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第4章 月光の剣①

第一部 「北へ」


朝もやの立ち込めるミルトン村の広場で、アカネとユイは出発の準備を整えていた。村人たちが見送りに集まり、二人に感謝の言葉を述べている。マーサは特製のパンを、他の村人たちも旅の糧を届けてくれた。


月光亭の前で、イリスが静かに二人を見つめていた。


「本当に、ここに?」アカネが尋ねる。


「ええ」イリスは穏やかに頷く。「この村には、まだ私の果たすべき役目があるの。それに...」


彼女は一瞬、遠くを見るような目をした。


「必要な時には、また会えるでしょう」


その言葉には、深い意味が込められているようだった。イリスは二人に近づき、小さな水晶のペンダントを差し出した。


「これは、月の巫女たちが使っていたもの。危機的な状況で、光を放つわ」


アカネがそれを受け取ると、かすかな温もりを感じた。


「行きなさい」イリスの声が静かに響く。「あなたたちの道は、その先にある」



最初の二日間、街道は緩やかに北へと続いていた。アカネは歩きながら、体の中に芽生えた新しい力を感じていた。それは温かく、しかし時として激しく脈打つような感覚だった。


「少し休みましょう」ユイが街道脇の小さな祠を指さした。


二人が腰を下ろすと、ユイは水筒を差し出した。「力の使い方は、少しずつ分かってきた?」


「うん...でも」アカネは右手を開いてみせた。かすかな光の粒子が、指先で踊るように浮かび上がる。「まだ上手くコントロールできないの」


「それが自然よ」ユイは微笑んだ。「私も最初は...」

そこで言葉を切ったが、アカネには何か深い意味が込められているように感じられた。


祠の前には、古い石碑が建っていた。苔むした文字は判読が難しいが、ユイがじっと見つめていると、文字が浮かび上がってくるようだった。


「これは...」ユイが目を細める。「旧王国時代の巡礼路の案内みたい。この道は、かつて神聖な道だったのね」



その時、街道から馬の蹄の音が聞こえてきた。振り返ると、旅装束の男性が馬を止めていた。


「これは珍しい」男性は馬から降りながら言った。「若い巡礼者かな?」


「いいえ、私たちは...」アカネが答えようとした時、男性は石碑に目を向けた。


「ああ、この石碑」彼は懐かしそうに微笑む。「私の祖父は、この道の管理人だった。毎年、巡礼者たちがこの道を通って神殿を目指したものさ」


男性は自己紹介した。リョウという名の歴史学者で、各地の遺跡を調査して回っているのだという。


「北方街道には、まだ多くの謎が残されているんです」リョウは熱心に語り始めた。「特に、百年前の大異変以前の記録は断片的で...」


「大異変?」アカネが思わず尋ねる。


「ええ」リョウは周りを見回してから、声を落として続けた。「月の巫女たちが姿を消した時のことです。実は、私はその時の記録を探して回っているんです」


ユイが身を乗り出した。「何か、見つかりましたか?」


「断片的にね」リョウは旅装の中から、革表紙のノートを取り出した。「例えば、これは月見台での最後の儀式の記録です」


開かれたページには、色褪せた文字で記録が残されていた。


『七月七日の記録

今宵、七人の巫女たちが月見台に集い、最後の祈りを捧げた。彼女たちの言葉は謎めいていた。

「光は闇へと向かい、闇は光を求める。その時が来たのだ」

儀式の後、巫女たちは北方山脈へと向かった。そして、それが彼女たちを見た最後となった。』


「この記録の後、何があったんでしょう?」アカネが尋ねる。


「それが分からないんです」リョウは首を振る。「ただ、その直後から神殿での不思議な現象が報告され始めた。光の柱が立つとか、影が動くとか...」


リョウはさらにノートをめくった。「面白いのは、その現象が約百年周期で繰り返されているらしいことです。そして、今年がちょうどその周期にあたる」


アカネとユイは顔を見合わせた。


「この先にも、面白い遺跡があるんですよ」リョウは話題を変えるように言った。「月見台という場所です。巡礼者たちが、月の巫女たちに祝福を求めた場所なんです」


「そこまでは、どのくらいかかりますか?」ユイが尋ねる。


「そうですね...」リョウは考え込む。「街道から外れて山道を通り、古い集落にも立ち寄るとすれば、3日はかかるでしょう。でも、価値はありますよ。特に満月の時期は」




アカネは持っている地図を広げた。確かに、月見台への道は大きく迂回することになりそうだ。


「行ってみましょう」ユイが決断する。「シルバーマウントまでは、まだ時間がありそうだし」


リョウは嬉しそうに頷いた。「良かったら、私も案内しましょう。ちょうどその方面の調査をするつもりでしたから」


こうして一行は街道を外れ、山あいの古道を進むことになった。道中、リョウは様々な話を聞かせてくれた。


「巫女たちは、この地域の守護者でもあったんです」リョウは語る。「彼女たちの祈りが、この地の平穏を保っていたと言われています」


「守護者...」アカネはその言葉を反芻した。


「ええ。特に、"光の継承者"と呼ばれる巫女は重要な存在でした……」



夜になると、一行は古い集落に立ち寄った。村の古老たちは、驚くほど昔の記憶を鮮明に持っていた。


「私の祖母は、最後の巫女たちを見たことがあると言っていました」白髪の老婆が語る。「七人とも若かったそうです。でも、その目は古い魂を宿しているようだったと」


次の日は、崩れかけた石段を一段一段確認しながらの道のりとなった。所々に巫女たちが使っていたという祠が残されており、リョウはそれらを丹念に記録していった。


「この祠には、古い予言が刻まれているんです」リョウが一つの祠の前で立ち止まる。「"月が満ちる時、光は再び目覚める"...」


三日目の道のりは特に険しかった。しかし、夕暮れ時になって、ついに月見台は姿を現した。苔むした石段を上っていくと、円形の広場に出る。中央には、七本の石柱が円を描くように立っていた。


「七人の巫女を表しているのね」ユイが呟く。


アカネが石柱に近づくと、突然、水晶のペンダントが明るく輝き始めた。同時に、彼女の体の中の力が大きく波打つのを感じる。


「アカネ!」ユイが駆け寄る。


光は次第に収まったが、アカネの手の中には、小さな光の球が残っていた。それは、まるで月の光のように柔らかく輝いている。


「これが...私の力?」


「ええ」ユイは優しく微笑んだ。「少しずつだけど、確実に目覚めているわ」


リョウは不思議そうな顔で二人を見ていたが、特に何も言わなかった。ただ、去り際にこう告げた。


「私には何を意味しているか分かりませんが、月見台には、もう一つ言い伝えがあります。"光は共鳴し、影は深まる"」




翌日、一行は街道へと戻った。リョウとはここで別れることになった。


「気をつけて」リョウは最後にこう付け加えた。「シルバーマウントでは、"影"に注意するように」



街道に戻って間もなく、二人は古い石碑の前で休憩をとっていた。苔むした石碑には、かつての旧王国時代の文字が刻まれている。


「読めるの?」アカネが興味深そうに尋ねる。


「少し」ユイは石碑を見つめる。「ここには..."月の光に導かれし者たちへ"...って書いてあるわ」


「月の光...」アカネはイリスから貰ったペンダントを取り出す。水晶は太陽の光を受けて、かすかに輝いた。


その時、街道の向こうから馬車の音が聞こえてきた。二人が振り返ると、小さな商人の馬車が近づいてくるのが見えた。


「おや、若い旅人さんかい?」髭面の商人が馬車を止める。「珍しいねぇ、こんな所で休んでるなんて」


「旅の途中なんです」アカネが答える。


「そりゃ大変だ。シルバーマウントまでかい?」


「はい」


「なら、よかったら乗せていってあげるよ。ちょうど私もそこまで行くところでね」商人は愛想よく笑いながら、髭をさすった。「わしはグレイ。北方街道を行き来する商人さ。お二人は?」


「私はアカネです。こちらはユイ」


「へぇ、珍しい組み合わせだね」グレイは二人を興味深そうに見た。「薬師の見習いかい?その荷物を見るに」


アカネは少し驚いた様子で「はい、そうです」と答える。


「目が肥えてるでしょう」グレイは得意げに笑う。「この街道じゃ、色んな旅人を見てきましたからね。特に最近は薬師さんの往来が増えてきた。北の方で、珍しい薬草が見つかったって噂があるもんで」


「薬草、ですか?」アカネの目が輝く。


「ああ。シルバーマウントの市場なら、珍しいものも手に入るかもしれないよ。わしも時々、薬草商人から仕入れたりするんでね」


グレイは馬車の荷台を指さした。「さ、乗りなさい。日も傾いてきたし、このまま行けば夕方には次の宿場町に着けるはずさ」



宿場町「月見坂」は、北方街道の要所として栄えた小さな町だった。日が暮れる頃、グレイは二人を町はずれの古い宿屋に案内した。


「ここがお勧めさ」グレイは「月見亭」という看板の下で立ち止まる。「料理も美味いし、何より、話をするのにちょうどいい場所でね」


宿の主人は、グレイの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。「おお、グレイどの!また来てくださいましたか」


「ああ、今日は珍しいお客さんと一緒でね」


夕食は宿の個室で振る舞われた。山菜の天ぷらや川魚の煮付け、地元で採れた野菜の煮物が、古い漆塗りの膳に並ぶ。


「さて」グレイは箸を置きながら話し始めた。「月の巫女の話をしようかね」


暖かな灯りの下、グレイの表情が少し引き締まる。


「祖父は、シルバーマウントの神官だった。その神殿で、最後の月の巫女たちを見たそうだ」


「最後の...月の巫女?」アカネが身を乗り出す。


「ああ。今から百年ほど前、北方山脈の神殿には七人の巫女がいたという。彼女たちは月光の剣を守護する役目を担っていてね」


ユイが静かに尋ねる。「なぜ、七人だったんですか?」


「月の七つのかたちを表すんだと、祖父は言っていたよ。新月から満月まで、それぞれの巫女が異なる力を持っていたとかね」グレイは懐から古い巻物を取り出した。


「これは祖父の日記の一部さ。神殿での出来事が記されている」


アカネとユイは、黄ばんだ巻物を覗き込んだ。かすれた文字が、かろうじて読める。


『第七日目の記録

今夜も月は明るい。巫女たちの祈りが神殿に響く中、不思議な光を見た。月光の剣が、まるで何かに呼応するように輝いていたのだ。

しかし、この光景を見られたのは、これが最後となった。

翌日、巫女たちは突如として姿を消し、剣も共に消えたのだ。残されたのは、七つの水晶と、一つの予言だけ...』


「予言...」アカネは首からぶら下がる水晶に目を向けた。


「ああ」グレイは頷く。「"光と影が交わる時、月の巫女たちの血を引く者が現れる。その時、剣は再び力を取り戻すだろう"...というものさ」


部屋の中が静まり返る。外では、虫の音が聞こえていた。



「実はね」グレイは声を落として続けた。「最近、神殿で不思議な光が見られるという噂がある。まるで、百年前の記録の通りにね」


アカネは思わずユイを見た。ユイも、真剣な表情でグレイの話に聞き入っている。


「ただ」グレイは急に表情を曇らせた。「気をつけなきゃいけない。その噂を追って、神殿に向かった者たちの中には、戻ってこない者もいるんだ」


「どういうことですか?」ユイが鋭く問う。


「分からない。ただ...」グレイは窓の外、北方山脈の方を見やった。「神殿には何か、ただならぬものが潜んでいるような気がする」


月が雲間から顔を覗かせ、部屋の中に銀色の光が差し込んできた。アカネの水晶が、かすかに輝きを放つ。


「お嬢さんたち」グレイは静かに言った。「もし神殿に行くつもりなら、気をつけてほしい。特にね、"影"には」


「影...」


「ああ。月があれば必ず影がある。光が強ければ強いほど、影も濃くなる」グレイは意味ありげに言った。「これ以上は、私にも分からない。ただ、祖父の日記の最後のページには、こう書かれていた」


彼は巻物の最後の部分を開いた。


『月光の剣は、決して単なる武器ではない。

それは、光と影の均衡を映す鏡。

真実を見極める者だけが、その本質を理解できるだろう』


外では、夜風が木々を揺らし始めていた。



朝もやの立ち込める中、月見亭の前で馬車の準備が整えられていた。


「よく眠れたかい?」グレイが荷物を積み込みながら声をかける。


「はい」とアカネは答えたものの、実際はあまり眠れなかった。昨夜聞いた話が、頭の中で何度も繰り返されていた。


出発の準備をしながら、ユイが小声で話しかけてきた。「気になることがある?」


「うん...」アカネは首からぶら下がる水晶に触れる。「七人の巫女のこと。きっと、もっと何か...」


ユイは黙って頷いた。彼女も何か考え込んでいるようだった。


「さあ、出発するよ」グレイの声に、二人は我に返る。



馬車は、朝日に照らされた北方街道を進んでいく。道の両側には、白い花を咲かせた野草が風に揺れていた。


「あと半日もすれば着くはずさ」グレイが言う。「シルバーマウントは、北方一帯で最も古い町のひとつでね。神殿が栄えていた時代の面影が、今でもあちこちに残っているんだ」


「グレイさん」アカネが尋ねる。「神殿には、今でも人は住んでいるんですか?」


「いいや」グレイは首を振る。「百年前に巫女たちが消えてから、完全な廃墟になってしまった。今では観光客も近づかない」彼は少し言葉を選ぶように間を置いて続けた。「ただ、最近は時々、不思議な光が見えるって噂だ」


昨夜も聞いた話だが、朝の光の中で聞くと、より現実味を帯びて感じられた。


街道は次第に上り坂となり、両側の木々も少なくなってきた。遠くには、雪を抱いた北方山脈の峰々が、より大きく見えるようになっていた。


昼過ぎ、馬車は小高い丘を登りきった。


「ほら、見えてきたよ」グレイが指さす方向に、石造りの建物が立ち並ぶ町が見えてきた。


シルバーマウントは、その名の通り、銀色に輝く岩山の麓に広がっていた。町を囲むように古い城壁が巡らされ、その向こうには幾つもの尖塔が空を指していた。


「あれが...」アカネが息を呑む。


「ああ、月の神殿だよ」グレイは町の背後に聳える巨大な建造物を指さした。「今は使われていないが、かつては北方一帯で最も神聖な場所とされていたんだ」


神殿は、半ば山肌に埋もれるようにして建っていた。風化した白い石組みが、どこか寂しげに光を反射している。


馬車が町の入り口に近づくと、大きな石門が見えてきた。門柱には月の紋章が刻まれ、その下を幾筋もの亀裂が走っていた。


「着いたよ」グレイが馬車を止める。「ここからは、歩いた方がいい。市場を通っていけば、商人ギルドの建物が見えるはずだ。そこで色々と情報が集められるだろう」


アカネとユイが馬車から降りると、グレイは懐から一枚の古い羊皮紙を取り出した。


「これは、祖父が書き残した神殿への地図さ。使えるかどうかは分からないが...」


「ありがとうございます」アカネが深々と頭を下げる。


「気をつけて」グレイは真剣な表情で二人を見た。「何か困ったことがあったら、市場の"銀月堂"という店を訪ねなさい。私の知り合いがいる」


石門をくぐると、古い石畳の通りが続いていた。両側には、錆びた看板を掲げた店々が立ち並ぶ。通りを歩く人々の中には、明らかに旅人と分かる姿も見える。


「ユイ」アカネが呟く。「私たち、これから何を...」


その時だった。水晶のペンダントが、かすかに光を放ち始めた。


まるで、何かに呼応するように。


[第一部 完]

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