第18話
「どーなってるのよ……!?」
次々と上がってくる部下からの報告に伝承科部門長カノーネは困惑を隠せなかった。
主な報告の内容は自分たちが崩壊させた迷宮周辺で強力な魔物が次々と目撃されているというもの。まずこれがそもそもの想定外。
「竜種ならまだしも、グリフィンやミノタウロス? その程度の魔物が生き残ってるはずがないじゃない。言いがかりも大概にして欲しいわ……!」
執務机を叩いて激昂するカノーネに、高弟のカトルは眼鏡の位置を直しながら言いづらそうに口を開く。
「いえ……ですが我々が派遣した調査隊からも同様の報告が上がってきており、魔物の出現自体は間違いのない事実かと──」
「ならそれは私たちの計画とは無関係よ! 迷宮内の魔物は座標固定してまとめてアストラルに放逐してるのよ!? 竜種かそれと同等クラスの化け物なら空間を引き裂いてこの次元に帰還することもあり得るでしょうけど、グリフィンにそんな真似ができるわけないじゃない! 帰還どころか一時間と持たず存在崩壊を起こすに決まってるわ!!」
「…………」
カノーネの反論にカトルは口を噤んだ。
師の主張は理屈の上では理解できる。カトル自身も最初に報告が上がってきた時はただの偶然と問題視していなかったし、目撃報告が増えても帝国側がこちらに難癖をつけるためのデマが工作だろうと疑っていた。
だがいつまで経っても魔物の目撃情報は増加し続け、帝国側が本気でこちらを疑っていることを感じとり、偶然や言いがかりでは片づけられない状況であると理解する。
「……座標を固定し、廃棄する工程のどこかで作業ミスや計算間違いがあった可能性も──」
カトルは躊躇うように奥歯を噛み、師の怒りを買うことを理解した上でその可能性を指摘する。
「私がそんな初歩的なミスをすると思って?」
「いえ……ですが広大な迷宮空間から魔物だけを特定し、隔離するというのは極めて難度の高い複雑な工程です。過去に例のない試みでもありますし、何らかのミスが起きた可能性は否定しきれないかと──」
「そんな可能性ないわよ! アストラル界への放逐は通常の空間転移とはまるきり別の術式よ。同次元の別の場所に転移するなんてことは間違っても起こり得ない。そして対象の迷宮が崩壊している以上、放逐しそこねてこちらに残っていたなんてこともあり得ない」
それはその通りだとカトルは困惑と共に認める。
自分たちは意図的に迷宮を崩壊させているわけではない。迷宮の崩壊はあくまで結果だ。むしろ迷宮資源の効率的な回収という建前を考えれば崩壊させず残した方が都合がよい。
だが魔物の存在しなくなった迷宮は望む望まざるとに関わらず崩壊する。迷宮が崩壊したということはつまり迷宮内から正しく魔物が放逐されたということだ。
もしここにミスや間違いがあるとすれば、根本的な考え方に誤りがあるということだが……カノーネがそんな初歩的なミスをするとは考えにくい。
カノーネの反論は論理的に正しい。竜種のように人知を超えた存在であればイレギュラーの可能性も否定できないが、今問題となっている魔物はそうではない。偶然や言いがかりを疑うのは自分たちの立場としては至極自然なことだった。
だが同時に、傍から見て魔物出没と自分たちの計画が無関係とは考えづらいことも彼らは理解できていた。カトルは勿論、カノーネも。
大量の魔物が棲む迷宮を崩壊させる実験が行われていて、同時期同エリアで強力な魔物が次々出現しているのだ。両者を無関係と考える方がどうかしている。
「……カノーネ様の仰ることはごもっともですが、それを門外漢の役人どもに強弁するのは限界があります。これ以上、彼らの疑念を無視するのであれば密約の破棄は勿論のこと、強制捜査の名を借りた研究成果の没収もあり得るかと」
「…………」
「また彼らを素人と侮ってはいけません。他の部門長が愉快犯的に手を貸す可能性も──」
「分かってるわよ!!」
弟子から正論を突きつけられカノーネは苛立たしげに言葉を遮る。
テーブルに頬杖をついて視線を逸らし、もうこれ以上聞きたくないと全身で主張していた。
「…………」
カトルはそんな子供のような師の姿も嫌いではなかったし、藪をつつくような真似もしたくなかった。
だが弟子としての義務感とプライドがそんな昼行燈な選択を許さず、彼の口を動かした、
「件の連中が、目撃された魔物の対処に動いていることも我々にとって不利に働いています」
「…………(ピクッ)」
カノーネの表情が無言のまま不愉快そうに歪む。
「帝国側も奴らが塔を襲撃した事実は把握しています。研究成果を巡る魔術師同士の争いであり介入不要と役人どもには説明していましたが、このことが今、帝国側に余計な疑念を抱かせています」
「…………」
「件の連中は悪辣な簒奪者でもテロリストでもなく、我々の研究の危険性を危惧して止めようとしていた善意の第三者である、と。事実がどうであれ、この状況が外形的にそう見えるのはやむを得ないことです。このままでは──」
「だから分かってるって言ってるでしょ! いいから少し黙ってなさい!!」
「…………」
あ、これ以上はマズいな──と臨界点を感じとり、カトルは口を閉じる。
この時、カノーネはカトルが想像する以上にストレスを感じていた。それこそこれ以上刺激されれば、苛立ち紛れに隕石の一つや二つ落としかねない程度には。
想定外の魔物の大量出没、帝国側からの疑念、そしてその疑念を助長しかねないアリーゼたちの動き。
何よりカノーネをいら立たせていたのは──
──何であの子の動向が掴めないのよ……!!
目撃されているのは魔物とアリーゼたちばかりで目当ての人物は例の襲撃以降一度も姿を見せていない。いや襲撃時も直接会ったのはカトルだけなので、カノーネ自身は彼女にここ十数年一度も会えていないままだ。
「──~っ!! ああもう、行くわよカトル!」
突然立ち上がった師に、カトルはキョトンとした表情で問い返す。
「はぁ。行くと仰いますと、どこへ……?」
「決まってるでしょ!? コソコソ動き回ってるアリーゼたちをとっ捕まえてやるのよ!」
「────」
カトルの脳内でそのメリットとデメリットが無数に浮かび、消えていく。この状況でアリーゼたちの捕縛に動けば魔物への対処が遅れ帝国側から更に厳しい目で見られるリスクがあり、必ずしも良い判断とは言えない。だがだからと言ってカトルに何か良い案があるわけでもない。
「──はっ」
結局彼はこれ以上師の怒りを買うことを恐れて思考を放棄し、短く答えて後を追いかけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──何者だ!?」
帝都の一角にそびえ立つ至高神神殿の裏口で、見張りに立っていた神殿騎士が気配を絶った何者かの接近を感じとり鋭く誰何する。
帝国ではあらゆる信仰の自由が認められているが、同時に皇帝の権威をあらゆる宗教的権威に上位するものとして定めている。その為、帝都の神殿はその人口や信徒の規模に比して小さく、神殿騎士も最小限の人数しか常駐を許されていなかった。
しかしどの教団にとっても帝都の戦略的な重要性は高く、最少の人員だからこそ帝都には精鋭の信徒たちが詰めている。そんな彼らからすると、接近してきた者の技量は素人でこそないものの未熟で手ぬるいものでしかない。
建物の影から近づいてきたその人影は、敵意がないことを示すように両手を挙げてゆっくりと歩いてきた。
「怪しい者ではありません」
「──止まれ! それ以上近づくな!」
擬態、囮、自爆特攻。あらゆる可能性を考慮し、五メートルの距離をおいて制止する。
人影がその通告に素直に従い、立ち止まったのを確認し、神殿騎士は改めて誰何した。
「改めて問う。何者だ。ここは信者であれ関係者以外立ち入り禁止。貴様のような者が近づいてよい場所ではない」
人影はその問いかけに無言で胸元から聖印を取り出し、掲げることで応えた。
「その聖印は……」
ただの信者ではない、至高神の信徒の中でも裏の役割を担う者だけに与えられる特殊な色合いの聖印。それを見た神殿騎士は彼女の正体を悟り、警戒を緩めた。
「──ローヴル神殿騎士にお取次ぎ願います」
「閣下に?」
次いで彼女の口から出た意外な名前に神殿騎士は片眉を上げる。
その人物は正道を進むエリートではあり、彼女のような裏の人間と関りを持っているようには思えない、が──
「リン──いえ、リリナリアが来たとお伝えいただければ通じると思います」




