6(ハッピーエンド)
「そう言えば僕、シャーロットと出会った時からもう魔力が枯渇しかけてるんだよね」
「まぁ、あと何年位の生命なんですか?」
「500年」
「意外と多いですね」
「そうでもないよ。だから樹となって生命が終わる時を待ってたのに、シャーロット。君が現れた」
「ふふっ、私ってもしかして、罪な女ですか?」
「そうだよ。現に僕の魔力、君に使いすぎてあと100年分しかないし」
「うわーごめんなさい!」
「いいよ、後悔はしてないから。……だからさ、何かもう一つ、願い事叶えてあげるよ」
「――……いいえ、もう大丈夫です。デューデルハイト様には沢山の物を貰いました」
「沢山? 僕は喉を少し治したのと、睡眠時間削ってた位だけど?」
「はい。私とお話してくれました。一緒に過ごしてくれました。笑い合ってくれました。抱きしめてくれました。温かさを教えてくれました。私の怪我を、心配してくれました。そのどれもが、私にとってはとても嬉しかったです」
「……本当に、馬鹿なシャーロット」
「えへへ……」
「でも、本当にないの? そんなに沢山叶えてもらったなら、今更一個増えた所で変わんないよ」
「まあっ、なんて悪魔みたいな考え!」
「僕悪魔だし」
「それもそうですね。うーん、改めて考えると中々……あっ、それなら」
「それなら?」
「私が生まれ変わってまた出会えたら、私と沢山お話してください。きっと、その時の私も、言葉を交わす事を何よりも望んでると思いますから。……あと、住むなら南の国が良いですね。寒いのは、嫌ですから」
「あぁ、約束するよ」
「ふふ、ありがとうございます、デューデルハイト様。お礼に、どうか魔力を受け取ってください。私に出会うまでの旅費だと思って」
「悪魔にお礼を渡すの?」
「――おかしな人。私は一度だって、悪魔という定義に貴方を当てはめた事はありませんよ」
シャーロットの笑みを契機に、体が眩く光りだした。その光は、デューデルハイトに吸い込まれていく。
そして、アドルフやドロシーも体が自由になった。
「この悪魔め、殺してやるっ」
「シャーロット様みたいに死んじゃえ!」
デューデルハイトに襲いかかろうとした彼等は、しかしデューデルハイトには一歩も近づけなかった。彼の強い魔力に弾き飛ばされたからに他ならない。
「……君に、会いに行くよ。もっと、確実な方法で」
デューデルハイトから光が放たれ、全てが白く覆い隠された。
◇◇◇
「シャーロット、お前はドロシーを階段から突き落としたそうだな!」
その怒声に、シャーロットの意識が浮上した。今の今まで夢の中にいたような浮遊感に彼女が首を傾げていると、そんなシャーロットの態度に焦れたのかもう一度アドルフが声を荒げる。だが、その声は途中で遮られた。
「待ちなよ」
「……っ、デューデルハイト・リンドール王子!? 俺は今大事な話をしている。後でにしてくれないか!」
「その大事な話に関係あるんだよね」
デューデルハイト・リンドール王子? そんな人学園にいたかとシャーロットは首を捻ってから思い出した。そう言えば、南に位置する国の王子が留学中というのを聞いたことがある気がする。
デューデルハイト王子は、一枚の紙を取り出した。そこには魔術紋が刻まれている。
「―――」
彼が唱えた瞬間、鮮やかな光がアドルフを筆頭に生徒達に巻き付いた。
「おい、何をする! ってあれ? 俺は今まで何を……」
「そこの女生徒は、魅了を使っていたんだよ」
"魅了"という言葉に一気に広間がざわつく。シャーロットも驚きを隠せないでいた。
「なんだと!? おい、それは本当なのか、ドロシー!」
「え、いや……それはそのっ」
周りの生徒からも怒声が飛び交い、ドロシーは泣きそうに顔を歪めた。
唯一デューデルハイトだけが、笑みを崩さない。
「この話はもう陛下にも話していてね。君達は生涯幽閉が決まったよ」
「なっ――! 俺は騙されたのに! 何で俺までっ」
「わ、私は聖女になるのよ!? そんな私を幽閉して、困るのはそっちよ!」
「王族は魅了に対する耐性がある。それなのにそこまでその女に心酔したのは、お前が選んだからという事だろう? それに女。お前がいなくても、なんら問題はないんだよ。聖女がいなくても、僕達は繁栄してきたのだから。それよりも、君が魅了を使って国を傾ける方が、何倍も不利益が起こるんだよ」
アドルフとドロシーは、あっという間に連れて行かれた。その呆気なさに、シャーロットはポカンとする。そして二人が扉の奥に消えると、今度はデューデルハイトはシャーロットの前にやって来た。
「さて、次にシャーロット。君の事だ」
「わ、私も何かしてしまったのでしょうか?」
デューデルハイトは首を横に振った。
「いいや、正しくは君の親についてだ。頬を、殴られたらしいじゃないか? メイドの一人が告発したんだよ」
「なっ、私はそのような事っ、」
"頬を殴った"という言葉に周りがザワザワと騒ぎ出す。それで父親は焦ったように声を上げたが、デューデルハイトに制された。
「御託はいい。オーベリー公爵家は長男とやらがいれば十分だろう? お前達は平民にする」
「な、何故だ! おい、シャーロット! お前が否定してくれ!」
シャーロットは父親の言葉に息を呑んだが、目をギュッと瞑り頭を勢いよく横に振った。
「……っ、この役立たずがぁ!」
父親もまた、騎士に取り押さえられ連れて行かれた。
父親の怨念めいた言葉に怯えたように胸の前で手を組むシャーロットに、最後にデューデルハイトは跪いた。差し伸べられた手に、自身の手を乗せるとシャーロットは零れ落ちてしまいそうな程目を見開いた。
「私、喋れる!? な、なんで」
「なんでだろうね。……分からないよね。だから、沢山お話をしよう、シャーロット」
「なんでっ」
何故、この人はシャーロットが欲しくて堪らない事を簡単に言ってのけるのだろう。まるで、シャーロットを知っているように。
「シャーロット、君を、愛してる」
どうして自分は、この人を見ると泣きたくなるのだろう。どうして、"愛してる"という言葉を拒めないのだろう。
どうしてこんなにも、心が温かいのだろう。
「私、も。貴方が好きなような気がするのです。――何も、今の私には分かりません。だから、沢山お話してくれますか?」
「喜んで」
その言葉に、シャーロットは安堵したかのように笑った。
「ありがとう、デューデルハイト様」
◇◇◇
幽閉の身となったドロシーは、今は魔力封じの首輪を着けながら生活をしている。硬いパンが1日に一回出てくるだけ、とても汚い部屋、態度の悪い看守達。「どうして私がこんな目にっ!」とドロシーは毒づいた。アドルフは別室で幽閉されてるから、あれから会うことはない。ドロシーは真っ暗な部屋の中で、喉の渇きを感じながら過ごしていた。
そんな折り、ドロシーは呼び出された。
「一体なんなのよ……」
そういいながら面会室につくと、よく見知った顔があった。
それは、子爵家に引き取られた頃からドロシーに仕えていたメイドだった。
「ちょ、今さらなんの用よ!」
「――ふふ、やっぱりみおちゃんは変わらないね!」
「は?」
その、声音は。その、笑い方は。
「もう、みおちゃん全然私だって分かってくれないんだもん」
「なんで、あんたが……」
さな子はゆっくり笑った。
「私、実は隣国の王女だったらしいんだよね。最近迎えが来て。それで、みおちゃんも一緒に連れて行こうと思って!」
「はあっ!? 誰があんたなんかと!」
ドロシーの拒絶に、さな子は首を傾げた。
「あれ? でもみおちゃん。喉が渇いてしょうがないんじゃない?」
「な、なんでそれを」
「だって、毎晩みおちゃんに渡していた水には中毒作用があるんだもの」
ドロシーは口を押さえた。渡してくるからと欠かさず飲んでいたあれ。あれに中毒作用があったなんて。
「みおちゃんが私なしでは生きていけなくなったら嬉しいなぁ、と思って。でも、こんなにもみおちゃんが落ちぶれるなら、必要なかったかも」
悪びれもなく、むしろ頬を赤らめて言うさな子に、ドロシーは顔を青くさせた。
「じゃあ、私の国に行こうか、みおちゃん」
「だからっ、誰が!」
「――だって、私の事好き、でしょ?」
ドロシーの腹に、ナイフが当てられた。その瞬間、あの日の恐怖を思い起こし吐き気を催させる。
ドロシーは息苦しくなりながらカクカクと壊れた人形のように頷いた。
「す、好き。さな子が、好き……」
「やったぁ! 両想いだね!」
ドロシーは自分の人生の終わりを悟り、静かに涙を流した。
◇◇◇
南国に住む悪魔はその正体を隠し、残りの人生は国王となった。そして人間の少女を王妃にすえ共に国に尽力した。二人はいつも手を繋いでいて、とても仲睦まじかったとある人は語る。
そんな悪魔は、人間の少女がしわしわになり病にふせて亡くなった少し後に、後を追うように死んだ。
二人の死後、部屋を片付けていたメイドは、枕の下に日記帳があるのを発見する。
そこには、人間の少女の日々が綴られていた。文字は少女が病にかかったせいか最後の方は弱々しい物となっていたが、最後まで少女は言葉を惜しまなかった。
そんな言葉達の末である最後のページには、消えそうな字で『沢山お話してくれて、ありがとう』という感謝の言葉が書かれていて、その下には『僕の方こそ、ありがとう。シャーロットに出会えた事が、僕にとって一番の幸福だった』と力強い文字で付け足されていた。
二人は、言葉を惜しまない夫婦として有名だった。二人の死後建てられた大きな墓には、毎年色んな人が感謝の言葉を捧げにやって来る。
最後までお付き合いいただき、ありがとう御座いました!
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