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5・流火の瞳が流す雀の血

『君は何を観測したい? 君はどういう未来を観測する? 箱の中に閉じ込められた猫の生死は、あけてみるまでその状態がわからない。結果は観測によって決まる。その揺らぐ結果は観測されることで、何を思う? 観測される結果はその観測者を感じ、いつだって箱の猫の生死を決定する』



「とうとう、だね」

 突然、ヌーフの思考を読んだかのような、そんな言葉が背後からした。振り返ったヌーフは目を丸くした。そこには見覚えのある人物がいた。その人物は、この世界では珍しいデザインの白い色の服を着ていた。どうにも形容しがたい、一言で言うならば「不可思議」という言葉が似合うその奇抜なデザインは、一度見たら忘れられないだろう。

「ヌーフ、久しぶり」

 淡い光沢を放つ青白い毛皮(ファー)付きの帽子(フード)の奥で、唇がにっと上がる。しかし、ヌーフはあまりの驚きに言葉が出ないまま、そこに立つ人物を見ることしかできなかった。


「だ、だれだよ〜ん?」

 部屋を跳ねていたよんよんは、その動きを止め部屋の入り口を見る。

「ぬーふぱぱのしりあいヨン?」

 ここよんも、新たに現れた人物に興味が深々である。そして、よんよんとここよんは、怪しげな風貌の来客に警戒もなく寄っていく。基本的に彼らは好奇心が旺盛なのだ。

「よんよんちゃんとここよんちゃんだね。君たちの事は、『知って』いるよ」

 その白い人物はしゃがみこみ、足元に寄ってきた2匹の魚の頭をなでる。

「はじめまして、『侏離( しゅり ) 』って呼んでくれると、助かるよ」

「しゅりさんと言うのかよ〜ん」

「よろしくヨン」


「き、君は……しゅり、と言うのか?」

 やっと言葉を出すことができたヌーフの声は震えている。

「便宜上はね。……あぁ、そういえば、この前は名乗らなかったね。うっかりしていたよ」

「本当に……あの時の、なのかい?」

「うん、そうだよ〜。この帽子、取ろうか?」

 わざとらしく、もったいぶったようにくすりと笑うと、目深にかぶっていた帽子をそっと取る。帽子の下から、薄い栗色の短髪と少し青みがかった硝子のような灰色の瞳が現れる。

「あぁ、やっぱり君はまったく変わっていないんだな……」

 確かに、月日は流れているはずなのだが、そこにはその当時と変わらぬ姿があった。

「ヌーフは、だいぶいいお父さんになったね?」

「いいお父さん、ね」

 その言葉にヌーフは、昔を懐かしむように目を細めた。

「……いや、孫もいるからもうおじいさんかな?」

 少し首をかしげ、いたずらっぽく冗談を言う姿はまだ二十歳にも満たない子供のように見える。しかし、前に会ったのは、もう何十年前のことなのだ。

「また会おうって、約束したからね。だから、来たんだ」

 忘れもしないあの夢の、時間のままの、変わらぬ笑顔でそう言った。



「夢を見ているのか?」

 目の前にいるにもかかわらず、どこか信じられない。

 それは、そのときと変わらぬ姿で、そこにいたのだ。


 ヌーフは思い出していた。

 あれに会ったのは、何十年前だろう。

 確か、宇宙航行のための研究に日々明け暮れていた、まだ私が若い頃――



 第2の地球探索移住計画の最大の難関はエネルギーの問題であった。小惑星に内包できる燃料は限りがある。船内にある水を電気分解して燃料となる酸素や水素作り出したとしても、到底長い期間宇宙を旅することはできないとされたのだ。

 計画が発表された当時、燃料問題の解決はできないだろうといわれていた。しかし数十年前に、ある人物の提唱した理論によってあっさりと解決してしまった。それは、今まで観測することすらかなわなかった宇宙の物質エネルギー、宇宙空間を漂うほんの少しの粒子を集めエネルギーを利用する方法である。それによって、不足が予測されるエネルギー源の不安材料がなくなったのだ。エネルギーの変換効率は低いものの、その技術は画期的であった。数年の実証実験から長期の宇宙航行にも耐えられることが実証され、宇宙で活動するときのエネルギー源として、あっという間に実用化した。


 ――その基礎となるものを発表したのが、何を隠そうヌーフなのである。



 その日も、ヌーフは研究室にこもっていた。

 海底に沈んだこの海中の都市において、窓の外で移り変わる朝や夜といったものは人工的に作られたものでしかない。外が闇に包まれても、部屋の電気をつければそこは昼になり、外が明らんでいても窓を閉ざせばそこは闇になる。いつ眠ったのか、いつ食事を取ったのか、長い期間の不規則な生活で体内時計はすでに狂い、もはや分からなくなっていた。

 

 ヌーフはため息をつき、部屋の隅にある二人がけのソファーに腰をおろす。機器は今も計測結果をモニターに記録している。しかし、それらは思うような結果はでない。自分の仮説はなのか。何もかもがうまくいかなかった。

 あまりに疲れていたのだろう、目をつぶると心地良い眠気がやってくる。ヌーフは、ひじをひざの上に置き、指を交互に組んで額に当てる。まるで、何かに祈っているかのような格好で動かなくなった。

 それは夢か現か、まどろみの世界へ入り込んだ感覚さえなかった。


 ふと、ヌーフは何か違和感を感じた。部屋の中に、誰かいるような気がしたのだ。ぼんやりと瞼を開き、その気配のするほうに視線だけ向けた。

 そこで、白い陰が動いているのが目に入った。ヌーフは目を細め、その白くぼんやりしている外形を凝視する。しかし、それはまだ人の形をしているだけで、まだそこに存在しないかのように、輪郭だけがゆれている。もしもヌーフが普通の精神状態だったのならば、この半透明な存在に背中がぞくっと寒くなったであろうが、不思議と恐ろしさは感じない。白い人影が時折ひとさし指をくるくる回して拍子をとりしながら、なんとも言えない鼻歌を歌っているせいもあっただろう。ヌーフは、この奇妙な動きをする影を息を潜めて観察していた。


 それは、机の上に散らばった資料や、未だ計測し続けている機器を順に見てまわる。

「ここで間違いないね〜」と、旋律に乗せて、誰に聞かせるでもない独り言をつぶやいている。この部屋が目的の場所だったのだろうか、影はそう言うと、徐々にはっきりと人の形をとる。


「精神体よりも、物質体に偏った哲理の世界は、媒体や魔方陣が面倒くさいんだよね。大半が、無駄なエネルギーとして拡散しちゃうから」

 その人物は、なにやら考え込むように腕と足を組んだかと思うと体が宙に浮かぶ。無重力の中にいるかのように、ゆっくり回転し、床に淡い栗色の短髪がつきそうな格好になる。

「電磁気学に熱力学に量子力学……そんな摂理は、無視してもかまわないのだけれど。それじゃあ、この世界で、実現できる者がいなくなって、結局、困るか」

 逆さまになっている人物(それ)は、すでに、この世界の重力と言う法則を無視していた。


「伝える方法だけなら、この世界にない現象でもいいか」

 その者は足を後ろにそらし勢いよく一回転する。床に足をつけて、背伸びをした。そして、懐から筆を取り出し天高く掲げた。

「この世界における、一般的な(マナ)の属性は熱と波と粒と電磁の力だから」

 適切な道筋(回路)で、適切な魔力(電気量)に、適切な現象に具現化させるための……その魔法陣を発動させるのに必要な呪文(計算式)呪式(化学式)を、床に壁に天井に魔法陣(設計図)を描きはじめた。

「火の燃える力(エネルギー)から、風の吹く力(エネルギー)から、波や水の流れる力(エネルギー)から、大地の地熱(エネルギー)から、陽の輝く光の力(エネルギー)から、融合と分裂の闇の力(エネルギー)から〜」

 上手いとも下手ともいえない歌声でうたいながら、目にもとまらぬ速さで軽やかに描いている。


(なんだ、この感覚は……)

 ぼんやりと意識の中に、一方的に入ってくる情報。部屋に記号が刻まれるたびに、ヌーフの記憶にもそれは刻まれていくのだ。

(これは、自分が求めていた答えにつながっている!)

 この出来上がっていく膨大な量の情報を見て、それを理解するのに時間はかからなかった。これは、夢がなせる業なのだろうか。

 部屋は文字であふれ、一見するとただ混沌に並んでいるだけのように見える。しかし、ヌーフは、一目見てそれが何を表しているのか、それが何をしようとしているのか、全てがひとつの結論に向かって行き着くのが分かった。

「あれ? もう、気がついた? さすがだね〜。待ってね、もうすぐ終わるから」

 ヌーフの心を読んだかのような言葉を、口から発した。視線は変わらず筆の先を向いていて、ヌーフからは横顔しかわからなかったが、唇から笑みがこぼれているのが見てとれた。


「あなたは神の使いなのか?」

 まるで、神話の世界にある神の啓示のような現象に、ヌーフは思わず口を開いた。

「いや、誰にも。何にも仕えていないよ」

 ヌーフの方を見向きもせず、目にも留まらぬ速さで描き続けている。ヌーフは次々に描かれていく、計算式や証明式を、ただ呆然と見つめるしかなかった。


「うん、かなり膨大な感じになっちゃったけれど、なんとなくできた〜」

 この世界における魔法の媒体で描いた陣ではないので、魔力は通らず発動はしない。部屋のいたる所にみっしりと描かれた文字は光り輝きながら、その場所に浮かんでいるだけなのである。しかし、ここにとどめておくだけならば、これで充分なのだ。


「媒体やら触媒やら、魔方陣(電子回路)やらは、そっちで準備してね。そういった『物質』は、一応夢の中に持ち込めないことになっているんだ」

 描いた文字や図形を消さぬよう宙に浮かびながら、ヌーフの近くまで移動する。未だソファーから動けないでいるヌーフの耳元でこうささやいた。

「ヌーフ。君に、これを授けよう。君の脳内に、これをしっかり記録したから。君たちが求める、大きな船を作るといい」

 そう言うと少し偉そうに胸を張り、そして満足したように楽しそうな笑みを浮かべる。

「うふふ、確かに伝えたよ。時期が来たら、また会おうね。君はその頃には、きっといい『お父さん』になっているだろうね」

 その言葉が言い終わるか終わらぬうち、その姿はすべて消えさった。

 ひざに乗せていたひじがずれて、上半身が一瞬、重力に逆らうことなく落ちる衝撃に、ヌーフは、はっとして眼を覚ましたのだ。

 部屋を見渡してみても、部屋には誰もおらず、いつもどおりの殺風景な壁が蛍光灯に照らされていた。計器は変わらず微かな音を立てて動いている。時計を見れば、さほど時間は経っていないようようだ。


「夢、か?」

 しかし、夢の中のあの人物のいった通りヌーフの脳内には確かに、すべての式と設計図が残っていた。自分の今まで頭を悩ませていた仮説を裏付けるような、そしてなぜ今まで思うような計測できなかったのかが理解できた。そして、それらを応用して動く機械の設計図の、そのすべてが隅々までしっかり記憶されていた。

「なんだ、この完璧な理論は!」

 ヌーフは、それを、いそいでノートに書き写す。それらを書きうつすのに、食事も睡眠もろくにとらず、3日3晩かかった。 

 それを書き写し終わると、ヌーフは布団に倒れこんだ。

 夢を見ていたのは、ほんの数十分だったはずだ。しかし、夢で見たものを実際に書き写すとなると、こんなにも時間がかかるものだったとは。


(しかし、本当に「お告げ」みたいだったな)

 夢に見るほどまでに、毎日そのことばかり考えていると、ふとした瞬間に解決策が部品がはまるかのように、ひらめくことがあるということを聞いたことがある。それは、突然天啓が下ったような感覚に陥るらしいというのだが……まさかそれを、自分が体験するとは思わなかった。

 ふわふわしていて(実際にふわふわと浮かんではいたが)つかみどころのない、まるで子供とも大人ともつかない、まだ幼さの残るあの人物を思い出してみる。

(変なやつだったが、あれが私の天使のイメージなのだろうか)

 そう思うと、少しやりきれない気分になった。


 それが夢の中に、現れた現象だった――。



「あの時は、夢だと思っていたんだが」

 ずっと過去になってしまったその記憶で、あの出来事が夢なのか現実なのか分からなくなっていが、そのとき刻まれた理論は今もしっかりと消えずに残っている。


「あながち間違いではないと思うよ?」しゅりは、口元を緩め微かに笑む。「人生なんて夢のよう、って言うくらいだし? 今、この瞬間も、現実は過去になっている。その思い出すしかない記憶は、夢なのか、現実なのか。本当にあったことなのか。今、目が覚めたら夢の中かもしれない。人生の終わりに見る単なる走馬灯(ゆめ)かもしれない、単なる憧憬(ゆめ)かもしれない。夢と現実の違いは、実にあいまいなんだよ」


 しゅりは、魚たちをなでる事をやめ、頭から手を離し立ち上がる。

「さてと、名残惜しいけれど、そろそろ去ろうかな。ヌーフも早く家族に会いたいだろうしね。募る話も、募らない話もまた後で」

「どこへ行くんだよ〜ん」

「久しぶりに、ここに来たから、少し散歩したくなっちゃった。よんよんちゃんと、ここよんちゃんも、またね〜」

 そう言って、しゅりは一礼すると、部屋の前からいなくなった。

「相変わらず、神出鬼没な」



『夢も現実も、世界の『一つ』。一つの世界として夢も現実も、同じように観察できるから』




★魚の日記「ぴじょんぶらっど」★

 そのひとがいうには、ゆめとげんじつは、あいまいなんだってよ〜ん。

 おいらは、いま、おきているけれど、もしかしたら、ゆめをみているのかもしれないってことよ〜ん?

 もしも、いまがゆめならば、おいらは、いつ、めがさめるよ〜ん?

 めがさめたら、おいらは、おいらなのかよ〜ん?

 わからないこと、だらけだよ〜ん。




 ははなるほしは、ないているんだよ〜ん。


 すずめさんのように、とてもちいさくて、きがつかないけれど、それは、ちのなみだなんだよ〜ん。

 ふたたび、みんながえがおで、むかしのようにいきるために、がんばったけれど、だめだったみたいよ〜ん。

 ちいさくみえたきずぐちは、とてもおおきかったのよ〜ん。

 ないているおほしさまに、いろいろしてあげたけれど、なきやむことは、もうなかったのよ〜ん。


 ほしは、けがをして、おいらたちはすめないけれど、あたらしいものたちが、おほしさまを、みたしているらしいのよ〜ん。

 それは、おほしさまが、あたらしいみちをあゆんでいこうとしている、ということなんだよ〜ん。

 つまり、おいらたちは、もうこのほしに、ひつようとされていないらしいのよ〜ん。


 だから、おいらたちも、あたらしいみちをいくらしいのよ〜ん。


 それは、おいらがうまれる、ずっとまえにきまった、おはなしだよ〜ん。

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