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数値が絶対の世界に転生したら数値が全力でふざけてくる件

長編にしたら途中で飽きる(確信)


……けれども、没にするにはあまりにももったいない


なので短編です

「ようやくここまで来れた」


俺は笑った。


「まさか、お前とここに来るとはな」


隣に立つチェンは目線こそこちらに向けなかったが、同じく笑っていた。


「ほほう、私の前で笑うことができるとは……先程の者よりも楽しめそうですね」


俺たちの目線の先にいる人間離れした大男……魔王は不敵な笑みを浮かべた。


「本当にそうだな。危うく俺の冒険は開始3分で終わりかけたからな」




♢ ♢ ♢



 俺の名前は数也(かずや)。年齢は28で、中学生向けの進学塾の講師だ。


ちなみに担当科目は数学で五角形の眼鏡がアイデンティティである。


 さて、そんな俺だが色々あって転生して、魔王を討伐することになりました。


 幸い、子供たちと話ができるようにそういった設定の小説を読んでいたのですんなり受け入れることができました。


 そんなこんなでアラサー勇者の伝説が始まったのですが……



開始3分で終わりそうです



 さて、問題。今、俺の目の前には棍棒を持ったゴブリンが二匹います。彼らのステータスはこちら。


ゴブリン 体力25/25 魔力0/0 攻撃力20+10 防御力10+1 素早さ50


続いて僕のステータスはこちら。


俺 体力45/45 魔力0/0 攻撃力2×11 防御力20-3 素早さ60-2


……色々突っ込みたいところがあると思いますがそれはいったん置いといてください。



ここで、この世界の原理について説明します。


 まず、この世界の数値は絶対です。つまり、体力が0になれば問答無用で死にますし、足の速さは素早さの値の大きさそのままになります。……ピタゴラスが作った世界かな?


 次にこの世界の先頭ははよくあるRPGと同じでターン制であり、素早さが高い順に一人一回ずつ行動します。


 最後にダメージの計算式は『攻撃力-防御力』の値になります。



 以上の条件で俺がこのまま戦うとどうなるか、そうですね余裕で死にますね。なんならゴブリン一人倒す前に俺が死にます。


 補足ですが死んだらリスポーンなんてそんな便利なものはございません。


 じゃあ逃げればいいじゃないかって? どうやら逃げるには相手側、味方側両方の素早さの合計が大きい側だけ選択できるようです。


 つまり今回は向こうの合計が100に対してこっちの合計が58なので絶対に逃げれません。


「そんな無茶苦茶な論理なんかに従ってたまるか!」


 俺はゴブリンよりも素早いことを利用して、一匹に渾身の右ストレートを放った。俺を見つけるや否や、突然襲い掛かって来た怒りも込めて。


必死?そんなの知ったものか!


 俺は人生で初めて本気で何かを殴った。……が、しかし、俺の思いもむなしく計算式通りの体力しか減らなかった。


 俺の行動が終わると二匹のゴブリンは待ってましたとばかりに木のこん棒で俺を殴る。

 20+10(つまり30)×2の攻撃力が俺を襲う。そして悟った。


(あっ、死ぬな)

 

俺の体力はきっちり45-2{(20+10)-17}=19の通り削られていた。


次のターンは耐えられない。


いや、仮に数値上で耐えることができたとしても俺自身がこの痛みに耐えられないだろう。見た目のわりに想像以上に力強い。


そして、俺が死ぬはずのターンが訪れようとしていた、その時であった。


「手助けするぜ!」


ゴブリンの背後から現れた男が、俺が殴ってないほうのゴブリンを背後から切り捨てる。


(……一撃⁉)


突然の助っ人に一瞬動揺したが、俺はそいつのステータスを確認した。


チェン 体力99/99 魔力67/70 攻撃力7×11-Σk(k=1~7) 防御力x²+26x=87を満たすx(x>10) 素早さ23π


(……?)


えーっとちょっと待ってくださいね……今計算しますから。


……ていうか!


どうして途中式らしき状態で放置しているんですか⁉ テストなら問答無用で0点ですよ?


それと素早さ! 小数点以下どう考えてもいらねえだろ!


とりあえず計算した結果は以下のようになる……はず。

攻撃力39 防御力29 素早さ72.2ぐらい


今日ほど暗算を習っていてよかったと思ったことはないし今後もないだろう。


ありがとう、幼少期の俺。


まあ、とりあえずこの強力な助っ人のおかげで俺は生き延びることができた。



♢ ♢ ♢



「あの時のお前は自分のステータスを『暗号化』することすら知らなかったもんな!」


 チェンは魔王が放った威力8×9×19の魔法弾の値を瞬時に計算すると、それとちょうど同じ値の防御力を持つシールドを展開し、見事に相殺する。


ちなみに値は1368である。


「俺は今だにその名前に納得してないけどな!」


俺はチェンが作ったわずかな隙を見逃さずに魔王に肉薄する。


ちなみにチェンが先ほど言った『暗号化』とは要するに攻撃力や防御力などの値を計算式のまま置いておくことである。


例えば攻撃力が4の場合に2×2や24÷6としておくのである。


なぜそのような面倒なことをするのか?


 答えはシンプルで、どうやらこの世界の生物は皆、他人のステータスを覗けるそうだ。この世界にプライバシーなんて概念はない。


 そしてこの世界は数値の値が絶対である。故に、相手が自分よりも各上なのか、それともただの雑魚なのか、戦わずとも相手の数値を見れば判断できる。


 そこで役に立つのが『暗号化』である。途中式の状態で放置しておくことで相手に自分のステータスを瞬時に判断できないようにさせるのである。


ちなみに、俺がゴブリンに襲われたのは『暗号化』をきちんとしておらず、数値上、絶対に勝てると判断されたからである。


 彼らは二桁までの加減算がぎりぎりできる程度の知能なので割り算や掛け算を使っておけば襲われることが激減するようだ。なんじゃそりゃ。


 なのでこの世界は算数(数学)ができる人間は重宝されるし、計算能力とステータスの値は大体比例していた。


一応補足だがこの世界に学校はないので、一般人は九九が言える程度であり、逆に高校レベルの数学ができれば天才と呼ばれる……というか呼ばれた。


 おそらく、俺なんかよりももっと賢い数学者がこの世界に転生しようものなら天下を取るのも造作もないだろう。



♢ ♢ ♢



 俺は魔王の胴体めがけて剣を振り下ろす。


しかし……


「なぜ、体力が減らない!」


魔王の体力が減らないのである。ありえない!


「馬鹿な!『聖剣mod10(せいけんモッドテン)』が無効化されたのか⁉」


チェンはシールドで魔王の攻撃を必死に防ぎながら叫ぶ。


(聖剣mod10……聖なる力が込められた剣。この剣で相手にダメージを与えるとき、10を法と定義し、相手の防御力を最小の自然数とする)


 分かりやすく説明すると、今回の場合は相手の防御力を1の位の値とする(0の場合は10となる)


 つまり、相手の防御力が30だろうと1億だろうと防御力を10としてダメージ計算をする。まあ、ぶっ壊れ武器である。


 魔王の防御力は高い。だが、この剣を前にはそんなことは関係ないはずなのだが……


「甘い。甘いですね……。聖剣の謎を解いたあなた方ならわかるはずなのですが……」


 1ターンが経過したが魔王は余裕そうであった。対するこちらは俺の方は問題なかったが……


「あの魔王、俺の魔力の暗号を一瞬で解いてちょうど0になる程度の威力で撃ってきやがった。化け物が……」


チェンは肩で息をしながらそう呟いた。どうやらチェンの魔力はすでに尽きてしまっているようだ。


「いやはや、貴方の暗号はなかなかに面白かったですよ。logや∫など、久々に見ましたので危うく忘れかけていました……」


 どうやらあの魔王は俺とチェンが1時間以上考えて作った数式をこの短時間で、しかも暗算で解いたようである。頭にコンピューターでも内蔵しているのだろうか。


「なあ、チェン。あいつになんで攻撃が効かないと思う?」


「お前でも分からないのか?(かず)?」


「ああ、この聖剣の効果はきちんと発動していたし、攻撃は確かに当たった。なのに体力が変化してないんだ」


俺はもう一度魔王のステータスを確認した。……が、やはり魔王の体力は減っていない。


魔王 ムーゲン 体力99999/99999 魔力99999/99999 攻撃力99999/99999 防御力99999/99999 素早さ42e


 改めて見ても意味不明な値に乾いた笑いを浮かべてしまう。ここまで値が大きいともはや『暗号化』する必要もないってわけか。


「なあ、ところで魔王の素早さ42eって何か分かるか?」


チェンもおそらく魔王のステータスを確認しながらそう呟いた。


 俺も不思議に思ってたんだよね、それ。でも、もし他と同じような値ならわざわざ『暗号化』しないはずと予想したが、やはりそのようであった。


 チェンが先程使ったシールド魔法は『相手の素早さ』が『自分の素早さ+10』未満の時にのみ有効な魔法であり、もし、魔王の素早さが99999なら、防ぐことはできなかったはずである。


(e……e……。……そうだ!)


「……自然対数の底(ネイピア数)だ」

「……自然対数の底?」

「ちょっと待ってろ、たしか無限小数で……」


あったなそんな値。えっと……たしか≒2.7くらいだから……


「大体113.4だな」


「ほう、自然対数の底も理解しているとは……な。しかし、他人の素早さの値を求めるなど、なんともデリカシーのない人間だな」


(お前が言うな……)


 ところでなんでわざわざ小数点以下があるような値を使うんですかね……どうせ()()に値を計算せずに途中で()を使う……


「……そうか!分かった!分かったぞ!」


ああ、どうして俺の攻撃が効かないのか……その謎が解けた。


(ニアリーイコール)か!」


「ほう……」


「あいつの体力は99999じゃない、もっと大きい……いや、無限なんだ!だから俺たちがどれだけ攻撃を当てようと、その値は無限を前には無に等しい。だから『∞-1≒∞』みたいに何度やっても無意味なんだ!」


「おお!ってことは!」


『チェンは突破方が分かったのか!』と言いたげな表情で俺を見る。


……が、


「倒せん」


俺は即答した。世の中に知らないほうが幸せなことがあるとすれば、これこそまさにその一例だろう。


 普通にやったら無理だな。どうせ、この世界のことだから『俺たちが無限回攻撃できることを証明しろ』みたいなことになるだろう。


証明? できるわけがない。カードゲームのループ証明じゃないんだからさ。


「……そうさ、俺の謎が解けたとしても倒すことは不可能。最後にものをいうのは知能でなく能力なのさ」


魔王は勝ち誇り、対して俺たちは暗澹たる気持ちになった。


あっ、絶望はしてない。だって逃げれるから。


(魔王の素早さ<俺たちの素早さの合計)


 けれども、魔王を倒せないとなると、俺は世界に帰れないし、チェンたちは魔王による進軍を指をくわえて眺めることしかできないのである。


 さて、そんなわけでとりあえず打つ手がなくなったので逃げようとしたその時であった。


「なあ、数。1と1億どっちが大きい?」


チェンがそう尋ねたのである。


「そりゃ、1億だろ」


俺は当然の答えを返す。そんなの証明するまでもない。


だが、そんな俺の答えに、なぜかチェンは笑った。どこか吹っ切れた様子だった。


そして言った。


「あとは託す」



♢ ♢ ♢



「さあ、始めようぜ!()()()()()()をよ!」

チェンは俺の制止を振り切って、見たことのない術を唱え始めた。


そしてその様子を見ていた魔王は


「待て!その術は!」


突然顔色を変え、チェンを止めようとする。


「残念魔王様!俺の方が素早さが114で1だけ早いんですよ!恨むなら1足りない自分の素早さを呪いな!」


そして、素早さ順通りに魔王の拳がチェンに触れる直前に術は完成した。


負の誕生(オールマイナス)



オールマイナス……相手の防御力、攻撃力、素早さの全てを()1()()する禁術。



そして使用後、自身の体力が0になる。



チェンは最後まで笑っていた。


「自らの無限の負荷に沈め!魔王ムーゲン!」



♢ ♢ ♢



俺はただ茫然と立ち尽くしていた。


ここは魔王城


だけど、魔王はいない


そして、相棒のチェンもいない


あの魔法が完成した瞬間、チェンの体は光の粒子のようになり、消えた


そして、防御力が-∞になった魔王は重力の負荷に知ら耐えられず、その場で液体化し、崩れ落ちた



チェンは自らの命をもって、魔王の恐怖を絶った。


1人の命を犠牲に1憶人以上の人の命を救った。



『1は1億よりも大きい』



俺はあいつが死ぬ直前にそう答えた。



……本当にそうなのだろうか



そんな当たり前な……小学生でもわかるはずの問題が、今の俺にはどんな問題よりも難題のように思えた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

評価等々してもらえると励みになりますので、ぜひともよろしくお願いします。


~以下オマケ (『聖剣mod10』について)~

ここでは後書きの代わりにmod(合同式)についての簡単な説明です。興味のない方は飛ばしてください。


さて、初めて『mod』や『合同式』という名前を聞いた方も多いと思います。

それもそのはずで、義務教育対象外ですし高校で習うかどうか……といった具合のものだからです。


さて、そんな合同式の形は基本以下のようになります。

am+b≡cm+b(mod m)

これが何を意味しているのか

一言で表すと、mで割った余りが等しいと意味しています。


……はい、それだけです。


なので、ずいぶんややこしそうに書きましたが今回の『聖剣mod10』についてはっきり言うと

『相手の防御力÷10した時の余りを相手の防御力の値として計算する』と書いてるだけです。



(正直な話、『10を法とする』……と書いた方がかっこいいなと思っただけです)



……今回はそんな中二……くだらない理由で使われた合同式ですが、本当はもっと素晴らしい式なのでぜひ調べてみてください。


(いったい私は後書きに何書いてんだ)

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