第3章 光の目覚め③
第三部 「試練の時」
闇が渦巻く祠の中で、シャドウの姿が浮かび上がった。黒い水晶から放たれる闇の力が、まるで彼を守るように周囲を取り巻いている。
「よく来たな」シャドウの声が響く。「これも、全て計算通りということだ」
ユイが短杖を構え、アカネの前に立つ。イリスは一歩後ろに下がり、静かに事態を見守っている。
「あなたが、村人たちを...」アカネの声に怒りが混じる。
「ああ、影の病の仕掛けは私だ」シャドウは平然と答える。「だが、これは単なる試験に過ぎない」
「試験?」
「光の巫女としての資質を見極めるためのな」シャドウの目が細くなる。「そして、ユイの覚悟も...」
その言葉にユイの体が僅かに震える。アカネは、戦いの中にも何か別の意味が隠されているのを感じていた。
「私の覚悟など」ユイの声が冷たくなる。「とうに決まっているわ」
短杖が青く輝き、魔法の力が解き放たれる。しかし、シャドウはその攻撃を片手で払いのけた。
「まだまだだな」シャドウの口元に笑みが浮かぶ。「お前の母のような冷徹さがない」
「母を...!」
ユイの感情が高ぶった瞬間、シャドウの影が一気に広がる。床一面に広がった闇が、突如として触手のような形を作り、二人に襲いかかった。
「光の壁!」
ユイの詠唱が響き、防御の魔法が展開される。しかし、影の触手はその壁を容易く貫通した。
「通常の魔法では、この闇は防げんぞ」シャドウの声に余裕が滲む。「これは魔王様から与えられた特別な力だからな」
アカネは祠の内部を見回していた。黒い水晶から漏れ出す闇の力、シャドウの放つ影、そして村人たちから吸い取られた生命力—。それらが複雑に絡み合い、歪な力を生み出している。
(まるで...毒された調合のよう)
薬師としての直感が、その異常さを感じ取っていた。
「はっ!」
ユイの攻撃魔法が放たれるが、シャドウの影に吸収されていく。戦いは明らかに不利だった。ユイの動きにも焦りが見え始めている。
「どうした?」シャドウが挑発的に言う。「これがお前の決意か?母上は失望するだろうな」
「黙って...!」
感情的になったユイの防御が崩れる。影の触手が一気に襲いかかり、ユイを床に叩きつけた。
「ユイさん!」
アカネが駆け寄ろうとした時、イリスの静かな声が響く。
「よく見なさい、アカネ。あなたにしか見えないものが、そこにあるはず」
その言葉に導かれるように、アカネは光の杖を強く握り直す。目を凝らし、薬師としての感覚を研ぎ澄ませる。
そこに見えたのは—。
黒い水晶から放たれる闇の力の中に、かすかな光の粒子が混ざっているのが分かった。まるで、純粋な薬効に紛れ込んだ不純物のように。
(これは...光が歪められているの?)
「そう、その通り」
イリスの声が、アカネの心の中に直接響くかのようだった。
(薬を調合する時と同じ...純粋な要素を見分けて、調和させる...)
アカネは光の杖を掲げる。意識を集中させると、周囲の空気が変わっていくのを感じた。これまでの修行で感じた力とは違う、もっと深い何かが胸の奥で目覚めていく。
「何を...!」シャドウの声に初めて焦りが混じる。
黒い水晶の中で、光の粒子が明滅し始めた。アカネの力に呼応するように、本来の輝きを取り戻そうとしている。
「させるか!」
シャドウの影が一斉にアカネに襲いかかる。その瞬間—。
「させない!」
倒れていたユイが跳ね起き、アカネの前に立ちはだかった。感情的な戦いから一転、その姿は凛として美しかった。
「二人なら、できる」
ユイの声に力強さが戻っていた。短杖から放たれる魔法の光が、アカネの力と共鳴する。
「くっ...」
シャドウの影が押し返されていく。黒い水晶の中の光が、次第に強さを増していく。
「光よ」アカネが静かに詠唱を始める。「歪められた調和を...」
「正しい形に」ユイの声が重なる。
二人の力が交差した瞬間、祠の中が眩い光に包まれた。それは穏やかでありながら、圧倒的な力を持っていた。
「な...何だ、この力は」
シャドウの影が、光の前で薄れていく。黒い水晶から漏れ出ていた闇の力が消え、代わりに温かな光が満ちていく。
光が収まると、祠内部の様相は一変していた。黒い水晶は本来の透明な輝きを取り戻し、穏やかな光を放っている。床に広がっていた影も消え、月光が天窓から静かに差し込んでいた。
シャドウは片膝をつき、肩で息をしている。しかし、その表情には敗北の色よりも、むしろ満足げな何かが浮かんでいた。
「見事だ...」シャドウがゆっくりと顔を上げる。「これが本来の光の巫女の力か」
「本来の...?」アカネは問いかける。
「ただ浄化するだけでなく、歪みを正しい形に戻す力」イリスが静かに説明する。「それこそが、真の調和をもたらす光の力よ」
ユイがアカネの傍らに立ち、その手をそっと握る。「あなたならできると、信じていたわ」
「私一人の力じゃない」アカネは首を振る。「ユイさんと一緒だから...」
「そうね」ユイの声が柔らかい。「二人だからこそ」
シャドウはゆっくりと立ち上がった。その姿が徐々に影に溶けていく。
「これは始まりに過ぎない」消えゆく直前、シャドウが言う。「真の試練は、これからだ」
その言葉が祠に響き渡り、シャドウの姿は完全に消えた。
静寂が戻った祠の中で、イリスがゆっくりと祭壇に近づく。
「予言は、少しずつ形になっていく」イリスの声が静かに響く。「光の巫女が目覚め、宵闇の娘が道を照らす...」
その言葉にユイの体が僅かに震えるのを、アカネは感じ取った。そこには何か、まだ語られていない大きな物語が隠されているような気がした。
「でも、今は」イリスが振り返る。「村の人々を救わなければ」
アカネは頷いた。力の目覚めは確かに大きな一歩だった。しかし、それは目的ではなく、誰かを救うための手段に過ぎない。
「行きましょう」ユイが微笑む。「二人なら、きっとできるわ」
月明かりの中、二人は祠を後にした。これは確かに"試練"だった。しかし同時に、新たな力と絆を見出す機会でもあった。
第三部 終




