令和の正義について 1 ハリウッドヒーローと仮面
これは、去年私が巻き込まれた渦中と、後で考えをまとめようとしたことです。できれば読まないでほしいと思いつつ、書いてしまいました。
実は去年にいろいろと巻き込まれてました。
……未だに埋め火のように自分のなかで燃えてます。
いってしまえば、炎上をかばう側にたっていたんですが……まぁ、うん、めちゃ大変でした……頭が……
二度目の事件は証人の保護をするという立場でした。
終わったあとでひどく物悲しくなりました。
その中と後で考えていたこと、Xでバズったあの動画問題をふくめて『正義』をまとめてみようかなと。
渡りあった結果、気づいて……彼らはひどくもろくて浅いのです。
正義も煽りも、観念も誰かのコピー……そして、底根にあるのは、他人への気持ち悪さと正義を語る自分への酔い。
そんなのを感じました。
私自身は最初の言葉から力がぬけてしまい………争うのをバカバカしくなりました。相手が離さずに四日もかけて攻撃してくきたり……ダルい。
うっとうしくてね……しかし、私が逃げるとどこに飛び火するかもしれない状況でつきあいました……ダルかった……
正義を語る時、そこに知性のない言葉。そして、一番の問題は被害者への、誰かへの同情がない。
そこに誰かのため、他者への思いやり……いってしまえば「被害者」のことが根こそぎぬけおちていた。そこには人がした事への気持ち悪さしかかんじない。
この気持ち悪さはテレビのマスコミとSNSとおなじ。
気持ち悪さで同情させて、悪人を叩く。そこに被害者への気持ちを考えていないのです。
そして、ネットで匿名で人を非難する……最近動画で晒し上げてるいじめ問題。
感じた事が人を傷つけていいが、自分を傷つけられる事を許せない。
もしかしたら、俺つえぇぇが流行ったのもこの辺りになるのかもしれない。
自分は傷つきたくない、けど人を裁きたい、劣等感と承認欲求で攻撃をしているのではないか。
その正義も信念から出たものではないのでメッキは剥げやすいもの。
そのために彼らは止めどころを知らず、打たれ弱くて過剰に行動してくるという厄介な所がありました。
どうして、彼らは私を悪と断定したいのか謎でした。
彼らの裏サイトの書きこみで納得しました……
彼らは「人格攻撃しやがって」「自分をバカにして」とうらんでいたようです。
本人は誰かからパクった論理がつうじないと 私を障害者あつかいをして、人格否定と差別をまきちらしているクセに。
そのダブルスタンダードが私は許せなかった。
自分を傷つく覚悟ないのに人を傷つけて、自分を傷ついた時に守りの理論を語る。
私は嫌いですが戦後のマスメディアで活躍した山本七平氏。いわゆる「空気を読む」という言葉をつくった人ですが、その人は日本人は空気を読んだから戦争した、空気を読まず個人で考えろといいました。
しかし、正義を語る人はその空気を作り、のっかているだけ。
マスメディアなんて、最たるもの。
傷つく覚悟もなく、人を裁こうとする姿にいらだちが熾火のように燃えています。
そんな人間の気持ちはわからなくはないですが、居心地が悪い。
評論家の岡田斗司夫氏は匿名で人を攻撃することをアメリカのヒーローマンガ「スパイダーマン」みたいに正体を隠して悪を裁く、そんな憧れが人にあると言いました。
たしかに、そのとおりで、気軽に正義の味方になり悪を裁きたい欲求がある。
ほとんどのヒーロー物はそんな欲求のうえでできているのかもしれません。
同時にスパイダーマン等のアメリカヒーローを苦手な理由が少しわかりました。
仮面をかぶり悪を裁く。そのくせ普通の生活をしてる事に何故か違和感を感じていた。
正義の味方とを中途半端さを感じた。
匿名というのも、顔をかくすことも使いわけ。傷つきそうになると逃げる場所がある。
自分も同じ事をしてることは自覚してる…顔を隠して誰かをかばっていた。
そして、彼らの正義を浅いと否定した。何様なのか。私も同じかもしれません……
けど、それに振り回された無関係な人を傷つけていてしまった。
同時にひどくガッカリしたのは正義を語る人間の浅さに失望したのだと思います。
はじめ聞いたときは首をひねりよくわからなかったのですが、なんだか、その感覚はすごく納得に至りました。
彼らの正義は疑わしいものであり、マウントをとり人を馬鹿にしたい仮面を隠して攻撃していたという事だった。
言葉の裏を読めということなのかもしれません。
次は顔をだして正義を訴えたパターンを書こうと思います。
私も悪かったけど、ここまでためていたんだなと。書いて意見を口にすることで納得はしたのかな……私は自分が傷つけられたことなどはどうでもよくて………覚悟と信念のもとで人を訴えるべきなのではないかと考えてしまう




