第20話
やせい の だいまほうつかい が あらわれた。
「私は別に人探しの専門家ではないから、魔術による探知を無効化してしまえば逃げるのはそう難しくない。──ええ、その分析は極めて正しいわ」
【魔法の縄】の呪文で動きを拘束したブランシュ、リン、リンダを地面に正座させ、同時に呪文で樹木を変形させ即席の椅子を作り腰掛けたカノーネが余裕たっぷりに語る。
その様子をリンダの中から観察していたウルは、このエルフの大魔法使いが相当にストレスを溜めており、八つ当たり混じりの嗜虐的な心地となっていることを感じ取った。
「だけど少し迂闊だったわね。出没した魔物の対処のために動いていると分かれば、そこに網を張ることぐらい私にもできるのよ」
「……それが出来るのは長距離転移呪文を散歩感覚で使える貴女やお姉さまぐらいですわ」
ブランシュは拘束されているにも関わらず全く怯えた様子もなく、半眼で皮肉交じりのツッコミを入れた。
「というより、本来ならこれはアー姉さまではなく貴女が対処すべき問題なのではなくて? 貴女たちの尻拭いをしてあげている我々の邪魔をして悦に入るだなんて、面の皮が厚いにも程がありますわ」
「何を言ってるんだか。どうせこの魔物の出現もあんたたちが裏で糸を引いてるんでしょ?」
「…………へ?」
それまでラスボスの登場にビビッて硬直していたリンがカノーネの言葉に目を丸くし、彼女の視線の先にいるブランシュを見る。
ブランシュは露ほどの動揺も見せることなく、すまし顔だ。
「言いがかりはやめて欲しいのですわ。自分たちの無能が原因で起きたミスを他人に擦り付けて逃げだそうだなんて品性下劣にもほどがありましてよ」
「あんたたちからしたら、正面から私の計画を妨害しても他の誰かがそれを引き継いだら意味がないものね。計画そのものに根本的な欠陥があるように周囲に思わせた上で、圧力をかけて実験を中止させる。出没した魔物退治にせっせと動いてるあんたたちが裏でそれを仕組んでるとは誰も疑わないでしょうしね」
「は? え、ええ……?」
困惑した様子でカノーネとブランシュの間で視線を行き来させるリン。二人はそんなリンを無視して不敵に睨みあっている。
──まぁ、流石にそこは気づいてたか。
「もう一度言いますが言いがかりはやめて欲しいのですわ。責任逃れだとしても見苦しいにもほどがありましてよ」
「まだ惚けるつもり?」
「惚けるも何も私たちは貴女たちの代わりに魔物に対処しているだけですわ。貴女たちが詰まらない駆け引きや意地の張り合いをしている間に、罪のない方々が犠牲になるところだったのですよ? おまけに当初は私たちが魔物出現の原因だなんて無責任な噂まで流れて……対処するのは立場的にも道義的にも当然でしょう?」
「その噂もどうせ自分たちで流したんでしょ。最初に疑いを抱かせて、後からそれを打ち消す行動を取る。印象操作の初歩よね」
「あらあら。心根の汚い人間は、他の人間まで自分と同様に汚いものだと思っているのだから始末におえませんわ」
「そうかもね。あんたたちみたいなゲスの相手をしてると、自分も薄汚い想像ばかりしてしまって怖くなるもの」
「あらあら……」
「うふふふ……」
『あの~』
睨み合うカノーネとブランシュに割って入るように、敢えてウルは能天気な声を上げた。バッと二人の鋭い視線が突き刺さるも、彼はそれを受け流すように平原の向こう側に視線をやって尋ねる。
『あれ。放っといていいんですか?』
ウルの言葉に、二人は「ああ」と詰まらなそうな視線をそちらに向けた。
『ぐあぁっ! やめろ! こちらは貴様の仲間を人質に──』
『……うるさい』
──ドゴォォォォン!!
『ひぃぃっ!? こんなことをしてカノーネ様が黙っていると──』
『……お前が黙れ』
──ズバァァン! チュドォォン!!
視線の先ではアリーゼが壮年の男性魔術師を一方的に嬲っていた。
といって、見る限り男性魔導士も相当な実力者。つい先ほどまでいた騎士団も、突如始まったハイレベルな戦いに怯えその場から逃げ出している。
状況と聞こえてくる叫び声から推察するに男性魔術師はカノーネの関係者。ウルたちがカノーネに捕まったことを告げアリーゼを拘束しようとしたのだろうが、アリーゼは何の遠慮もなく抵抗して暴れまわっていた。
カノーネはそれを見て嘆息一つ。
「カトルはねぇ……一応私も止めときなさいって止めたのよ? どうせアリーゼには人質なんて通用しないって」
「アー姉さまは一切脅しには屈しないスタイルの方ですから」
「え? それでいいの?」
呆れるカノーネに同意するブランシュ。その理屈で行けば自分たちは見捨てられる立場なのだが、それでいいのかとリンがツッコんだ。
「いいも何も捕まった時点で命はないものと割り切るべきですわ。譲歩したところで被害が拡大するだけ。意味がありませんもの」
覚悟ガンギマリのコボルトに『それはそうだけど私は見捨てられたくないなぁ』と顔を顰めるリン。
ブランシュはチラリとカノーネに視線をやって続けた。
「──それに、今回のケースではそもそもカノーネに我々を害する意図はありませんもの。アー姉さまからしたら一切遠慮する理由がありませんわ」
「そうよねぇ。まぁ、アリーゼもストレス解消にカトルで遊んでるだけだろうし、殺されることはないだろうけど」
カノーネもブランシュの言葉に同意し、頬に手を当てて溜め息を吐く。
そのやり取りにリンはますます混乱した。
「あの……そう言えば妙に親しげな様子ですが、皆さん、一体どういうご関係で? 今までの話から何となく顔見知りなのは分かるんですが」
「カノーネはお姉さまたちの旧友ですわ」
ブランシュが答え、カノーネが首肯する。
そんなところだろうな、と予想していたウルとは異なり、リンの反応は劇的だった。
「はぁ!? 何で友人同士でこんな騒動起こしてるんですかっ!?」
ブランシュとカノーネは顔を見合わせ、こいつは何を言ってるんだと言いたげに各々口を開く。
「何でも何も親しい間からだからこそ騒動になるのでしょう」
「方針や考え方が違うとどうしてもねぇ」
「ならせめて私を巻き込まないでください!!」
『……そこはせめて私“たち”とか“周り”を、だろうが』
悪びれる様子のない二人にリンが自分を巻き込むなと訴え、カエルにされた一番の被害者が更にツッコむ。
そしてグダグダのカオスになりかけた空気を立て直すようにウルが続けた。
『そいつが言ったように、お互い害意がなくて元は友人同士だって言うなら、やり合うのはそっちで勝手にやってくれませんか? 俺は巻き込まれただけの第三者だし、人質としての価値も無い。カエルにされて道具まで取り上げられるのはどう考えても理不尽でしょう』
ウルもこの状況でカノーネが素直に解呪して持ち物を返してくれるとは思っていないが、立場上要求しないのもおかしい。これに対するカノーネの反応を見て、交渉のやり方を決めようと考えていた。が──
「あら? 貴方はあの子たちの婚約者候補なんでしょう? 第三者というのは違うんじゃないかしら」
『…………は?』
「…………へ?」
「…………ほわ?」
カノーネの予想外の返しに、全員が呆気にとられる。
そして数秒の沈黙の後、確認するようにウルが言葉を絞り出す。
『婚約者……? 誰が──誰の?』
「だから貴方が、アリーゼかクロエのどちらかの」
『意味わかんね!? 俺帝都にくるまでアリーゼさんとは会ったこともなかったし、その──クロエさん? もう一人の方とは未だあったことも無いんですけど!?』
「別に婚約者と会ったことがないなんて珍しくもなんともないでしょ?」
『そうかな!?──そうかも!!』
「……納得してどうするんですか」
混乱するウルはリンに呆れたようにツッコまれ、ハッと我に返る。
混沌とした状況に秩序を取り戻したのは、一早く事情を把握したらしいブランシュの言葉だった。
「婚約者云々はお爺様の悪ふざけでしょう」
『……へ?』
「カノーネ。その婚約者だという話、お爺様が彼らに持たせていた手紙に書いてあったのではなくて?」
ブランシュの言葉をカノーネは首肯する。
「ええ。手紙の末尾に“お前らの婚約者候補を配達人として送る。エルフとはいえいい歳なんだから、いい加減身を固めろよ”と。アリーゼはともかくあの子の婚約者候補なら私がしっかり確認しないと、と思って取り合えずカエルに変えて確保しておいたのだけれど」
『カエルは取り合えずで変えるもんじゃない!』
「それはお爺様定番の悪ふざけですわ。あの方は面白そうだと思った方を見つけると、お姉さまに婚約者候補だと言って紹介してからかっているのです」
ブランシュは呆れた様子で溜め息を吐き、続ける。
「今まで何人もお爺様の言う“婚約者候補”が送り込まれてきましたが、お姉さまたちのお眼鏡にかなった男性は一人もいませんわ」
カノーネはその言葉にキョトンとした表情でウルを見下ろし、
「……じゃあコイツは?」
「むざむざ貴女に捕まってカエルに変えられた男なんて論外に決まっていますわ」
「なんだ……」
『…………』
『なんだじゃねぇよ!』という心の叫びをグッと飲み込み、ウルは媚びるような声を出した。
『……ま、まぁそういうことのようですし? 勘違いで捕まった論外の俺としてはとっとと元に戻して欲しいんですが──』
「それは無理」
『何で!?』
素気無いカノーネの反応に悲鳴を上げる。
「当初の事情がどうあれ今あんたがアリーゼたちと組んでることは間違いないわけだし。こちらの計画を妨害してる人間を態々解放する理由はないもの」
『妨害なんて──』
「まだその言いがかりを続けますの?」
ウルの言葉を遮ってブランシュが嘆息。
カノーネもウルには興味がないのか、すぐブランシュに向き直ってそれに応じた
「ふん。しらばっくれようが直ぐにあんたたちの仕業だってハッキリするわ」
「あら、どうやってですの?」
自信満々のカノーネの態度にブランシュは首を傾げた。
「戦いしか取り柄のないアリーゼは勿論、逃走中で使用できる呪文に制限のかかったあの子じゃ私たちの目を盗んで妨害工作なんてできっこないわ。間違いなくこの騒動のキーマンはあんた。あんたを押さえれば魔物の出現は収まるでしょ」
カノーネの言葉にリンはギョッと目を剥いてブランシュを見つめる。
「あらあら。随分とわたくしを買ってくださるのね」
カノーネの推測をブランシュは肯定も否定もせず薄く笑みを浮かべ──
「それは何とも──可愛らしい考えだこと」
「何を──?」
計ったわけではあるまい。
だが、カノーネの疑問の答えはすぐに形となって現れた。
『────ッ!!?』
その場にいた全員──いや、帝都周辺のあらゆる者が目で、耳で、気配でそれを感じ取る。
──ゴァァァァァァァッ!!!
咆哮が響き渡り天が割れる。
竜──この地上の覇者が空を舞っていた。




