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トラック四台に包囲されて死んだら、脳筋の親友に謎のゲームへ巻き込まれた件

初投稿作品です


「あー……今日も一日、クソ疲れた……」


 ネクタイを緩めて、大きく伸びをする。

 見上げた会社のビルは相変わらず無機質で、やたらと高い。


 定年まで、あと十年。

 ショーウィンドウのガラスに映る俺の顔は、死んだ魚みたいな目をしていた。


 来る日も来る日も、書類とパソコンを往復するだけの人生。

 昔、身体に叩き込んだ技も、鍛え抜いた脚も――このコンクリートの檻の中じゃ、ただの思い出だ。


 ため息混じりに交差点へ差しかかった、その瞬間。


 ゾクリ。


 背筋に、冷たい針を一本ずつ刺されるような悪寒が走った。

 忘れていた感覚。実家の道場で、祖父――師匠に容赦なく竹刀で追い回されていた頃の、あの『殺気』。


 ……嘘だろ。


 反射で振り向くと、視界が白に染まった。

 ヘッドライト。奔流みたいな光。

 大型トラックが、減速どころかエンジンを唸らせ、あり得ない速度で突っ込んでくる。


「うおぉぉっ!」


 考えるより先に身体が動いた。

 錆びついてたはずの足が、地面を蹴る。身体を捻って横っ飛び――間一髪。


 ゴウッ!


 暴風みたいな風圧が頬を殴り、トラックは俺のいた空間を丸ごと踏み潰して、そのまま電柱へ激突した。

 プシュー、と白煙。金属が焼ける匂い。


「アブねぇ……」


 心臓が早鐘どころじゃない。胸の中で太鼓を叩いてる。

 受け身は取れた。……三十年ぶりにしては、悪くない身のこなしだ。


 ――と、安堵したのも束の間。


 震える足で歩き出したら、今度は狭い路地裏から。

 さらに次の交差点でも。


「なんなんだ今日は……厄日どころじゃないぞ……!」


 二回、三回。

 トラックが、まるで肉食獣みたいに俺だけを狙って襲ってくる。

 ブレーキ痕? あるわけがない。

 どれもこれも、『俺をひき肉にする』一点だけで動いてる。


 躱せたのは奇跡……じゃない。

 幼少期から叩き込まれた『型』が、今さら命綱になってるだけだ。


 不意に、死んだ祖父の声が脳裏を刺した。


『シンの才能は悪くないが、凡人の域を出ん。それに比べてザキは神童よ』


 ……ああ、確かに。

 あいつ(ザキ)なら、こんなの鼻歌混じりで躱すだろう。

 いや、あいつなら素手でトラック止めるかもしれない。


 そんな馬鹿げた想像が、普通に成立してしまう。

 あいつはそういう規格外だった。


 息を切らせ、俺はマンションへ飛び込んだ。

 オートロックの自動ドアを抜け、ロビーの冷房が肌を撫でた瞬間――勝った、と思った。


 ここは鉄筋コンクリートの建物の中だ。

 もうトラックなんて、入って来れるはずがない。


 ……はずがない。


 カッッ!


 背後から強烈なライト。俺の影がロビーの床に焼き付く。


「は?」


 次の瞬間。


 ガシャァァァァァァァン!


 強化ガラスが粉砕され、巨大な金属の塊がロビーへねじ込まれてくる。

 嘘だろ。ここ、建物の中だぞ?


 悲鳴が喉まで上がったのを、歯を食いしばって飲み込む。

 俺は必死に横へ飛び退いた――が。


 それすら、誘導だった。


 ドゴォォォォォォン!


 逃げた先の壁。

「右」と「左」のコンクリート壁を、同時に突き破って――二台のトラックが、まるで壁抜けバグみたいに顔を出した。


「包囲……された?」


 前後左右。退路は、前方のみ。

 俺は無様に這いつくばったまま、唯一残された希望――エレベーターホールを見る。


 あそこへ逃げ込めば、さすがにトラックも追っては来れない。

 来れるはずがない。来れるわけが――


 チン。


 軽やかな到着音が鳴った。

 救いの扉が、ゆっくりと左右に開きかけた――その時だ。


 ズドォォォォォォン!!


 開こうとした扉ごと、エレベーターホールの壁が爆散した。

 舞い上がる粉塵。ひしゃげた鉄の扉。


 その奥から、噴煙を上げて飛び出してきたのは――やはり、トラックだった。


「……ヤベ。詰んだ」


 事故じゃない。偶然でもない。

 世界そのものが、俺を殺しに来てる。

 “仕様”じゃなくて、“バグ”として。


 乾いた笑いすら浮かべた、その瞬間――


 四方向からの衝撃。

 世界が白く弾けて、意識はプツリと途切れた。


 ***


 意識が、じわじわと輪郭を取り戻す。


 泥の底から浮上するような眠りじゃない。

 もっと乾いて、機械的で――ブレーカーが「パチン」と入った瞬間みたいに、世界が急に鮮明になる。


「……ん」


 目を開けた途端、視界がぜんぶ白だった。


 壁なのか霧なのか、そもそも空間そのものが発光しているのかも分からない。

 上下左右の感覚は当然ゼロ。奥行きすらなく、ただ無限に続く“白紙”が広がっている。


 三途の川も、お花畑も、天使の輪っかもない。

 ――俺、一人でこの虚無に放り出されたのか?


 そう思った瞬間、背後に「いる」気配。

 振り向くと、この無機質な白の中に似つかわしくない二人組がいた。


 一人は、どこから引っ張ってきたのか金の装飾が眩しい豪奢な椅子にふんぞり返る、やけに生意気そうな子供。

 もう一人は――タンクトップから筋肉がこぼれ落ちそうな、逆立った赤髪の男。


「おう! やっと気が付いたか? 待ったぜ! シン!」


 赤髪がニカッと白い歯を見せて笑う。

 その顔には見覚えがあった。懐かしい、胸の奥を無遠慮に殴ってくるレベルで懐かしい顔だ。

 記憶より少し若いが、真夏の太陽みたいに暑苦しいオーラは間違いない。


 三十年前の引き出しを、埃ごとひっくり返す。

 この顔、この残念なノリ……。

 ――あ、いたわ。思い出した。


「お前……中学の林間学校のバスで漏らした、小杉か?」


「ちげーよ!! 誰だよ小杉って!! 感動の再会の第一声がそれかよ!!」


 赤髪は今にもズッコケそうになりつつ、食い気味の全力ツッコミ。

 反応のキレは健在だ。


「俺だよ俺! 山崎だ! ザキだって言ってんだろ! 幼馴染忘れちまったのか?!」


「……ああ、ザキか。変わってねえな、その無駄にデカい声とノリ」


 こいつは昔から、脳で考える前に筋肉で結論を出す――いわゆる『脳筋』だ。


「お前こそ変わってねえよ!」


 俺はゆっくり上半身を起こした。

 さっきまでのトラックの衝撃も、痛みも、まるで残っていない。むしろ身体が妙に軽い。十代の頃に戻ったみたいだ。関節の軋みがないだけで、こんなに世界が優しいとは。


 目の前でギャーギャーやってるのは、間違いなく俺の幼馴染――実家の道場『神詠一灯流しんえい いっとうりゅう』の同門、山崎幸助。通称ザキ。

 ……ただし、こいつは三十年前に交通事故で死んでいる。


「ザキがお迎えってことは……俺、やっぱ死んだのか?」


 俺が静かに問うと、ザキは騒ぐのをやめて真顔になり、力強く頷いた。


「ああ。盛大に逝った。まさかトラック四台に囲まれてのオーバーキルとはな……こっちのモニターの特等席で見せてもらったけど、芸術点高かったぜ」


「……そうか。四台は、さすがにな」


 不思議とショックはなかった。

 クソみたいな残業の毎日から解放された安堵と、親友に再会できた実感の方が強い。


 俺は立ち上がり、スーツをパンパンと払う。(この白い空間にホコリがあるかは知らないが、こういうのは儀式だ。)

 そしてザキの横で、最初からずっと偉そうにしている“子供”へ目を向ける。


 足を組み、頬杖をつき、こっちを値踏みするように眺めている。


「で? そっちの偉そうな子供は誰だ」


「……ワシは神じゃ」


 子供は、見た目の愛らしさを裏切る、しわがれた年寄り臭い声でそう名乗った。

 ふん、と鼻を鳴らし、組んでいた足を組み替える。


 ……なるほど。神か。じゃあ今日のトラック四台、犯人はこのチビで確定だ。


「ワシはお主らにとっての『管理者』であり、今回の転生の依頼主じゃ」


「神様、ねぇ……」


 俺は眉をひそめたが、否定はしなかった。

 死後の世界、白い空間、そして若返った親友。これを説明できる存在がいるとすれば、神くらいのものだろう。


「で、その神様が何の用だ? 俺たちは死んで、天国か地獄行きってわけか?」


「死んだのは事実じゃ。だが、行き先は違う」


 神様は隣のザキを顎でしゃくった。


「そこの山崎幸助は、ワシらの『ゲーム』のプレイヤーとして異世界へ転生することになっておる」


「なるほど、ザキが転生……それはあいつらしいな。 ……って、ゲーム?」


 俺が聞き返すと、ザキが身を乗り出して叫んだ。


「ちげーよ! お前も来るんだよ、シン!」


「は? 俺も?」


「そうだ。俺は神様と契約したんだ」


 ザキはニカッと笑い、俺の肩をバンと叩いた。


「お前もセットだ。俺と一緒に異世界に行くんだよ!」


「……はあ。俺とか?」


 俺は呆れたが、悪い話ではなかった。

 今の俺はトラック四台に轢かれた死人だ。通常なら輪廻の輪に戻るところを、親友のコネで第二の人生(異世界旅行)が拾えるなら儲けものだろう。


「待て。そもそも、ゲームってなんだ?」


 俺は神様に視線を戻した。


「ああ、それならザキに説明したぞ」


 神様は面倒くさそうに手を振る。

 俺は隣の筋肉だるまを見た。案の定、あいつは「あー……」と宙を見上げてフリーズしている。


「……こいつが、そんなの覚えてる訳ねーじゃん」


 俺は深く溜息をつき、改めて神様に向き直った。


「すまん神様。こいつに説明しても無駄だ。俺にも説明してくれ」


「ふむ、手間のかかる奴らじゃ」


 神様は呆れたように肩をすくめ、説明を始めた。


「これは『神々のゲーム』じゃ。それぞれの神が選んだプレイヤーを送り込み、特定の勝利条件を満たせば、その神の勝利となる」


「勝利条件ってのは?」


「それは秘匿されていて、ワシにも分からん」


「は? プレイヤーどころか、おまえも知らないのか?」


「うむ。だからこそ『ゲーム』なのじゃ。とりあえず、この『神のコイン』を他のプレイヤーに奪われないように持っておくのじゃ」


 神様は懐から鈍く光るコインを二枚取り出し、俺とザキに投げ渡した。

 受け取ったコインは、ずしりと重い。


「さて、これより『肉体の再構成キャラクタークリエイト』を行う」


 神様が指を鳴らすと、俺の目の前に半透明のウィンドウ――まるでゲームの設定画面のようなものが浮かび上がった。


「お主の魂を新しい器に入れる。外見、種族、年齢、そして初期スキル……好きに設定するがよい。それが終われば出発じゃ」


 なるほど、アバター作成というわけか。異世界に行くなら、今の身体よりマシなものがいい。

 俺はウィンドウを覗き込んだ。


「年齢設定……ふむ。神様、向こうの世界の成人年齢はいくつだ?」


「十五じゃな」


「なら、十六歳だ。未成年だと酒も飲めんし契約も面倒だろ。若さは欲しいが、子供扱いは御免だ」


 俺は年齢の数値を『16』に設定した。

 次は外見と種族だ。

 デフォルトでは『人間ヒューマン』になっているが、リストを見るとエルフやドワーフなど、ファンタジーお馴染みの種族が並んでいる。


「人間はもう五十年やったからな……」


 俺の指が止まったのは、『ライカンスロープ(人狼)』の項目だった。

 犬は嫌いじゃない。


 画面上のモデルが変化していく。

 頭上にピンと立った狼の耳。尻尾。黒髪のショートヘアに、少し気だるげな三白眼。

 ……悪くない。我ながら、中二病心をくすぐられるデザインだ。


「よし、外見はこれでいい。次はスキルか」


 スキルポイントのようなものが表示されている。

 俺は少し考え、以下の三つを選んだ。


『体術マスタリ』(素手での格闘補正。道場の技を活かすにはこれだ)

『魔法マスタリ』(せっかくの異世界だ、魔法は撃ってみたい)

『鑑定』(情報は力だ。まずは相手を知らなきゃ始まらない)


 こんなもんか。俺は画面右下の『決定』ボタンを押した。


「キャラメイク完了だ」


 ウィンドウが粒子となって消えていく。これで準備は整ったらしい。


「うむ、良い仕上がりじゃ。では、そろそろ出発してもらうとしよう」


 神様が退屈そうに欠伸を噛み殺しながら手を振る。

 俺は慌てて、隣の親友に向き直った。


「では、準備はよいな?」


 神様が指を鳴らすと、足元の床が抜け落ちたように世界が歪む。


「おい待て、説明が足りんぞ! ゲームの詳細は――」


「行ってらっしゃーい」


 俺の抗議は、神様の間の抜けた声にかき消された。


「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!?」


 落下する猛烈な浮遊感の中、俺は覚悟を決めた。

 理不尽な死を受け入れ、共犯者ザキと共に地獄へ――いや、異世界へ。


 こうして、俺のセカンドライフは、最悪で最高の相棒と共に幕を開けた。




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