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夢を見るのに心地良い風が吹く夜。

『……君は、復讐したいと思わないの?』


 ムグムグと林檎を食べていたシャーロットは、咀嚼し嚥下して人心地ついてから口を開いた。


「しません。今の私に、復讐は必要ありませんから。……それよりも、デューデルハイト様に"君"ではなく"シャーロット"と呼んでもらう方がとびきり大事です!」

『……シャーロットは本当に馬鹿だね』

「うへへ、それ程でも」

『褒めてないからね?』

 

 あぁ、本当に復讐なんて必要ない。だってシャーロットに必要なのは自分を幼くさせてくれる存在だった。彼は、シャーロットを幼くしてくれた。言葉にしなくても、分かってくれた。それがどれだけ嬉しい事なのか、デューデルハイトは本当に理解できているのだろうか?


「私、デューデルハイト様と話すの、とても楽しいんです」

『……僕もだよ』

「復讐を考えるより、明日デューデルハイト様に何を話そうって思う方が、私は幸せになれるんです」

『………………僕も』


 きっと今デューデルハイトは真っ赤になっているに違いない。コロコロ笑うと、不服を示すように木の葉がサワサワと揺れた。



 白い息が鳴りを潜め始めた夜。

『おい、起きてシャーロット!』

「――はっ!」


 シャーロットはデューデルハイトにもたれかかって寝ていたらしい。額には微かに汗をかいていた。


『すごい魘されてたよ。一体何の夢を見てたの?』

「……お父様に、打たれる夢です」


 あの、シャーロットを侮蔑しきった目。思い出すだけで視線がブレる。胃から何かが逆流してきそうになる。

 体の芯から、冷たいものがヒタリヒタリと押し寄せる。


『……何処が痛いの?』


「え? いえ、今はもう治って――」

『痛いから、まだ夢に見るんでしょ?』


 一際大きく心臓が鳴った。鼻が痛くなって、次に目から涙がボロボロと溢れ出してくる。


「抱きしめて、抱きしめてください」

『いや、僕のこの体じゃ、』

「お願いです。私っ、生まれて一度も温かさを知らなかったんです」


 誰かに愛を注いでもらった事なんてなかった。


「殿下からの愛情は、あの頃は分かりませんでしたが今なら分かります。あれは、冷たい雪の中でしか温度を感じ取れない物なんですっ」


 今なら分かる。最初から、アドルフの中に熱など存在しなかった。『君に銀の葉の祝福があらんことを』と言ったのは、誰かに命令されただけで、シャーロットに熱を持ったことは、彼は一度もない。


「もう、冷たい物を温かいと錯覚するのは嫌っ!」

『……そんなに泣かないでよ』


 大きな溜息をデューデルハイトがつく。シャーロットは呆れられてしまったかもと唇をグッと噛み締めた。だが、その瞬間デューデルハイトが発光しだした。


「えっ……」

「これでいい?」


 目の前には、端正な顔をした青年がしゃがみ込んでいた。シャーロットの手を柔らかく握っている彼は緑のサラサラとした髪は短髪だが、一部顔の横で細かく三つ編みにされている。神官のような白い衣装は、彼の人とは思えない雰囲気によく合っていた。


「わざわざイケメンになるなんて……っ」

「失礼な子だね相変わらず。僕の姿はむしろこっちが本当だよ」


 呆れたように息を吐いたデューデルハイトは、腕をシャーロットに伸ばした。


「う、うえぇ? か弱い女性に何をするつもりですかっ」

「抱きしめろって言ったのはそっちじゃないか」

「言いましたけどぉ!」


 シャーロットの予想だと、大樹から腕が生えると思ったのだ。人型になるなんて予想外以外の何物でもない。

 首を傾げながらシャーロットを包み込もうとするデューデルハイトに、心臓が一つ音を立てた。


「あ……」


 一瞬よぎったのは、シャーロットを睨みつけたアドルフ。そして馬鹿にしたように笑ったドロシー。シャーロットを殴った父親。

 僅かに身構えたシャーロットだったが、存外柔らかい力に抱きすくめられ、息が止まった。


 デューデルハイトの頬がシャーロットの頭に押し付けられる。


「本当だ。あったかいね」

「そ、そうでしょう?」

 

 キョドりながらもそれを悟られないと返事をするシャーロットに、デューデルハイトは苦笑を浮かべた。


「緊張しすぎ」

「初めてですからっ」


 グリグリとデューデルハイトの胸板に頭を押し付ければ「痛いから止めてよ」とやんわりと止められた。


「……森の匂いがしますね」

「うわ、嗅がないでよ。てか当たり前でしょ」


 嫌そうな顔をしたデューデルハイトは、シャーロットの頭頂部にデューデルハイトが鼻先をくっつけた。


「シャーロットは無臭だね」

「自分は嗅ぐなって言ったのに! 横暴! ド変態!」

「語弊を招く言い方は辞めてくれる!?」


 温かい。シャーロットは腕の中で微睡む。体の芯までポカポカして幸せなのに、叫びだしたくなるような気持ちにふと襲われた。そうかこれが、


「私、デューデルハイト様の事が、」


 言葉は最後まで紡げなかった。ドォンッと、礼拝堂の壁が壊されたのだ。

 デューデルハイトに抱きついたまま、シャーロットは煙の向こうに立つ人々を見る。一番先頭に立っている人影が、叫んだ。その声は、確かにドロシーの物だった。


「――シャーロット様は、悪魔に憑かれてしまいました。もう助かりません。それならせめて、私の力でっ!」


「悪魔?」

「……っ、シャーロット」

「確かにデューデルハイト様は神様より悪魔ってイメージですね」


 ふむ、と頷きながら呟くと「君って子はー!」と怒られた。誠に遺憾だと食ってかかろうとしたら光の刃のようなものが飛んできた。


「ひえっ」


 撃ったのはドロシーだった。光はデューデルハイトが出した魔法陣によって弾かれる。


 ドロシーの隣には剣を帯刀したアドルフがいて、その後ろにも騎士が沢山いる。アドルフが口を開いた。


「シャーロット、貴様は悪魔に心をかどわかされ、この国の転覆を企んでいるという天啓が下った!」

「えぇっ! デューデルハイト様、私に国家転覆させる気だったんですか!?」

「シャーロットは一旦静かにして! 君が喋ると気が散る!」


 シャーロットからパッと体を離したデューデルハイトが、ドロシー達を見据える。デューデルハイトから手を離したせいで喋れなくなったシャーロットは、祈るように彼を見つめた。


 最初に走り出したのはアドルフだった。アドルフの剣をなぞらえるようにデューデルハイトも魔力で剣を作り応戦する。静かな礼拝堂に、剣がぶつかり合う音がする。

 ――静かな?


「あぁ、シスター達は邪魔だから聖の力で眠らせたんですよぉ」


 シャーロットの疑問に答えたのは、いつの間にか近くに来ていたドロシーだった。途端に、シャーロットは息が詰まり体を硬くした。


「せめて楽にいかせてあげますねっ!」


 全然申し訳なくなさそうな勢いで、光の刃をドロシーが飛ばしてきた。慌てて転がるようにして避けたが、頬を掠り赤いものが頬を滴る。

 息を整えるシャーロットを見て、ドロシーは首を傾げた。


「あれ? 動かないでって言ってるじゃないですかぁ」


 いや動くって! と突っ込んだシャーロットはデューデルハイトに目をやった。彼は悪魔といえど剣は嗜んでこなかったらしく、アドルフに押されている。魔法陣を展開して他の騎士を遠ざけているのも一因なのだろう。

 

「よそ見しちゃ駄目です、よ!」

「――……っ」


 腕を光の矢に刺され、腕が血塗れになる。


「シャーロットッ!」


 シャーロットに気を取られたのか、一瞬でデューデルハイトの剣が吹き飛ばされた。

 デューデルハイトにアドルフの剣が向けられる。


 駄目! 駄目、やめて! 手を伸ばすシャーロットを、ドロシーは嘲笑う。


「あれ、本当に悪魔なんかに肩入れしてるんだ? キモッまぁ、私に執着してないなら何でもいいけど」


 ドロシーを、シャーロットは睨みつける。悪魔という定義があるとするならば。―――悪魔なのは、貴方達の方だ! 


 今まさにアドルフの剣がデューデルハイトを貫こうとした瞬間、シャーロットは二人の間に躍り出た。剣は、シャーロットに吸い込まれるように刺さっていく。驚いたのかアドルフが後ろに下がり、剣は直ぐにシャーロットの腹部から抜け、同時に真っ赤な鮮血が床を濡らした。



「……っ、シャーロット! 本当に、君はどうしてそう馬鹿なんだ!」


 デューデルハイトに抱きすくめられたシャーロットは、口から血を吐きながら微かに笑って口を開いた。


「だって、私デューデルハイト様の事が、好きだから」

「……っ」

「デューデルハイト様は、私の事、好きですか?」

「あぁっ、大好きだ!」


 シャーロットは薄く笑った。そんな彼女の白い肌に、デューデルハイトの涙が転がり落ちてくる。シャーロットは可笑しそうに笑った。


「あーあ、さっきも喋れたら、貴方をもっと的確に守れたのに。なんで魔法は喋れないと使えないんだろぉ」


「何悦に浸ってんのよ! ヒロインはあんたじゃなくて、」

「皆、皆静かにして。動かないで。―――」


 魔法を唱えれば、時が止まったかのように、アドルフもドロシーも騎士も動きを止めた。


「ねぇ、デューデルハイト様」

「なに、シャーロット」


 シャーロットはいつもと同じ、柔らかい笑みを浮かべた。


「私には聖の力が使えないから、魔力で遅らせる事は出来ても怪我は治せません。だから、最後までお話しましょ?」

「……いいよ」




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