第23話
第四章完結までこの話を含めて六話。
何とか連休中にそこまで投稿する予定です。
「……下手人、発見」
迷宮跡の窪地にアリーゼとカノーネが飛び込んでから凡そ十五分後。
アッサリと魔物の群れを全滅させた二人は全く消耗した様子もなくウルたちの元に戻ってくる。そしてアリーゼの右手は黒い特徴的な軍服を纏った男の遺体を掴んでいた。
「えっと……」
迎え入れた四人は全員が困惑顔だ。
いや、彼女たちと付き合いの長いブランシュとカトルは慣れているのか諦めの色が濃い。リンに関しては短時間であの強力な魔物の群れを全滅させたことに呆れればいいのか、はたまたあっさり犯人の遺体を見つけてきた手際に感心すればいいのか、上手く言葉が出ない様子だ。
慣れと混乱が絶妙なバランスで混在していたウルだけが、アリーゼとカノーネの言葉を受け入れすぎることも拒むことなく、冷静に疑問を口にする。
『下手人って……迷宮崩壊のですか? たまたま近くに転がってた死体を拾ってきたとかじゃなくて?』
「この状況でそんな偶然があるわけないでしょ。崩落に巻き込まれて損傷は激しいけど、この制服は帝国軍の特殊部隊のものよ」
ウルの言葉に気を悪くした素振りもなく答えたのはカノーネ。彼女はアリーゼが地面に横たえた遺体を冷たく見下ろしながら続けた。
「地下二〇メートル以上の地中に埋まってたわ。見ての通りまだ血も乾いていない死後間もない遺体。こんな人気も採算性もない小規模迷宮に、このタイミングで潜ってた軍人──どう考えてもクロでしょ」
ブランシュがチラリとアリーゼに視線をやると、アリーゼはカノーネの発言に嘘がないことを保証するように首肯した。
一方ウルはリンダを屈ませ下手人と思しき遺体に顔──カエルなので実質全身──を近づけてその様子を観察する。
地中に埋まっていたとの言葉通り、遺体の損傷は極めて激しかった。四肢は全て折れ曲がりあちこち潰れており、頭部は見るも無残な有り様だ。辛うじて男性だろうということが分かる程度。これだけボロボロでは蘇生の成功率は一割を大きく割り込むだろう。
『地下二〇メートルって、よくこの短時間に見つけましたね? いや、見つけたのも掘り出したのも呪文なんでしょうけど、これだけ魔物の死体が溢れてたんじゃ、魔力や生命、死の気配を目印に探すってのも難しかったんじゃないですか?』
可能性は極めて低いが、この遺体がカノーネたちの仕込みである可能性を考慮して質問をぶつける。
カノーネはウルの意図に気づいているのかいないのか、顔色一つ変えずそれに答えた。
「探したのは遺体じゃなくて魔道具の気配よ。生命体と無機物の魔力反応は明らかに異なるからね」
そう言ってカノーネは杖の先端で遺体の右手の中にある破損した金属片を指した。遺体は死後硬直を起こしているのか、ボロボロになりながらもその金属片を握りしめて放そうとしない。
ウルはその金属片──魔道具の残骸をためつすがめつする。
『これは……アダマンタイトの合金、か? 構成からすると魔力ジャミング系の効果があったのかな……』
「へぇ……分かるんだ」
カノーネは片眉を上げて感心したように呟いた。
「詳しい機能は残骸をかき集めて調査してみないと分からないけど、素材とこの状況から推察するに、魔物と迷宮の繋がりを絶つ効果があったんでしょ」
「カノーネ様、それは……!」
カノーネの言葉に鋭く反応したのはカトル。彼女はそれに頷きを返し結論を口にした。
「ええ。目的も手段も異なるけれど、この魔道具には私の研究理論の一部が使われている──誰か、私の研究を盗んだ者がいるわ」
「…………」
その言葉に沈鬱な表情で俯くカトル。どこか納得した様子を見せるアリーゼとブランシュ。そして気づきを得た様子のウル。
「あの~……」
しかしリンだけはカノーネの説明が理解できなかったようで、おずおずと手を上げて口を挟んだ。
「目的も手段も異なってるなら、それはもう無関係なのでは? それに魔物と迷宮の繋がりを絶つっていうのは一体どういう意味なんでしょう……?」
自分一人だけ話について行けていないことを申し訳なく思いつつ、しかしことがことなので聞かずにはいられない。
場違いな自分を恥じ入るように疑問を口にしたリンに、カノーネは気を悪くするどころかむしろ説明が足りなかったことを詫びるように苦笑する。
「ああ、ごめんなさい。研究内容を知らない人には分かりにくかったわよね」
「あ、いえいえ! 悪いのは察しと物分かりの悪い私なので!」
慌てて手を横に振るリンに、カノーネは淡く微笑みながら説明を続けた。
「私の研究は簡単に言うと、安全に迷宮を解体しようっていうものなの。その上で、可能であれば迷宮の外郭だけは維持して資源を回収しようって話で帝国にはバックアップを要請したけど、メインはあくまで解体の方」
「あ、はい。さっきそちらの方から解体が目的だっていう話は聞きました」
カノーネに「そうなの?」と視線を向けられ、カトルは短く「目的を告げただけで、背景や手段については何も説明していませんが」と応じる。
「……迷宮を解体しようと考えた背景については複雑になるから省くわね。ともかく迷宮を解体するため、私はまず迷宮とは何かを研究することから始めた。そこで分かったことはね、迷宮は迷宮内に棲む魔物が生成する魔力を用いて維持されているという事実よ」
「迷宮が……魔物の魔力で?」
サラリと告げられたその言葉は、冒険者や迷宮に関わる研究者にとって衝撃的なものだった。
人類は迷宮の正体について一割も理解できておらず、それが自然物か人工物かも定かではない。専門ではないリンは「へぇ~」といった顔で話を聞いていたが、本職の研究者がいれば驚愕に目をむいていただろう。
ウルも驚きが無いわけではなかったが、それより先にチラリと横に視線を走らせ、
──驚きは……ない。この二人にとっては既知の事実だったってことか。
「ええ。地下とはいえ、あれだけ広大で複雑な構造物。外郭を維持するだけでも相当なエネルギーを必要とするわ。それをどうやって賄っているんだろうと調べてみたら、迷宮内の魔物から魔力を吸い取って利用していたことが分かったの。残念ながら迷宮のコアにあたる部分は発見できなかったから、成り立ちなんかについてはまだ未確認なんだけどね」
「いや、でもすごい発見ですよね? それを使えば──あ」
何かに気づいた様子で硬直するリン。
「そういうこと。帝国は恐らく、私が発見したその迷宮の仕組みを利用して、魔物から迷宮への魔力の流れを絶つことで迷宮を解体しようとしたんじゃないかしら」
「ははぁ……んん?」
それが目的も手段も違うが理論が使われている、という言葉の意味か。だがそこまで聞いてリンの頭に新たに二つの疑問が浮かぶ。
「自分たちが迷宮内に潜ってる最中にそんなことしたら迷宮が崩れるのは当然ですよね。彼らは自爆覚悟でこんなことをしでかしたってことですか? それに先ほど目的も手段も異なると仰られましたけど、カノーネさんたちはどうやって迷宮を解体していたんですか?」
素人ゆえの不躾で直接的な問いにカトルが顔を顰める。
「貴様、あまり調子に──」
「いいのよ、カトル」
カノーネは薄く諦めたような笑みを浮かべ、アリーゼとブランシュに視線を向けて続けた。
「こんな状況じゃ研究内容の秘匿なんて今更だし、どうせ大枠に関してはアリーゼたちも予想はついてるだろうしね」
「……まぁ、大体は」
「可能性レベルであれば想像できることはありますわね」
肩を竦めて認める二人。カトルは苦虫を噛み潰したような表情になり口を噤んだ。
「まず後者の質問について……魔物をすべて排除すれば迷宮は崩壊するわ。ただ、理屈の上では確認できたことだけど、そこには現実的に二つの壁があった。一つは階層主──竜種の存在。もう一つは広大な迷宮内で魔物を探しだし駆逐しきる困難さ」
確かに、とリンとウルは頷く。いくらカノーネが人類最高峰の呪文遣いだろうと、その二つは容易に解消できる問題ではない。
「私はこれに魔物と迷宮との魔力の繋がりを用いて対処することを考えた。魔力の流れを遡る形で迷宮内の全ての魔物の所在をリアルタイムで捕捉。同時にその魔力をハッキングすることで術式の発動に必要な十分量の魔力と媒介を確保、亜空間に魔物を放逐することで迷宮を解体しようと考えた」
『…………』
「…………」
説明を聞いたウルとリンは顔を見合わせ、助けを求めるようにブランシュに視線を向ける。
『サラッと言ってっけど』
「そんなこと可能なんですか?」
「……彼女ができると言うならできるんでしょう。ただ、そんなふざけた理論を実現できるのはカノーネだからこそです。クー姉さまでさえ、そうした大規模な術式構築においてはカノーネには足元にも及ばないと認めていたのですわ」
ブランシュの言葉にカトルは自慢げに鼻を鳴らし、カノーネは特に誇るでもなく肩を竦めた。
「ここからは前者の質問の答えになるけれど、実際に術式を発動して魔物を放逐した後も迷宮は一定期間外殻を維持できていた。魔力の供給が止まっても既に貯えられた魔力があったからでしょうね。平均して一週間ほど。私はその間に迷宮の外殻を固定化するか、弱くて無害な魔物だけ残して迷宮を維持することを考えてたんだけど──」
『だけど実際には、この迷宮は工作員が脱出する間もなく崩壊しています』
「……そうね。考えられることは、工作員に何かトラブルが起きて迷宮内に取り残されたか──」
カノーネは迷宮跡の中央に深々と開いた縦穴を睨み、続けた。
「──異常を感じた魔物が暴れて迷宮の崩壊が早まったか。恐らく後者でしょうね」
『…………』




