怒りについて 松明を握るみたいな事……修羅と人の間
怒りについて、正義の原動力でしかないものです。
私の渦中の中で考えて、知った怒りについてかたります。
主に宗教色多めなので苦手な人はスルーを。
私は渦中の中で怒りをこらえていました。
それを熾火のようにと……表現していたのかもしれません。
ことの始まりも「怒り」からでした。
家庭環境への怒りが人を攻撃することへ、はたまた承認欲求へと変化していた気がします。
「それはもっとも麗しいものである。またしはしばもっとも疑わしいものである。一方は他の感情の仮面である」とイギリスの作家、サー・ウォルター・スコットは愛国心をこう例えました。
まさに、私が体験したことは正義という仮面で怒りを隠していたということなんでしょう。
正義は怒りの代弁者なのかもしれません。
彼ら……荒らしてた人間も自分の劣等感から、人を貶していた節がありましたし……
裏サイトで一番に自身を出したのが「こいつ、偉そうだからムカつく」という言葉でしたからね……そりゃ、他人を荒らす奴よりはまともでしょう。
怒りを誰それ構わずにぶつけ、それを聞いていれば人へと怒りは伝染していきました。
私は炎上された側に怒りを抑えることをアドバイスしてました。
彼は元々、感情をコントロールできずに些細なことで人を傷つけることが多く、そのためにかはわれなかった部分がありました。
この怒りを私はおさえこもうと考えていたときに、正義に酔い怒りを覚え自覚した。そして、怒りをどう捉えているのかと……
他の考え方、仏教では松明に例えていました。
怒りをぶつけることは松明を逆手でにぎり人に投げつけているようなもの。
まずは投げつけている自身の手を焼き、腕に火が燃えうつり、その炎が自分の身を焼き、結果的ににその炎は他人にまで火種をまき散らしていく。
怒りを持ち続けるとそんな化け物になってしまう。
たぶん。あの時の私は投げ返す勇気がない人に投げつけられた松明を逆手で握り、彼らへと投げつけていたのかもしれません。
投げ返すことが抵抗で敵を寄せつけない方法だと思っていました。
それが……傷ついた人のためになるかどうかはわからない……本当は傷ついた人のそばにいることが大事だったのではないだろうか……そんな事を考えていました。
これは同時に阿修羅の話を思いだしました。
阿修羅は元はインドの正義の神でした。
怒りに捕らわれ帝釈天と争い続けて、正義に捕らわれ許す心を忘れ戦い続け悪神になりました。
これが転じて争い続ける世界を修羅界と読んでます。
修羅道は炎が消すことができない人々が居続ける世界……ネットで守る者のない正義は燃え続ける世界に落ちているのでしょう……人をけなし続けないと生きていけない修羅達の世界。
私の右手は人に投げつけられた松明を投げ返しながら、左手は自身の投げ捨てることはできない松明を握り続けた気がします。
投げ返す事をやめ………私の左手の松明を必死に握りながら火を消そうとし続けていた。今も疼き思い出し熾火のようにのこっています。
キリスト教にいう、「富を持つものは天の門をくぐるにはラクダが針を通るより難しい」と言います……私は怒り続ける人は、人の間にいることは難しいということなのかもしれません……
それでも、身勝手な正義とその場所を壊した者、への怒りが蠢いています。
許したいと同時に怒りをぶつけたいとも思い、別の誰かへと怒りを移し替えそうとしたりと悶々とくり返している。
渦中、たくさんの人を傷つけてしまっていた。
仲良くしていた人まで傷つけていた。
許すことが必要だと、私が一番に許せない人が一番に許したい人、許してほしい人だと言うことが未だに悩みのなかにいます。
奥州藤原氏の勉強をしていた時に、変わった解釈をしている人を見つけ、その人の語る藤原清衡像に感銘を受けていました。
彼は奥州後三年の役で多くの罪を犯し。怒りから多くの人々を殺す作戦を進言したそうです。その罪と悔いが後の仏教による国の統治、黄金の奥州平泉を築き上げたとそうです。
死したものが平等に報われるように、その彼の解釈に切なくて涙を流してました。
そういうように荒れた怒りをおさめて平和で楽しい世界にしていくのが供養だと思ったのでしょうね……
それが怒りを超えた先にあることだと思います。
私の怒りが消えて許せるように願うと同時に、今も孤独のなかにいる友の怒りの火が消えることを願っています。
正義と承認欲求と怒り、本当にいろんな感情が蠢いた馬鹿げたはなしでした……許しと環境を変える大切さってありますね。
これらが、黒歴史となりますように




