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サジタリウス未来商会と「選択を代行する機械」

休日の午後、藤堂航平はカフェの片隅でスマホを片手に悩んでいた。


32歳、都内の企業に勤める独身男性。

彼はここ数か月、重要な選択を迫られるたびに動けなくなっていた。


「こっちを選べば失敗するかもしれないし、あっちを選んでも結局後悔しそうだ……」


メニューを前にしても、結局いつもと同じものを頼む自分。

転職するか否か、恋人との関係を進めるか否か――

大きな決断に限らず、日常のささいな選択ですら、彼には重荷だった。


「誰か代わりに選んでくれればいいのに……」


そんな独り言をこぼした瞬間、カフェの窓越しに奇妙な店が目に留まった。


「サジタリウス未来商会」


手書きの看板が掛かったその店は、周囲の景観に溶け込まず、どこか場違いな存在感を放っていた。

興味に引かれた航平は席を立ち、店へと向かった。


店内は、外の雑踏から切り離されたような静けさに包まれていた。

奥のカウンターには、白髪交じりの髪と長い顎ひげをたくわえた初老の男が座っていた。


男は、航平が入ってきた瞬間に微笑んだ。


「いらっしゃいませ、藤堂航平さん。どうぞお掛けください」


「俺の名前を知ってるのか?」


「もちろん。そして、あなたが抱えている悩みも分かっていますよ」


「俺の悩み?」


男――ドクトル・サジタリウスは、懐から小さな装置を取り出した。


それは、手のひらに乗るほどの機械で、表面にはシンプルなタッチパネルが付いていた。


「これは『選択を代行する機械』です」


「選択を代行?」


「ええ。この装置は、あなたが迷っている選択を分析し、最も合理的で最適な答えを出してくれます。どんな些細なことでも、大きな決断でも、この機械に任せることができます」


航平は眉をひそめた。


「そんなことが可能なのか?」


「もちろん。ただし注意してください。機械が選ぶ答えが、必ずしもあなたの満足を保証するわけではありません。それでも試してみますか?」


自宅に戻った航平は、さっそく装置を試してみることにした。


「まずは簡単なことから……」


コンビニで買う昼食に悩んでいた彼は、装置に選択を入力してみた。

「サンドイッチとおにぎり、どっちがいい?」


装置は瞬時に答えを返してきた。


「サンドイッチ」


その通りに購入してみると、いつもと違う新鮮さに、少し満足感を得られた。


次第に航平は、より重要な選択にも装置を使い始めた。


「今の仕事を続けるべきか、転職すべきか?」


装置の答えは「転職」だった。


その言葉に背中を押された彼は、転職活動を開始し、より良い条件の職場へ移ることができた。


「すごいな、この機械……」


だが、その一方で、彼は次第に不安を覚え始めた。


「本当にこれでいいのか?自分で選んでいないのに……」


ある日、航平は恋人との関係について装置に尋ねた。


「彼女との将来をどうすべきか?」


装置の答えは「別れる」だった。


それを見た航平は動揺した。


「別れるって……本当にそれが正しいのか?」


彼女との思い出が次々と頭をよぎる中、彼は答えに従うべきかどうか迷った。


「俺はこの機械に頼りすぎているのかもしれない……」


翌日、サジタリウスの店を再び訪れた航平は、問いかけた。


「ドクトル・サジタリウス、この装置のおかげで、いろいろな決断が楽になりました。でも、なんだか自分が何も考えなくなっている気がします」


サジタリウスは静かに頷いた。


「選択を代行することは、あなたの負担を減らす手助けにはなります。しかし、選択の結果をどう受け止めるかは、あなた自身の心次第です」


「でも、このまま機械に頼り続けたら、自分で何も決められなくなりそうで……」


サジタリウスは微笑みながら答えた。


「どんなに優れた装置でも、あなたの人生を生きるのはあなた自身です。大事なのは、選択を通じて何を学び、どう行動するかです」


航平はしばらく考え込み、装置をカウンターに置いた。


「もう必要ないかもしれません。この先は、自分で選びたいと思います」


それ以来、航平は自分の直感や感情を大切にしながら選択をするようになった。


ある時、彼女との将来について自分なりに考え抜き、改めて関係を深めることを決断した。


職場では、以前よりも積極的に新しい挑戦に手を挙げるようになった。


ある日、彼はふと呟いた。


「選択は怖いけど、失敗もまた自分の人生の一部なんだよな」


サジタリウスは店内で新たな客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。


【完】

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