第4章 月光の剣③
第三部「神殿への道」
満月の朝を迎えたシルバーマウントの町は、不思議な緊張に包まれていた。神殿を取り巻く闇の渦は一層濃さを増し、その影響からか、通りを行き交う人々の姿も少ない。
「準備は整ったわ」
館の地下室で、イリスが最後の確認を行っていた。七つの家から集められた水晶が、それぞれの位置に配置されている。それらは満月の光を受けて活性化し、湖への道を開くための鍵となる。
「あとは月の出を待つだけね」
アカネは短剣を握り締めながら、静かに頷いた。昨夜の修練で会得した月影の舞の感覚が、まだ体に残っている。光と影の調和。その意味が、少しずつ分かってきていた。
「気配が変わってきたわ」ユイが窓辺から告げる。「シャドウたちが、神殿の周りに集まり始めている」
グレイが地図を広げ、作戦の最終確認を始める。「七つの家がそれぞれの位置で光を放ち、その力で闇の結界に穴を開ける。その隙に、アカネとユイが湖まで...」
その時、突然の物音が響いた。全員が振り向くと、階段を駆け下りてくる織物屋の少女の姿があった。
「大変です!」少女の声が震えている。「シャドウたちが、町の人々を...」
「落ち着いて」イリスが少女を抱きとめる。「何があったの?」
「町の人たちが、次々と眠りに落ちていくんです。シャドウたちの影が触れると...」
「まさか」ドリアンが顔色を変える。「街全体を、闇の中に閉じ込めようとしているのか」
アカネは咄嗟に決意を固めた。「行かなきゃ。七つの家の人たちを、守らないと」
「待って」イリスが制する。「今、外に出るのは危険すぎる」
「でも...」
「その通りね」思いがけず、ユイが前に出る。「外に出るのは危険。だから...私たちは影の中を行く」
全員の視線が、ユイに集まる。
「アカネ」ユイが続ける。「あなたの光は、影の道を照らすことができる。そして私には...」彼女は一瞬、言葉を詰まらせた。「シャドウたちの力が、どういうものか分かる」
「ユイ...」アカネは親友の表情に、何か深い決意を見た。
「行きましょう」ユイが手を差し出す。「二人なら、できる」
アカネは頷き、その手を取った。二人の間で、かすかな光が揺らめく。
「私たちは」グレイが剣を構える。「外から援護しよう。町の人々を守りながら、シャドウたちの注意を引きつける」
「七つの家には、私が連絡を」ドリアンが古い巻物を広げる。「これで、互いの意思を伝えることができる」
イリスはアカネの前に立ち、両手を彼女の肩に置いた。「アカネ、最後にもう一つ。これを」
彼女が差し出したのは、小さな銀の鏡。
「月光の剣は、鏡のような存在。光を映し、そして...心の闇をも映し出す」イリスの声が静かに響く。「この鏡は、代々受け継がれてきた品。あなたの道を照らすはず」
アカネは鏡を受け取り、胸元の水晶の隣に下げた。その時、不思議な共鳴が起きる。水晶と鏡と短剣が、三位一体となって光を放ったのだ。
「行って」イリスが微笑む。「あなたの中に、光はある」
アカネとユイは、地下室の奥に続く古い通路へと向かった。そこは百年前、巫女たちが緊急時に使った秘密の道。今は崩れかけているが、二人なら通れるはずだ。
闇の中、アカネの放つ光が道を照らしていく。しかしその光は、不思議なことに外からは見えない。まるで影の中に溶け込むように、二人の存在を隠している。
通路は次第に広がり、古い石段が現れた。それを下りていくと、そこは神殿の地下、儀式の間だった。壁には七つの月の相を表す紋章が刻まれ、床には複雑な文様が描かれている。
「ここが...」アカネが息を呑む。
「ああ、来たな」
冷たい声が響き、暗がりからシャドウが姿を現す。
「よくぞここまで辿り着いた。だが、もうお前たちの好きにはさせない」
シャドウの周りに、濃い闇が渦巻き始める。その目には、揺るぎない決意が宿っていた。
「受け継がれた想いも、その光の力も...全て無意味だ」
「違う!」アカネが短剣を掲げる。「私たちは—」
「黙れ」シャドウの一撃が、闇の波となって押し寄せる。「この世界に、救いなど存在しない」
アカネとユイは背中合わせになって身構える。暗がりの中、かすかに水面が光っているのが見えた。あれが、きっと湖につながる道。
「ユイ」アカネが囁く。「私が光を放つから、その隙に...」
「ええ」ユイが短く頷く。
アカネが短剣から強い光を放つと同時に、ユイが影の中を滑るように動く。シャドウの攻撃をかわしながら、二人は水面へと近づいていく。
「愚かな」シャドウの闇が、さらに濃くなる。「その程度の光で、何ができる」
だが、その時。
アカネの光が、思いがけない輝きを放った。それは単なる閃光ではない。どこか温かく、懐かしいような。シャドウの動きが、一瞬止まる。
「この光は...」
その僅かな隙を突いて、アカネとユイは水面に飛び込んだ。
「待て!」
シャドウの声が響くが、もう遅い。二人の体は、銀色の光に包まれながら、湖底へと沈んでいく。
[第三部 完]




