腕だけでも動ける者は武器を取り、足が動く者は前に出る。今にも破られそうな扉をジッと見据え、最期の抵抗を試みようと殺気を練り上げている。


 ドォン!! ドォン!!


 破壊の音は、死神の足音のように近づいてくる。


「セシリア様……」


 不意にかけられた声に、セシリアはハッとして顔を上げた。

 視線の先には、セシリアが護身用に握りしめていた短剣をじっと見つめる、ギルド員制服姿の少女――マリエラがいた。

 彼女だけではない。同じ顔、同じ衣装を纏った五人の『マリエラ姉妹』が、静かにセシリアを取り囲んでいる。


「マリエラ……?」

「お使いください、セシリア様。我ら姉妹と、初代様との約定……今こそ果たしましょう。それに……」


 マリエラは、血を流しながらも剣を構える負傷兵たちへ視線を向けた。


「今、戦えるのは我ら姉妹しかおりません」

「…………」


 セシリアの表情が、恐怖から決意へと変わる。

 彼女は短剣を強く握りしめると、震えを押し殺して凛と言い放った。


「わかりました……。領主権限発動。承認コード、67、101、99、105、108、105、97……戦闘モードへ移行せよ!」


『コード承認。戦闘モードへ移行します。オールリミッタ、解除……』


 五人の姉妹が同時に、抑揚のない機械的な声で復唱する。

 その瞳から感情の光が消え、冷徹な殲滅の光が宿った。


『セシリアお嬢様……必ず、お守りいたします』


 ガシャンッ!!


 五人の姉妹は一斉に教会のステンドグラスを突き破り、外へと飛び出した。

 ガラス片と共に空中に躍り出た彼女たちは、眼下に群がる影の魔物たちへと重力に任せて落下する。


 ズドォン!


 着地と同時、一人のマリエラが突き出した手刀が、大口を開けていた狼型魔物の上顎を貫通し、そのまま脳天を穿った。

 硬質な音と共に、魔物がどうと崩れ落ちる。


 手刀で、蹴りで。

 一匹、また一匹。五人の姉妹は、群がる魔物を無造作な動きで始末していく。その動きには一切の無駄がなく、また慈悲もなかった。


 だが、数の有利はいまだ魔物側にある。


 一人の姉妹が目の前の魔物を殴りつけた瞬間、死角から飛びかかった別の魔物が、彼女の逆の腕に喰らい付いた。

 バギンッ! という嫌な音と共に、華奢な腕が肘から先で食いちぎられる。


 しかし――彼女は悲鳴一つ上げなかった。

 それを意に介さず、残った足で眼前の敵を蹴り飛ばし、戦闘を継続する。


 驚くべきは、食いちぎられた腕だ。

 切り離されたはずの腕は、なおも活動を停止していなかった。食いついたはずの魔物の喉を、その指が万力のように握りつぶす。

 ゴキャリ、と喉仏が砕ける音がして、魔物は泡を吹いて絶命した。その時ようやく、腕は動きを止めた。


 さらに、魔物たちが放った魔法の槍が、姉妹たちの喉を、脇腹を、足を貫く。

 肉を焦がし、穴を穿つ致命傷。

 だが、マリエラ姉妹の動きが鈍ることはない。痛みを感じぬ人形のように、ただひたすらに敵を排除し続けるのだった。



(クソッ……! あそこか!)


 視界の先、教会の前庭では壮絶な光景が繰り広げられていた。

 マリエラ姉妹が襲われている――いや、襲っているのか?

 彼女たちは人間離れした動きで影の魔物に特攻をかけていた。だが、多勢に無勢だ。


「……ッ!」


 まだ距離がある。

 強化された脚力で疾走しているが、それでも教会は遠い。

 その間にも、また一人、また一人と、同じ顔をした姉妹たちが力尽き、あるいは破壊され、倒れていくのが見えた。


「間に合え!!」


 俺は喉が裂けんばかりに咆哮し、限界を超えた加速を試みる。


 一方、教会内部――。


 ズズン……ズズン……。

 のっし、のっしと、重苦しい足音が絶望を運んでくる。


 破壊された扉の向こうから姿を現したのは、今まで現れた個体よりも二回りほど巨大な『影の狼』だった。

 その口には、ボロボロになり、四肢の一部を欠損したマリエラが無惨にも咥えられていた。


「あっ……あぁ……」


 セシリアが傷ついたマリエラを見て顔を歪め、悲鳴にならない声を漏らす。

 その時だ。狼の牙に挟まれたマリエラが、ギ、ギギ、ギ……と、油の切れた機械のようにぎこちなく首を動かし、セシリアの方を向いた。


『オ……嬢……様……』


 ノイズ混じりの声が響く。


『来マシ……タ……。クー……リエ(使徒)……到着マデ……3……2……』


 それは、不可解なカウントダウンだった。

 絶望的な状況には不釣り合いな、冷静な報告。


「セシリアちゃん、助かったみたいだよ」


 呆然とするセシリアの肩に、エーベルライトが優しく手を置き、安堵したように語りかける。

 セシリアには理解できなかった。

 この状況で? 目の前には絶望の象徴のような巨大な魔物がいるのに? マリエラは、エーベ様は、何を言っているの?


『……1……』


 マリエラの瞳が明滅し、最後の言葉を紡ぐ。


『……到……着』


 ガシャァァァァァァンッ!!


 その言葉が引き金となったかのように、教会上部の巨大なステンドグラスが外側から盛大に突き破られた。

 降り注ぐガラスの雨と共に、白銀の獣が飛び込んでくる。

 それは月光を反射し、輝く流星のように、巨大な影の狼めがけて一直線に落下した。


『マジック! 鉄! 槌ッ!』


 白銀の獣が空中で振りかぶった拳が、落下の運動エネルギーと魔力を乗せて叩きつけられる。

 ドォォォォォンッ!!

 凄まじい轟音と共に、巨大な影の狼の頭部が貫かれ、一撃で粉砕された。

もうもうと舞い上がる土煙の中、粉砕された影の狼の残骸を踏みしめ、その白銀の獣はゆっくりと立ち上がった。


 頭上、無惨に破られたステンドグラスの穴からは、美しい満月が顔を覗かせている。

 降り注ぐ蒼白い月光が、まるで天からのスポットライトのように白銀の人狼の強靭な体躯を照らし上げ、その毛並みを神々しく輝かせた。


 圧倒的な暴力と、その後の静寂。

 教会にいた全員が、その美しい獣の姿に息を呑み、言葉を失っていた。


 獣は――シンは、ふぅ、と一つ息を吐くと、どこか達成感に満ちた様子で口を開いた。

 長年、このセリフを言う機会を虎視眈々と狙っていたかのように。


「はぁ……やっと、言える……」


 そして、周囲の呆然とする視線を一身に浴びながら、とぼけたように首を傾げて言い放った。


「……あれ? 俺、なんかやっちゃいました?」



読んでくれてありがとうございます。感想・評価お待ちしております。

気にっていただけたらブックマーク登録おねがいします。モチベーション向上のためにも!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ