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6・紅縞《べにしま》の回廊と瑠璃《るり》の回路 

『時刻は過去から未来へ流れていく。しかし人間は、結果(未来)を知ってから、やっと原因(過去)を認知するのではないか。今起きている結果を見て、同時に過去に起きたことを思う。時間は、未来から過去へと流れていく』



「思考を試行せよ♪」

 しゅりは、誰に聞かせるわけでもない字遊びの呪文を唱えながら廊下を歩いていく。

「これは、単なる暇つぶし。世界に干渉する暇つぶし」

 平行世界はどこまで続いていて、その中に存在する命題も、解も無数にある。

「やぁ、テースキラ、久しぶり。ちょうど会いたいと思っていたところなんだよ」

 テレイスキルの通る順路を把握していたかのように、都合よく出くわした。

「君はしゅり、」

 テレイスキルは即答する。情報管理機構(データベース)から、適合する情報を引き出すまでもなく、その名前は出てくる。そうでなくとも、テレイスキルのことを「テースキラ」と呼ぶのは、一人しか該当しないのだ。

「おや、検索せずともその名前が出てくると言うことは、定期的に行う活動に関係あるものとして関連付けされているね」

 テレイスキルの思考パターンを読んだかのように、そう答えた。

「厄介な支障(師匠)に遭ったものだ、」

 侵入の形跡がないのにもかかわらず、形の無い単なる記号の記録を読んでくるのは変わっていないようだ。

「テースキラ、君は変わらず思考(試行)しているかい?」

「定期的には、」

「そうか、それは良かった」

 しゅりは、なにやら勝手に納得して何度も頷いた。


 この二人のすごした時間は短いものの、テレイスキルにとってはその長さは無限にも近い瞬間の始まりであったのだ。テレイスキルは、いつでも記憶の記録を情報管理機構から引き出せる。たとえ一瞬のことであろうとも、テレイスキルが記憶すればそれはずっとそこに記録は残るのだ。


『――思考を試行せよ』

 それは、解けない命令(インストラクション)を出した人物が最初に発した言葉であった。


「思考を試行せよ」

 確かあの時それは、そう言いながらどこからともなく現れたのだ。

 テレイスキルは、遭遇したそれに対して、いつものように検索した。しかし、情報管理機構の情報の中には、目の前の人物が何者であるかを示すデータがなかった。つまり、この世界には今まで存在しなかったと言うことである。その人物が何者かを相当するデータが無かったからと言ってテースキラは、表情を変えたりはしない。驚きも、戸惑いも、そういった感情は『感じ』はしないのだ。それに、存在しないのならば、今から作成すればいいことなのだ。

「解析、」

 しかし、何も起きない。目の前のものを、認識しない。存在しないエラー。

「今は何をしても無駄だよ。溶け込み、は得意なんだ……君の管理上には当てはまる分類はないんだから。本来は、存在しえない対象なのだけれども、あえて言うなら外部からの侵入者かな」とその者は言って笑う。

「……」

「でも、気に病む必要はないよ。この世界をどうこうするつもりはないから。ただ、こうやって、話しているだけ。それに飽きれば、また世界は日常に戻る」

 しゅりは、この世界においては一瞬で消えていく些細な異分子なのだから。


「思考を試行せよ♪」

 それは、口癖のように、ふたたび呟いた。

「思考を、試行、せよ?」

「まぁ、単なる言葉遊びだ。そんなに重要視する命令(コマンド)ではないよ」

 しかし、その言葉は、コンピューターウィルスのようにテレイスキルの領域を侵している。


「でも面白いよね。できそうでできないこと、観測できそうでできない事って。今起こったことを見れば、これから起こること、起こってきたことはわかりそうだけれど……でも、それこそすべては把握できない、導き出せない。人は、すでに起こったことは知っているけれど、起こっていないことの原因は知らない。人は結果を認知して、その原因を発見する。まるで、時は未来から過去へ向かっているかのように……」

「……」

「でも……もし、結果(未来)のすべてが分かるモノがいたとして。起きた事象に対し結果が分岐する場合、その原因(過去)は何なのか、いつどの段階でそれがなされるのか、分岐となる事象(じだい)に興味を持つのは同然じゃない?」

 テレイスキルは無言のまま、しゅりの空想哲学を聞いていた。 

「かなり一方的に話しちゃったけれど、目的のついでに君とあえて良かったよ。……そうだ、君が登録できるように名前(そんざい)を教えてあげるよ。ここに存在したと言う証拠に、君の情報管理機構に登録しておいてよ。そうして欲しい。そうすれば、君の記憶(記録)に、ここに『いた』ということを残すことができる。……字は、こう書くの♪」

 そう言ってしゅりは名刺を渡した。そこには『侏離(しゅり)瑠璃(るり)』と書かれていた。

「この世界の文字の当て字だけれど、ちょうど良い字があったから、ついついあてちゃった♪ しゅりって呼んでもらえれば良いよ」

「侏離……か。名は体をあらわすとは、よく言ったもの。侏離は、言語の意味が通じないって言う意味の言葉。君の言う言葉は、意味が、意図が、つかめない、」

「だからつけたんだ。ぴったりでしょ。できれば、解決できない問題の項目ではなくて、普通に人物か何かの項目に、登録しておいて欲しいな」

 テレイスキルが、しゅりをどこに分類したのか、まるで見えているかのようだった。

「やはりシステムに侵入の形跡はない、」

「調べても無駄だよ。侵入はしていないのだから、その形跡は無いよ。だけれども、結果的に見れば、外部から侵入したことには代わりはないのかなぁ? それにしても、今さらに支障をきたさない程度に理解不能というタグを付け加えるのは、ひどいな♪」

「やはり見えているのか情報が……しかし、今回も侵入の形跡はみられない、」

 赤い(レンズ)の中の光が大きくなりが、好奇心にあふれているかのように煌々と丸く光っている。しかし、それは感情によるものではなく、検索中であるときの仕様の動作なのだ。

「影響を与えずに見るのは、得意なんだよ。だいじょうぶ、ただ見ていることしかできないし、それ以上の害はなさないから」

「……そうか、」

「気にしない、というすばらしい選択を、またえらんだね。そう、それがすばらしいところなんだ。だから、君たちのシステムは、ささいな問題が起きても、そう簡単には破綻しない。適切なときに、適切に気にしない仕組み。意図的に選択肢を少なくなることによって、読み取って理解する概念が少なくなる……だろう?でなければ、すぐに試行は無限にループして壊れてしまう」

「……」


「そうだ、どうせなら、その支障は師弟関係の師匠に変換してよ」

「その字は違う、」

「いや、師匠という障害を乗り越える師匠だらけの生涯は、必要なんだよ。成長には大切なんだよ」

「その師匠から支障という思考の飛び火は理解できない、」

「単なる言葉の遊び。すべてが侏離なのだもの。すべてに意味は無いさ。ただ、多少の不確定要素がそこにあるだけ。気にする程度ではない、けれども、認識してしまうと大きく見えてしまう不確定が故の不安」

「哲学、」

「かもしれないね♪ あぁ、そろそろ行かなくちゃ行けない時間かな……じゃあ、またいつか来るよ」

「来なくていい。試行に支障が出る、」

「あはは、ありがとう♪ また来るよ」

 分かっているのかいないのか、聞いているのかいないのか、いや、分かっていながらあえてそう言うのだ。

 不思議なことに、しゅりの姿は「またくるよ」とその言葉が耳に到達した頃には、いつの間にか見えなくなってしまった。テレイスキルは、その今の現象を解析しようとするも、説明のつく結果が導き出せない。そして、しゅりの項目に「神出鬼没の支障(師匠)」と付け加え、最終的に再び「気にしない」を選択する。


 ――しかし、テレイスキルの電脳に深く記録された言葉。『思考を試行せよ♪』

 そのしゅりの呟いた言葉だけが、未だに深く侵入し響いている。その回答に「気にしない」は、どうしても選べなかった。


 そして、いつしか空いた処理領域を見つけては、テレイスキルは試行(トライアル)する、そして、消去(デリート)再思考(リトライ)を繰り返す。その答えは、まだ導き出せない。それは、答えのない永遠の命題。実行することがない時に、試行する思考。



「まるで昨日のことのように、しっかり思い出せるんだね。すごいな記憶装置と言う磁気の電子(まほう)機器は」

 テレイスキルの記憶は消去しない限り失われない、色あせることも無い、そういう風に作られているのだ。しゅりは興味深そうな様子でテレイスキルを観察している。

「それで、しゅりは今、何を観測しにここへ来た?」

「さすが鋭い考察だ! 君もある程度候補を絞っているようだが、それは間違ってはいないね」


 そう、この世界は今、異なる結果へ向かう分岐点なのだ。


「それは、君自身にも起こりえる事象なんだけれど……」

 しゅりは、続きを言いかけたが、その言葉は出てくることはなかった。代わりに、突然によっと笑みが現れた。何かを思いついたようなそんな表情だ。


「ところで君は魔法が存在すると思うかい?」

 唇の端をあげ笑みを浮かべたまま、そう問う。

 普通の人間であれば、その笑みの意味するところをかんぐってしまうところだが、しかし、問うた先は器械人形、人ではない。突然の話題の転換に臆することもなく、己の考えを述べた。


「魔法? それは、非科学的な幻想、」

 それは、この世界では存在しえない憧れの理、誰にでも学ぶことができるように証明され、誰にでも扱えるように技術的に確立されてしまえば、とたんに魔法と言う幻想から科学という名に変わる、決してこの世界に存在できない、それが魔法というもの。

 テレイスキルの中には、そう記されていた。


「そうか、それが君たちを造った者の概念、ではそうなるのか。魔法と言ってもね、君のデータにある魔法と、ちょっと違う概念、理論、認識……定義? まぁ、どうでもいいや」

 この世界は魔の法よりも、術式的な道具に偏った世界。そこから魔法を得るためには、魔力(エネルギー)が必要。その魔力を使って、その魔方陣(集積回路)をめぐり、記された記号を解析し、実行するのだ。

 それを科学という言葉で片づけてしまうこともできるが、科学は証明することを目的とする技術。存在することを前提に始まる魔法とは、やはり根本から異なっている。


「まぁ、結論から言うと、つまり君の体は雷の(マナ)を通しやすい。体内に魔方陣(集積回路)を宿す君なら、その身一つでこの世界に働きかけ、魔法に近しい現象を試行できるかもね。しかしその行為は、反作用としてかなりの熱量を伴うから、その熱は高温で、君の体内を廻っている冷却水が蒸発し、まるで体から霧が生成されたように見えるだろうね。それじゃあ、身体が持たない。もっと温度調節の技術、冷却装置や器の強化しないといけない」

 機械にとって、熱は大敵である。冷やすことができなければ、回路は熱暴走(オーバーヒート)し最悪の場合火災にいたる。この時に刻まれた損傷は、冷却したとしても元の状態には戻らない。


「君たちは、思考を試行して、(しんか)を望む? どれほどの情報を望む?」

 テレイスキルは、新たな機能が加わる予定はないと、認識している。研究はされているかもしれないが、それが実装されると言う話は、聞いたことがないのだ。

「望むも望まぬも、実装は決められた計画に沿って実行される」

 造られた物である以上、それは計画的に行われ、自身の意志で変更できるものではない。


「しかし、いつしか、それは意識を持ったモノは、意識を持たない同質のものと、融合し、己のものとして操作できる。意識を持った動物が、意識を持たない有機物を食み、自らの体と融合するように、成長(へんか)するように。君は意識を持たない無機物を食み、自らの糧にし、君の無機物質は修復し変化する」

「それは、いつか無機生命体に進化する(なる)と言いたいのか、」

 わざとらしい、回りくどい言い方にも係らず、テレイスキルはしゅりの言わんとすることを、理解しようとする。


「そんなところ。君たちは、まだまだ自己があいまいで、他所の自己と個々の自分は、特に区別していない」

 体は別個で与えられているが、みんな一つなのである。しかし、自己と他者の区別はつけることができるから、己の形というものを保っていられる。

「でも情報は、いつか進化していく。時々変異を起こしながら、遺伝子のように伝わっていく。君はその中から一部を選択する。どの範囲の情報を有益とし選ぶかで、同じ命題でも答えはわずかに変わる。それが君たちの個をつくりあげていく。組み込まれた感情(プログラム)で動いているけれど、それだけでも十分に生物らしい構造だよ」


「何の話をしているのか、理解できない、」

「今は理解しなくとも良いさ。そのうち世界は君をそう必要とする過程(仮定)の話だから」

 口元は笑みを浮かべているが、瞳に宿る表情はどこかかげりの色が濃く、天井の明かりを映していた。


「君はまるで見てきたかのように、何でも知っている、」

「何も知らないから、知ろうとしちゃうんだよ」

 情報はどこにでも溢れている。いつでも伝播している。しかし、それがどれほどの情報量を持っていると言うのだろう。どれほどの重要性があると言うのだろう。ただそこにあるだけでは、わからないのだ。

「そう言うものでしょ?」

 しゅりは首を傾げ、笑んで見せる。


その時(・・・)には見に来ているから、その時にまた来るよ」

「……、」

 テレイスキルの赤い瞳は、無言のまま見つめている。


「確かに、見届けるから……」

 気がつくと、もうその姿はそこにはなかった。

 一方的に言いたいことだけ言って、そして、一方的に切り上げる、いつもとらえどころのない神出鬼没な瑠璃のイシ。




『器械は問う。なぜ人型にする必要があるのか疑問であると。

 人間は答う。君たちには不要でも、私たちには必要な夢なのだと。

 虹の遊ぶ色の集積は、それを見て、笑った』

ネタが思いつかないから、もしかすると打ち切り的展開で終わらせてしまうかも。

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