第24話
カノーネの説明を聞き、この場で起きた迷宮崩壊の経緯をおおよそ把握した一行。
『まとめると……迷宮崩壊の原因は、この遺体が持ってる魔道具によって迷宮と魔物の繋がりが絶たれ、迷宮への魔力供給が停止したこと。短時間で迷宮が崩壊したのは異常を感じた魔物──特に翼竜が大暴れしてトドメを刺した可能性が高い。で、魔道具を持ってたこの男は恐らく帝国の特殊部隊の人間。詳しい経緯は不明だけど、迷宮解体のアプローチを見るにカノーネさんの研究を不完全な形で盗んだ帝国サイドの人間がやらかしたのではないか、と』
「うむ。誰が指示し手引きしたのかは調べてみねばなるまいが、とんでもないことをしでかしてくれたものだ。だが、これで我々の無実は証明されたはずだ。カノーネ様の研究を正しく理解し用いていればこのような事態は起こり得なかったのだからな」
下手人が見つかり、状況証拠から自分たちの無実が立証できたと考えたカトルは文句と共に安堵の息を吐く。
『…………』
一方ウルは無言でカノーネの顔を覗き込む。カノーネは弟子と違って状況を正しく理解しているらしく、その表情には陰りがさしていた。
ブランシュやアリーゼ──恐らくはリンもある程度は察している。
『無実の証明は厳しいでしょうね』
「なっ──!?」
「……そうね」
「カノーネ様まで!?」
困惑するカトルを無視してウルはカノーネに語り掛けた。
『確かに状況証拠はカノーネさんたちがシロだと示していますが、どれも捏造の可能性は否定しきれません。研究内容に関するロジックだってケチをつけようと思えばいくらでもできます』
「それは悪魔の証明だ! 捏造や偽証の可能性を排除して絶対の無実を証明するなど不可能だろう!? 論理的に我々に非がないことは説明できているのだぞ? 我々に非があり罪があるというなら、それを主張する側が間違いないと言えるだけの証拠を揃え証明すべきだろうが!」
カトルの反論を、ウルは彼を一瞥さえ向けることなく切って捨てた。
『それは法律論の話でしょう。俺は今、現実に誰がこの一件の罪と責任を負うかの話をしています』
「だから我々には──」
『それを裁定するのは誰ですか?』
「────は?」
ここまで言われてもまだカトルは理解できないらしい。魔術師としての実力は確かだし頭の巡りも悪くないのだろうが、如何せん研究に傾倒していてそれ以外に頭が回らないタイプか、と話が進まないことにウルは内心苛立ちながら続けた。
『今回の件、カノーネさんたちが無実だとしたら罪と責任を負うべきは研究成果を盗んで先走り、この事態を引き起こした帝国です。恐らく相当上の立場の人間が関わっているでしょうね。──で、それを裁く権限を持つ“帝国”は、それを”事実”として認められると思いますか?』
「────!」
『翼竜が地上に出現したってだけで大事なのに、これからどれだけ被害が拡大するか分からない。トカゲの尻尾切りをしようにも生半可な説明じゃ国民も納得しませんよ。少しでも帝国の非を認めれば翼竜の被害がなくても国民からの突き上げで国が傾く可能性だってある。それなら最初から全て責任をカノーネさんに押し付けた方がいいし、為政者としてそうしなくてはならない。半端な証拠は“魔術で捏造したものだ”とでも突っぱねればいいし、呪文遣いは一般人からあまり良いイメージを持たれてないので、生贄にするにはもってこいでしょう』
そこまで言われてようやくカトルは自分たちが置かれた現状を理解したらしく、愕然とした表情になる。
否定を求めてカノーネに視線を向けるが、カノーネは静かに首を横に振る。カトルは俯き何かを堪えるように両の拳を握りしめた。
「普通ならこういう政治が絡む話には学院が後ろ盾になってくれるはずなんだけど、ここまで問題が大きくなると学院そのものが沈みかねないわ。私を庇うどころじゃないでしょうね」
カノーネはある程度覚悟を決めたのか、その表情には諦観が滲んでいる。
そんな彼らに同情するようにリンがウルに尋ねた。
「……カノーネさんが助かる方法は?」
『被害を出すことなくあの翼竜を抑えること。その上で帝国相手に政治的な対抗手段を用意すること。条件はこの二つだな』
即答したウルの条件が物理的にも論理的にもほぼ不可能であることはリンやカトルにもよく理解できた。
しばしの沈黙の後。
「──まず、あの翼竜に対処する方法を考えましょう」
カノーネが口を開く。その表情はどこか吹っ切れたようで、自分が助かることを半ば諦めた上での発言であることは誰の目にも明らかだった。
「カノーネ様……」
「今は久しぶりの空にはしゃいで地上に目が向いていないようだけど、いずれ飽きてちょっかいをかけてくることは明らかよ。そして竜の戯れは容易く都市を破壊する。倒せないまでも、帝都周辺から遠ざけることを考えないと」
その発言が根本的な解決にはつながらず、また翼竜が帝国外に飛来すれば国際問題に発展しかねないと皆理解していたが、そのことを指摘する者はいない。
現実問題被害を低減するには他に方法がなく、その帝都周辺から遠ざけることさえ簡単ではないからだ。
「私たちだけじゃ手に余るわ。軍や学院……には一応応援は要請するけど、アテにはできないでしょうね。クロエはどこに? こんな状況だし、あの子の手を借りたいんだけど……」
「クー姉様とはまだ連絡が取れていませんわ」
その問いかけに答えたのはブランシュだった。
「先ほど救援信号を送ったのですが、まだ返事がありません。普段でしたらすぐに反応が返ってくるはずなので、何か取り込み中なのだと思いますけれど……」
「そう。あの子がこの状況に気づいていないとは思えないし、何か手を打とうとしてるんでしょう。何にせよ歩調だけは合わせたいから引き続き連絡は試みてくれる?」
「かしこまりました」
「さて……」
カノーネは天空を舞う翼竜を見上げ横にいるアリーゼに話しかける。アリーゼは先ほどから会話に参加しながらも翼竜を視界から外していなかった。
「どれぐらい猶予があると思う?」
「……分からない。けど、さっきまで波状飛行を繰り返してたのに、今は滑空しながら旋回してる。いつ空に飽きて地上に遊び道具を探し出すか──ううん。ひょっとしたらもう探してる最中かも」
「ふむ……」
カノーネは頭の中にこの辺りの地図を思い浮かべ、周辺の集落の位置関係、帝都までの距離と翼竜が最高速で移動した場合の到達時間を予測する。
「帝都まで五〇キロ弱。あの感じだと、いざ移動を始めたら到達まで一〇分とかからないでしょうね。帝都に先回りして迎撃準備をする?」
「……(フルフルフル)止めた方がいい。翼竜が帝都に向かうとは限らないし、仮に帝都に来ても住民を守りながら戦うのは面倒」
アリーゼの答えにカノーネは溜め息を吐いて同意する。
「ま、そうよね。それに翼竜が帝都に近づけば、直接攻撃を受けなくても姿を見ただけで住民は大混乱。逃げ出そうとする騒動だけで数百単位の死傷者が出るでしょうし、帝都に向かう前に食い止めた方がいいか。となるとあまり大っぴらに救援要請もできないし……」
カノーネはしばし考えるそぶりを見せた後、カトルに向き直って指示を下した。
「カトル。今からあんたを帝都に送り込む。あんたの判断と裁量で他の部門長と軍に事情を説明して援軍を要請しなさい」
「はっ。しかし援軍と言いましても──」
「分かってる。奴らがこちらの指揮に従うことはないでしょうし、生半可な戦力じゃ時間稼ぎにもならない。警告を発して、いざ翼竜が帝都に迫った際迎撃と住民の避難誘導に回れる体制を整えてくれれば十分よ」
実際には学院の部門長たちは自分たちの研究成果の安全確保と逃亡準備に動くだろうし、軍人も皇族や貴族を逃がすことに注力するだろうから迎撃や住民の避難に回る見込みは期待薄だ。
それでもやらないよりはマシ──かもしれない。
「もう一度言うけど、向こうでの判断はあんたに任せる。あんたが最良と思う行動を取りなさい」
「──はっ!」
「任せた」
カノーネはそう言って、カトルを転移呪文で帝都の自分の研究室へと送り込んだ。
アリーゼは天空を見上げたままカノーネに語り掛ける。
「……良かったの?」
「何が?」
「……帝都は、戦場になるかもしれないよ?」
暗にこの場に残しておいた方がカトルにとって安全だったのではと言うアリーゼに、カノーネはふんと鼻を鳴らした。
「いいのよ。ここに残してたら、あの子は分も弁えず私の後の続こうとするでしょうからね。足手まといを抱えて戦うのはごめんよ」
「……そう」
──クォォォォッッ!!
けたたましい翼竜の鳴き声が辺り一帯に響き渡り、その気配が変化したことが地上にいる彼らにも痛いほど伝わってきた。
地上に何か興味を惹かれるものを見つけたのか、旋回を止めてその場で大きく羽ばたきホバリングを行っている。
「ブランシュ。あんたは引き続きあの子に連絡を取って、繋がったら向こうにこっちの動きを伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
「アリーゼ。悪いけどあんたには付き合ってもらうわよ」
「……仕方ないなぁ」
カノーネがブランシュとアリーゼに指示を下す。つい先ほどまで敵対していた彼女にそんな権限などありはしないが、状況が状況なので二人も異論を唱えることなくそれに従う。
ウルとブランシュはすっかり無視された形だが、彼らに構う余裕も、彼らが口を挟む余裕もない。
「……作戦は?」
「私があれを地上に叩き落とす。あんたはそこを徹底的に叩いて」
カノーネは体内の魔力を高め、星落としの呪文の準備を整えながら続ける。
「適当にダメージを与えて注意を引いたら、後は適当に逃げて人気のない方向に誘導しましょ」
「……なんとガバガバな作戦」
「うっさいわね! 文句があるならあんたが作戦出しなさいよ!」
「……文句はない。流石クロエの幼馴染だと感心しただけ──暴れるのは、嫌いじゃない」
二人は軽口を叩きながら全身の魔力を高め、戦闘準備に入る。
そしてホバリングしていた翼竜の体が少しだけ高度を増し、降下の気配に合わせて──
──ゴォッ!!!
『────!?』
轟音と共に地上から一条の閃光が天に向かって放たれ、翼竜の頭部を貫いた。




