第3章 光の目覚め④
第四部 「新たな光」
夜明け前、月光亭の一室で、アカネとユイは村人たちの治療を始めていた。
マーサの症状が最も重かった。薄れゆく意識の中で、彼女は苦しそうに呼吸をしている。イリスが用意した部屋には、他にも数人の重症患者が運び込まれていた。
「この光を...」
アカネは光の杖を掲げる。祠での戦いで目覚めた力は、まだ新しく、扱いに戸惑いがあった。しかし、確かな手応えも感じていた。
「私が補助するわ」
ユイが背後に立ち、そっとアカネの肩に手を置く。その仕草には、もはや最初の頃のような冷静さだけではなく、温かな信頼が込められていた。
「二人の力が一つになった時」イリスが静かに見守りながら言う。「光は最も純粋な輝きを放つ」
アカネは目を閉じ、意識を集中させる。光の力と薬師の知識が、自然と結びついていく。それは、まるで複雑な薬を調合するように、様々な要素の釣り合いを整えていく作業だった。
部屋の中が、柔らかな光に包まれていく。
光が満ちていく中、マーサの苦しそうな表情が徐々に和らいでいった。蒼白だった頬に、少しずつ血色が戻り始める。
「影が...消えていくわ」
ユイの声には驚きが混じっていた。確かに、患者たちの周りを漂っていた闇の気配が、光の中で薄れていく。それは単純な消滅ではなく、何かが正しい形に戻っていくような感覚だった。
「ちょうど、薬が毒を中和するように...」アカネが呟く。
「そう」イリスが頷く。「光の本質は破壊ではなく、調和なのよ」
マーサが静かに目を開いた。その瞳は、数日前とは違う、生き生きとした輝きを取り戻していた。
「こんなに...体が軽い」
マーサの声に、部屋の空気が一変する。他の患者たちも、次々と意識を取り戻していく。アカネは光の杖を下ろし、ほっと息をつく。
「すごいわ」ユイの声が弾む。「アカネ、あなたの力が—」
振り返ると、そこにはこれまで見たことのないような、晴れやかな表情のユイがいた。いつもの理知的な仮面が外れ、素直な喜びに満ちた少女の顔があった。
「ユイさんこそ」アカネも自然と笑顔になる。「一緒にいてくれたから...」
朝日が昇る頃には、村全体に活気が戻り始めていた。家々の窓が開かれ、人々の声が通りに満ちていく。煙突からは朝食の支度を告げる煙が立ち上り、子供たちの笑い声さえ聞こえてきた。
月光亭の一室で、アカネとユイは暖炉の前に腰を下ろしていた。疲れは残っているものの、どこか充実感に満ちている。
「少し、休みましょう」
ユイが差し出した湯飲みには、見覚えのある香りが立ち上っていた。
「これは...」アカネが目を見開く。「私の薬草茶?」
「イリスさんに材料を分けてもらって」ユイが少し照れたように微笑む。「あなたの配合を真似てみたの。上手くできたかしら?」
一口飲んでみると、確かに同じ香りだが、どこか新しい味わいがあった。
「美味しい」アカネが素直に答える。「でも、少し違う。不思議な...心が温かくなるような」
「魔法を少しだけ加えてみたの」ユイの声が弾む。「薬草の力と魔法の力が、調和するんじゃないかって思って」
その言葉に、アカネは思わず笑みがこぼれる。ユイの中にある本来の明るさが、少しずつ表に出てきているのを感じた。
「まるで、私たちみたい」
「え?」
「薬師の力と魔法の力。違うけれど、補い合える」
二人は静かに笑い合った。
アカネは暖炉の温もりに包まれながら、徐々に瞼が重くなっていくのを感じていた。一日の緊張が解け、疲れが一気に押し寄せてくる。
「ユイ...さん」
言葉の続きは、静かな寝息に変わっていた。アカネは知らず知らずのうちに、ユイの肩に頭を預けるような形で眠りに落ちていた。
ユイは驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな表情になる。
「よく頑張ったわね」
囁くような声で言うと、そっとアカネの髪に触れた。暖炉の火が静かにはぜる音だけが、部屋に満ちている。
(私も、変わってきているのかもしれない)
そんなことを考えながら、ユイは眠るアカネを優しく見守っていた。長い一日が、静かに終わろうとしていた。
* * *
* * *
夕暮れ時、アカネは暖かな毛布に包まれた状態で目を覚ました。窓辺で本を読んでいたユイが、気付いて振り返る。
「ずっと、見ていてくれたの?」
「ええ」ユイが微笑む。「あなたの寝顔は、とても穏やかだったわ」
窓の外では、村の明かりが一つずつ灯り始めていた。治療を終えた村人たちの、穏やかな日常が戻りつつある証だった。
「お腹、空いたでしょう?」ユイが立ち上がる。「イリスさんが夕食を用意してくれているわ」
アカネは頷きながら、改めて自分の中の変化を感じていた。目覚めた光の力は、まだ新しく不安定なものだったが、確かな手応えがあった。そして何より、隣にいるユイの存在が、大きな支えになっていた。
* * *
* * *
夜も更けた頃、二人が月光亭の一室で静かに過ごしていると、イリスが静かにドアをノックした。
「お二人とも、失礼するわね」
彼女は一枚の古い地図を広げた。羊皮紙に描かれた地図は、年月を経て色褪せているものの、不思議な存在感を放っていた。
「北方山脈の奥に」イリスが一点を指さす。「月光の剣が眠る場所がある」
地図には、険しい山々の中に、古い神殿らしき建物が記されていた。
「この神殿は」イリスが静かに説明を始める。「かつて月の巫女たちが、剣を守っていた場所。今は廃墟となっていても、その力は失われてはいないわ」
アカネとユイは、地図に描かれた神殿を見つめる。険しい山々の間に、孤独に佇むようにして描かれている。
「でも、簡単には近づけないはず」ユイが眉をひそめる。「北方山脈は、魔物の活動が活発な場所だと聞くわ」
「ええ」イリスが頷く。「それに、神殿自体にも古い結界が張られている。でも...」
彼女はアカネを見つめた。その瞳には、深い知識と導きの光が宿っているように見えた。
「今日、あなたが見せた力なら、きっと道は開かれるはず。光の巫女の力と、宵闇の娘の導きがあれば」
その言葉に、ユイの体が僅かに震えるのをアカネは感じた。「宵闇の娘」という言葉に、何か特別な意味が込められているようだった。
「出発は明後日がいいでしょう」イリスが地図を丁寧に畳む。「明日一日は、村人たちの経過を見守って。それに...」
彼女は意味ありげな微笑みを浮かべた。「あなたたち自身も、新しい力に慣れる時間が必要よ」
イリスが部屋を去った後、静寂が二人を包む。暖炉の火が、壁に揺らめく影を作っていた。
「ユイさん」アカネが静かに声をかける。「私たち、きっと...」
「ええ」ユイの声には、強い確信が込められていた。「二人なら、大丈夫」
窓の外で、満月が雲間から顔を覗かせる。その光は、まるで二人の新たな旅路を祝福するかのようだった。
第四部 終




