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ドロシー視点の話です
「アドルフッ、アドルフ!」
ドロシーは必死に声をかける、フリをする。シャーロットの追放から一ヶ月後。今日はアドルフが狩りに出かけた先で魔獣に出会い、大怪我を負わせられるというイベントの日。このイベントで、ドロシーの"聖女"としての力が発現する。
だから血に塗れたアドルフにもドロシーは焦らず、むしろ薄い笑みすら浮かべていた。
「お願いっ、アドルフを助ける力を、どうか私に!」
ゲームと同じ言葉で叫べば、スチルで見た光景と同じように辺りが眩く輝き始めた。
「おぉっ!」
「まさかあれは、聖の力!?」
周りにいた医者、神官から歓声が上がる。
宙を四方八方に舞っている光は、ドロシーが祈りを続けるとやがて一つの大きな光となり、アドルフの傷に吸い込まれていった。
身じろぎをした後、アドルフが目を覚ます。ドロシーはさも感動したように目を潤ませ、アドルフに抱きついた。
「アドルフ、良かったわアドルフ!」
「ドロシー! 一体、何が起きたんだ……?」
「ドロシー様に聖の力が発現したんですぞ!」
一人の神官が興奮したように言うと、それに追随するように「彼女が聖女様だ!」「聖女様、万歳!」と皆がドロシーを褒め称えた。
「わ、私が聖女、ですか? そんな偉大な人に、私がなれるわけ……」
「いいや、胸を張れドロシー! 君の力は奇跡だ!」
「……っ、そう言って貰えるなら、私、頑張ります!」
ドロシーがアドルフを抱きしめながら宣言すると、一際大きな歓声が上がる。
ドロシーはその歓声に酔いしれる。あぁ、誰もがドロシーを褒め称えている。誰もが自分を認めてくれている。シャーロットではなく、自分を!
ドロシー、いや彼女の前世である相澤みおには完璧な幼馴染がいた。名を芹沢さな子。生徒会長で人望は厚く、成績も上位をキープしている。そしてとびきり美人だった。
だが、恵まれているを体現している少女は何故かみおの側にいつもいた。
「み、みおちゃん。一緒にご飯食べよ?」
「はぁ? 誰があんたなんかと……!」
まぁ、みおはいつも振り払っていたが。美しく賢いさな子は、自分は何も持っていないと知っているみおにとって劣等感を刺激するだけの、治らない傷のような存在だった。
そんな折り、さな子に彼氏が出来た。相手がさな子に告白したらしい。ふーん、とみおはさな子の彼氏が教室に迎えに来た所を盗み見る。
なんというか、急にこしらえた、という言葉が似合いそうな平々凡々な男だなぁ。というのが率直な感想だった。女友達から貰ったクッキーをポリポリ食べながらみおは思案する。
「え、てかみおは誰推しなんだっけ?」
「……ん? ごめん、もう一回言ってもらってもいい?」
コノヤロー、と女友達に小突かれる。謝るみおに女友達は呆れたように笑って、「『野に咲くたんぽぽは王子に愛でられる』の推しの話だよ」と言いみおは合点がいった。
「何回も言ってるじゃん! 私はアドルフ一択だって!」
「あーそう言えばそうだったね」
その乙女ゲームは、この女友達に勧められた物で、みおはどっぷりとその魅力にハマってしまっている。アナザーストーリーもお小遣いで買ってしまったくらいだ。
アドルフのかっこよさにみおが想いをはせた時、ふと天啓が下った。さな子の彼氏も、攻略してしまえばいいのでは? と。今まで努力を重ねても決してさな子には勝てなかった。だけど、これでならさな子を負かせられるかもしれない。
そう思い立ったみおは、さな子が風邪で休んだ日に彼氏に接近した。
「あれ、もしかしてさな子の彼氏さん? 私はさな子の幼馴染のみお。よろしくね」
「……ああ、君のことはよくさな子さんが話してるよ。こちらこそどうかよろしくね」
何を話したんだろうか、と戦慄しつつみおは努めて笑顔で接した。さな子の美しさには遠く及ばないが、みおの顔も愛嬌があって万人受けする。現に眼鏡をかけている彼氏は、少し顔を赤くしている。この女慣れしていない感じ、いけるなとみおはほくそ笑んだ。
そして、みおはさな子の目をかいくぐり、時にさな子を介して彼氏に近づいた。
「おっ、このチョコおいしい。彼氏さんも一口いる?」
彼氏を攻略中のみおは、ある日の放課後教室で読書をしていた彼の隣に来てチョコをパクついていた。チョコを一粒摘んで口元に持っていけば彼は顔を赤くして「そういう事、軽々しくしちゃ駄目だよっ」と説いてきた。だからみおはそれを鼻で一蹴する。
「なに意識してんの? こんなの皆よくやってるし。私の事意識しちゃってんの?」
「なっ、違う!」
「じゃあ、食べれるよね?」
差し出せば、彼は観念したように口を開いた。真面目な奴って損だよなぁ。冗談も受け流せなくて、とみおは心中で彼を馬鹿にした。
だがそんな心の内はおくびにも出さず笑顔でみおは、彼氏の口にチョコを放り込もうとする。その瞬間、色んな物が落ちる音がした。その音を辿れば、呆然とした顔でさな子がこちらを見ていた。床にはノートやら教科書が散乱している。
「たけるくん……みおちゃんと何してるの?」
そうか、この男の名はたけるなのか。変な所でみおは納得した。
「こ、これはっ! 違うんださな子っ」
みおは彼にしなだれかかった。
「何が違うの? 私達こーんなに仲良しなのに」
「……っ、なんで、みおちゃん!」
声を荒げるさな子の歪んだ顔に、みおはゾクゾクとした物が駆け巡る。
みおは彼の耳元で囁いた。
「ほら、たけるが本当に好きなのって、どっち?」
「あ、あ……ごめん、さな子さん」
ニンマリ、みおの口角が上がる。その"ごめん"は、何よりも雄弁にたけるがどっちを選んだのかを語っていた。
さな子が耐えきれないとばかりにその場から駆け出した。みおは湧き上がる優越感で、どうにかなってしまいそうだった。
「たける、これからよろしくね?」
何処か心酔した顔で、たけるは頷いた。
「あ、あぁ……よろしく」
「じゃあ私、もう帰るね!」
「えっ、い、一緒に帰らない?」
みおはにっこり笑った。
「一人で帰るから、大丈夫」
だってもう、彼の役目は終わったのだから。みおはるんるん気分で、もう既に暗い道を歩く。
「んふふ、チョロかったなぁ」
「……みおちゃん」
直ぐ後ろから聞こえてきた声に驚きながら振り向くと、そこには街灯に照らされたさな子がいた。
「な、なに? 言いたいことでもあるの?」
「あぁ――みおちゃんみおちゃんみおちゃん! 私に彼氏ができて淋しくなっちゃったの? みおちゃんを諦めなきゃって、彼氏を作ってみたけど、その彼氏を奪ったって事は、みおちゃんも私の事が好きってことだよね!? 両想いってことだよねぇ!」
「はっ?」
なにこの女。こんな女、知らない。早口で語られる内容に、みおは震えた。
「はぁ!? 何言ってんの。そんな訳ないじゃん!」
「可愛い、みおちゃんとっても可愛い!」
「だから、違うって――」
「否定するだなんて駄目だよ!」
瞬間、みおの腹部がカッと熱くなった。目をやると腹に包丁が貫通してる。
「みおちゃんは、私の事が好きなの」
ゆっくり語られる言葉は、どこまでも優しくて恐ろしい。
あぁ、どうか来世はこんなイカれた奴とはおさらばできますように。
――そう祈った所で、みおはドロシーとして目覚めた。
今度こそは、上手くやる。何でも完璧なシャーロットから全て、全て奪ってやる。
でも、何故さな子は何もしてこないのだろうか? アドルフに今度は執着していると思ったのに。まぁ、アドルフが刺されても今の力が助けられるから大丈夫か、と自分を落ち着かせた。
それに、あともう少しでシャーロットは死ぬ。ようやく悪夢から解放される事に、ドロシーは笑みが止まらない。
「お嬢様、就寝前に水をどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
子爵家に引き取られた頃からドロシーに仕えているメイドに礼を言い、ドロシーはいつも通り水をあおった。