6(メリーバッドエンド)
「私、貴方に出会えて、とても幸せでした」
血が少女の全身を真っ赤に染め上げる。だが男はそんな事には気を留めず少女に縋り付くように抱きしめた。
「僕も、君に出会えて幸せだよ」
少女は、もうよく見えていない瞳を綻ばせた。刺された所から灼熱が湧き上がるのに、それでも彼の自分を抱きしめる温かさはよくわかる。
あぁ、笑みが零れて堪らない。シャーロットは、自分は今確かに生きているのだと、途方もなく生への歓喜を感じていた。
「……寒いのは、嫌いなんです」
「うん」
「だから、もしもう一度私に会えたら、温かく、して……」
言葉は途中で途切れた。少女はさっきと同じ柔らかい表情を浮かべながらも、その口からは何も発しない。
「シャーロット、シャーロット!」
必死な呼びかけにも。自分の頬を濡らす涙にも。彼女は気づかない。
「――本当だ。こんなにも、寒い事は辛いんだね」
暫くの慟哭の末に、青年が漏らした言葉は微かに震えていた。
そして、彼は樹となった。シャーロットの体を巻き込むようにして、大樹となる。少女の体は今彼の体の中。
『寒い、寒い。君は、本当に酷い子だ。あんなにも温かさを教えてくれながら、雪のように消えてしまうのだから』
葉から一滴零れ落ちた水が、赤く染まった床を叩いた。
◇◇◇
体を動かせないまま、ドロシーは一人の少女の死を眼に焼き付けていた。自分と同じように、腹を刺され死んだ少女の事を。
体は、少女が死んだせいか段々と自由を取り戻していた。
お腹を刺されるのは、痛い。
そんな事、ドロシーはよく知っている。だけど、目の前の少女にそれをしたのは、誰が何と言おうとドロシーだ。
「ごめん、なさい」
まず最初に自由を取り戻した口から漏れたのは、謝罪。
彼女はさな子ではなかった。似ているようで、違った。いいや、さな子であっても、ドロシーの行為はお門違いだった。
「ごめん、なさいっ」
ようやく、ドロシーは分かった。光に集う蛾のように、ドロシーは少女に――さな子に憧れていた。その気持ちを誤魔化し続けてきたから、前世ではあんな終わりを迎え、今世では罪のない少女を殺した。
もしも、もしも「私、さな子が羨ましい。勉強教えてよ」と言えたなら、何か未来は変わったのだろうか。
もしも、もしも「彼氏なんて作らないでよ」と言えたなら、みおの望んだ未来は、手に入ったのだろうか。
分からない。ドロシーにはもう、これっぽっちも分からない。だから動かせるようになった両手で祈った。自分は聖女なのだから、どうかこの願いを誰か叶えて、と。
――あの二人に、幸せを。
◇◇◇
劣等感は、自分の身には余るものだった。笑顔の後ろに隠さなきゃいけないものの重さに、いつもアドルフは辟易していた。
だけど、ドロシーに出会ってようやく息をするのが楽になった。ドロシーの側は心地よかった。
シャーロットの事が、嫌いな筈だった。――だが、寄り添いあう二人に、どうしようもなく胸がこがれた。
いつかの自分も、青年に向ける瞳の熱と同等の物を貰っていた。それに、今ようやく気付いた。
「あぁ、シャーロット……」
ドロシーは、欲しい言葉はくれても欲しい熱はくれなかった。
アドルフは全て、全てを台無しにしてようやく己の恋を自覚した。
「ごめん、シャーロット……!」
――シャーロットはきっと、自分の謝罪を受け入れてくれるのだろう。だってもう、自分に対する熱を彼女は持っていないから。
修道院では、シスター達が深い眠りについている。彼女達は同じ夢を見た。
一人の小さな少女が、男の子にも女の子にも邪険に扱われ泣いて歩いた末に、一本の木を見つける夢だった。
木に寄りかかった少女は、ようやく心の安寧を見つけたと言わんばかりに、小さく笑った。