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第5章 世界樹の約束①

第一部「緑の道」



巨大な樹が、天空へと伸びている。


その枝葉は雲を突き抜け、幹は大地に深く根を下ろしている。薄明かりの中、七人のエルフたちが樹の前に立っていた。銀色の長い髪と尖った耳を持つ彼らは、何かの儀式を執り行っているように見える。


アカネの持つ月光の剣が、不思議な輝きを放ち始めた。それは夢の中でありながら、はっきりと感じる温かさ。エルフたちが振り向き、彼らの手にした七本の杖が月光の剣と呼応するように光を放つ。


「我らの願いは、この枝に」

「光の巫女が来たる時まで」

「真実を守りし者たちへ...」


エルフたちの声が重なり合い、風のように通り過ぎていく。世界樹の一本の枝が金色に輝き始める中、一人のエルフがアカネを見つめた。


「光の巫女よ、目覚めの時が来た」



「アカネ、大丈夫?」


ユイの声に、アカネは目を開けた。シルバーマウントの宿の一室で、朝日が窓から差し込んでいる。ベッドの傍らには、月光の剣が立てかけられていた。


「今、不思議な夢を...」アカネは剣を手に取る。まだ剣から、夢で感じた温かさが残っているような気がした。


「どんな夢?」ユイが近寄ってくる。アカネは見た夢の内容を話した。エルフたちのこと、世界樹のこと、そして月光の剣が示した反応のこと。


「イリスさんが言っていた通りね」ユイが真剣な面持ちで言う。「世界樹には、重要な何かが...」


アカネは窓辺に立ち、西の空を見つめた。そこには、まだ見ぬ世界樹が待っている。昨日手に入れたばかりの月光の剣が、鞘の中でかすかに震えているような気がした。


夜明け前の静けさの中、アカネとユイはシルバーマウントの西門に立っていた。月光の剣が柔らかな光を放ち、二人の旅立ちを見守るように輝いている。


「本当に大丈夫なの?」イリスが心配そうに尋ねる。「西方街道は、近年特に危険だと...」


「はい」アカネは月光の剣を胸に抱きながら頷いた。「夢で見た世界樹に、きっと重要な何かがある。それに...」彼女は剣を見つめる。夢の中で感じた確かな手応えが、まだ心に残っていた。


「気を付けて」グレイが二人に特製の地図を手渡す。「この道を行けば、まずはグリーンヘイブンまで三日。そこから先は...」


彼は言葉を詰まらせた。西方街道の先には、かつての戦場が広がっている。魔王の影響が色濃く残る危険な場所だ。


「大丈夫」ユイが静かに言う。「私たちには、光がある」


その時、町はずれから馬車の音が近づいてきた。見れば、十台ほどの商人キャラバンが、西門に向かって来るところだった。


「あれは」ドリアンが目を細める。「グリーンリーフ商会のキャラバンだ。西方への道に詳しい商人たちだよ」


「そうか」グレイが何かを思いついたように言う。「あの人たちと一緒に行けば、少しは安全かもしれない」


イリスが商人たちに声をかけると、先頭の馬車が止まった。


「おや、旅の準備をしているところかい?」髭面の商人が馬車から降りてくる。「私はトーマス。グリーンリーフ商会の隊長だ」


事情を説明すると、トーマスは快く二人を受け入れてくれた。


「世界樹か...」彼は意味ありげに言う。「最近はそこへ向かう者も少なくなったがね。魔物の数が増えすぎて」


空が白みはじめる中、キャラバンは西へと動き出した。イリスたちに見送られ、アカネとユイの新たな旅が始まる。


街道は次第に開けた平原となり、遠くに紫がかった山々が見えてきた。トーマスは西方の地理を説明してくれた。


「グリーンヘイブンまでは、この街道を三日ほど。馬車なら楽な道のりだが、徒歩なら優に十日はかかる。そこまでは比較的安全な交易路でね」


「そこから先は?」アカネが尋ねる。


「そこからが問題だ」トーマスの表情が曇る。「グリーンヘイブンから世界樹までは、早くても一月の旅路。旧エルフ街道を通っていくことになるが、その道も今では...」


アカネは馬車の荷台で、イリスから受け取った古い手記を開いた。


『世界樹は単なる巨木ではない。それは世界の記憶そのもの。エルフたちは、その枝に重要な真実を託したという...』


「何を読んでいるの?」ユイが隣に座る。


「エルフたちの記録」アカネが答える。「でも、途中から文字が読めなくなってしまって...」


その時、不思議な声が聞こえた。


「その文字が読めないのも、当然でしょう」


二人が振り返ると、いつの間にか後ろの荷物の陰に、一人の老人が座っていた。白髪まじりの長い髪を後ろで束ね、深い緑色の瞳をしている。


「あの...どちら様...?」


「私はローレン」老人は穏やかに微笑む。「ただの旅人です」


しかし、その姿には何か特別なものを感じる。特に、その耳の形が少し尖っているように見えた。アカネは思わず、夢の中で見たエルフたちを思い出していた。


「その手記」ローレンが続ける。「古代エルフ語で書かれた部分がありますね。もし良ければ...」


彼は自然な仕草で手記を覗き込み、すらすらと読み始めた。


『世界樹の枝には、七つの真実が託された。光と影の本質。世界の在り方。そして...魔王となる者への警告』


「魔王への...警告?」ユイの声が震える。


「荒れ果てている」ローレンが静かに言葉を継ぐ。「かつてエルフたちが築いた街道は、今では崩れかけている。途中の村々も、多くが廃れてしまった」


「最後の村と呼ばれる"夕霧の里"まではまだ人が住んでいるがね」トーマスが付け加える。「そこから先は完全な無人地帯だ。魔物の影響で、普通の旅人は近寄りもしない」


「夕霧の里まで五日」ローレンが語る。「そこから古代遺跡群までさらに五日。その先は...」老人は一瞬言葉を詰まらせ、「魔王の影響が色濃い地域が広がっている。まともな地図もない」


「世界樹は見えるの?」アカネが不安そうに尋ねる。


「二十五日目ほどで、世界樹の見える峠に着く」ローレンの目が遠くを見つめる。「そこからさらに五日。世界樹の森の中は、時間の感覚すら狂うと言われている」


その時、キャラバンが急に止まった。前方から、警戒の声が上がる。


「魔物だ!」


荷台から飛び降りた時、アカネは目を疑った。道をふさぐように、巨大な影のような生き物が立ちはだかっている。それは獣のような形を持ちながら、体が闇そのもので出来ているかのよう。


「シャドウビーストね」ユイが短杖を構える。「魔王の力で生み出された存在...」


商人たちが慌てて武器を取る中、アカネは月光の剣を抜いた。剣が放つ光が、獣の姿を照らし出す。その瞬間、夢で見た光との共鳴を思い出す。


「気をつけて」ローレンの声が背後から聞こえる。「シャドウビーストは、恐れを力にする」


アカネは深く息を吸った。シルバーマウントで学んだ通り、光は影を生み、影は光を映す。この二つは、決して相反するものではない。


剣を構えた時、不思議な感覚が全身を包む。まるで光が、自分の体の一部となったかのように。それは夢の中で感じた温かさに似ていた。


「行きましょう」アカネが一歩前に出る。ユイも、彼女の横に立つ。


シャドウビーストが唸り声を上げ、二人に襲いかかってきた。しかし今、アカネの心に恐れはない。


月光の剣が、銀色の光を放つ。その光は、シャドウビーストの体を貫くように伸びていく。しかし、それは単なる破壊の光ではない。むしろ、闇を包み込むような、温かな輝き。


「これは...」アカネは目を見開く。月光の剣から放たれる光が、シャドウビーストの中の何かと共鳴しているのを感じた。


「そう」ローレンが静かに言う。「シャドウビーストもまた、光を持つ存在。ただ、それが歪められているだけ」


ユイの詠唱が始まる。彼女の魔法が、アカネの光と呼応するように作用する。シャドウビーストの体が、少しずつ本来の姿を取り戻していく。


黒い霧のような闇が晴れていくと、そこには一頭の白い鹿が立っていた。その姿は神々しく、まるで森の精のよう。その角には、夢で見た世界樹の枝に似た模様が浮かび上がっている。


「無事に戻れ」アカネが静かに告げると、鹿は深く頭を下げ、街道脇の森へと消えていった。


「見事だ」ローレンが感心したように言う。「光を使って相手を倒すのではなく、その本質を取り戻させるとは」


キャラバンの商人たちが、驚きの声を上げている。多くの者にとって、シャドウビーストは倒すべき敵でしかない。その正体が、こんな美しい生き物だったとは。


「エルフたちも」ローレンが続ける。「かつてはそうやって魔物たちと向き合っていた。暴力で倒すのではなく、本来の姿に戻してあげる。それが彼らの戦い方だった」


「本来の姿...」アカネは月光の剣を見つめる。そこに映る自分の姿が、どこか違って見える。より強く、しかし同時により優しい光を放っているように。


三日目の夕方、ついに彼らは大きな町の城壁を目にした。


「グリーンヘイブンだ」トーマスが誇らしげに言う。「西方最大の交易都市さ」


城壁の向こうには、緑の瓦屋根が立ち並ぶ美しい町並みが広がっていた。その北側に、旧エルフ街道の石畳が伸びているのが見える。


「ここで私たちとはお別れだね」トーマスが荷物の整理を手伝いながら言う。「世界樹への道は、その北門から。だが、本当に大丈夫なのか?」


「はい」アカネは月光の剣を握りしめる。「これまでより、もっと危険な道かもしれない。でも、行かなければ」



「そうか」トーマスが深く頷く。「町の北区域に、"緑の月"という宿がある。エルフの遺跡について詳しい学者たちが、よく立ち寄る場所でね。そこで情報が集められるかもしれない」


別れ際、商人たちは二人に干し肉や薬草を分けてくれた。三日間の旅で、すっかり打ち解けていたのだ。


「ところで」アカネが周りを見回す。「ローレンさんは?」


「さっきまで確かに...」ユイも不思議そうに辺りを探す。


その時、北門の方から風が吹いてきた。それは世界樹の森の匂いを運んでいるような、不思議に懐かしい香り。


「見つけたぞ!」


突然の叫び声に、全員が振り向く。町の入り口で、黒装束の男たちが指を指している。シャドウの手下に違いない。


「急いで!」トーマスが二人の背中を押す。「私たちが奴らの注意を引く。その間に北区域へ!」


キャラバンの馬車が一斉に動き出し、黒装束の男たちの視界を遮る。アカネとユイは、その隙に町の路地へと駆け込んだ。


「こっちよ!」ユイが先導する。


路地を抜けると、古い石畳の通りに出た。振り返っても、追手の気配はない。


「あれを」アカネが指さす方向には、一軒の古い宿が建っていた。その看板には"緑の月"の文字。そして入り口で、まるで二人を待っていたかのように、ローレンが立っている。


「よく来たね」老人は穏やかに微笑んだ。「さあ、世界樹への準備を始めよう」


ローレンは二人を宿の中へと導いた。暖炉のある広間には、所々に古い地図や書物が置かれ、壁には様々な場所の風景画が飾られている。その一枚に、アカネは見覚えがあった。夢で見た世界樹の姿そのものだ。


「ここから先の道のりは、想像以上に厳しい」ローレンが暖炉の前に腰を下ろしながら言う。「一ヶ月の旅路。そして、その先には...」


老人の緑の瞳が、炎に照らされて深い光を帯びる。


「世界の真実が、待っている」


夕暮れの町に、金色に輝く世界樹の枝の幻が、かすかに浮かんでいるような気がした。アカネとユイの新たな旅は、ここから始まろうとしていた。


[第一部 完]

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